テーマ:国宝伽藍のあるお寺

西明寺(滋賀県甲良町) その3 <国宝>本堂、三重塔

湖東三山(西明寺、金剛輪寺、百済寺)は天台寺院ということもあって 織田信長の兵火に遭っているが、西明寺・金剛輪寺の本堂・三重塔は その難から逃れている。百済寺は全てが灰塵と帰している。 西明寺は鎌倉時代初期には大寺となっていたと考えられており、 参道沿いの石垣遺構から相当数の坊舎が建ち並んでいたと思われる。 <西明寺 …
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長谷寺(奈良県桜井市) <国宝>本堂と深緑の風景

初瀬山(546m)の中腹にへばり付くように建つ長谷寺<国宝>本堂は、 清水寺と同じように舞台造り(懸造り)となっていて、遠くからもその姿が 望める。また舞台からは遠くの山々が望め、深緑の緑が目に焼き付く。 長谷寺は<ボタンの寺><花の御寺>と呼ばれ、日本一のボタンは 7000株といわれている。 この時期は人人~。 <…
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唐招提寺(奈良県奈良市) 蘇る天平の甍と深緑の風景

梅雨の晴れ間をねらって今日、唐招提寺を訪れた。 2000年から始まった金堂の平成大修理が大詰めに来て、屋根の覆屋が 外され、蘇った金堂がその姿を現わして来ている。 現在の屋根(棟)は創建当時より2.7m高く、屋根の勾配が強くなっている。 これは、元禄期の修理時に行われたとみられる。 <2009年秋に落慶法要が予定されている> …
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延暦寺(滋賀県大津市) その2 東塔の伽藍

東塔(とうどう)は延暦寺発祥の地であり、本堂にあたる根本中堂のある 中心地区である。 <延暦寺 その1、その3、その4、その5、その6>参照 主な伽藍 (1)根本中堂:国宝 1642年徳川家光によって再建 本尊薬師如来          内陣に不滅の法灯がある (2)根本中堂回廊:重文 1642年 (3)大講堂:重…
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延暦寺(滋賀県大津市) その1 比叡山延暦寺の風景

大津市と京都市にまたがる比叡山(848m)全域と山麓にある大津市坂本の 里坊を含めた広大な霊場延暦寺をシリーズで紹介してみよう。 <延暦寺 その2、その3、その4、その5、その6、その7>参照 <滋賀県大津市のお寺>参照 比叡山と延暦寺は行政区分上は大津市に属しているが、古からの見方は 京の東北の鬼門に位置する霊山…
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金峯山寺(奈良県吉野町) その2 修験道の中心地

日本古来の山岳信仰に、仏教・神道などが結びついて発展した修験道の 開祖といわれる役小角(役行者といわれることが多い)が、7世紀後半に 開創したと伝えられる金峯山寺は、現在修験道の中心地として活動している。 本尊の蔵王権現信仰の神木が桜であることから、信者を始めとする人たちの 寄進によって植えられた桜が、現在の<吉野の桜>を形…
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金峯山寺(奈良県吉野町) その1 深緑の風景 世界遺産

このページでは、金峯山寺の深緑風景をいろんな角度から見てみよう。 桜の風景はあまりにも有名で、多くの人を楽しませてくれる風景であるが、 緑の吉野山も心を癒してくれるし、歩いてみようと思わせる空気が流れている。 山岳信仰に根ざした自然に対する信仰こそ、日本独特の信仰であり、 今まで山野の緑が絶えることなく保持されているのはそこ…
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長弓寺(奈良県生駒市) <国宝>本堂

長弓寺の<国宝>本堂は1279年に建立された檜皮葺の新和様建築で、 鎌倉時代の和様建築の代表作といわれている。 長弓寺には以前鎌倉時代建立の三重塔があったが、1934年の 室戸台風によって甚大な被害に遭い初層のみになり、修理費用に 手がまわらず、鐘楼・門などと共に売却された。 現在それらは東京のグランドプリンスホテル高輪の庭園…
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法起寺(奈良県斑鳩町) 聖徳太子ゆかりの世界遺産

聖徳太子建立の七大寺にあげられる法起寺は、<法隆寺地域の仏教建造物> で世界遺産に登録されている。 最初は岡本寺とか池後尼寺といわれていて、聖徳太子の遺願により岡本宮を 寺に改めたものである。 <国宝>三重塔は706年以前に建立された日本最古の三重塔であり、高さも 24mと薬師寺東塔についで高い。 お寺の境内は小さく…
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當麻寺(奈良県葛城市) その1 当麻曼荼羅と中将姫伝説

當麻寺はボタンの花で知られた名刹であるが、なんと言っても <当麻曼荼羅>信仰と中将姫伝説である。 <伝説> 藤原鎌足の子孫藤原豊成の娘中将姫が、継母に虐められ死の寸前まで 追い詰められたが、その難から逃れた後當麻寺で出家しひたすら極楽往生を 念じながら、五色の蓮糸で一夜にして織り上げたのが<当麻曼荼羅>である。 29歳の…
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大徳寺(京都市北区) 臨済宗大徳寺派大本山

大徳寺が世界遺産に登録されていない不思議はいつまで続くのか。 噂では<古都京都の文化財>に追加登録の動きもあるとか。 境内の電線地中化も進行中であるし、非公開の部分も多いのが 現状であるが、それも公開の動きがあるのか。 文化財の宝庫である大徳寺には是非登録に積極的な活動を 願ってやまない。 大徳寺は<茶ずら>と言われるほ…
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大仙院、龍光院(京都市北区) 大徳寺塔頭

大仙院は1509年の創建で、大徳寺塔頭の中でも北派本庵として 尊重される名刹であり、非公開が多数を占める塔頭の中でも、 数少ない公開塔頭(ただし、撮影不可)である。 沢庵和尚が宮本武蔵に剣道の極意を教えた所として、前住職の 尾関宗園の法話などの名物和尚が輩出しているお寺である。 龍光院は大仙院と全く逆の非公開塔頭で、多くの…
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西本願寺<本願寺>(京都市下京区) 浄土真宗本願寺派本山 世界遺産

1262年親鸞聖人入滅の後、末娘の覚信尼が1272年現在の知恩院塔頭の 崇泰院付近に廟堂を設け、遺骨を安置したのが本願寺の発祥といわれる。 3代覚如が再建し専修寺と言っていたが、その後本願寺と改名した。 その後、寺基は転々としたが、1591年豊臣秀吉の寄進によって現在地に 再建された。 1602年本願寺は東西に分割され、西本願…
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妙法院(京都市東山区) 天台三門跡

三十三間堂を所有している妙法院を訪れた人は京都でも少なく、 名前を知っている人も少ない隠れたお寺である。 由緒としては、三千院や青蓮院とともに天台宗の門跡寺院として 江戸時代末まで名門寺として栄えてきた。 明治時代になって、神仏分離の煽りを受けて衰退し、境内(庭園を含む)の 一部を売却して生き延びてきたが、戦後の観光ブーム…
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園城寺<三井寺>(滋賀県大津市) 西国三十三所観音霊場第14番

三井寺の南院伽藍は西国三十三所観音霊場第14番の観音堂を中心としている。 観音堂はかって正法寺と呼ばれ、長等山山頂にあったが1481年に現在地に 移っている。 観音堂本尊・如意輪観音坐像:重要文化財 10世紀 像高92cm 観音堂:県指定文化財 1689年 <三井寺(園城寺) その1 新緑の風景>参照 <園城寺(…
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園城寺<三井寺>(滋賀県大津市) その2 主な伽藍(1)

三井寺の伽藍はほとんどが、1600年前後に再建されたか、もしくは 他所から移築されたものである。 比叡山延暦寺との長年の抗争で幾度となく焼失・再興を繰り返し、 1600年頃に再興されて以来現在に至っている。 このページでは三井寺の伽藍をみてみよう。 <伽藍(1)、伽藍(2)に分けて掲載> <三井寺(園城寺) その1 …
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三井寺<園城寺>(滋賀県大津市) その1 新緑の風景

琵琶湖の南西に位置する長等山の中腹にある三井寺<正式名:園城寺>は、 672年に勃発した<壬申の乱>で敗れた大友皇子の子大友与多王が、 父の菩提を弔うために建立したと伝わるお寺である。 その後、智証大師円珍が比叡山延暦寺の天台別院として中興し、東大寺・ 興福寺・延暦寺とともに<四大寺>と呼ばれるほどに大きなお寺になった。 …
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正福寺(東京都東村山市) 東京都唯一の国宝建造物

久しぶりに東京のお寺を訪れ、鉄筋コンクリートのお堂が多く、 木々も少ないお寺が多い中にあって、京都・奈良とは違った趣を 感じたし、現代社会におけるお寺を探索してみた。 東京大空襲により古い建造物はほとんどが被害を受けたが、 ここ東村山の地蔵堂は無事難を遁れた。 1407年建立の禅宗様(唐様)のお堂で、鎌倉の円覚寺舎利殿とと…
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明通寺(福井県小浜市) <国宝>本堂・三重塔

現在、小浜市がスポットを浴びているのは、NHKのドラマ<ちりとてちん>と 米国の大統領で注目の<OBAMA>氏との同名を売りにしている。 小浜市は古刹・名刹のお寺が集中してあり、<国宝めぐり>のバスも運行 されるほどに仏像・堂塔に優れたものがある。 その中にあって、小浜を代表するお寺が明通寺であるが、国宝の堂塔が 二つ(福…
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東寺<教王護国寺>(京都市南区) 五重塔と金堂の風景

東寺の五重塔と金堂は共に国宝であるが、年代としては400年ぐらい前の 比較的に新しい堂塔である。 五重塔は826年弘法大師によって建立着手され、その後4度の焼失 に遭い、現在の塔は1644年徳川家光の寄進によって再建された 総高55mの、日本の木造塔では最高の塔である。 京都のシンボルタワーになっている。 金堂は79…
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室生寺<女人高野>(奈良県宇陀市) 風景と<国宝>五重塔

近年、市町村合併で室生村から宇陀市室生区に変わったが、室生寺の 風景とはマッチしない名前になったものだ。 2001年に放送されたNHKの<21世紀に残したい日本の風景100選>で 第7位、近畿では第1位(ちなみに第1位は富士山)に選ばれた室生寺の 風景はお寺の原風景であろう。 自然を壊さず、自然に溶け込んだ伽藍と山麓から奥…
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興福寺(奈良県奈良市) 変貌するか興福寺

南都北嶺(北の比叡山延暦寺、南の興福寺)といわれた奈良時代~室町時代の 興福寺が変貌するのか。 奈良公園の中に雑然とした堂塔が散らばる今の興福寺が、中金堂の再建に よって古の風景を蘇らせるのか。 同じ法相宗大本山である薬師寺が蘇ったように。 法隆寺、東大寺、薬師寺を除いた南都七大寺の変貌こそが古都奈良の 再生にかかってい…
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妙喜庵(京都府大山崎町) <国宝>茶室待庵(千利休作)

<国宝>待庵は千利休が造った唯一現存する茶室で、最古の茶室である。 山崎合戦(天王山の戦い)が終わって、秀吉が山崎に滞在した時に 千利休が造った茶室といわれ、それを後に妙喜庵に移築したのである。 待庵はその後の茶室の原型であり、利休の遺構として貴重な資料と なっている。 なお、国宝の茶室は他に如庵(犬山市の有楽苑)、密…
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南禅寺(京都市左京区) 新緑の風景と景物

南禅寺は禅宗の臨済宗南禅寺派の大本山で、1291年亀山法皇が自らの離宮を 禅寺としたのが始まりである。 室町時代には京都五山の<五山之上>に格付けされ、その当時の最も優れた 禅僧が住職に就き、五山文学の中心として栄えた。 伽藍は3回火災に見舞われ、現在の伽藍は桃山時代のものが最も古く、 法堂(本堂)は明治時代に再建されている。…
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金蓮寺(愛知県西尾市吉良町) <国宝>弥陀堂

忠臣蔵の敵役にさせられた吉良上野介の祖先吉良家の領地であった (鎌倉~江戸時代初期)吉良町に、ポツネンと建つ国宝弥陀堂。 周囲に柵などもなく全くの無防備であるが、吉良の里人が永く護ってきた お陰なのであろう。 愛知県で唯一の国宝建築で、最古の木造建築物である。 源頼朝が三河七御堂のひとつとして建立したと伝えられているが、 正…
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仁和寺(京都市右京区) その2 世界遺産 真言宗御室派総本山

仁和寺は886年光孝天皇の勅願で建立が開始されたが、天皇が 亡くなったのでそれを継がれた宇多天皇が888年に開創された。 宇多天皇はその後、出家され御室と名付けられた僧房に住んだことから 仁和寺は<御室御所>と呼ばれた。 代々の住職は皇室関係の人が努め明治時代まで存続したことから、 門跡寺院の筆頭として君臨した。 なお、金堂…
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仁和寺(京都市右京区) その1 お寺の風景と御室桜

門跡寺院の筆頭であった仁和寺は、その風景が物語っている。 伽藍、庭園、桜とどれもが平安貴族好みになっていて、平安時代の 風景を表現する代表的な遺産として世界遺産に登録されている。 <わたしゃお多福 御室の桜 はなが低くても 人が好く> といわれるように背の低い(2~3m)桜が、4月中旬頃から 見頃となり京都のお花見を締めく…
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三十三間堂<蓮華王院>(京都市東山区) 世界一長い木造建築

三十三間堂の正式名は蓮華王院といい、その本堂を三十三間堂と 呼んでいる。近くにある妙法院の境外仏堂である。 桁行33間(約120m)あることからの呼び名になっている。 後白河上皇が平清盛に命じて、1165年に創建されたが1249年火災 によって焼失したが、1266年再建された。これが現在の三十三間堂 である。 三十三…
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知恩院(京都市東山区) その3 風景と景物

知恩院の七不思議とは ①鶯張りの廊下:御影堂から方丈へ至る廊下 ②白木の棺:三門上に安置 三門大工棟梁夫妻の棺 ③左甚五郎の忘れ傘:御影堂の軒下にある傘 ④抜け雀:大方丈の襖絵 ⑤三方正面真向の猫:大方丈の杉戸絵 ⑥大杓子:大方丈入口の廊下に置かれている杓子 ⑦瓜生石:黒門前の路上にあり、知恩院創建以前からある 大きなお…
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知恩院(京都市東山区) その2 参道と門の風景

広い境内を持つ知恩院への参道はいくつかあり、それを総て順を おって歩いてみよう。 ①中央から入る参道  東大路に面してある表門(新門)~智慧の道~三門~男坂~境内 ②北西から入る参道  白川沿いにある総門(古門)~古門通~黒門~北門~四脚門~境内 ③南から入る参道  円山公園に面してある南門~三門~女坂~境内 …
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