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zoom RSS 正受院 (京都市北区) 大徳寺塔頭

<<   作成日時 : 2016/01/29 10:04   >>

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伊勢平氏の流れをくむ関実忠(伊勢関氏の祖)が1265年伊勢亀山城
を築き、これ以降国人領主として関氏は続いている。
その系統に属する関盛貞(盛衡)は大徳寺に帰依して、永正年間(1504〜21年)
に大徳寺から東渓宗牧を招き正法寺(亀山市現在は廃寺となり跡地が史跡)を
開創している。
盛貞は連歌師・里村紹巴を招いて正法寺で歌会などを催している。
正法寺三代住職には大徳寺から清庵宗胃を迎え、天文年間(1532〜55年)に、
関盛貞は清庵宗胃を開山として、大徳寺内に正受院を開創している。
その後も関氏は正受院を支援し、関氏の大徳寺菩提寺となっている。

連歌師・里村紹巴の墓も正受院にある。
通常は非公開である。

<京都市北区、上京区のお寺一覧>参照

(1)寺名:正受院(しょうじゅいん) (2)住所:京都市北区紫野大徳寺町78−1
(3)宗派:臨済宗大徳寺派大本山大徳寺の塔頭
(4)開山:清庵宗胃 (5)開基:関盛貞(盛衡)
(6)開創:1532〜55年 (7)本尊:釈迦牟尼
(8)その他
1)金剛般若経:重要文化財 室町時代

画像
                        表門

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