越中国分寺 (富山県高岡市)

奈良~平安時代において、地方の行政組織として国庁が各国(66ヶ国)に
置かれ、国司が政務を司ったが、こうした国庁を中心とした都市を国府と
呼び、越中国の国府は、現在の高岡市伏木にあり、741年聖武天皇の
詔により建立された越中国分寺も伏木に建立された。
746年国司として越中に5年間赴任した大伴家持にちなんで、伏木は
万葉集の里と銘打っている。
大伴家持は、<令和>で一躍有名になった大伴旅人の長男で、万葉集の
最終編纂者として知られ、家持はここ伏木で数多くの歌を作り、万葉集に
最多の歌を載せている。
越中国司時期の大友家持の歌
<玉くしげ 二上山に 鳴く鳥の 声の恋しき 時は来にけり>
<立山に 降り置ける雪を 常夏に 見れども飽かず 神からならし>

越中国分寺の創建は不詳であるが、大友家持赴任中には存在したと
推定されている。
越中国分寺跡には、その法灯を継ぐ国分寺が薬師堂のみ建っている。
跡地も縮小され、住宅地が取り囲んでいる。

<富山県のお寺一覧>

(1)寺名:越中国分寺(えっちゅうこくぶんじ)<正式名:国分寺>
(2)住所:富山県高岡市伏木一宮1-1-44
(3)宗派:高野山真言宗 (4)開創:741~751年 (5)本尊:薬師如来
(6)その他
1)越中国分寺跡:県指定史跡
2)文殊菩薩坐像:県指定文化財 南北朝時代
3)毘沙門天立像:市指定文化財 鎌倉時代
4)大日如来坐像:市指定文化財 江戸時代

<大伴家持が詠んだ歌の地を訪ねたが、立山連峰は霞んでいて、
 絶景を望むことが叶わなかった>

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                       雨晴海岸
                 <立山連峰は霞んでいる>

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                    二上山万葉ライン

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                       立山連峰
                  <二上山万葉ラインから>

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                     越中国分寺跡

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                        周囲

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                       薬師堂