萬福寺 <万福寺>(三重県伊賀市) 鍵屋の辻決闘・河合又五郎の墓

三重県伊賀市上野寺町にある萬福寺は、平安時代末期に平清盛によって
上野城東あたりに平楽寺として開創されたと伝えられ、大寺であったといわれる。
1581年織田信長の兵火により、堂宇ことごとく灰燼に帰したが、1608年
藤堂高虎が伊賀上野城の改築にともない寺町を整備する際に、現在地に
再建された。
1697年の火災で<鍵屋の辻決闘>に関する資料類が無くなったが、
河合又五郎の墓が墓所から境内に移されている。
<鍵屋の辻決闘>は、1634年渡辺数馬と荒木又右衛門が数馬の弟の
仇・河合又五郎を伊賀上野の鍵屋の辻で討った事件であり、日本三大仇討
の一つである。
<他の2つは、曽我兄弟の仇討ちと赤穂浪士の討入り>

(1)寺名:萬福寺(まんぷくじ) (2)住所:三重県伊賀市上野寺町1157
(3)山号:上野山 (4)宗派:真言宗豊山派
(5)開基:平清盛 (6)開創:平安時代末期 (7)本尊:阿弥陀如来
(8)その他
1)鰐口:市指定文化財
2)鍵屋の辻決闘で討たれた河合又五郎の墓:4代前の住職が墓所から移す

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                       外観

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                       山門

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                       本堂

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                    河合又五郎の墓