慈眼寺 (京都市上京区) 戦国武将・佐々成政の菩提寺

織田信長の家臣として大いに貢献した佐々成政が、秀吉の代になり肥後大名
として赴任後、<肥後国人一揆>の失政の責任から自害させられた1588年、
娘の岳星院が父の菩提を弔うために京都西陣に開創したのが慈眼寺である。
その後1633年現在地に移転している。
慈眼寺は天寧寺・宗仙寺とともに曹洞宗洛中三ヶ寺に数えられた。

江戸時代中期に<翁草>を著した神澤杜口や南画家・山本梅逸の菩提寺
でもある。

(1)寺名:慈眼寺(じげんじ)
(2)住所:京都市上京区出水通七本松東入七番町358
(3)山号:福聚山 (4)宗派:曹洞宗
(5)開山:大雲永瑞 (6)開基:岳星院
(7)開創:1588年 (8)本尊:聖観音

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                       山門

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                       本堂

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