方広寺(京都市東山区) 豊臣秀吉開創の寺

京都東山七条界隈には豊臣秀吉にゆかりのある寺社やものが
数多く残っている。
一部列挙して見ると
①豊国廟 ②豊国神社 ③方広寺 ④新日吉神宮 ⑤智積院(前身の祥雲寺)
⑥妙法院 ⑦三十三間堂 ⑧耳塚 などがある。

しかし、これらゆかりの寺社も秀吉没後、徳川家康の策略などにより
盛衰の歴史を展開し、秀吉時代の面影は少なくなっている。

方広寺は1586年、秀吉の東大寺大仏殿を倣った<京の大仏>建立計画に
始まり、1595年大仏殿・大仏がほぼ完成した。
しかし、1596年の慶長伏見地震によって大仏は倒壊し、1602年には
大仏殿が焼失している。(放火説もある)
1612年には大仏・大仏殿は家康の援助もあり再建されている。
1614年梵鐘が完成したが、<国家安康><君臣豊楽>の文字が梵鐘に
あることによる<方広寺鐘銘事件>が発生し、<大坂の役>の端緒となった
といわれている。
1798年落雷により、大仏殿・大仏は焼失した。その後は小さな大仏が再建され、
1973年の失火で小さな大仏も焼失した。

秀吉の建立した大仏殿は高さ49m、南北88m、東西54m、大仏の高さ19m
と推定されている(発掘調査により)

(1)寺名:方広寺(ほうこうじ) 
(2)住所:京都市東山区大和大路通七条上ル茶屋街527-2
(3)山号:なし (4)宗派:天台宗
(5)開基:豊臣秀吉 (6)開創:1595年 (7)本尊:大日如来
(8)その他
1)梵鐘:重文 1614年
2)石塁・石塔:国指定史跡

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                       石塁

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                       本堂

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                       鐘楼

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                    <重文>梵鐘

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                      大黒堂

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                  <国宝>豊国神社唐門
                  <方広寺の隣地>

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                       耳塚