テーマ:京都のお寺

当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 穴薬師

<あたご灯籠>から府道752号を岩船寺へ300mほど行くと、 <穴薬師>への標識があり、それを左へ100m進むと<穴薬師> の標識あり それを左へ100mほど行って、右へ進むと<穴薬師> の石龕、愛宕灯籠、小石仏が安置されている。 石龕の中に、小さな薬師石仏が祀られ、鎌倉時代の石仏といわれ、 耳の病にご利益があるとか。 …
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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) あたご灯籠

京都愛宕神社は防火の神様で、かっては、京都市内の家の台所には、 <阿多古祀符 火廼要慎>のお札が貼ってあった。現在も愛宕信仰 は続いており、お札を見かける。 愛宕灯籠は、愛宕神社への参道灯籠として、また、各地における 防火を祈念する灯籠として、また常夜灯として建てられた。 当尾のあたご灯籠は、防火の意義として建てられ、正月には…
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京都府南部のお寺

京都府南部(宇治市、城陽市、久御山町、京田辺市、宇治田原町、井手町、 精華町、木津川市、和束町、笠置町、南山城村)のお寺 <京都府宇治市> 橋寺(放生院):宇治橋の守り寺 興聖寺:道元ゆかりの寺 恵心院:恵心僧都ゆかりの寺 三室戸寺:花の西国三十三所観音霊場第10番 平等院:世界遺産 極楽浄土の再現   <平等院塔頭…
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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) カラスの壺二尊磨崖仏

往古、奈良~笠置の笠置古道奈良道は浄瑠璃寺、岩船寺を経て、笠置へ 通じていたが、現在は山道で、その古道沿いに、石仏、磨崖仏が多く 残されている。 その内の一つが、<カラス(唐臼)の壺>に残る二尊磨崖仏である。 <唐臼の壺>とは、三叉路にある岩が唐臼に擬していることに由来するとか そのカラスの壺近くに、一岩の一つの面に阿弥陀磨崖…
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京都のお寺総覧

京都のお寺を紹介 <世界遺産 古都京都の文化財> 東寺<教王護国寺>(南区)    清水寺(東山区)   延暦寺(滋賀県大津市)      醍醐寺(伏見区)   仁和寺(右京区)         平等院(宇治市)  高山寺(右京区)         天龍寺(右京区)   金閣寺<鹿苑寺>(北区)     銀閣寺<慈照…
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京都府南西部のお寺

京都府南西部(向日市、長岡京市、大山崎町、八幡市) のお寺総覧 <向日市> 石塔寺:鶏冠井題目踊り 南真経寺:関西最初の日蓮宗寺院 北真経寺:関西最初の日蓮宗寺院 来迎寺:種子両界曼荼羅板碑 慶昌院:田植え地蔵尊 泉福寺:洛西三十三観音霊場第16番 持泉寺(向日市):上植野城跡 法道寺:地蔵菩薩半跏像 <長…
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円明教寺 (京都府大山崎町) 中世の山荘

天王山東北麓にあって、大山崎町円明寺地区に、百日紅の花を咲かせる 円明教寺がひっそりと建つ。 お寺の開創は奈良時代とも、平安時代末期ともいわれ、開創については 不詳であるが、平安時代末期には円明寺として存在したといわれている。 鎌倉時代になると、西園寺公経~九条道家~一条家と公卿の山荘が建てられ、 山荘地の中に円明寺は法灯を守…
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潤福寺 (京都府長岡京市)

長岡京市神足の住宅街に、住宅に囲まれて建つ潤福寺は、1394年の 開創と伝わる禅寺である。 本尊十一面観音の脇侍薬師如来は、かって京都広隆寺に祀られていたが、 桂川の大洪水によって流され、この地に辿り着いたという伝説がある。 狭い境内であるが、萩が一面に植生され萩寺として地元に根付いている。 <京都府南西部のお寺一覧> …
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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 一鍬地蔵磨崖仏

浄瑠璃寺参道から山道を登り、赤門坂峠から<水呑み地蔵>を経て、 赤門坂峠へ戻り、東へ山道を20分ほど唐臼(からす)の壺へ歩くと、 <一鍬地蔵>の木札が置かれ、上を見上げると<一鍬地蔵磨崖仏> がぼんやりと見える。 <唐臼の壺>からは南へ100mほどの所。 ぼんやりと見えるのは、線彫りの地蔵仏で、摩耗が激しいためである。 …
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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 水呑み地蔵

奈良市中から京都府笠置町への笠置古道は、平安時代から通じていたといわれ、 その内、奈良市中ノ川町~浄瑠璃寺~岩船寺南部~奈良市西狭川町が支道として 奈良道(中川越)があり、奈良~当尾間の古道として利用されていた。 現在では、この奈良道は山道で利用されずハイキング道となっている。 この奈良道に面して、浄瑠璃寺南大門(赤門)が建…
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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 浄瑠璃寺の石造物

当尾は古くから奈良の影響を受けて(特に、興福寺)、多くのお寺や石仏が 建立されたが、兵火などでお寺の多くを失い、現在は浄瑠璃寺、岩船寺、石仏 などの石造物が残った。 中でも石仏は<当尾の石仏>と呼ばれ、貴重な文化遺産となっている。 当尾の中核である浄瑠璃寺の石造物を見てみよう。 <浄瑠璃寺> <浄瑠璃寺の紅葉> 浄…
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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 浄瑠璃寺道三体磨崖仏

府道752号沿いの山麓にあって、浄瑠璃寺まで150mほどの木々の 中に安置されているのが<浄瑠璃寺道三体磨崖仏>で、元は磨崖仏で あったが、府道拡張工事に伴い移設安置されている。 現在は磨崖仏の姿を失くしているが、室町時代の磨崖仏である。 <京都府南部のお寺一覧> (1)石仏名:浄瑠璃寺道三体磨崖仏 (2)住所:京都…
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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 長尾阿弥陀磨崖仏

府道752号沿いにあって、浄瑠璃寺まで280mの右手山裾に、 笠石を乗せた阿弥陀磨崖仏が石垣の上に、不安定な姿で安置されている。 土台は補強され、崩れる心配はないとか。 この磨崖仏は、1307年僧行乗を願主として、半肉彫りされた像高 76cmの阿弥陀磨崖仏である。 道路沿いに案内標識がある。 (1)石仏名:長尾阿弥陀磨崖…
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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 西小墓地の石仏群

当尾地区はかっては、小田原と呼ばれ、東小田原と西小田原から成り、 浄瑠璃寺は西小田原寺と呼ばれていた。 ちなみに、当尾と呼ばれるようになったのは室町時代以降といわれている。 西小田原は略して、現在も西小(にしお)として地名に残っている。 その西小の共同墓地が西小墓地であり、浄瑠璃寺へ向う府道752号沿いに ある。  …
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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) たかの坊地蔵石仏

浄瑠璃寺へ向う府道752号の、阪口三叉路から480mほどの 右手に西小集会所がある。                   地図               西小集会所と石仏群 その敷地の小石仏群の中に、一際高い地蔵石仏が建っている。 これを<たかの坊地蔵石仏>と呼び、かって浄瑠璃寺の塔頭<たかの坊> があ…
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京都市伏見区・山科区・西京区のお寺  

<京都市伏見区> 安楽寿院:鳥羽離宮ゆかりの寺 一言寺:醍醐寺塔頭 海宝寺:普茶料理 源空寺:法然上人ゆかりの寺 瑞光寺:風情が漂う茅葺本堂 清涼院:尾張徳川初代藩主生誕の地 石峯寺:伊藤若冲ゆかりの寺 大善寺(伏見六地蔵):京都六地蔵巡り 醍醐寺:世界遺産 西国三十三所観音霊場第11番 誕生寺:道元生誕の地…
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妙見寺 (京都市山科区) 妙見信仰

妙見寺門前から西へ、日ノ岡峠に至る細い道を<妙見道>と 呼んでいるが、江戸時代中期には、京から妙見寺を参詣する 参道として大いに賑わったといわれている。 その頃は眼病治癒の妙見さんとして妙見信仰が深かったと史料 に残っているとか。 現在は、その面影は外目には残っていないが、妙見寺には当時の 絵馬が残っているらしい。 妙…
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醍醐寺 (京都市伏見区) 2020年の花見

快晴に恵まれた3月26日、マスクをしての<醍醐の花見>を今年も楽しんだ。 ここ例年と異なり、外国人をほとんど見かけない混雑のない花見 となった。 今回、お寺もコロナ対策を行っており、特に三宝院では堂内からの 拝観が通例であったが、今回は人の密度を避けるために、拝観が庭の 一部からも拝観でき、今までにない角度からの拝観となってい…
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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 焼け仏

西小阪口の三叉路の真ん中の旧道を行って直ぐに、 浄瑠璃寺道丁石が建っている。 そこを右手に20mほどの左手に<焼け仏>がある。 かっては、辻堂と呼ばれたお堂に祀られていた石仏 であるが、火災でお堂が焼失し、石仏も大きな損傷を 受けている。 辻堂に祀られていたことから<ツジンドの焼け仏> とも呼ばれている。 (1)所在…
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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 浄瑠璃寺道丁石笠塔婆

かっての浄瑠璃寺参道に、一丁(約109m)毎に建てられた 笠塔婆であるが、現在は3基のみ見ることができ、笠部は遺失 している。 下記の地図で  1)焼け仏近くの丁石:南北朝時代  2)西小(にしお)墓地近くの丁石:1373年  3)現在の浄瑠璃寺参道入口丁石:1355年 <京都府南部のお寺一覧> <焼け仏…
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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 大門仏谷大磨崖仏

              浄瑠璃寺地区地図 府道752号を浄瑠璃寺へ向かい、加茂町西小阪口の三差路を、 加茂青少年山の家(休止中)方面へ進路をとり、300mほどで 山の家に至る。ここからは徒歩で山へ向かって300mほどに <大門の仏谷>標識がある。 ここから左手、谷越しに<大門仏谷大磨崖仏>を望む。    …
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長福寺 (京都市西京区) 京都洛西観音霊場第21番

西京区下津林楠町の住宅街に、こじんまりと建つのが長福寺で、 その表札を見ると、京都洛西観音霊場第二十一番札所とあり、 その左下に小文字で<元永福寺>とある。 これは、京都洛西観音霊場の前身が、江戸時代の<西の岡三十三所> 霊場の頃、永福寺が第21番であったが、明治時代の神仏分離 によって、永福寺が廃寺となり、その本尊千手観音を…
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京都市中京区・下京区・南区のお寺  

<京都市中京区> 革堂(行願寺):西国三十三所観音霊場第19番 神泉苑:平安京の禁苑 壬生寺:新撰組ゆかりの寺 蛸薬師堂:蛸薬師伝説 誓願寺:浄土宗西山深草派総本山   長仙院:誓願寺塔頭   大善寺:大善寺寄席 本能寺:織田信長終焉の寺 天性寺:子宝祈願の弁財天 矢田寺:代受苦地蔵 誠心院:和泉式部ゆかり…
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明王院不動寺 (京都市下京区) 石不動

豊臣秀吉が現在の五条大橋を架けるまでは、現在の松原通が五条通で、 京都のメイン通りであった。 その松原通麩屋町角にこじんまりと建つのが明王院不動寺である。 こじんまりとしてるが、その由緒は古く691年の開創と伝え、 その後、弘法大師空海が石不動を刻み祀ったといわれている。 かっての五条通にあったことからも、信仰篤く大いに栄えた…
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極楽寺 (京都市中京区裏寺町通)

京都市街地の繁華街として、明治時代1872年に開通された 新京極通の東に裏寺町通があるが、歴史的には、新京極通の西に ある寺町通と裏寺町通は豊臣秀吉による京都改造計画によって、 お寺を集約された通りである。 現在も、裏寺町通には13ヶ寺が南北に並び、全てが浄土宗系の お寺で、新京極通の開通により境内は狭くなっている。 そんな…
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十如寺 (京都市上京区)

北野天満宮への御前通に面し、平安京の北限・一条通下ルに建つ 十如寺は、1313年日像が開創した法華堂が始まりと 伝えられている。 1293年日蓮聖人の遺命を受けて、京都へ上り布教に努め、 その足掛かりを築いているが、法華堂はその本拠として 重要な役割を果たしたといわれている。 明治45年(1912年)には、広大な境内に撮影所…
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京都市北区・上京区のお寺一覧

<京都市北区> 金閣寺(鹿苑寺):世界遺産 大徳寺:臨済宗大徳寺派大本山  <大徳寺塔頭>  興臨院:加賀藩主前田家の菩提寺  高桐院:細川三斎とガラシャ夫人の菩提寺 通常公開  大仙院:大徳寺北派本庵  通常公開  芳春院:加賀藩主前田利家の妻まつの菩提寺  龍源院:大徳寺南派本庵 通常公開  真珠庵:一休禅師の…
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招善寺 (京都市北区)

北区の小高い所に建つ招善寺には、いくつかのキーワードがある。 御土居、時代劇ロケ地、ハクモクレン、サツキ庭園、小さな紅葉風景と 多彩な風景を持っている。 1591年豊臣秀吉が築いた御土居の遺構が残されている<大宮御土居> の傍に、元禄年間(1688~1704年)開創されたのが招善寺で、 御土居の守り寺ともいわれている。 サツ…
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乗願寺 (京都市下京区)

寺町通に建つ乗願寺は、加藤清正の重臣で加藤家三傑といわれた 森本儀太夫(一久)の菩提寺である。 儀太夫は京都山崎(現在の大山崎町)の出身で、縁あって加藤清正 に仕え、生涯清正を支えた人物である。 1651年亡くなると乗願寺に葬られた。 また、次男の右近太夫一房はアンコールワットに渡り、墨書(落書き) を残した武士として知られ…
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甲山寺 (京都府京丹後市久美浜町)

久美浜湾の南東に、小高い円錐形の兜山(192m)が久美浜湾 と一体となって一つの風景を造っている。 この兜山東麓に建つのが甲山寺で、兜山山頂に建つ熊野神社の 別当寺であった。 甲山寺は736年行基が巡錫の折に、熊野神社に詣で甲山寺を 開創したと伝える古刹である。 境内は整備され、花木が植生されている。 <京都丹後のお寺…
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