テーマ:東海北陸のお寺

玉泉寺 (石川県金沢市) 永姫の位牌所

寺町群の中に寂しく建つのが玉泉寺である。 玉泉寺は、1263年現在の富山市に菅原道真の像を祀って開創された 浄禅寺が始まりと伝え、加賀藩初代藩主前田利長の正室永姫が金沢に 移った後の1617年、浄禅寺住職を開山として開創されている。 加賀前田家は天神信仰が強く、永姫は浄禅寺の法灯を金沢に勧請した といわれている。 玉泉寺は広…
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興聖寺 (富山県氷見市)

能越道氷見北ICから県道304号を北西山間部へ、2.5kmの 山間田園地区の山麓に、杉木立の参道を抜けてひっそりと建つのが 興聖寺である。 興聖寺は1352年、臨済宗国泰寺派大本山の国泰寺2世絶崖覚雲 が開創したと伝えられている。 本尊の聖観音は鎌倉時代の作で、珍しく坐像である。 <富山県のお寺一覧> (1)寺名:…
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最明寺 (三重県南伊勢町) 津波供養塔

熊野灘のリアス式海岸の贄湾(にえわん)に面して建つ最明寺 に、江戸時代に発生した津波の犠牲者を弔い、その教訓を 記した供養塔が2基建っている。 <大乗経>供養塔は、1707年宝永地震津波の供養塔 <供養塔>供養塔は、1854年安政東海地震津波の供養塔 共に、宝永地震津波犠牲者の百五十回忌1856年に建立されている。 津波の教…
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徳雲寺 (岐阜県美濃加茂市) 美濃三十三観音霊場第31番

関市に接する加茂野町の小高い所に建つ徳雲寺は、美濃三十三観音霊場 の第31番札所で、本尊白衣観音(びゃくえかんのん)は、阿弥陀如来 の妻で、観音菩薩の母といわれ、聖観音の一種である。 また、徳雲寺の白衣観音は子安観音として信仰を集めている。 境内に祀られている地蔵尊が、雨除けの小屋根の下に立つ姿が 印象強く、お寺の気遣いを感じ…
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仙遊寺 (三重県志摩市) 波切九鬼氏の菩提寺

戦国時代に活躍した水軍といえば、瀬戸内海の村上水軍と 熊野灘の九鬼水軍が有名である。 その九鬼水軍の九鬼氏は、鎌倉時代末期に尾鷲市九鬼町を 発祥の地とし、南北朝時代に九鬼隆良が志摩に進出し、 波切城を本拠として勢力を少しずつ伸ばした。 戦国時代に入って、九鬼嘉隆は熊野灘を支配し、織田信長 の水軍として活躍している。 その九…
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浄誓院 (愛知県岡崎市)

かって花街として栄えた松本町にあって、松本観音と呼ばれる 浄誓院は、徳川家康の父・松平弘忠の菩提寺である松応寺の 塔頭であった。 周囲はかっての華やかな雰囲気はなく、もの寂しい町となっている。 なんとか、三河三十三観音霊場第6番札所として、また地元の 松本観音さまとして、その存在を示している。 <愛知県のお寺一覧> …
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正覚寺 (岐阜県関市金屋町)

刃物の町関市にあって、古い町並みの金屋町に正覚寺は建っている。 築地塀を巡らし、境内には花木が散りばめられ、一つの風景を醸し出して いる。 親鸞聖人像とサツキの妙にしばし見入ってしまう。 正覚寺の開創については不詳であるが、地元に根付いたお寺を 強く感じた。 <岐阜県のお寺一覧> (1)寺名:正覚寺(しょうがくじ)…
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円照寺 (三重県鳥羽市石鏡町)

伊勢志摩のパールロードが1973年に開通して、それまで 陸の孤島といわれた石鏡(いじか)が一躍観光スポットとして躍り出た。 大きなホテルや民宿が海鮮料理を看板に打ち出している。 そんな石鏡漁港の北端の小高い所に建つのが円照寺であり、 そこからの眺望は抜群である。 円照寺は、15世紀前半に、朝熊岳金剛證寺2代住職の 高岳文…
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岡崎市、豊田市、豊橋市のお寺一覧 (愛知県)

岡崎市、豊田市、豊橋市のお寺一覧 滝山寺(岡崎市):滝山東照宮 大樹寺(岡崎市):松平・徳川家の菩提寺 天恩寺(岡崎市):徳川家康ゆかりの寺 妙源寺(岡崎市):徳川家ゆかりの寺 信光明寺(岡崎市):徳川家ゆかりの寺 真福寺(岡崎市):竹膳料理 本宗寺(岡崎市):蓮如上人ゆかりの寺 法蔵寺(岡崎市):徳川家康ゆかりの寺…
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幸福寺 (愛知県豊田市)

<化学>という言葉を公に使用させたとか、セメントの製造を 最初に試みたとか、幕末~明治時代の化学技術者の先駆けと いわれる宇都宮三郎の菩提寺が幸福寺である。 また、幸福寺に残る宇都宮の遺品を含む関連資料が化学遺産 として認定されている。 幸福寺は、南北朝時代の豪族神谷高正の菩提を弔うために、 その息子が館の隣に開創したと…
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岐阜市のお寺 (岐阜県岐阜市)

岐阜市のお寺一覧 法華寺(三田洞):美濃三弘法 護国之寺(雄総):東大寺創建にゆかりの寺 大龍寺(粟野):ダルマ観音 済法寺(粟野西):7体の文化財仏像 願成寺(大洞):中将姫ゆかりの寺 延算寺(岩井):小野小町ゆかりの寺 正法寺(大仏町):岐阜大仏 瑞龍寺(寺町):美濃守護・土岐氏の菩提寺 西本願寺岐阜別院(西野…
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正法寺 (岐阜県岐阜市小野)

岐阜市の正法寺といえば、岐阜大仏で観光スポットにもなっている 大仏町の正法寺であるが、ここ小野地区の正法寺は大師信仰で知られる 信仰のお寺である。 伝承によれば、745年の開創で、1465年美濃守護土岐成頼が 再興したと伝える古刹である。 戦国時代には、二度の兵火に罹り衰退したが、1594年真言宗の お寺として復活している。…
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本願寺井波別院 (富山県南砺市)

井波の中核である瑞泉寺は、1390年本願寺第5代綽如上人 によって開創され、越中における浄土真宗の拠点として発展し、 井波の町を形成してきた。 1602年の本願寺分立によって、1649年近辺のお寺共々、 東本願寺派に移り、西本願寺派のお寺が無くなった。 明治時代に入り、西本願寺の門徒の願いもあり、1905年 別格別院が開創さ…
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最明寺 (三重県熊野市) 本堂

熊野灘の二木島湾(にぎしまわん)に面した小高い所に建つ最明寺は、 室町時代中期に開創されたと伝えるが、寺名の最明寺から、 鎌倉幕府第5代執権・北条時頼が全国行脚の際に開創した との説もある。 最明寺は二木島の氏寺として、近海で亡くなった水夫など の埋葬地としてもその役割を果たしている。                …
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西福寺 (愛知県西尾市) 鐘楼

県道42号沿いの西福寺で、何と言っても目立つのが立派な鐘楼 である。 典型的な袴腰形鐘楼で、その威容は大寺に見る鐘楼そのものである。 この鐘楼は、岡崎市の伊賀八幡宮から、明治時代初頭の神仏分離 によって移築されている。 伊賀八幡宮は、徳川家光の命を受けて、1636年社殿などが 造営され、鐘楼もその頃建立されている。 それだ…
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長福寺 (静岡県掛川市) 遠州三十三観音霊場第3番

726年開創と伝わる長福寺には、<幻の銘鐘>と呼ばれる長福寺の 梵鐘が空を飛んで、奈良県大峰山寺の岸壁の松にぶら下がったという 伝説があり、現在大峰山寺の本堂に安置されている。 事実としては、北畠顕家が鐘を略奪して大峰山寺まで運んだのが 有力な説となっている。 鐘がぶら下がった岸壁は<鐘掛岩>と呼ばれ、大峰山寺への難所の 一…
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大福寺 (岐阜県山県市) 観音堂

山県市の文化財に指定されている大福寺観音堂を探索すべく、 大門地区に入る。 低い山並みを背に田畑が広がるその一角に、ひっそりと建つ のが大福寺である。どうも無住のお寺のようだ。 小さな観音堂ではあるが、最も古い棟札は、1659年とかで、 その建立年代はこの年代と推定できる。 質素なお堂ではあるが、400年近く耐えた歴史を想像…
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岫慶寺 (福井県大野市)

城下町大野の寺町通南部に位置し、寺町通に面して建つのが 岫慶寺である。 この寺町通南部に建つ4ヶ寺は、文禄年間(1592~96年)に 大野城主金森長近の城下町整備に伴って移転している。 岫慶寺は移転してくる前の地は不詳であるが、天文年間(1532~55年) に、越前戦国大名・朝倉孝景によって開創されたと伝えている。 江戸…
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勧帰寺 (石川県小松市) 小松真宗六ヶ寺

小松の風物詩ともいえる7月23日の<郡中御影報恩講>は、 小松の真宗六ヶ寺の持ち回りで行われ、郡中御影を飾って報恩する 行事である。 郡中御影は、親鸞聖人と顕如上人の御影(ごえい)で、石山合戦に おいて、小松などの能美郡門徒が支援したことに対して、教如上人 が能美郡門徒に与えた御影である。 それが、いつしか勧帰寺が預かること…
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真如院 (富山県砺波市) 芭蕉蓑毛塚

礪波市街地の中心部にあって、出町神明宮と境内を共にする のが真如院である。 出町神明宮は1650年に創建され、その3年後に真如院が 開創されている。 神仏習合の形態で明治維新まで続いたと思われる。 境内東南角に<芭蕉蓑毛塚>が建っているが、これは、 享和年間(1801~04年)に別の場所に建立された ものを移している。 …
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念仏寺 (三重県尾鷲市)

尾鷲市街地の中心部に建つ念仏寺は、東紀州(紀北町~紀宝町の 熊野灘に面する地域)において数少ない浄土宗のお寺で、 徳本上人がここを拠点に念仏を布教したといわれているが、曹洞宗の お寺がほとんどを占めている。 念仏寺は1622年の開創といわれ、尾鷲では唯一の浄土宗のお寺 である。 <三重県のお寺一覧> (1)寺名:念…
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貞照院 (愛知県碧南市)

霞浦町にあって、緑に覆われた一角があり、そこが貞照院である。 木々に覆われた参道の突き当りに、瀟洒な茅葺山門が建つ。 京都の法然院を想起させる山門である。 山門を潜ると、正面に本堂が建ち、左手に輪蔵を収めた蔵が建つ。 境内はもみじなどの木々に覆われ、幽玄な風景を醸し出している。 秋の紅葉は見応えがあるだろうと想像させてくれる。…
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大昌寺 (三重県紀北町) 不動堂格子絵天井

紀勢道紀伊長島ICを出て、国道422号を山手の大原方面に、 6kmほど行くと、大昌寺の道路標識がある。 山麓に向かって石段の参道が続いている。 車は道路左手の空き地に駐車可能である。                国道422号               大昌寺道路標識                …
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教念寺 (岐阜県本巣市)

本巣市下真桑の柿畑が広がる地に建つのが教念寺で、この地から 古墳時代の出土品が出て、教念寺遺跡にもなっている。 教念寺は1496年釈了道により開創され、その時施入された 阿弥陀如来像(画)が残されている。 境内に安置された権現石(腰掛石)は、関ヶ原合戦に向かう 徳川家康が腰掛け休息を取った石と伝承されている。 <岐阜…
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西導寺 (三重県多気町丹生)

櫛田川中流域に広がる山あいの郷・丹生(にゅう)は、かっては地名の 由来となった水銀の一大産地で、弘法大師ゆかりの郷である。 丹生大師と呼ばれる神宮寺も弘法大師が伽藍を建立したといわれている。 その丹生大師の近くに建つのが西導寺である。 西導寺は、地元の長井浄喜が両親の菩提を弔うために、 長享年間(1487~89年)に開創したと…
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専修坊 (愛知県高浜市) 浜の3ヶ寺

浜の3ヶ寺とは、碧南・高浜の真宗名刹3ヶ寺を称し、 専修坊、恩任寺、西方寺がそれである。 専修坊は蓮如上人ゆかりのお寺で、上人ゆかりの寺宝が ある。 明治時代初頭の神仏分離による廃仏毀釈の流れに抗する 大浜騒動の主導的役割をしたのも専修坊星川法沢で、 この地区の真宗リーダーであった。 大浜騒動は廃仏毀釈という誤った流れに抗…
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東光寺 (岐阜県揖斐川町若松)

若松地区にあって、集落の最奥に小高い山の麓にポツンと建つ のが東光寺である。揖斐川町小野にも東光寺があることから 若松東光寺ともいわれている。 瀟洒な伽藍であるが、山を借景にした風景は見応えがある。 由緒については不詳であるが、本尊薬師如来坐像は藤原時代の 造像で、秀逸の像として岐阜県の文化財に指定されている。 <岐阜県…
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称名寺 (福井県福井市折立町)

折立称名寺と呼ばれる称名寺は足羽川上流の川沿いにあって、 豪壮な楼門形式の山門が目を惹く。 称名寺は、源頼朝の重臣・佐々木盛綱の子である光実が折立に草庵を 建立したのが始まりと伝えられ、その後子孫が北坊、南坊に分かれて 堂宇を建て、対立するようになった。 その後、南坊は三国町へ移り、黒目称名寺とよばれ、北坊は折立称名寺 と呼…
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医王院 (富山県小矢部市) 埴生の郷

木曾義仲の俱利伽羅源平の戦いで、俱利伽羅峠の埴生入口として 知られ、埴生護国八幡宮で戦勝祈願し勝利した義仲ゆかりの郷 として伝承されている埴生の郷に建つのが医王院である。 医王院は旧北陸街道に面し、裏には6世紀の前方後円墳・若宮古墳 があり、古墳からの眺望もよい。                  埴生口  …
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光明寺 (三重県伊賀市古山界外)

旧名張街道沿いに、小高い山麓に建つ光明寺へ。 室町時代の灯籠形の地蔵石幢と地藏石像を拝観すべく訪れた。 地蔵石像には天文23年(1554年)の銘があり、地蔵石幢 の地蔵との類似からほぼ同時期の作と推定されている。 石幢の六面に地蔵尊が彫られた六地蔵であり、中世に多く 見られる。                   全…
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