テーマ:奈良のお寺

金輪院 (奈良県大和郡山市) 小泉庚申堂

現代では余り馴染みが薄い庚申信仰であるが、江戸時代には庶民信仰 として大いに流布し、あちこちに庚申塔が建てられ、現在もあちこちに 残っている。 そんな江戸時代初期に、小泉藩の祈願寺として開創されたのが、金輪院 で、後に金剛青面像を本尊として祀り、大和の庚申信仰総道場といわれ、 大いに賑わったといわれている。 <奈良県のお…
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大念寺 (奈良県天理市布留町)

布留の里に建つ石上(いそのかみ)神宮は伊勢神宮と共に、最古類の 神宮として日本書紀にも記される神宮である。 その石上神宮の傍に建つのが大念寺である。 大念寺の地は石上寺の跡地という説もあり、石上神宮と関係が あるのか興味がある。 大念寺の開創は不詳であるが、浄土宗大念仏派の実尊誠阿が 14世紀中頃開創したのではないだろうか。…
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西方寺 (奈良県桜井市)

西方寺は戒重城跡に南向きに建っている。 戒重城は南北朝時代に、南朝方の戒重西阿によって築城されたが、 1580年戒重氏は滅び、1618年織田長政が城跡の西域に陣屋を置いている。 その陣屋跡には春日神社が創建されている。 西方寺の開創は不詳であるが、1580年以降に建立されていると思われる。 <奈良県のお寺一覧> (1…
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腰痛地蔵尊 (奈良県奈良市南庄町)

日本の信仰の中で、宗派に関係なく浸透している民間信仰として 地蔵信仰がある。 どこのお寺にも祀られているのが地蔵尊であり、また路傍に祀られて いるのが地蔵尊である。 お地蔵さんのご利益は幅広く、<・・地蔵尊>と呼ばれるお地蔵さんが 全国にある。 その中で<腰痛地蔵尊>と呼ばれるお地蔵さんで知られているのが、  奈良県奈良市…
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応現寺 (奈良県奈良市東鳴川町) 不空羂索観音坐像

木津川市に接する東鳴川町は10世帯ほどの小さな集落であるが、 この集落が護っているお寺が応現寺であり、そこに祀られているのが 日本でも珍しい様式の不空羂索観音坐像である。 この像は、興福寺南円堂の不空羂索観音坐像を模して、平安時代に 造像されたと伝わり、他に奈良市・不空院の不空羂索観音坐像と共に 3体の坐像が貴重な仏像となって…
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正観院 (奈良県奈良市) 東大寺塔頭

東大寺ミュージアムの裏側に建つ正観院は、1844年現在の正倉院境内に 開創された。現存する東大寺塔頭では最新の塔頭である。 明治8年(1875年)、正倉院が東大寺から明治政府内務省管轄に 移った際に、正観院は一旦閉じて、1917年現在地に再興されている。 <奈良市のお寺一覧>参照 (1)寺名:正観院(しょうかんいん) …
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興禅寺 (奈良県東吉野村)

伊勢街道の山麓に建つ興禅寺の開山は梅峰竺信、開基は但馬豊岡藩主京極氏 関係者と伝えられている。 梅峰竺信は、曹洞宗の中で宗風が失われつつあるのを、宗統復古運動で 原点に返るべきと唱えた僧で、晩年の元禄年間(1688~1704年)に興禅寺を 開創して隠棲している。 その際に、かって竺信に帰依した京極高門(豊岡藩主京極高盛の弟)が…
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福源寺 (奈良県川上村) 川上村の古刹

川上村大滝ダムの西、高原山(1087m)の中腹に建つ山寺の福源寺は、 白鳳時代に役行者が開創したと伝え、修験道の大峰山から出土した 仏頭など役行者ゆかりの寺宝が残されている。 福源寺には種々の伝承や歴史が伝わり、古の様子が寺宝として残され、 この山寺の存在が光る。 その中で、  貞観年間(859~877年)に木地師の祖といわ…
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大念寺 (奈良県桜井市大福) 泡子地蔵尊

桜井市大福の住宅地の中に建つ大念寺の<泡子地蔵尊>は白い仮面を 付けたように見える化粧地蔵である。 この地蔵尊は、1333年銘の残る古仏であるが、もとは大福地区の別の 場所に安置されていたものを、このお寺に移座している。 白い化粧はいつ頃なされ、泡子地蔵と呼ばれた経緯は不詳とのこと。 この地蔵尊は、本居宣長が1772年吉野、飛…
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十輪寺 (奈良県奈良市大野町) 太安万侶の菩提寺

1979年十輪寺の西北、茶畑の中から茶畑の所有者が改植中に、太安万侶の 墓を発見し、大ニュースとなった。 太安万侶といえば、古事記の編纂や日本書紀の編纂にも携わったといわれる 奈良時代前半の文官で、その墓からは遺骨、真珠、銅製墓誌が発見された。 その遺骨が十輪寺に納められ、その菩提を弔っている。 十輪寺の開創は不詳であるが…
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明王院 (奈良県奈良市北野山町)

奈良市東部の柳生地区にある布目ダムから、少し山へ入った北野山集落に 戸隠神社と明王院がポツンと建っている。 1508年桐山戸隠神社から分社された戸隠神社の神宮寺として、 いつしか明王院は開創されている。 江戸時代末期には、8ヶ寺の末寺を抱えていたが、明治時代の神仏分離 によって衰退し、現在は小さな本堂が建つのみである。 …
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安穏寺 (奈良県奈良市荻町) 十九夜講石仏

山里に小屋のみが建つ安穏寺の境内に、十九夜講石仏・如意輪観音像 が安置されている。 十九夜講とは、月に一度十九日の夜に、女性だけが集まり如意輪観音を 祀って、十九夜念仏を唱え、観音に救いを祈願した。 昔は、女性は不浄といわれ、亡くなってから地獄へ堕ちるといわれ、それの 救いを求めたのが主であったが、次第に安産を祈願する十九夜講…
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北林院 (奈良県奈良市) 東大寺塔頭

東大寺南大門を入って左手に建つ<東大寺ミュージアム>の西側に建つ のが北林院院である。 北林院の開創は不詳であるが、1540年再建されている。 正倉院の盗難は、平安時代~現代の間に4回あったといわれ、最直近の 盗難は1610年7月、塔頭福蔵院・北林院・中証院の僧と一人の僧合わせて 4人が関係したといわれている。盗品は明らか…
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中性院 (奈良県奈良市) 東大寺塔頭

東大寺大仏殿の北西に位置する大仏池から、大仏殿裏を通って二月堂への 裏参道沿いに、瓦を練り込んだ瓦塀の中性院が建つ。 中性院の開創は不詳であるが、本尊弥勒菩薩立像はかっては快慶作と 話題になった仏像である。 近年では、この仏像は、建久年間(1190~99年)に興福寺に祀られ、 その後東大寺戒壇院千手堂に移座され、いつしか中性院…
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妙法寺 (奈良県吉野町) 大師山寺

吉野川を見下ろす高台に建つ大師山寺は、天平年間(729~749年)に 開創されたと伝えるが、詳細は不詳である。 1745年再興されている。 大師山寺は通称であるが、大師信仰を表すお寺そのものである。 <奈良県のお寺一覧>参照 (1)寺名:妙法寺(みょうほうじ)<通称:大師山寺> (2)住所:奈良県吉野町上市2103 …
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大親寺 (奈良県天理市) 桃尾の滝

日本最古類の石上神宮(いそのかみじんぐう)の元宮(奥の院)とも いわれる大国見山の山麓に落ちる桃尾の滝(もものおのたき)は、古からの 修行場で、現在も続いている。 この滝は布留の滝ともいわれ、後嵯峨天皇も詠んでいる。 <今はまた行きても見ばや石の上ふるの滝津瀬跡をたづねて> この桃尾の滝一帯に、和銅年間(708~715年)義淵…
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慶運寺 (奈良県桜井市)

桜井市北部の纏向遺跡の南端にある箸墓古墳の東に建つ慶運寺は 1634年の開創で、本尊は浄土宗では珍しい阿弥陀如来と十一面観音である。 お寺の周辺には古墳が多く、古墳時代後期の6基の古墳があった。 どれも開発によって改変されている。 その内のひとつから出土した石棺に彫られた石仏は鎌倉時代の ものとみられる。 お寺周辺は歴史散策…
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新家長福寺 (奈良県広陵町) 桜御坊

新家長福寺は、1573年赤部長福寺として開創され、1631年新家長福寺 となっている。 1697~1961年の間は、京都東本願寺の新家別院であったが、1961年 新家長福寺に戻っている。 長い間、この地域の真宗拠点として活動している。 昔から桜が多く桜御坊と呼ばれたが、戦後古木が枯れたり、暴風により 倒れたりして、桜御坊の風…
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薬音寺 (奈良県山添村) 20躯の古仏

大和高原の布目ダム湖から西へ1kmほど山中へ入った地に、かっては神仏習合の 戸隠神社と同居する形で薬音寺がある。 現在は、集会所としての機能を併せ持つ会所寺となっている。 この寂れた山寺に、20躯の平安~鎌倉時代の古仏が伝えられている不思議が ある。 9世紀末~13世紀と推定される古仏は、  如来像6躯、観音像4躯、地蔵像3…
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金龍寺 (奈良県奈良市都祁)

大和高原の都祁地区は、大和でも古い歴史を持つ山里で、古代国家として <闘鶏(つげ)>国があったが、大化改新後、大和朝廷に吸収され、 都祁郷となっている。 戦国時代、現在の天理市山田町にあった山田城から都祁馬場にあった 馬場城主となった山田順貞(道安)が都祁馬場地区を治め、永禄年間 (1558~70年)に金龍寺を開創し、山田氏の…
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立野寺 (奈良県奈良市柳生町)

柳生の里から南へ国道369号を1kmほどの左手山麓に建つ立野寺の 開創は不詳であるが、室町時代の開創といわれている。 小さな集落にあって健在なお寺で、境内も整備されている。 このお寺を外部から訪れる人の対象は、石仏や石塔なのだろう。 私もその同類で、特に十三重石塔が目玉である。 文化財には指定されていないが、南北朝~室町時代の…
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観音寺 (奈良県奈良市針町) 十三重石塔

奈良市と合併した都祁村の針町にあって、針の観音寺と呼ばれている 観音寺は宝亀年間(770~779年)の開創と伝えられているが詳細は 不詳である。 隣に建つ春日神社の大般若経(南北朝時代書写)が観音寺に残っている ことから、神仏習合のお寺であったろう。 境内に建つ十三重石塔は1352年石工・伊行長の建立によるもので、 石工…
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光明寺 (奈良県大和郡山市柏木町)

大和郡山市南部の柏木集落にひっそりと建つ光明寺には、重要文化財に 指定された阿弥陀三尊像と伝善導大師像の4駆の仏像が所蔵されている。 阿弥陀三尊像はどれも立像で、室町時代の造立である。 善導大師は中国浄土教の確立者といわれ、日本の浄土宗に強い影響を 与え、浄土宗や浄土真宗の高祖として祀られている。 伝善導大師坐像は寺伝として伝…
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岡本寺 (奈良県明日香村)

岡寺参道に建つ岡本寺は、飛鳥時代の舒明天皇の飛鳥岡本宮跡に建つと いわれたことから岡本寺と呼ばれたと伝えられている。 飛鳥岡本宮跡は岡本寺の北西500mほどにあったと推定される。 本堂の観音堂と本坊は少し離れて建ち、本坊には弘法大師を祀り、 あすか大師と呼ばれ信仰を集めている。 岡本寺の開創は不詳である。 <奈良県のお寺…
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正覚寺 (奈良県橿原市十市町)

小さいけれども瀟洒な阿弥陀堂だけの正覚寺には、奈良県指定文化財の 大日如来坐像が祀られている。 無住であるが、地域の人々によって維持管理されている。 お寺の開創や宗派は不詳で、宗派が不詳というのは珍しい。 橿原市教育委員会に予約すれば大日如来像を拝観できるとか。 <奈良県のお寺一覧>参照 (1)寺名:正覚寺(しょうか…
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西念寺 (奈良県天理市福住)

天理市東部の山里集落である福住に、近年珍しくなった茅葺屋根の 本堂が建つのが西念寺である。 ここには、素木のままの長谷寺式十一面観音立像が祀られている。 この十一面観音立像は、1531年東大寺仏師・実清が宿院仏師・源四郎、 源次を助手として造立した長楽寺(廃寺)の本尊であった。 宿院仏師は戦国時代に活躍した奈良の大工集団から発…
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善福寺 (奈良県天理市和邇町)

天理市和邇町は、5~6世紀に勢力を持った古代豪族・和邇氏の 本拠地といわれ、古事記にも出現し、周囲には古墳も多く分布している 地域である。 善福寺は和邇町に立地し、1477年開創と伝えられている。 また、明治時代の廃仏毀釈により、和邇坐赤比古神社の神宮寺から 仏像が善福寺に移座されている。 <奈良県のお寺一覧>参照 …
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満願寺 (奈良県桜井市) 八講桜

桜井市今井谷の山里に、1本のシダレ桜が竹林を背に可憐な花を咲かせる。 かっては満願寺が建っていたが、今は廃寺となり集会所が建っている。 この桜は<八講桜>と呼ばれ、藤原鎌足を偲ぶ八講祭の時に植樹された ことから、その名がついたといわれている。 推定樹齢は300年といわれている。 小さな可憐な花だけに、華やかな姿ではないが、竹林…
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長久寺 (奈良県山添村)

山添村南東部に位置する<毛原(けはら)の里>は自然と文化遺産に 恵まれた山里である。 奈良時代に建立された<毛原廃寺>は唐招提寺にも匹敵する大寺 といわれたが、いつしか廃寺となり、今は礎石などが残る跡地のみである。 毛原廃寺が廃れた後に、毛原の里人の菩提寺として開創されたのが 長久寺と伝えられている。 明治時代に再興した智龍…
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阿対の石仏 (奈良県奈良市柳生下町)

奈良市東部、柳生の里を笠置に向って流れる打滝川に沿って県道4号 を、十兵杉から北に800mほどの川沿いに<阿対の石仏>が見える。 県道4号から小さな橋を渡った先に磨崖仏と祠に出会う。 この磨崖仏の中心に、阿弥陀如来が、左下に地蔵菩薩が浮彫り されている。室町時代の彫りといわれている。 この地蔵菩薩は子授かりのご利益があると、信…
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