テーマ:霊場

善峯寺(京都市西京区) 西国三十三所観音霊場第20番

善峯寺は1029年源算(恵心僧都の高弟)によって創建され、 1221年には道覚法親王が入山し、それ以降法親王が住職を 務め<西山宮門跡>といわれた。 応仁の乱(1267~77年)で堂宇は灰塵に帰して衰微した が、江戸時代に5代将軍徳川綱吉の生母桂昌院によって、ほぼ 現在の伽藍に再興された。 京生まれの桂昌院はあちこちの寺院を…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

善峯寺(京都市西京区) 桜の風景

京都西山の釈迦岳山腹にひろがる広大な境内、そこから京都市内・比叡山 ・東山・西山と展望するパノラマは絶景のビューポイントとなっている。 4月13日は午前中晴れの予報を受け、早速足を運んだ。 桜は満開、少しかすんでいたが、180度の展望に気分爽快。 ここへ来るといつも爽快な気分になれ、観音さんに祈願して帰れる ありがたさを味わえ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

革堂<行願寺>(京都市中京区) 西国三十三所観音霊場第19番

西国三十三所観音霊場第18番の六角堂から北東へ1kmほど 離れた、これも街中にある小さなお寺である。 六角堂と同じく室町時代には町衆の信仰を受け、町堂として 生活文化の拠点として活動した。 革堂は上京の町堂、六角堂は下京の町堂として町衆の集合場所 となっていたそうだ。 共に観音信仰に支えられて生き続けてきたお寺である。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

六角堂<頂法寺>(京都市中京区) 西国三十三所観音霊場第18番

京都のど真ん中に位置する六角堂には、本堂古跡といわれる<へそ石> があり、京都市街の真中を指していると伝えられている。 ビル群の谷底に六角の本堂が堂々と鎮座している観音霊場である。 この六角堂の住職は華道池坊の家元が務めておられ、六角堂は <いけばな>発祥の地となっている。 池坊は六角堂の本坊としての歴史があり、本尊如意輪…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

六波羅蜜寺(京都市東山区) 西国三十三所観音霊場第17番

修行僧として、全国を南無阿弥陀仏と唱えながら行脚した 空也上人が開創した六波羅蜜寺は江戸時代末期までは大伽藍 を擁していたといわれる。 明治時代に神仏分離により、境内は縮小し本堂のみの小さな お寺になった。 しかし、庶民の観音信仰は続き、西国三十三所観音霊場と して参拝者は多い。 一方、<国宝>本尊十一面観音立像を始め…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

清水寺(京都市東山区) 西国三十三所観音霊場第16番

広隆寺などとともに、平安京遷都以前からの歴史をもつ、 京都では数少ないお寺の清水寺は、庶民の観音信仰に 支えられて今日の隆盛を見ている。 清水寺は778年延鎮上人によって開山され、780年 坂上田村麻呂によって本堂が創建された。その後、 798年両人によって本堂を大規模に改築し、 本尊千手観音を祀ったと伝える。 現在の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

清水寺 (京都市東山区) 清水寺のキーワード

清水寺に関するキーワードをあげると ①世界遺産に登録 ②庶民信仰と観光客に支えられたお寺 ③西国三十三所観音霊場第16番:日本でも有数の観音信仰 ④舞台造りの<国宝>本堂 ⑤音羽の滝 ⑥桜と紅葉の名所 ⑦修学旅行の定番 ⑧二本の手を頭の上で交錯している本尊千手観音  <清水型千手観音> ⑨鎮守社地主神社:女性に人気の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

今熊野観音寺(京都市東山区) 西国三十三所観音霊場第15番

東山三十六峰今熊野山の麓、樹林に包まれた今熊野観音寺は 泉涌寺の塔頭であるが、観音信仰と熊野信仰が一体となって 古から大いに栄えたお寺である。 昔の境内には皇族の陵墓が多くあり、葬儀もこの寺で行われ るほどに朝廷とは縁が深かった。 特に、後白河法皇の庇護を受け、現在の山号<新那智山>を 授かっている。 現在のお寺は…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

三井寺観音堂 (滋賀県大津市) 西国三十三所観音霊場第14番

広大な三井寺境内南部にあって、琵琶湖を眺望する南院高台に 建つのが、西国三十三所観音霊場第14番の観音堂などの伽藍 である。 1072年西方の山上に、正法寺として開創され、1481年 現在地に移されている。 境内から琵琶湖や大津市街地を望め、四季折々の風景を求める 観光客も多い。 <三井寺の新緑> <三井寺の紅葉…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

園城寺<三井寺>(滋賀県大津市) 主な伽藍(2)

三井寺の南院伽藍は西国三十三所観音霊場第14番の観音堂を中心としている。 観音堂はかって正法寺と呼ばれ、長等山山頂にあったが1481年に現在地に 移っている。 三井寺南院伽藍を見てみよう <三井寺(園城寺) 新緑の風景> <園城寺(三井寺) 主な伽藍(1)>               <重文>毘沙門堂 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

園城寺<三井寺>(滋賀県大津市) 主な伽藍(1)

三井寺の伽藍はほとんどが、1600年前後に再建されたか、もしくは 他所から移築されたものである。 比叡山延暦寺との長年の抗争で幾度となく焼失・再興を繰り返し、 1600年頃に再興されて以来現在に至っている。 <三井寺(園城寺) 新緑の風景> <園城寺(三井寺) 主な伽藍(2)> <西国三十三所観音霊場第14番三井…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

三井寺<園城寺>(滋賀県大津市) 新緑の風景

琵琶湖の南西に位置する長等山の中腹にある三井寺<正式名:園城寺>は、 672年に勃発した<壬申の乱>で敗れた大友皇子の子大友与多王が、 父の菩提を弔うために建立したと伝わるお寺である。 その後、智証大師円珍が比叡山延暦寺の天台別院として中興し、東大寺・ 興福寺・延暦寺とともに<四大寺>と呼ばれるほどに大きなお寺になった。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

石山寺(滋賀県大津市) 西国三十三所観音霊場第13番

日本の数ある多宝塔の中で、最古で最も美しい多宝塔が石山寺の <国宝>多宝塔である。 1194年源頼朝による建立と伝えられる多宝塔には快慶作の <重文>大日如来坐像が本尊として祀られ、四天柱には仏画が 描かれている。 石山寺は747年良弁(東大寺初代別当)によって開創された 名刹で、平安時代には多くの文学作品にも登場し、特…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

岩間寺(滋賀県大津市) 西国三十三所観音霊場第12番

岩間山(443m)の山上にある岩間寺の境内に、芭蕉池と 名づけられた小さな池があり、その傍に芭蕉の句碑 <古池や 蛙飛び込む 水の音>がある。 芭蕉が岩間寺にお参りした折、詠んだ句と伝えられている そうです。 こうした言い伝えは各地にありそうな話であるが、芭蕉が 大津の地に縁が深いことからまんざらでもないだろう。 道路…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

三室戸寺(京都府宇治市) 西国三十三所観音霊場第10番

三室戸寺は西国三十三所観音霊場第10番として、花の寺として 宇治市では平等院に次いで参拝者が多いお寺である。 ツツジが二万本、アジサイが一万株、夏にはハス、秋には紅葉と 四季を通じて目を楽しませてくれるお寺である。 最初はアジサイ寺としてスタートし、今や関西でのアジサイ人気 ベスト3に入るほどになっている。 <神戸市立森…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

興福寺南円堂 (奈良県奈良市) 西国三十三所観音霊場第9番

奈良の興福寺は平城遷都とともに飛鳥から移り、興福寺として 奈良時代の前半に堂塔を整えた。 平安時代813年藤原冬嗣が父内麻呂の追福のために南円堂を 建立した。 興福寺は度重なる火災に遭って来たが、その都度再建されたが、 最も大きな災禍は1180年の平家による南都焼き打ちで、 ほとんどの堂塔や多くの仏像が焼失している。 しか…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

長谷寺(奈良県桜井市) 西国三十三所観音霊場第8番

初瀬山(546m)の中腹にへばり付くように建つ長谷寺本堂は、 清水寺と同じように舞台造り(懸造り)となっていて、遠くから もその姿が望める。また舞台からは遠くの山々が望め、深緑の緑 が目に焼き付く。 長谷寺は<ボタンの寺><花の御寺>と呼ばれ、日本一のボタンは 7000株といわれている。 この時期は人人~。 長谷寺は平…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

岡寺 <龍蓋寺>(奈良県明日香村) 西国三十三所観音霊場第7番

奈良県明日香村を見下ろす東の小峰中腹にある岡寺は、寺伝によると 天智天皇(626~672年)の勅願により義淵僧正(~728年) が開創したと伝えられているが、689~728年頃草壁皇子の岡宮 跡に開創されたと考えられている。 正倉院文書の中に(740年)龍蓋寺の名前が存在するらしい。 岡寺は鎌倉時代初期には<厄除け霊場>と…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

壺阪寺 <南法華寺>(奈良県高取町) 西国三十三所観音霊場第6番

奈良県高取町の高取城跡がある高取山(584m)への山道途中に ある壺阪寺は、703年弁基上人によって開創されたと伝えるが、 詳細は解っていない。 ただ、本堂基壇の下の基壇は白鳳の八角基壇で、白鳳の瓦も出土 している。 平安時代初期には<眼病治癒>で民間信仰が篤く、 長谷寺とともに定額寺となっている。 浄瑠璃<壺阪霊験記…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

葛井寺(大阪府藤井寺市) 西国三十三所観音霊場第5番

葛井寺は西国三十三所観音霊場第5番札所として、また三観音のひとつ <国宝>本尊千手観音坐像のあるお寺として全国的にも有名である。 <三観音:唐招提寺千手観音、三十三間堂千手観音、葛井寺千手観音> 7世紀に百済の帰化人葛井氏の氏寺として始まり、聖武天皇の発願で 行基が創建したと伝わる。境内から8世紀の古瓦が出土したことから …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

施福寺(大阪府和泉市) 西国三十三所観音霊場第4番

槇尾山(600m)の山頂にある施福寺は西国三十三所観音霊場 の中でも難所の一つといえよう。 麓の駐車場から約1kmの石段の登りが続き、その勾配も結構 きつく20~30分の行程になる。 施福寺は修行霊場として栄え、行基や弘法大師空海なども修行し、 弘法大師空海はここで得度し髪をおろしたと伝えられている。 <大阪府のお寺…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

粉河寺(和歌山県紀の川市) 西国三十三所観音霊場第3番

粉河寺は西国三十三所観音霊場第3番札所として、また粉河寺を 全国版にしている国宝<粉河寺縁起絵巻>を有するお寺である。 <粉河寺縁起絵巻は本尊千手観音にまつわる縁起を中心に描かれた 20mの長さにもおよぶ絵巻で12世紀に描かれた。 当時の人々の暮らしなどが読み取れる貴重な史料となっている。> この由緒ある名刹粉河寺も1…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

紀三井寺(和歌山県和歌山市) 西国三十三所観音霊場第2番

紀三井寺は西国三十三所観音霊場第2番札所として、更に日本桜名所 100選のひとつとして、あるいは日本名水100選の三井水が湧き と色々な要素を持った和歌山有数の観光地でもある。 参詣者・観光客が絶えない境内の風景はお寺の繁栄を明示している。 これぞたのもしい風景ではないか。最近建立された新仏殿の屋上から の眺望はすばらしい…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

青岸渡寺 (和歌山県那智勝浦町) 西国三十三所観音霊場第1番

青岸渡寺は2004年<紀伊山地の霊場と参詣道>の一部として世界遺産に 登録され、西国三十三所観音霊場第1番札所の寺格と観光拠点としての 地位を高めている。 熊野那智大社・那智滝が三位一体となった霊場は大きく変わり、益々 栄えることだろう。 青岸渡寺が西国観音巡礼の1番になったのは、平安時代末期に後白河法皇 などが熊野詣を…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

大窪寺(香川県さぬき市) 四国八十八ヶ所霊場第88番

矢筈山の東中腹にあって、四国八十八ヶ所霊場の結願寺である 大窪寺は、かっては女人禁制の多かった中にあって、女人参拝 が認められ、女人高野として大いに栄え、堂宇の多いお寺で あったが、戦国時代の兵火などで盛衰を繰り返した。 現在は、整備も進み花木が彩りを添える霊場となっている。 <香川県のお寺一覧> (1)寺名:大窪寺…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

長尾寺(香川県さぬき市) 四国八十八ヶ所霊場第87番

長尾寺は1689年それまで真言宗であったが、高松藩主松平氏 の命により、天海僧正によって天台宗に改宗した。 高松藩主の庇護を受け堂宇の造営を行い、今日の姿を造ってきた。 仁王門の前にある2基の<重文>経幢は鎌倉時代の元寇の乱の 犠牲者を供養するために建てられた石幢で、貴重な資料である。 また、静御前がこのお寺で得度した…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

志度寺(香川県さぬき市) 四国八十八ヶ所霊場第86番

志度寺は四国霊場の中でもバラエティーに富んだ霊場である。 文化財が豊富、<海女の玉取り>伝説、五重塔など伽藍が充実、 庭園、庶民信仰などと事欠かないお寺である。 謡曲<海人>で知られる<海女の玉取り>伝説の海女の墓が 設けられ、6月16日には法会が営まれている。 その伝説とは、   天武天皇の頃、藤原不比等は、唐の高宗妃…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

八栗寺(香川県高松市) 四国八十八ヶ所霊場第85番

奇勝五剣山(375m)の山腹にある八栗寺へはケーブルカーを 使ってのお遍路さんが多く、年間30万人の利用者があるそうだ。 四国霊場のお遍路さんは年間30万人といわれているから おおよそ合致しているのかもしれない。 八栗寺はお遍路さん以外に、聖天信仰の商売人も多くおられる そうだ。また、天狗もおられる。 <香川県のお寺…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

屋島寺(香川県高松市) 四国八十八ヶ所霊場第84番

源平合戦の古戦場として有名な屋島は、江戸時代までは島であったが、 1637年高松藩主により干拓が行われ陸続きとなった。 屋島にある屋島寺は四国霊場として、香川県の観光スポットとして人 が絶えないお寺である。 ユニークな姿の宝物館や庭園などもあり、他の霊場とは一味違う趣を 漂わせている。 本堂横に祀られている太三郎狸は四国…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

一宮寺 (香川県高松市) 四国八十八ヶ所霊場第83番

香川県高松市にある讃岐一宮である田村神社の向い側にある 一宮寺は、大宝年間(701~704年)に奈良の岡寺を開創 した義淵僧正により開創されたと伝わり、後に行基が一宮寺とした。 1679年までは、田村神社と一体の神仏習合の寺社であったが、 高松藩主によって分離された。 境内に祀られている石造薬師如来の祠には、  地獄の釜…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more