延仁寺 (京都市東山区) 親鸞聖人荼毘所

親鸞聖人は1262年11月28日、押小路南・万里小路東の善法坊で
亡くなると、<鳥部野の南の辺、延仁寺に葬したてまつる>(本願寺上人伝絵)
に記されている延仁寺で荼毘に付され、遺骨は鳥部野北辺の大谷に納められる。
10年後の1272年吉水の北辺(現在の崇泰院)に改葬され、大谷廟堂が
建立されている。

真宗大谷派と浄土真宗本願寺派では荼毘所の場所が異なっているが、
真宗大谷派では現在の延仁寺を荼毘所としている。
延仁寺は最澄による開創と伝えられているが詳細は不詳である。
その後荒廃するが1865年に西光寺として再興され、1883年に延仁寺として
復興している。

<親鸞聖人ゆかりの寺>参照

(1)寺名:延仁寺(えんにんじ) (2)住所:京都市東山区今熊野字総山2
(3)山号:洛東山 (4)宗派:真宗大谷派
(5)開基:最澄 (6)開創:平安時代初期 (7)本尊:阿弥陀如来

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