テーマ:関東甲信越のお寺

長松寺 (長野県天龍村)

国指定の重要無形民俗文化財の<下伊那のかけ踊>は飯田市の一部、 阿南町、天龍村、泰岐村で8月に行われている。 天龍村向方地区で8月16日行われている<かけ踊>は長松寺が主舞台の 行事で、盆踊りも並行しておこなわれ、この山中集落の一大イベントであるが、 近年は人口減少で太鼓の打ち手が少なく、数年前からかけ踊は中止らしい。 長松寺…
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明光寺 (長野県辰野町)

辰野町伊那富の山麓に建つ明光寺は、シダレ桜の見どころとして、季節には 多くの参拝者が訪れるお寺である。 もう一つ見落とせないのが、山門である。 この山門は1825年、諏訪立川流の小口直四郎棟梁により建立されている。 諏訪立川流は楼閣建築の宮大工の流派で、彫刻を得意とし、立川和四郎が 創始者で、小口直四郎はその弟子である。 諏…
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龍光寺 (群馬県富岡市) 富岡製糸場工女の墓

2014年世界遺産に登録された富岡製糸場は、1872年(明治5年)明治政府 により設立され、近代製糸業の模範として日本近代化のシンボルとなった。 日本全国から集まった工女の勤務条件も良かったが、途中で病に斃れる 工女も出た。 明治6年~34年の間に60人の工女が亡くなり、龍光寺と海源寺に葬られ、 龍光寺には30基の墓石が建てら…
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長福寺 (長野県木曽町) 木曽三大寺

信濃国木曽といえば、源義仲(木曽義仲、木曽次郎)が頭に浮かぶ。 この義仲を祖と自称する木曽氏が、南北朝~戦国時代の長き期間に亘り、 木曽谷を支配している。 木曽氏の出自は明確ではないが、義仲の末裔といわれる沼田氏が 上野国から木曽谷に入って木曽氏を名乗ったといわれている。 この義仲を祖とする木曽氏13代・木曽豊方が長福寺を再興…
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極楽寺 (長野県木祖村)

木曽路藪原宿のJR中央線に面した小高い地に建つ極楽寺は、 天正年間(1573~92年)に木曽川辺の倉籠に開創されたと伝えられ、 水害のために移転し、2ヶ所を経て1689年現在地に落ち着いている。 1691年に本堂、1698年に山門が建立され現在に至っている。 拝観はできなかったが、遠州流の庭園や藤田嗣治の天井絵などが ある。 …
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得成寺 (群馬県富岡市) 小野小町伝説

絶世の美女と言い伝えられた平安時代の歌人・小野小町ゆかりの 伝説は全国各地にある。 その内の一つが得成寺に伝わっている。それは  京の宮中に仕えていたが、奈良長谷寺の観音のお告げを受けて、 故郷の出羽へ帰る途次に病を患い、富岡の村人に教えられた 薬師如来に祈願を続けたところ、病も癒えて出羽の国へと旅立った。 この間、小町が住…
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自慶院 (長野県天龍村)

天龍村は長野県南端に位置し、村の中心部を南北に天竜川が流れる 渓谷の村である。 アクセスは不便であるが、川と自然とブッポウソウ(仏法僧)の村として 知られ、5月~7月上旬の期間はブッポウソウが飛来し、野鳥愛好家 には人気のスポットとなっている。 ブッポウソウは長野県の天然記念物であり、天龍村の村鳥に指定 されている。 天龍…
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関昌寺 (長野県阿南町) 樹林の参道

長野県南端に位置する阿南町を南北に走る国道151号(遠州街道)の 富草地区山裾に樹林に覆われた参道が印象的な関昌寺が建つ。 下条村、阿南町はかって下条郷と呼ばれ、室町~戦国時代末期に 下条氏が支配していた。 1582年織田信長が伊那谷に侵攻した際、11代下条信正は亡くなり、 若き康長が12代目となり、1585年父の菩提を弔うた…
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観音寺 (群馬県藤岡市)

高速道路の藤岡JCTの近くに建つ観音寺は1200年に開創されたと 伝えられ、大寺として大いに栄えたといわれた。 1582年本能寺の変で織田信長が亡くなると、織田方の上州支配者・ 滝川一益と小田原北条氏が戦いを始め、戦国時代において関東では 最大の野戦といわれる<神流川の戦い>によって滝川一益が敗走した。 この兵火により観音寺は…
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雲彩寺 (長野県飯田市) 雲彩寺古墳

2016年飯田古墳群13基が国の史跡に指定された。 5~6世紀頃、飯田は馬の生産集積地で、大和政権と深く関係したことから、 数多くの古墳がある。 その飯田古墳群にあって、最大規模の古墳が雲彩寺古墳(飯沼天神塚)で、 全長78mの前方後円墳である。 この古墳に接して建つのが雲彩寺である。 雲彩寺は、白雉年間(650~654年)…
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宗源寺 (長野県根羽村)

長野県根羽村(ねばむら)は豊田市から飯田街道を50kmほどの、 長野県最南西端に位置する人口千人弱の山村である。 三河湾に注ぐ矢作川の上流域で、昔から三河の影響が強い。 川沿いの<月瀬の大杉>は推定樹齢が1800年といわれ、長野県で 最大の巨木であり、国の天然記念物に指定されている。 その根羽村の山寺が宗源寺である。 宗源寺…
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慈眼院 (群馬県高崎市) 高崎観音

慈眼院は、もと高野山の子院として鎌倉時代中期に北条重時が 高野山に開創したと伝えられている。 北条重時は鎌倉幕府第2代執権・北条義時の三男で、第3代~第5代の 執権を支え、幕府政治の安定に寄与した評価の高い政治家であった といわれている。 33歳から17年間、京都の六波羅探題を務め、この間に慈眼院を開創 したのではないだろう…
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薬王寺 (長野県辰野町)

薬王寺は、607年現在地の背後の桑沢山(1538m)中腹に開創されたと 伝えられ、1676年現在地に移転している古刹である。 旧跡の堂跡からは、人骨の入った鎌倉初期の四耳壷が発掘されている。 現在の本堂は杉林の中にどっしりと構え、杉林の参道が印象に残る。 また、芭蕉句碑が1891年に建てられている。  句碑<初さくらをりしもけ…
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金蔵院 (埼玉県吉見町) 毘沙門堂

金蔵院は通称毘沙門堂と呼ばれているが、平安時代末期~鎌倉時代に 地元の武蔵武将・大串次郎重親が毘沙門信仰が篤く、これを本尊として 開創したと伝えられている。 一時は七堂伽藍の大寺であったといわれたが、天文年間(1532~55年) の兵火により灰燼に帰している。 その後、毘沙門堂だけが再建され、現在は近くの観音寺が管理している。…
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瑞光院 (長野県阿南町) 日差城主・関氏の菩提寺

伊勢亀山城の歴代城主であった関氏(伊勢平氏)の一族であった 関盛春が1448年下伊那の新野に土着し、日差城を築き領主として 根を張った。 盛春が1453年亡くなると、2代目の関盛国が父の菩提を弔うてめに、 城の北東に伊勢関氏の菩提寺・瑞光寺から瑞光庵と名付けて開創 したのが瑞光院の始まりと伝えられている。 1529年庵を現在…
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清水寺 (群馬県高崎市)

お寺のもくもく探索は、晴れた日を選んで予定を建てるが、あいにく高崎市の 探索は雨模様の中で強行した。 清水寺の600段余りの石段も登れず、観音山の車道を使っての参拝となる。 あじさい寺とも呼ばれる清水寺ではあるが、11月の季節外れとちぐはぐ。 清水寺は、808年坂上田村麻呂が蝦夷征討の祈願をすべく、自ら開創した 京都清水寺から…
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瀧水寺 (長野県上田市真田町) 懸造りの観音堂

真田幸村の出身地・上田市真田町にある瀧水寺は、鎌倉時代の正応年間 (1288~93年)に開創されたと伝えられ、1587年矢沢頼綱によって 再興されている。 矢沢頼綱(綱頼)は真田幸村の祖父・真田幸隆の弟で、矢沢氏に養子で 入り真田氏に仕え、真田氏家臣団において重きを置いた。 矢沢氏は後々松代藩真田家の筆頭家老を勤めている。 …
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龍嶽寺 (長野県下條村) 地元豪族下條氏の菩提寺

1350年頃、甲斐国下條から下伊那の地に移った下條頼氏を初代として 5代まで伊那下條の地を治めた。 6代目になる康氏を信濃守護・小笠原氏から迎えて、下條氏は隆盛と なり、吉岡城を築城している。 下條氏8代目・時氏が父・家氏の菩提を弔うために龍嶽寺を開創している。 下條氏は小笠原氏、武田氏と仕えたが、1587年徳川家康により …
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妙安寺 (埼玉県東松山市) 上岡観音

国道ヨンマルナナ沿いに建つ上岡観音は上岡馬頭観音よも呼び、 馬頭観音を祀り、関東では最も知られた馬頭観音である。 鎌倉時代に馬頭観音を本尊とした上岡観音堂が建立され、 16世紀の後半に妙安寺が開創され、観音堂を管理するようになったと いわれている。 江戸時代になり、上岡観音には馬の所有者など馬に関わる人々の 信仰を集め、宿場…
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頼岳寺 (長野県茅野市) 諏訪藩主諏訪氏の菩提寺

諏訪藩(高島藩)初代藩主・諏訪頼水は、諏訪大社の大祝職(神職の最高位) であり諏訪の領主として平安時代からの名門諏訪氏の系統である。 頼岳寺はこの諏訪頼水によって1631年開創された頼水と父母の菩提寺 である。 2代目以降の諏訪藩主の菩提寺は諏訪市温泉寺である。 頼岳寺は修行道場としても活動してきている。 参道の杉並木は…
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金龍寺 (群馬県太田市)

1300年頃、現在の群馬県太田市で生誕といわれる新田義貞は、鎌倉幕府を倒し 南北朝時代への武将として、楠木正成とともに活躍した武将である。 特に、鎌倉へ攻め込み幕府を倒した武将の名を留めている。 この新田義貞の追善供養のために、義貞の子孫である横瀬貞氏が1417年開創 したのが金龍寺と伝えられている。開創年代を文明年間(1469…
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長谷寺 (長野県上田市) 真田幸村の祖父と父の菩提寺

戦国時代の英雄的武将・真田幸村(信繁)の祖父・真田幸隆と父・昌幸の 菩提寺・長谷寺を訪れたのは霧の深い11月2日であった。 真田氏の郷・上田市真田の山麓へ霧の中を向う。 大河ドラマ真田丸に決定後ということもあって、長谷寺へ向う道路も整備 が進んでいる。 戦国時代の英雄・真田氏の菩提寺が霧の中に包まれ、往時の想像を 膨らませて…
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安楽寺 (埼玉県吉見町) 坂東三十三観音霊場第11番 吉見観音

安楽寺は坂東三十三観音霊場第11番札所で、古来より厄除けの<吉見観音> と呼ばれ信仰の篤いお寺である。 安楽寺は、行基が東国巡錫の折に岩窟に聖観音を祀ったのが始まりと 伝えられている。 平安時代初期、坂上田村麻呂が奥州征討の折に戦勝祈願をし、七堂伽藍を 建立したのが安楽寺の開創となる。 鎌倉時代になり、源頼朝の弟・源範頼が吉…
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西岸寺 (長野県飯島町) 伊那禅宗の古刹

天竜川河岸段丘の西岸に位置する西岸寺は四季折々の風景を 醸し出す禅寺で、伊那地域においても禅宗の古刹である。 参道の両脇に黒松が並木を造り出す風景は何とも言えない。 1772年住職が切り開いた参道両脇に黒松を植生したといわれ、 飯島町の名勝となっている。 山門に近づくと、門前左に推定樹齢400年というシダレ桜が迎えてくれる。 …
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大光院 (群馬県太田市) 子育て呑龍

大光院は、1613年徳川家康が徳川氏の祖とした新田義重(平安末期~ 鎌倉時代初期)を追善供養するために、増上寺から呑龍上人を迎えて 開創している。 呑龍は庶民教育に熱心で、生活困窮者の子供を弟子の名目で養育、 その高徳により<子育て呑龍>として、以降信仰が高まっていった。 現在も、安産子育ての信仰が篤く、七五三などのお参りが多…
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惣持院 (長野県茅野市) 白岩観音堂

惣持院は1462年開創と伝えられ1570年現在地に移ったといわれている。 境内の奥まった所に建つ白岩観音堂は、惣持院の北に位置する永明寺山 (1119m)中腹の観音平にあって諏訪高島藩主の信仰篤く、元禄年間に 藩主の命により惣持院に移されたといわれている。 1774年諏訪立川流の初代宮大工・立川和四郎富棟によって現在の 白岩観…
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曹源寺 (群馬県太田市) さざえ堂

曹源寺のさざえ堂(栄螺堂)は、日本に6ヶ所あるさざえ堂の中でも最大と いわれ、会津若松の三匝堂と共によく知られている。 2015年訪問時点では修理中で拝観できなかったが、外観は2階建て、 内部は三層構造になっていて、一方通行の回廊が上へと螺旋状に伸び、 百体観音が安置されている。 さざえ堂(観音堂)は本堂を兼ねているが、観音堂…
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信綱寺 (長野県上田市) 真田信綱の菩提寺

真田信綱は真田氏の祖・真田幸隆(幸綱)の嫡男であり、真田昌幸の長兄であり、 真田幸村(信繁)の伯父である。 信綱は武田信玄・勝頼に仕え、武田二十四将の一人であり、豪勇の武士と いわれた。 1567年幸隆が隠居し信綱が真田氏の家督を継いだが、1575年長篠の戦いで 信綱と弟の昌輝が討死している。 武田の没落が始まり、真田氏も窮…
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広徳寺 (埼玉県川島町) <重文>大御堂

広徳寺は大同年間(806~810年)に開創されたと伝えられるが、詳細は 不詳である。その後衰退し、源頼朝の家臣である美尾屋十郎広徳が 館を築いたといわれている。 美尾屋十郎は平家物語にも記述はあるが、詳しいことは不詳である。 美尾屋十郎が亡くなると、源頼朝の妻・北条政子がその菩提を弔う ために、13世紀初期美尾屋館跡に十郎広徳…
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常泉寺 (長野県中川村)

天竜川東岸の河岸段丘にあり、中央アルプスの眺望が開ける大草の地に 建つ常泉寺。 春には桜、秋には紅葉・イチョウと四季を楽しませる風景を持っている。 人口5千人の小さな中川村にあってその存在感を示している。 <長野県のお寺一覧>参照 (1)寺名:常泉寺(じょうせんじ) (2)住所:長野県中川村大草5151 (3)山号:…
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