もくもく探索日誌 2021年10月24日 京都市上京区

京都地下鉄烏丸線今出川駅を10時過ぎ下車 今日は上京区東部を巡る 特別公開している<相国寺>を拝観し、寺町通最北部の 鞍馬口へ そこから寺町通に面するお寺を巡りながら、 寺町通を南下する                 烏丸今出川                 同志社大学             …

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宝鏡寺 <人形寺>(京都市上京区) 尼門跡

京都市上京区にある宝鏡寺は、応安年間(1368~75年) に光厳天皇皇女・恵厳禅尼が景愛寺の子院・建福尼寺に聖観音 を祀って宝鏡寺として開創したのが始まりである。 景愛寺は当時尼五山の筆頭で無外如大禅尼によって1277年 開創されている名刹であったが1498年焼失し再興されず、 宝鏡寺はその景愛寺の法燈を引き継いで今日に至って…

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妙蓮寺 (京都市上京区) 

京都府上京区寺之内通にある妙蓮寺は、1295年造り酒屋の柳屋 中興の帰依を得て日像上人が開創した京都最初の法華宗寺院である。 当初は妙法蓮華寺として始まったが、1394年妙蓮寺として再興 される。 1587年豊臣秀吉の都市整備に伴い、現在地に移転している。 この秀吉の計画により、今日の寺町通・寺之内通の寺院群がある。 町…

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本満寺 (京都市上京区) 

京都市上京区寺町通に面してある本満寺は、1410年関白近衛家 の日秀上人によって新町通今出川にあった近衛家邸宅内に開創され たと伝えられている。 その後、1539年天文法華の乱により焼失し、現在地に再興され たと伝えられている。この再興については異説もある。 幾度となく火災に遭いながら、その都度再建され、1751年将軍 徳川…

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立本寺 (京都市上京区) 

京都市上京区にある立本寺は、1321年日像上人が開いた 妙顕寺龍華院が始まりと伝えられているが、開創については 異説もある。 山号を具足山と称し、三具足山(妙顕寺、妙蓮寺、立本寺) の一つに数えられる。 宝永の大火後、現在地に移転し現在に至る。 その時建立された堂宇は京都市文化財に指定されている。 毎月8日に安産・子育…

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京都市北区・上京区のお寺一覧

<京都のお寺総覧> <京都市北区> 金閣寺(鹿苑寺):世界遺産 大徳寺:臨済宗大徳寺派大本山  <大徳寺塔頭>  興臨院:加賀藩主前田家の菩提寺  高桐院:細川三斎とガラシャ夫人の菩提寺 通常公開  大仙院:大徳寺北派本庵  通常公開  芳春院:加賀藩主前田利家の妻まつの菩提寺  龍源院:大徳寺南派本庵 通常公開 …

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廬山寺(京都市上京区)

紫式部の住宅跡と伝えられる廬山寺は、節分会の<鬼の法楽>でも 賑わうお寺である。 紫式部の世界最古の長編小説<源氏物語>が世に出て千年の今年 2008年は<源氏物語千年紀>で、京都・大津を始め全国で いろいろな催しが行われる。 京都では、ここ盧山寺を始め紫式部ゆかりの地を巡る観光ルートも 設けられている。 庭園は<源氏の庭…

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富山県のお寺一覧

高岡市の瑞龍寺は富山県建造物の中で唯一の国宝建造物であり、 その独特の風景はヨーロッパのお城を思わせるものがある。 また、南砺市の瑞泉寺は井波彫刻の原点であり、浄土真宗の拠点でも あった。 十三寺(入善町):北陸三十三ヶ所観音霊場第32番 法福寺(黒部市):明日の大桜 全龍寺(黒部市):天井絵 長安寺(黒部市):山門と…

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妙蓮寺 (富山県南砺市)

瑞泉寺を中心とした井波地域のお寺探索の途次に、瑞泉寺の 隣地に建つ妙蓮寺に立ち寄ってみた。 寺名から日蓮宗のお寺と思ったが、立地からも真宗のお寺で、 瑞泉寺の塔頭的存在であった。 後日、ネットで調べてみると、元は天台宗のお寺であったとか 住職は、聖徳太子伝の絵解き数十年の経歴を持った住職として 著名な僧と解った~お会いしたか…

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京都のお寺総覧

京都のお寺を紹介 <世界遺産 古都京都の文化財 お寺> 東寺<教王護国寺>(南区)    清水寺(東山区)   延暦寺(滋賀県大津市)      醍醐寺(伏見区)   仁和寺(右京区)         平等院(宇治市)  高山寺(右京区)         天龍寺(右京区)   金閣寺<鹿苑寺>(北区)     銀閣寺…

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四国八十八ヶ所霊場

霊場巡礼の中でも人気が高いのが、西国三十三所観音霊場と 四国八十八ヶ所霊場(四国霊場)であろう。 四国霊場が民衆の中に浸透したのは江戸時代初期といわれているが、 その起源は平安時代に修行僧が弘法大師の足跡を辿り修行したこと にあるといわれている。 現代では、霊場巡礼者が年間30万人を超え、歩いての遍路は1万人近く に及ぶと推…

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妙顕寺(京都市上京区)

寺之内界隈は寺町通とともにお寺の集中した寺院街であるが、 その中にあって京都で最初に日蓮宗の道場が開かれた妙顕寺 はその風格を今も伝えている。 尾形光琳・乾山兄弟の菩提寺であり、そのお墓は塔頭泉妙院 にある。 また光琳が設計したと伝わる<光琳曲水の庭>が書院の前に ひろがる。 <京都市上京区のお寺一覧> (1)寺…

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妙覚寺(京都市上京区)

妙覚寺の位置する寺之内界隈は日蓮宗を始め数多のお寺が集中してあり、 寺町通とともにお寺街を形成している。 これは、秀吉時代に京の町を整備するにあたり計画的にお寺を配置した ものである。 寺之内界隈に日蓮宗が多いのは、町衆の多くの信者がこの地域に集中し ていることと表裏の関係にある。 織田信長の京での常宿は妙覚寺で、本能寺…

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本法寺(京都市上京区)

茶道家元の表千家と裏千家に向かい合って建つ本法寺は日蓮宗本山の ひとつで、本阿弥光悦など本阿弥家の菩提寺であるとともに、 桃山時代の大画家長谷川等伯と縁の深いお寺である。 長谷川等伯は能登から京へ出てきた時、本法寺の塔頭教行院に住し、 住職の日通上人や千利休と親交を深め、中央画壇への進出の礎を 築いていった。 一方、…

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釘抜地蔵<石像寺>(京都市上京区)

上京区はお寺の多い街であるが、その中で庶民の信仰に支えられて 歴史を生き抜いてきたお寺も多く、釘抜地蔵はその典型的な存在である。 もともとは<諸々の苦しみを抜き取る>という信仰から<苦抜地蔵>と 呼ばれていたが、いつしかそれが訛って<釘抜地蔵>になったと いわれている。 今もその信仰は篤く、いつもお参りの人が絶えないお地蔵さん…

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相国寺(京都市上京区) 臨済宗相国寺派大本山

室町幕府第3代将軍の足利義満は、京都御所の北に一大禅宗伽藍を 建立することを1382年に発願する。 義満としては、南北朝も終焉し幕府の威光をより一層高める象徴と して大伽藍の創建を急いだ。 10年後には大伽藍が完成し、1399年には高さ106mの 七重塔を完成させている。 相国寺は京五山の第二位に列せられ、宗教政策の中心…

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千本閻魔堂<引接寺>(京都市上京区)

百人一首の歌<わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ  海人の釣舟>の歌人小野篁(おののたかむら)が開基といわれる千本 閻魔堂は、山門もない街中の小さなお寺であるが、精霊迎えの根本道場 としてかっては栄えた。 5月に行われる<千本閻魔堂狂言>は京都三大念仏狂言のひとつ として貴重な文化財でもある。 <京都三大…

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千本釈迦堂<大報恩寺>(京都市上京区)

京都で<大報恩寺>と聞いてもほとんどの人が首をかしげるが、 <千本釈迦堂>というと<ああ~あそこかいな>と頷いてくれる。 京都にはこのような通称名でないと通じないお寺が多く、正式名は パンフレットや案内書などでも使われないのがほとんどである。 金閣寺<鹿苑寺>、銀閣寺<慈照寺>、東寺<教王護国寺>、 西本願寺<本願寺>、東本願…

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清浄華院(京都市上京区) 法然上人ゆかりの寺

京都の通りでお寺の多い通りは、清浄華院が位置する寺町通と寺之内通 であるが、これは豊臣秀吉の京都改造にともないお寺が移転させられた 結果である。 平安時代末期、法然上人は後白河法皇や高倉天皇に戒を授ける時に、 清浄華院を宿舎として利用し、後に後白河法皇は清浄華院を法然上人を 中興開山として浄土宗の寺とし、上人に与えている。…

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阿弥陀寺(京都市上京区) 織田信長の墓

織田信長の墓と伝えられるものは全国10数か所あるといわれている。 <阿弥陀寺(京都市上京区)、本能寺(京都市中京区),大雲院(京都市東山区)、 総見院(京都市北区)、玉鳳院(京都市右京区)、高野山(和歌山県)、 安土城跡(滋賀県安土町)、本源院(大阪府堺市)、瑞龍寺(富山県高岡市)、 崇福寺(岐阜県岐阜市)、西山本門寺(静岡県芝…

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