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お寺の風景と陶芸
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瑞林寺、観瀧寺 (京都府福知山市) 山門が福知山城の城門遺構
瑞林寺、観瀧寺 (京都府福知山市) 山門が福知山城の城門遺構 京都府福知山市にある瑞林寺と観瀧寺の山門は、明治時代初期の 廃城令により福知山城が取り壊された折に、城門を移築したものである。 現在、福知山市内に残されている城門遺構は上記のお寺以外に 正眼寺山門・法鷲寺山門・明覚寺山門などがある。 ...続きを見る

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2009/07/04 08:33
中国・四国・九州のお寺  総覧
中国・四国・九州のお寺  総覧 中国・四国・九州のお寺を県別に紹介 ...続きを見る

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2009/07/04 08:28
曹源寺 (岡山県岡山市) 岡山藩主池田家の菩提寺
曹源寺 (岡山県岡山市) 岡山藩主池田家の菩提寺 岡山県岡山市にある曹源寺は、岡山藩主第2代池田綱政が祖父と父 光政の菩提を弔うために開創した禅寺で、その後岡山藩主の菩提寺 となった。 藩主菩提寺に相応しい境内の広さと伽藍の充実・池泉回遊式庭園を 備えた雅致と幽玄に富んだ風景が展開される。 ...続きを見る

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2009/07/03 09:00
正楽寺 (岡山県備前市) 中国三十三観音霊場第3番
正楽寺 (岡山県備前市) 中国三十三観音霊場第3番 岡山県備前市の蕃山にある正楽寺は、749年報恩大師による開創と 伝えられる古刹で、江戸時代には岡山藩主池田家の祈願所となり、 陽明学者の熊沢蕃山が一時隠棲した地であり、現在の地名は熊沢 蕃山から来ている。 山門は日光の陽明門を模して造られたとも言われ、その彫刻は 見るべきものがある。 静かな境内と伽藍の配置の妙がお寺の風格を造っている。 ...続きを見る

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2009/07/02 08:47
静円寺 (岡山県瀬戸内市邑久町) 竹久夢二ゆかりの寺
静円寺 (岡山県瀬戸内市邑久町) 竹久夢二ゆかりの寺 岡山県瀬戸内市邑久町にある静円寺は、730年行基によって開創 されたと伝えられている。 江戸時代現在地に移転し大いに栄えたと言われているが、現在は 無住で三つの子院が護り伝えている。 この地で生まれた<夢二式美人画>の竹久夢二は、15歳で神戸へ 行くまでこの地で育ち、静円寺でもよく遊んだと言われている。 ...続きを見る

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2009/07/01 09:26
由加山蓮台寺 (岡山県倉敷市) 厄除け瑜伽大権現
由加山蓮台寺 (岡山県倉敷市) 厄除け瑜伽大権現 岡山県倉敷市の南に位置する由加山(274m)山頂付近にある 蓮台寺は、明治時代の神仏分離政策により蓮台寺と由加神社に 分離されるまでは<瑜伽大権現>と呼ばれる神仏習合の霊場で あった。 讃岐の金毘羅大権現(神仏分離後は金刀比羅宮)とともに、 権現信仰として大いに栄え、両方お参り(両参り)することが慣例と なっていた。 ...続きを見る

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2009/06/30 08:59
五流尊瀧院(岡山県倉敷市) 修験道総本山
五流尊瀧院(岡山県倉敷市) 修験道総本山 修験道の開祖といわれる役行者の弟子5人が紀州熊野本宮大社と同様の 社殿を児島の現在地に築き、新熊野権現として神仏習合の形態で開創 されたと伝えている。 その後衰退したが、1223年承久の乱により頼仁親王がこの地に配流となり、 頼仁親王により再興された。 明治時代の神仏分離により、新熊野権現は熊野神社と五流尊瀧院に分離され、 戦後五流尊瀧院は<修験道総本山>を宣言した。 ...続きを見る

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2009/06/29 08:48
不洗観音寺 (岡山県倉敷市) 子授り・安産祈願の寺
不洗観音寺 (岡山県倉敷市) 子授り・安産祈願の寺 岡山県倉敷市の帯江にある不洗観音寺は、天平年間(729〜749年) に行基と菩提遷那によって観音菩薩を安置したことに始まると伝えられて いるが、同じ天平年間に増慶上人が夢告によって大和長谷寺に参籠し 勧請した十一面観音を子授け・安産の本尊として祀ったのが不洗観音 の始まりと言われている。 江戸時代になると多くの女性の信仰を集め、この地域ばかりでなく 遠くからからも子授り・安産祈願に参拝者が訪れたと記録にある。 ...続きを見る

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2009/06/28 08:47
遍照寺 (岡山県笠岡市) <重文>多宝塔
遍照寺 (岡山県笠岡市) <重文>多宝塔 岡山県笠岡市にある遍照寺は、弘法大師空海によって笠岡市にある石槌山の 北麓吉田に開創されたと伝えられ、1331年地元の豪族陶山義高が笠岡の 中心地(中央町)に移して再興し、陶山氏の祈願所とした。 その後、応仁の乱以降陶山氏が没落するのに合わせて遍照寺も衰退した。 江戸時代初期、小堀遠州の支援を受けて再興され、1606年<重文>多宝塔が 建立されている。 1977年都市計画により、多宝塔を残して寺は西の浜へ移転した。 ...続きを見る

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2009/06/27 14:53
竹林寺 (広島県東広島市) <重文>本堂
竹林寺 (広島県東広島市) <重文>本堂 広島県東広島市の篁山(535m)の山頂にある竹林寺は、730年 行基によって桜山花王寺として開創されたと伝えられている。 その後、802年このお寺の本尊千手観音の授かりによって地元の 女性が産んだ子が、後の小野篁であるとの伝承がある。 史実とは異なると考えられる伝承がどのように作られたか興味が湧く。 篁の父は小野岑守で、母は不詳であることから母がこの地の 出身として伝えられているのであろう。 この伝承を伝える<竹林寺縁起絵巻>は広島県の文化財に指定され、 室町時代から伝えられてい... ...続きを見る

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2009/06/26 08:54
佛通寺 (広島県三原市) 臨済宗佛通寺派大本山
佛通寺 (広島県三原市) 臨済宗佛通寺派大本山 広島県三原市の山間を流れる仏通寺川の谷間にある佛通寺は、 1397年沼田庄地頭の小早川春平が愚中周及禅師を開山に 迎えて開創した禅寺である。 小早川氏の支援を得て大いに栄えたが、応仁の乱で荒廃し、 小早川隆景の代になって再興された。 その後も広島藩主浅野氏の支援を受けて、この地域において 中心的寺院として機能した。 しかし、1796年の火災で地蔵堂・開山堂を除く伽藍はほとんどが 焼失し衰微した。 1906年臨済宗佛通寺派大本山として独立し、伽藍も徐々に整備された。 臨済宗には... ...続きを見る

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2009/06/25 09:06
米山寺 (広島県三原市) 安芸小早川家の菩提寺
米山寺 (広島県三原市) 安芸小早川家の菩提寺 広島県三原市沼田の山間にある米山寺は、1153年天台宗の巨真山寺として 開創され、1235年小早川氏第4代の茂平によって小早川家の菩提寺となった。 小早川氏初代の土肥実平は源頼朝に仕えた相模の武士で、三代景平 がここ沼田の地頭として安芸に入り、以降17代隆景まで沼田を本拠と して活躍した。特に、小早川隆景は毛利元就の三男として生まれ 小早川家に養子として入り、後に豊臣秀吉の五大老までになった 名将である。 隆景は1567年三原城を築城し、本拠を三原に移している。 しかし、隆景の養... ...続きを見る

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2009/06/24 09:05
国宝建造物があるお寺
国宝建造物があるお寺 国宝のお堂(建造物)があるお寺は全国で98ヶ寺を数え、お堂の数は175棟あります。 ...続きを見る

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2009/06/23 22:44
宗光寺 (広島県三原市) <重文>山門
宗光寺 (広島県三原市) <重文>山門 広島県三原市本町にある宗光寺は、1577年小早川隆景が本郷に 開創し、その後1582年隆景が築城した三原城の城下に移転した。 山門は、三原城が築城される迄隆景の居城であった本郷の新高山城 の城門を移築したものである。 ...続きを見る

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2009/06/23 10:36
妙正寺 (広島県三原市) 三原城主浅野家の菩提寺
妙正寺 (広島県三原市) 三原城主浅野家の菩提寺 広島県三原市本町の小高い所にある妙正寺は、1674年三原城主の 三代浅野忠真が浅野家の菩提寺として東町の米田山麓に開創し、1724年 四代城主忠義が現在地に移してから三原4ヶ寺の一つに数えられている。 本堂・庫裡・山門など6棟が市指定文化財に指定され、当時の日蓮宗の 伽藍をよく物語っている。 <三原4ヶ寺:宗光寺、妙正寺、正法寺、大善寺> ...続きを見る

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2009/06/22 09:40
正法寺 (広島県三原市) 三原城主の祈願所
正法寺 (広島県三原市) 三原城主の祈願所 広島県三原市本町の路地奥にある正法寺は、開創については不詳で あるが、小早川隆景が1567年三原城を築城したのにともない、 本郷沼田から三原に移転してきた。 江戸時代三原城主浅野氏の祈願所として三原4ヶ寺の一つに数えられ、 1890年現在地に移転し今日に至る。 ...続きを見る

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2009/06/21 11:09
松寿寺 (広島県三原市) 三原で最古刹の禅寺
松寿寺 (広島県三原市) 三原で最古刹の禅寺 広島県三原市の寺町にある松寿寺は、1365年備後守護職の細川頼有 が京都建仁寺の住職惟忠禅師を開山に迎えて昌寿寺として開創した ことに始まる。 この時点では三原城もなく、昌寿寺が最初のお寺であった。 その後、小早川隆景が三原城を築城し、本郷から三原に移ってきたのに ともない多くの寺院が移動してきた。 ...続きを見る

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2009/06/21 09:38
国前寺 (広島県広島市) 広島藩主第2代浅野光晟の菩提寺
国前寺 (広島県広島市) 広島藩主第2代浅野光晟の菩提寺 広島市の広島駅北にある国前寺は、1340年暁忍が暁忍寺として開創 したのが始まりである。 その後、1656年浅野2代藩主光晟の夫人満姫が光晟の菩提寺として 再興し、国前寺と改名している。 歴代浅野藩主の菩提寺は国泰寺であったが、原爆投下により壊滅し、 現在は西区に再建されている。 国前寺は1945年原爆投下により爆風を受けながらも残り、今日まで維持されて きている。 ...続きを見る

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2009/06/20 09:12
もくもく探索日誌 2009年6月19日 丹波北部
もくもく探索日誌 2009年6月19日 丹波北部 朝から強い日差しの中を9時前に丹波市青垣の山間にある高源寺に 到着。新緑から深緑へ少しずつ変わっていく楓に覆われた参道の 石段を一歩一歩踏みしめるように登っていく。 朝早いこともあり、誰一人の参拝者にも会うことなく幽玄の境内に 立つ。 秋の紅葉時には溢れるほどの人人となる紅葉の名所で、 <丹波紅葉三山>と呼ばれ、関西花の寺霊場第4番にもなっている。 なんだか私が独り占めしている感慨に浸りながら、薄緑の境内を 歩きまわる。 ...続きを見る

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2009/06/19 21:35
観音寺 (広島県三原市) 三原やっさ踊りの原形念仏踊り
観音寺 (広島県三原市) 三原やっさ踊りの原形念仏踊り 広島県三原市の寺町にある観音寺は、1567年小早川隆景が三原城 を築いたのに伴い、前の新高山城のあった本郷から多くの寺院が三原に 移動した内の一つである。 この三原城築城完成時にこれを祝って踊られ、現在は<三原やっさ踊り> として30万人以上が集う三原の一大イベントとなっている踊りの 原形といわれる念仏踊りは観音寺に由来すると伝えられている。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/06/18 09:05

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