神応寺 (京都府八幡市) 

京都府八幡市の男山山腹にある神応寺は、859年石清水八幡宮を
開いた弘法大師の弟子で奈良・大安寺の僧行教律師によって860年に開創
されたと伝えられている。
石清水八幡宮は当初から神仏習合の八幡宮で、明治時代初期の
神仏分離までは神応寺も八幡宮の別当所であった。

神応寺は豊臣秀吉や徳川将軍家の支援も受けて栄えたと言われている。
神仏分離を受けて、八幡宮開山堂に安置されていた行教律師坐像は
1873年神応寺に移座されている。

本堂から谷筋を登った突き当たりにある杉山谷不動尊は、弘法大師が
刻んで祀ったと伝えられ、<厄除け不動>として信仰を集めている。
一説には、行教律師が八幡宮の鎮守として祀ったとも言われている。

明治維新までは、男山一帯が八幡宮を中核とした神仏習合の霊地
であり、天皇から庶民にいたるまで篤い信仰を受けていた。

(1)寺名:神応寺(じんのうじ) (2)住所:京都府八幡市八幡西高坊43
(3)山号:糸杉山 (4)宗派:曹洞宗
(5)開山:行教律師 (6)開創:860年 (7)本尊:薬師如来
(8)その他
1)文化財
  行教律師坐像:重要文化財 平安時代前期 像高78cm
  鰐口:府指定文化財 1332年
  障壁画21面:市指定文化財 江戸時代 狩野山雪筆
  不動明王脇侍2躯:市指定文化財 南北朝時代
2)豊臣秀吉坐像:桃山時代 42cm
3)江戸時代の豪商淀屋辰五郎の墓
4)書院:伏見桃山城の遺構といわれる
5)杉山谷不動尊:厄除け不動尊

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                   境内からの眺望

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                       山門

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                       参道

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                       本堂

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                    不動堂への参道

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                      不動堂

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                  石清水八幡宮表参道