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zoom RSS 弘憲寺 (香川県高松市) 高松藩初代藩主・生駒親正の菩提寺

<<   作成日時 : 2017/01/19 09:35   >>

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豊臣秀吉が四国を平定した後、1587年生駒親正は讃岐一国の戦国大名
となり、1590年には高松城を築城している。
この時に城下町を高松と呼んだといわれている。また、今日の高松の
基礎を築いている。
1600年徳川政権となり、高松藩の初代藩主となり、1603年高松城で
亡くなっている。
嫡男・2代藩主の生駒一正は親正の菩提を弔うために、現在の丸亀市に
あった法勲寺を移して、親正の法号から弘憲寺として開創している。
その際、法勲寺の寺宝も移している。

法勲寺は、讃留霊王神社(丸亀市)のお寺として白鳳時代に開創された
と伝えられ、弘法大師が再興したといわれている。
その後廃れたが、寺宝は近くの島田寺に移された。
生駒親正が島田寺住職に帰依したことから、親正は法勲寺を再興している。
こうした経緯から、弘憲寺境内には讃留霊王神社の末社が鎮守として
祀られている。

<香川県のお寺一覧>参照

(1)寺名:弘憲寺(こうけんじ) (2)住所:香川県高松市錦町2−4−29
(3)山号:利剣山 (4)宗派:高野山真言宗
(5)開基:綾氏 (6)開創:白鳳時代 (7)中興:生駒一正 1603年
(8)本尊:不動明王
(9)その他
1)本尊不動明王立像:重要文化財 藤原時代 像高109cm 法勲寺伝来
  地蔵菩薩立像:県指定文化財 藤原時代 像高93cm 法勲寺伝来
2)生駒親正像(画):市指定文化財 江戸時代初期
3)密教法具:重要文化財 鎌倉時代 法勲寺伝来
4)生駒親正夫妻墓所:県指定史跡

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                        外観

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                        山門

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                        境内

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                      弘法大師像

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                        本堂

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                        客殿

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                    生駒親正夫妻墓所

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