テーマ:中国四国九州のお寺

明徳寺 (熊本県天草市)

熊本県天草、長崎県島原一帯は、天草・島原の乱(1637~38年)に象徴 されるキリシタン弾圧が苛烈を極めた地域であり、またそんな中で潜伏 キリシタンが生きながらえた歴史を持ち、世界遺産にも登録されている。 天草・島原の乱後、天草初代代官となった鈴木重成は教会の破却や 仏教によって天草の再興を図った。 その一環として、城山に明徳…
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専教寺 (広島県府中市上下町) 芭蕉句碑

上下町は江戸時代、石見銀山から瀬戸内海への銀山街道の宿場町として 栄え、徳川幕府直轄の天領で、両替商などが多かった。 そうした環境の中で、18世紀末頃俳人芭蕉の100回忌を迎える頃、 この上下町にも風葉などの俳諧好みを中心に上下俳諧と呼ばれた 一派が生れた。 そんな中に専教寺住職も加わり活動し、文化年間(1804~18年)に …
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両山寺 (岡山県美咲町) 吉備高原の名刹

岡山県中部の吉備高原にある二上山(689m)頂上近くに建つのが 名刹両山寺である。 国道53号から8kmほど山あいを登った典型的な山岳寺院であり、 かっては山岳密教の道場として大いに栄え、多くの僧坊が建っていたと いわれている。 戦国時代、尼子氏と毛利氏の覇権争いによる兵火で灰燼と化し、 その後の再興にもかっての繁栄は戻らな…
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千光寺 (徳島県藍住町) 

私が千光寺を参拝したのが6月初旬で、梅の時期とはかけ離れた頃でもあり、 梅園の梅も深緑、雑草も伸び放題の状態であった。 ここの臥龍梅は、徳島県内のスポットとなっており、季節には多くの 参拝者があることだろう。 <臥龍梅>は全国に多くある中、その姿が特徴的であることから、天然記念物に 指定されている梅も多い。 国指定天然記念物…
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長台寺 (島根県安来市) 要害山麓

1562年山陰の戦国大名・尼子氏と山陽の戦国大名・毛利氏が月山富田城 の戦いとなり、尼子十砦の一つ要害山頂の安田要害山城が1565年落城し、 1566年富田城も落城し尼子氏の時代も終焉を迎えている。 その要害山の麓に建つのが長台寺である。 長台寺は、天平年間(729~749年)行基によって開創されたと伝える古刹 であるが、中世…
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円通寺 (熊本県菊池市) 石門

阿蘇山の西北にあって、菊池市街地の南東に位置し、合志川が流れる 旭志弁利(きょくしべんり)集落に県道329号で入ると、半円形の石門が 建つ円通寺公園が左手に。 公園に入り、山際を眺めると<大悲>と大きく刻まれた岩壁が目に 飛び込んでくる。 その方向へ歩を進めると石段の上に観音堂が岩壁を背に建っている。 これが古刹円通寺である…
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三勝寺 (広島県三次市)

旧三次市街地の北地区に建つ三勝寺は天文年間(1532~55年)に、 現在の三次市東酒屋に開創されたと伝えられている。 開創した松尾三勝は旗返山城の城主ともいわれているが、その 実態は不詳である。 寛永年間(1624~44年)に三次藩主によって現在地に移転したと いわれ、その際に比熊山城で陣鐘として使用されていた梵鐘も移されたと…
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本行寺 (岡山県津山市西寺町)

1603年津山藩初代藩主で森蘭丸の弟・森忠政が津山に入ると、1604年 から津山城の築城に取り掛かり、1616年完成している。 それと並行して城下町の整備に着手し、城下町の東端に東寺町、西端に 西寺町を形成している。 その西寺町には現在も15ケ寺が存在し、その一画に鐘楼門が目立つ 本行寺が建っている。 本行寺は、文明年間…
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香川県のお寺一覧

香川県のお寺を紹介 <青字をクリックすると詳細へ> 大興寺(三豊市):四国八十八ヶ所霊場第67番 神恵院(観音寺市):四国八十八ヶ所霊場第68番 観音寺(観音寺市):四国八十八ヶ所霊場第69番 萩原寺(観音寺市):四国別格二十霊場第16番 萩の寺 本山寺(三豊市):四国八十八ヶ所霊場第70番 <国宝>本堂 弥谷寺(…
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喜岡寺 (香川県高山市) 旧高松城跡

高松市高松町の地名高松は、もともと現在の喜岡寺が建つ周辺地域の 地名で、お寺は旧高松城(喜岡城)の跡地である。 1229年この地に喜岡寺が開創されたが、兵火により廃寺となったが、 1335年高松頼重が跡地に高松城を築城しているが、その後 2度の落城を経て、1594年この地に喜岡寺が再興されている。 1590年讃岐の大名生駒…
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慈光寺 (徳島県徳島市) 蜂須賀家政正室の菩提寺

徳島藩祖・蜂須賀家政は徳島の礎を築き、阿波踊り発祥のきっかけ人とも いわれる大名である。 その家政の正室が慈光院(ひめ)で、嫡男・至鎮が徳島初代藩主である。 1606年慈光院が病で亡くなると、至鎮が開創した広雲寺を現在地に 移転し、慈光寺として菩提を弔ったといわれている。 当時は広大な境内であったといわれるが、現在は大通り面し…
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座光寺 (鳥取県鳥取市) 京都因幡堂ゆかり

京都市下京区の平等寺(因幡堂)の開創由来を描いた<因幡堂縁起絵巻> によると、  997年平安貴族の橘行平が因幡国へ下向、その地で病にかかったが、 夢告により因幡賀留津の浜に霊木があると告げられ、浜に赴くと 薬師如来がひきあげられた。 因幡菖蒲浦に草堂を建て、薬師如来を祀った。 <これが座光寺の始まりといわれている。> そ…
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西巌殿寺奥の院 (熊本県阿蘇市) 阿蘇山

阿蘇山中岳へ阿蘇パノラマラインを走り、草千里ヶ浜の展望台から白い 煙が噴き出す火口方向を眺めると、活火山を実感する。 この火口麓にある阿蘇山ロープウェイ駅へ。 駅舎の横に、一部瓦が剥がれ痛ましい姿の西巌殿寺奥の院が建つ。 訪れたのは、2018年11月14日のことで、ロープウェイも運転休止、 火口へのシャトルバスもその日は運行休…
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安楽院 (広島県世羅町) 龍華寺塔頭

今高野山龍華寺の総門を潜ると、真っすぐ登る参道が現れる。 参道を登ると、左手に山門だけの境内が見える。 1954年近所の火災により一部焼損したため、1965年龍華寺境内の大師堂 の横に本堂が移転している。 龍華寺の塔頭は安楽院と福智院が残るのみである。 安楽院の開創は不詳であるが、本堂は室町時代後期の地元豪族の住宅を 移設し…
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神護寺 (岡山県笠岡市) 本堂

阿部山西麓に建つ神護寺は、767年創建と伝えられている甲弩神社の 別当寺として開創されたと、また別の説では、それ以前の8世紀前半に 行基によって開創され、甲弩神社の神宮寺となったとも。 いずれにしても奈良時代の開創といえる古刹である。 六坊を有する大寺であったが、その六坊の内五坊が移転し、大坊が 現在の神護寺を継承している。 …
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本福寺 (徳島県徳島市)

県道29号に面して建つ本福寺は、815年漁師の清右衛門が海辺で 光る香木を見つけ家へ持ち帰って大切に保存していたところ、旅僧が それを見て、この香木で仏像を彫ってあげようと申し出て、 清右衛門は快くお願いした。 その仏像・薬師如来を祀ったのが本福寺の始まりと伝えられている。 江戸時代になって、徳島藩主蜂須賀氏の帰依を受け、菩提…
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永昌寺 (島根県安来市)

安来市伯太町西母里の小山を背に、石垣と塀構えの永昌寺が建つ姿は、 ここ母里を代表するお寺といえよう。 永昌寺は、1556年廃れた草庵を再興したのが始まりと伝えられている。 江戸時代になって、松江藩の支藩として母里藩1万石が立藩されたが、 藩主松平氏は江戸詰めで、藩の政務は国家老・市川氏などが行っていた。 永昌寺は、市川氏を始め…
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西巌殿寺 (熊本県阿蘇市) 阿蘇の古刹

豊肥本線阿蘇駅から南へ、阿蘇山へ走る阿蘇パノラマラインを500mほど 行くと、右手に木々に覆われた西巌殿寺の新しい山門が現れる。 その山門を入った境内は本来、庫裡などの本坊であるが、2001年の 火災で高台にあった本堂が焼失し、仮本堂が置かれている。 その境内の奥に本来の山門と石段参道がある。 石段を登りきると、広い旧境内が色…
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専法寺 (広島県三次市)

西城川に架かる旭橋からは、お椀を伏せた姿の比熊山を借景にした、専法寺の 風景が飛び込んでくる。 ここ専法寺は、かって広島カープで活躍した梵(そよぎ)英心さんの実家で、 地域のコミュニケーションの場として、また三次活性化に積極的に活動して いるお寺である。 1510年開創され、1575年梵誓徳住職の時に浄土真宗になり、中興開基 …
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仏教寺 (岡山県久米南町) 久米南の古刹

国道53号を道の駅くめなんから北へ少し行くと、左手に仏教寺の案内板が 見え、山へ登る林道があり、この林道をひたすら登る。 しばらく登ると視界が開け、仏教寺本坊の前に出る。 本坊から更に行くと、石段参道があり、上を見上げると壮大な山門が 迎えてくれる。 境内正面に方形の本堂が建ち、観音菩薩像が出迎えてくれる。 山の中腹に建つ仏…
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法泉寺 (香川県高松市) 讃岐高松藩主生駒氏の菩提寺

高松市街地にあって、釈迦如来像が立つ忠魂碑が目に飛び込んでくる 法泉寺は、讃岐高松藩主・生駒氏の菩提寺である。 1587年生駒親正が讃岐一国を豊臣秀吉から与えられ、高松城、丸亀城を 築城し、讃岐を治めた。 1600年讃岐高松藩主となり、その後4代にわたって藩主を務めている。 その2代一正、3代正俊の菩提寺が法泉寺である。 初…
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東照寺 (徳島県徳島市) 新四国曼荼羅霊場第79番

徳島市福島を通る県道29号から北へ、細い路地を入った先に建つ 東照寺は、こじんまりとしたお寺であるが、本堂前のシダレ桜と蘇鉄が 一つの風景を醸し出している。 東照寺は、新四国曼荼羅霊場、阿波秩父観音霊場、阿波六地蔵霊場、 徳島七福神霊場福禄寿と多くの霊場札所として活躍している。 ここに祀られている地蔵菩薩半跏像は鎌倉時代末期の…
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国分寺 (鳥取県鳥取市) 因幡国分寺

741年聖武天皇の詔により、全国66ヶ国68ヶ所に国家鎮護・国土安穏 のために国分寺を創建している。 因幡国分寺の創建は不詳で、758年万葉集の編纂者といわれる大伴家持 が、因幡国司として国分寺の近くにあった因幡国府に赴任した時に、 国分寺が既に建っていたかも不詳である。 家持は759年の新年を迎えて詠んだ歌が万葉集の最後の歌…
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長崎県のお寺  異国情緒あふれる風景

長崎県は海外への門戸が開いていた歴史から、色々な面で 異国情緒あふれる風景が残っている。 長崎市の中国風寺院、平戸市のお寺と教会の風景などは他県では 見られないお寺の風景であろう。 私がお参りした長崎県のお寺を紹介します。 寺名をクリックするとお寺の概要と写真があります。 崇福寺(長崎市):中国風の<国宝>伽藍 興…
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玉峯寺 (長崎県南島原市口之津町)

2018年7月世界文化遺産に登録された<長崎と天草地方の潜伏キリシタン 関連遺産>の2つの要素  原城跡(南島原市)と天草の崎津集落(天草市)を結ぶ交通経路の一部 フェリーが口之津~天草鬼池で、今後観光ルートとして賑わいをみせるだろう。 私は早速、11月にこのルートを使って訪れ、口之津の高台に建つ玉峯寺を 訪れた。 訪れるま…
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常運寺 (広島県三次市)

浅野長治が、広島藩の支藩として1632年三次藩主となり、1633年長治は 菩提寺として鳳源寺を開創しているが、長治の家臣・今中勘太夫は同年 自らの菩提寺として、増上寺の欣誉休山を勧請開山として常運寺を 開創している。 常運寺は三次の代表的な照林坊の裏に建っている。 <広島県のお寺一覧>参照 (1)寺名:常運寺(じょう…
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浄土寺 (岡山県赤磐市) 備前48ヶ寺

県道27号軽部下から山あいの参道を登って行くと、楼門形式の山門が 迎えてくれる。 山門を回り込んで更に登って行くと、山裾に浄土寺伽藍が忽然と 現れてくる。周囲は幾ばくかの田畑と小高い山に囲まれたかっての 古寺を想像できるが、現在の境内・伽藍は整備され爽やかさを感じ さてくれる。 本堂の内陣は室町時代の様子を残し、外観は江戸時…
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蓮花寺 (徳島県徳島市) 法制史上最後の切腹地

明治3年(1870年)、徳島藩家臣が洲本城代家老稲田氏の屋敷などを 襲い、稲田氏家臣の無抵抗にもかかわらず稲田氏側に多くの死傷者を 出した<庚午事変>の首謀者10名に、法制史上最後といわれる切腹刑 が言い渡され、蓮花寺で4名、万福寺で4名が切腹している。 この事件により、淡路島は徳島から兵庫県に編入されている。 蓮花寺は、…
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万福寺 (島根県雲南市大東町)

雲南市は松江市・出雲市の南部に位置する山間部にあり、高齢化率も 40%に近い市であるが、自然と歴史があり、古刹のお寺も多い。 雲南市大東町の万福寺の開創は不詳であるが、廃寺となった極楽寺から 移座された2躯の大日如来像など多くの文化財仏像がある。 小高い処に建つ万福寺はこじんまりした山寺であるが、スダジイなどの 樹々が趣を造っ…
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吉井寺 (広島県府中市上下町) 備後大仏

かっての上下町は、石見銀山の銀集積地として、1700年江戸幕府の天領 となり、代官所が設置された。 その初代代官が病を患った折に、吉井谷に祀られていた薬師如来の夢告に より、薬を調剤し服用したところ完治し、代官は薬師如来を移座して 吉井寺を開創したと伝えられている。 それ以来、吉井寺は代官所の祈願寺となった。 この薬師如来坐…
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