清住院 (京都市東山区) 建仁寺塔頭

建仁寺塔頭・清住院は南北朝時代に開創され、室町時代に焼失しているが、
1653年に現在地の東(花見小路西側)に再興されている。
18世紀後半には、京焼磁器の創始者・奥田頴川が境内に窯を築いている。
1873年(明治6年)<都をどり>の会場として清住院を歌舞練場として改築され、
清住院は現在地に移転している。
<都をどり>は明治5年に始まり、毎年春に行われ、大正2年に花見小路東の
現・祇園甲部歌舞練場に移っている。
明治初期のお寺への過酷な施策によるものであろうか。
現在の清住院は小さな佇まいとなっている。

<京都市東山区のお寺一覧>参照

(1)寺名:清住院(せいじゅういん) 
(2)住所:京都市東山区大和大路通四条下る四丁目小松町587
(3)宗派:臨済宗建仁寺派 建仁寺塔頭
(4)開山:蘭州良芳 (5)開創:1375~79年 (6)本尊:十一面観音
(7)その他
1)十一面観音坐像:14世紀

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