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東明寺 (京都府笠置町)
東明寺 (京都府笠置町) 木津川に沿って走る国道163号の有市集落で、木津川に架かる潜没橋を 笠置町飛鳥路へと渡ると、小高い所にお寺と思しき境内がある。 石仏や石塔が建っているが、本堂らしきものはなく、集会所らしき建物 があるのみである。これが東明寺である。 東明寺の開創は不詳であるが、1549年には存在したことは史料から 判明している。 このお寺を知らしめているのは、京都府文化財に指定されている <大般若経>であり、奈良〜室町時代の写経588帖は資料的価値が 高いといわれている。 これの伝来は東大寺〜... ...続きを見る

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2017/04/30 19:35
新福寺 (滋賀県大津市月輪)
新福寺 (滋賀県大津市月輪) 新福寺の位置する大津市月輪地区は、江戸時代前期に新田開発が行われ、 ため池や田畑が造成された地区である。 現在は、住宅地として開発されている。 新福寺はこうした新田開発の当初1676年に開創されている。 本尊の阿弥陀如来は京都誓願寺からの請来仏といわれ、平安時代前期 の造像といわれている。 ...続きを見る

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2017/04/29 09:28
久安寺 (三重県明和町) パワースポット
久安寺 (三重県明和町) パワースポット 伊勢湾岸に近い田畑の中に建つ久安寺は隠れたパワースポットといわれ、 相談事の駆け込み寺と謳っている。 開運祈祷と占いで問題解決に住職が懇切丁寧に相談にのってくれると。 久安寺は勢州七福神巡りの布袋尊霊場でもある。 久安寺は15世紀後半に開創されたと伝え、1692年再興され曹洞宗の お寺として再出発している。 ...続きを見る

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2017/04/28 09:19
運得寺 (愛知県東海市) 木田城主・荒尾氏の菩提寺
運得寺 (愛知県東海市) 木田城主・荒尾氏の菩提寺 運得寺は、16世紀に木田城主・荒尾空善が荒尾氏の菩提寺として 開創したと伝えられ、荒尾氏の墓塔といわれる宝篋印塔が3基 残されている。 荒尾氏は鎌倉時代から続く豪族で、鎌倉幕府の御家人、室町幕府の 奉公衆として、戦国時代に入り木田城主となり、織田信長に従い、 池田氏と縁戚関係となっている。 特に、池田輝政に仕え、江戸時代には鳥取藩主池田氏の家老も 務めている。 ...続きを見る

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2017/04/27 09:48
龍護寺 (岐阜県恵那市) 明智遠山氏の菩提寺
龍護寺 (岐阜県恵那市) 明智遠山氏の菩提寺 龍護寺の開創は不詳であるが、1521年には楞厳院という草庵があり、 1596年明智城(恵那市明智町)主・遠山利景が再興し、龍護寺として 遠山氏の菩提寺としている。 遠山氏は明智遠山氏ともいい、明智城を根拠にした中世からの 豪族武将であり、江戸時代には幕府旗本であった。 利景の父・遠山景行は、一説には明智光秀の叔父にあたるとも いわれている。 龍護寺には明智光秀の霊廟もあり、光秀の霊を弔っている。 通説では、明智光秀は明智長山城(可児市)で生まれたといわれているが、 恵那市の明智... ...続きを見る

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2017/04/26 09:21
成願寺 (三重県津市白山町)
成願寺 (三重県津市白山町) 伊勢国司・北畠材親の家臣で、小倭郡の領主であり、小倭上ノ村城主・新長門守 が真盛上人に帰依して、長男や一族の菩提を弔うために1493年開創したのが 成願寺と伝えられている。 真盛上人はここを拠点として布教活動を行い、天台真盛宗の中核寺となった。 こうしたことから、文化財も多くあり白山町の名刹として信仰を集めている。 上ノ村城跡は成願寺裏山にある。 ...続きを見る

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2017/04/25 09:37
洞光院 (愛知県尾張旭市)
洞光院 (愛知県尾張旭市) 新居城跡の城山公園の東に建つ洞光院は1558年に開創されたと伝えられる。 新居城は1374年地元の武将・水野良春によって築城され、現在は模造の 天守閣が築造され、旭城と呼んでいる。 水野良春が修験道から持ち込んだといわれる伝統芸能<棒の手>が 尾張地域に残っている。尾張旭市はその代表である。 その<棒の手>にゆかりの寺が洞光院で、棒塚が安置されている。 ...続きを見る

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2017/04/24 09:31
長慶院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
長慶院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭 長慶院は、1600年妙心寺71世東漸宗震を開山として杉原くま(長慶院) が開創している。 杉原くまは、豊臣秀吉の正室・ねねの姉で、兄には木下家定、末妹には やや(浅野長政の正室)がいた。 くまは医者の三折全友の妻であり、1624年亡くなり、長慶院が 菩提寺である。 山門は伏見城の東門といわれている。 長慶院は、くまが豊臣一族であったことからも江戸時代は逼塞していた といわれている。 ...続きを見る

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2017/04/23 13:09
行興寺 (静岡県磐田市) 熊野の長藤
行興寺 (静岡県磐田市) 熊野の長藤 能の代表作<熊野(ゆや)>の主人公(シテ)熊野が病没した母の菩提を 弔ったと伝わるのが行興寺である。 熊野は吉田宿の長者女主人で、平宗盛の寵愛を受けて京で暮らして いたが、母の病の便りを受けて宗盛に帰郷を願い出たが、受け入れられず、 清水寺桜見物に供をすることになった。 その席で熊野が詠んだ歌を聞いた宗盛は帰郷を許し、熊野は無事に 吉田宿へもどった。 ...続きを見る

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2017/04/23 08:50
西光寺 (岐阜県本巣市)
西光寺 (岐阜県本巣市) 本巣市根尾谷に建つ西光寺は1474年開創され、1600年現在地に 移転している。 1891年濃尾地震によって伽藍は倒壊し、その後再興されている。 濃尾地震は、本巣市を震源とする震度7の内陸地殻内地震で、日本史上 この類では最大の地震といわれている。 これにより発生した<根尾谷断層>は現在もハッキリと残され、特別天然記念物 として保存されている。 この根尾谷断層の北500mに建つのが西光寺である。恐らく西光寺も その断層上にあったと思われる。 また、北に2kmには日本三大桜の<根... ...続きを見る

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2017/04/22 19:56
極楽寺 (長野県木祖村)
極楽寺 (長野県木祖村) 木曽路藪原宿のJR中央線に面した小高い地に建つ極楽寺は、 天正年間(1573〜92年)に木曽川辺の倉籠に開創されたと伝えられ、 水害のために移転し、2ヶ所を経て1689年現在地に落ち着いている。 1691年に本堂、1698年に山門が建立され現在に至っている。 拝観はできなかったが、遠州流の庭園や藤田嗣治の天井絵などが ある。 ...続きを見る

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2017/04/21 10:04
長久寺 (福井県鯖江市)
長久寺 (福井県鯖江市) 徳川家康の次男・結城秀康が1600年越前に入ると、重臣と渡辺長久に 命じて北陸道の整備や鳥羽野の開拓に着手し、秀康の嫡男で福井藩主と なった松平直忠が継続して事業を進め、鳥羽野新町が形成された。 この渡辺長久が江戸時代初期に開創したのが長久寺である。 また、地元の人々が松平直忠の供養塔を長久寺に建立し、 現在は鯖江市の文化財に指定されている。 ...続きを見る

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2017/04/20 10:35
龍国寺 (石川県金沢市) 友禅染の祖・宮崎友禅斎の菩提寺
龍国寺 (石川県金沢市) 友禅染の祖・宮崎友禅斎の菩提寺 友禅染の創始者といわれる宮崎友禅斎の経歴については不詳なところが あるが、江戸時代中期に京都で友禅染の絵師として活躍し、晩年は 金沢に移り加賀友禅を創始したといわれている。 友禅斎の墓碑があるのが龍国寺である。 ...続きを見る

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2017/04/19 09:25
慈眼院 (岡山県瀬戸内市長船) 長船刀匠の菩提寺
慈眼院 (岡山県瀬戸内市長船) 長船刀匠の菩提寺 日本刀の国宝に指定された中でも、備前長船の数は少なくない。 備前長船は鎌倉〜戦国時代に多く作られているが、1590年の吉井川水害 で大打撃を受けている。 そうした備前長船の刀匠を供養し菩提を弔っているのが慈眼院であり、 毎年<刀匠慰霊祭>があるらしい。 ...続きを見る

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2017/04/18 09:10
建治寺 (徳島県徳島市) 四国霊場第13番大日寺の奥の院
建治寺 (徳島県徳島市) 四国霊場第13番大日寺の奥の院 徳島市西端の西龍王山(495m)中腹の崖際に建つ建治寺からは、 徳島市内や眉山などの雄大な眺望を楽しむことができる。 建治寺は四国八十八ヶ所霊場第13番大日寺の奥の院として、それに 相応しい山岳奥の院となっている。 ...続きを見る

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2017/04/17 09:59
法雲寺 (兵庫県上郡町) 赤松円心の菩提寺
法雲寺 (兵庫県上郡町) 赤松円心の菩提寺 法雲寺は、播磨守護の赤松円心(則村)が1337年に開創したと伝えられ、 その後赤松氏の菩提寺となっている。 室町時代には名刹として大いに栄えたといわれている。 赤松円心は、南北朝〜戦国時代の200年以上に亘り、播磨を統治した 赤松氏の始祖として名を馳せた。 ...続きを見る

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2017/04/16 09:39
鳳林寺 (大阪市天王寺区) 大坂城代の菩提寺
鳳林寺 (大阪市天王寺区) 大坂城代の菩提寺 大坂夏の陣で豊臣家が滅ぶと、徳川幕府は将軍の代理として大坂城に 譜代大名を大坂城代を置いて、西国外様大名に睨みをきかした。 1619年〜1868年の期間に及んだ。 この大坂城代の菩提寺が鳳林寺であり、鳳林寺は畿内曹洞宗中核 として大いに栄え、七堂伽藍を備えた大寺であったといわれている。 太平洋戦争で全て灰燼に帰している。 ...続きを見る

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2017/04/15 13:30
通玄院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
通玄院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭 妙心寺塔頭の通玄院は、1597年または1622年に妙心寺219世・虚櫺了廓 によって即心院として開創されたと伝えられている。 虚櫺了廓が安芸・禅林寺の住職時代に、安芸藩士・寺西信之が虚櫺に帰依し 後に、通玄院の大檀越となっている。 寺西は虚櫺を通じて、黄檗山萬福寺の開祖・隠元の<通玄山>書を手に入れ、 広島市西区の小山上の岩に通玄山と彫っている。これほどに寺西は<通玄> に魅せられ、通玄院に通じているのだろう。 ...続きを見る

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2017/04/15 09:10
遍照尊院 (和歌山県高野町高野山) 宿坊
遍照尊院 (和歌山県高野町高野山) 宿坊 遍照尊院は、空海が高野山を開創した折、修行したと伝えられている遍照ヶ岡 に、弘仁年間(810〜824年)開創されたといわれている。 江戸時代には、津軽藩主の菩提寺になり、一時は遍照尊院の別院が津軽に 建立された時もある。 津軽藩主・津軽信枚、信義などの画像が遍照尊院に残っている。 ...続きを見る

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2017/04/14 08:55
もくもく探索日誌 2017年4月13日 根尾淡墨桜
もくもく探索日誌 2017年4月13日 根尾淡墨桜 早朝6時過ぎに名神関ヶ原ICを出る。 本日は岐阜県本巣市を探索すべく、西国三十三所観音霊場第13番華厳寺へ 向かう。参道の桜が見ごろと思いながら。 今年の桜は1週間遅れているので、期待しながら向かう。 予想通り満開の桜。華厳寺も久し振りの訪問。 ここで、思案の末、思い切って根尾淡墨桜へ。本巣市の探索がどうかなと 思いつつ。 去年の淡墨桜は4月11日で終わっていたが、今年は13日で満開過ぎの 見ごろであった。 日本三大桜の一本だけに見事である。 ...続きを見る

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2017/04/13 22:57
極楽寺 (奈良県川西町)
極楽寺 (奈良県川西町) 川西町、三宅町、田原本町の一部の八つの集落を八ヶ郷と呼び、その郷の 広大な共同墓地(八ヶ郷墓地)の中に極楽寺と安養院が建つ。 2寺院は墓地の墓寺である。 八ヶ郷墓地の歴史は古く古代から続いているといわれている。 墓地の中には古墳も残っている。 墓寺は平安時代の10〜11世紀に、末法思想のもとに設置され始めたと いわれ、その代表例が、藤原道長が宇治市木幡の藤原氏墳墓の中に 建立された浄妙寺である。 ...続きを見る

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2017/04/13 17:03
善導寺 (兵庫県姫路市)
善導寺 (兵庫県姫路市) 善導寺は、1017年現在の姫路市本町の久長門跡内の地(かっては梛本と いわれた地)に梛寺として開創されたと伝えられている。 1601年姫路城拡張整備にあたり、城内にあたるため、現在地に移転して いる。 幕末の尊王攘夷の嵐は姫路藩内にも起こり、1864年甲子の獄で、60数名 が粛清に遭っている。その中心人物・河合惣兵衛(宗元)は自殺刑で処罰 され、善導寺に葬られている。 ...続きを見る

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2017/04/12 16:19
大阪市のお寺 (大阪府)
大阪市のお寺 (大阪府) 大阪市のお寺を紹介 寺名をクリックして詳細へ。 ...続きを見る

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2017/04/12 09:30
西方寺 (大阪市住吉区遠里小野)
西方寺 (大阪市住吉区遠里小野) 大阪市南端に位置し、大和川の北岸にあたる住吉区遠里小野(おりおの) 地区は万葉集にも出てくる地名で、古代から油の生産地であった。 江戸時代になると、菜種油の一大生産地として栄えたといわれている。 現在は、市街化し住宅がビッシリと集積している。 その住宅街の中に西方寺は建っている。 西方寺の開創は不詳であるが、菜種油の生産の頃は中核的なお寺 であったといわれている。 ...続きを見る

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2017/04/12 09:22
玉林寺 (京都府伊根町新井)
玉林寺 (京都府伊根町新井) 舟屋で知られる伊根町中心部から北に位置する新井漁港(にいぎょこう) の崖上に建つのが玉林寺である。 かって、中国秦の始皇帝の命により、徐福が不老長寿の薬を求めて上陸 したと伝承されるのが新井崎で、徐福を祀るのが新井崎神社である。 その神社の別当であったのが玉林寺である。 玉林寺の開創は不詳であるが、1625年再興されている。 現在は無住となり寂れている。 ...続きを見る

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2017/04/11 20:05
安楽寺 (滋賀県大津市枝)
安楽寺 (滋賀県大津市枝) 大津市南部を流れる瀬田川の東に位置する田上地区に建つ安楽寺は、 何の変哲もないお寺であるが、重要文化財に指定された薬師如来坐像 が祀られ、また鎌倉時代の石造浮彫宝塔が安置されている。 特に、石造浮彫宝塔を探したが見つからず。 ...続きを見る

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2017/04/11 09:22
雲興寺 (愛知県瀬戸市) 赤津瓦の本堂
雲興寺 (愛知県瀬戸市) 赤津瓦の本堂 瀬戸焼の陶祖・加藤藤四郎は1228年、雲興寺近くの赤津地区に窯を 構えて瀬戸焼を始めたとも言い伝えられている。 赤津地区は瀬戸焼の中心地の一つとして栄えていった。 大正〜昭和時代初期にここで焼かれた赤味の瓦を赤津瓦と呼んで 普及された。 その瓦が葺かれた本堂・鐘楼が雲興寺である。 現在では、赤津瓦は赤津地区では生産されていないとか。 ...続きを見る

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2017/04/10 08:50
不動寺 (静岡県浜松市浜北区)
不動寺 (静岡県浜松市浜北区) 三方原台地から東の天竜川にかけて、天竜川によって出来た三段の河岸段丘 が拡がり、その二段目と三段目の境に建つのが、身代わり不動の信仰が 篤い不動寺である。 戦時中、兵士がこのお寺の守札を身につけていたお陰で、戦闘から兵士を 守ったといわれ、身代わり不動として信仰が高まったといわれている。 不動寺は奈良時代前半に開創されたと伝えられている。 その後、盛衰を経て1664年黄檗宗の僧によって再興されている。 ...続きを見る

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2017/04/09 09:21
医王寺 (三重県松阪市飯南町) 鉄製宝篋印塔
医王寺 (三重県松阪市飯南町) 鉄製宝篋印塔 墓塔や供養塔として鎌倉時代から建立された宝篋印塔は石造が大半で、 医王寺の鉄製宝篋印塔は非常に珍しい。 私も宝篋印塔を多く拝観しているが、鉄製のものは初めてである。 1706年2代住職が薬屋の喜捨を受けて建立したもので、津藩お抱えの 鋳物師によって造られている。 医王寺の起源は不詳であるが、中世に近くの安城山に建てられたお寺が 廃れ、江戸時代前期に本尊を移して開創されたのが医王寺である。 ...続きを見る

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2017/04/08 15:16
地蔵寺 (愛知県蟹江町)
地蔵寺 (愛知県蟹江町) 蟹江川沿いに建つ地蔵寺の本尊・地蔵菩薩は聖徳太子の造像と伝承される 秘仏で、今まで開帳されていないとのこと。 この地蔵菩薩は海から引き上げられ、蟹江城主・渡辺氏が本尊として 祀るために地蔵寺を開創したと伝えられている。 また、お寺に祀られている弘法大師信仰も篤く、蟹江大師とも 呼ばれている。 ...続きを見る

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2017/04/07 09:31
長興院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭
長興院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭 妙心寺塔頭・長興院は1581年織田信長の重臣滝川一益によって 開創されたと伝えられている。 滝川一益は織田信長の重臣で、織田四天王の一人である。 織田四天王とは、  柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、明智光秀であるが、羽柴秀吉を 加えて、織田五大将ともいわれている。 一益は本能寺の変後、上野国を領していたが北条氏との戦いに 敗れ、賤ヶ岳の戦いで柴田勝家に組したがここでも敗れている。 秀吉とは対立し、1586年亡くなっている。 ...続きを見る

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2017/04/06 08:52
大乗寺 (静岡県御殿場市)
大乗寺 (静岡県御殿場市) 箱根裏街道と呼ばれる国道138号に面して建つ大乗寺は、富士山の 東南東麓に位置し、1707年の富士山噴火による災禍に遭っている。 この噴火によって降灰は1〜1.5mにも達したといわれている。 大乗寺は1469年開創されたと伝えられ、天正年間(1573〜92年) 現在地に移転したといわれている。 1707年大噴火の後、1771年から再建が始まっている。 本堂前の表庭は1902年頃造園されたといわれ、遠州流庭園である。 本尊は善光寺式阿弥陀三尊である。 ...続きを見る

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2017/04/05 13:45
東林寺 (岐阜県下呂市金山町)
東林寺 (岐阜県下呂市金山町) 金山町は飛騨川と馬瀬川の交流地点を中心とした飛騨街道の宿場町であった。 馬瀬川を遡った東岸の山裾に建つのが東林寺である。 参道の奥に建つ山門は鐘楼門形式で、梵鐘と太鼓が吊るされた珍しい形式で、 浄土真宗のお寺によくある太鼓楼と鐘楼門を兼ね備えた堂々とした姿である。 山門を潜り境内に入ると、樹齢200年以上といわれる百日紅と柊(ひいらぎ)が 目に飛び込んでくる。 東林寺の目玉は本堂格天井の120枚の絵であろう。 1723年本堂が建立され、1752年に天井絵が描かれている。 ご住職の... ...続きを見る

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2017/04/04 14:04
得成寺 (群馬県富岡市) 小野小町伝説
得成寺 (群馬県富岡市) 小野小町伝説 絶世の美女と言い伝えられた平安時代の歌人・小野小町ゆかりの 伝説は全国各地にある。 その内の一つが得成寺に伝わっている。それは  京の宮中に仕えていたが、奈良長谷寺の観音のお告げを受けて、 故郷の出羽へ帰る途次に病を患い、富岡の村人に教えられた 薬師如来に祈願を続けたところ、病も癒えて出羽の国へと旅立った。 この間、小町が住した庵が得成寺の起源と伝えられている。 ...続きを見る

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2017/04/04 08:56
もくもく探索日誌 2017年4月2日 尾張北部
もくもく探索日誌 2017年4月2日 尾張北部 名神高速伊吹PAで小休憩をとり、雪を冠した伊吹山の姿に本日の探索を 期待して、東海北陸道・一宮木曽川ICを7時半に出る。 本日の行程は一宮市〜江南市〜扶桑町〜犬山市〜大口町〜江南市 〜一宮市と尾張北部を巡る計画であったが、犬山市に入った途端に 通行規制にあう。犬山祭で市街地は通行規制と。 犬山城を眺めるだけで、犬山市内の探索は見送りとなる。 しかし、一宮市・長誓寺のシダレ桜が満開で、今季初のお花見となる。 ソメイヨシノは開花したばかりで、満開は一週間後となりそう。 ...続きを見る

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2017/04/03 13:47
総光寺 (福井県福井市)
総光寺 (福井県福井市) 総光寺は1583年丹羽長秀によって開創されたと伝えられており、 丹羽長秀の菩提寺である。 丹羽長秀は織田信長の重臣で、柴田勝家と並ぶ家老職であった。 本能寺の変(1582年)で織田信長が亡くなると、長秀は羽柴秀吉の側に 立ち、1583年の賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破った後、若狭・越前・加賀 の一部を領する戦国大名となっている。 しかし、1585年亡くなり総光寺に葬られている。 ちなみに、羽柴秀吉の羽柴は丹羽と柴田の一字を取って名付けたとも いわれているが、史実はない。 ...続きを見る

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2017/04/03 09:07
松月寺 (石川県金沢市寺町) 大桜
松月寺 (石川県金沢市寺町) 大桜 松月寺の大桜の支幹が土塀を突き破り、寺町通の歩道にはみ出している 様は、古樹の歴史を物語っている。 この大桜はヤマザクラの一種で<ショウゲツザクラ>の学名がついている。 加賀3代藩主・前田利常が小松城内の桜を住職に与え植えられたといわれ、 推定樹齢400年といわれている。 残念ながら緑の季節に訪問しているので、花満開の写真がない。 ...続きを見る

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2017/04/01 15:16
島根県のお寺
島根県のお寺 島根県のお寺を紹介 ...続きを見る

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2017/04/01 09:35
出雲安国寺 (島根県松江市)
出雲安国寺 (島根県松江市) 南北朝時代初期に夢窓国師の薦めに応じて、南北朝動乱で戦死した 人々を弔い国家安寧を祈るために、足利尊氏・直義兄弟が全国66ヶ国に 安国寺を開創している。 出雲安国寺はその一つで、それまで存在した円通寺を1345年再興し 出雲安国寺としたと伝えられている。 江戸時代になって、1634年松江藩主となった京極忠高が父・高次の 供養塔を建立し、京極氏の菩提寺としている。 しかし、忠高が1637年亡くなり、後継がなく一代で松江藩主は松平氏 に代っている。 ...続きを見る

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2017/04/01 09:24

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お寺の風景と陶芸 2017年4月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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