テーマ:京都のお寺

京都市右京区のお寺一覧 

<京都市右京区> 愛宕念仏寺:1200体の羅漢さん 為因寺:初期の<重文>宝篋印塔 化野念仏寺:8000体の石仏・石塔 印空寺:旧御室御所の茶所 大龍寺:日本三大烏樞沙摩明王 三宝寺:茶人・山田宗偏ゆかりの寺 順興寺:蓮如上人ゆかりの寺 法蔵寺:尾形乾山鳴滝窯跡 覚勝院:大根供養 祇王寺:白拍子祇王姉妹の寺 滝口寺…
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慈眼寺 (京都市右京区京北) 明智光秀木像

京都市内から周山街道を京北に入った入口にあたる京北周山にあって、 城山東麓に建つ慈眼寺は、明智光秀木像を祀り、位牌も祀る光秀ゆかりの寺 として脚光を浴びている。 2020年の大河ドラマの主人公が明智光秀であるからだ。 光秀の木像は非常に珍しく、今後参拝者が増えるのではないか。 慈眼寺の裏の城山には、1580年光秀によって築城さ…
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蓮華寺 (京都府京丹後市網野町)

鳴き砂で有名な琴引浜の南、網野町島津地区に建つ蓮華寺の境内に 安置されている3基の宝篋印塔の内、1基は旧尾坂寺から移した ものである。 尾坂寺は、尾坂山中にあった奈良時代開創の古刹で、尾坂観音信仰 により門前村(尾坂村)ができるほどに栄えたといわれている。 戦国時代に焼失し、再興されたが寺運は衰えていった。 1959年の伊勢…
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慈光寺 (京都府宮津市江尻) 雪舟筆<天橋立図>に

画聖雪舟が最晩年に(1501~06年)描いた国宝<天橋立図>に、 現在の府中小学校辺りに大伽藍の慈光寺が描かれている。これが 現在の江尻に建つ慈光寺の前身で、開創年代は不詳であるが、 丹後守護大名・一色氏の氏寺として開創されたと伝わる。 この辺りは府中と呼ばれ、丹後の中心地として戦国時代末期まで栄え、 現在は天橋立ケーブルなど…
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智性院 (京都府舞鶴市) 京極マリア像

東舞鶴の泉源寺集落を通るJR小浜線の踏切を渡り、東舞鶴愛宕山へ向かって、 真っ直ぐの細い道を進むと、集落最奥の山麓に智性院と左手に熊野神社が 建っている。 智性院山門前に、2010年建立された<京極マリア像>が目に飛び込んでくる。 智性院の住職が中心となって、地域活性化のために<京極マリア祈りの里> を立ち上げ、その一環として…
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上林禅寺 (京都府綾部市) シダレ桜

綾部から若狭へ上林川に沿って走る府道1号の村中集落に、 シダレ桜古木2本とイチョウの大木が山裾に目立つのが上林禅寺 である。 石段の参道沿いには草花が咲き、木々が生い茂る境内が迎えてくれる。 境内右手にイチョウ、左手にシダレ桜の古木2本が存在感満載の 境内にあって、更に左手奥に瀟洒な手入れの行き届いた庭園が ある贅沢な風景で…
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長橋寺 (京都府福知山市)

福知山市北東部にあって、由良川の右岸に位置する大江町南有路(ありじ) の小高い山の麓に建つのが長橋寺である。 お寺は水琴窟で知られ、由良川と山の緑に囲まれた山里のお寺である。 長橋寺は、すぐ近くの矢津に1634年中善寺として開創され、1661年現在地に 移り、長橋寺としている。 <京都丹波のお寺一覧> (1)寺名:長…
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福満寺 (京都府京丹波町) 木喰仏

田畑が広がる丘陵麓にひっそりと建つ福満寺には木喰仏がある。 南丹市清源寺の木喰仏と共に、木喰上人の代表的な仏像である。 木喰上人は江戸時代後期の木食僧で、北海道から九州まで 巡り、各地に木喰仏を残し、現在存在する数は700体強と いわれている。 江戸時代前期の円空仏とよく対比される。 <京都丹波のお寺一覧> (1)…
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南陽寺 (京都府南丹市園部町)

園部公園の東にあって、小高い山の麓に、2本のカヤの木が勢い良く 伸び、白壁に囲まれた大寺が南陽寺である。 南陽寺は、園部城築城完成の頃の1621年開創されたと伝え、元禄 の頃には伽藍が整備されたといわれている。 現在の南陽寺は大寺の風格を持ち、カヤの古木がそれを後押ししている。 推定樹齢は数百年といわれ、市の天然記念物となって…
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山王寺 (京都府亀岡市)

亀岡市の丁塚山麓に位置する曾我部町犬飼にあって、山に向かって 田畑の中に伸びる参道を進むと、犬飼川に到る。 川の向こう正面に犬飼天満宮、右手に山王寺の堂宇が見て取れる。 川に架かる天神橋を渡ると、天満宮境内に樹齢500年といわれる 杉の神木が聳えたっている。 右に向かうと<立ち入り禁止>の札が立っているではないか。 山王寺は…
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平川廃寺跡 (京都府城陽市)

城陽市平川地区にあって、JR奈良線と県道69号に挟まれた住宅地に 平川廃寺跡が残されている。 1966~74年の発掘調査から、瓦積基壇がみつかり奈良時代中頃の 法隆寺式伽藍を持つ大寺と判明し、国指定史跡となった。 その規模は、東西175m、南北115mの境内に金堂・塔などが配置 される南山城地域でも有数の寺院であったと推定され…
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安養寺 (京都府久御山町)

京都には難読地名が多いが、安養寺の所在地<東一口(ひがしいもあらい)> もその一つである。 この地区は、かって存在した広大な巨椋(おぐら)池の西の端で、村への 唯一の入り口であったことから<一口>と名付けられたといわれている。 それを<いもあらい>と読んだのはどうしてだろうか。 安養寺は鎌倉時代に開創されたと伝えられ、境内から…
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勝円寺 (京都市下京区)

勝円寺の開創は1504年で、本尊阿弥陀如来坐像は円派仏師・勝円の 造像で、寺名もこれから来ている。 平安時代中期の仏師・定朝以降、仏師集団が形成され、  慶派:運慶、快慶など新しい写実主義  院派:院覚など定朝様を継承  円派:円勢、明円など院派と慶派の中間様式 の主な三大派が鎌倉時代を通して活躍した。 勝円は円派末期の仏…
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透玄寺 (京都市下京区寺町通)

透玄寺の山門前に立つ<安産背競地蔵尊>標石のような<xx地蔵尊> の名称を、京都市内で数多くみかける。 平安時代に京都から発祥した地蔵信仰は、現在も地蔵盆の形で生き続け、 5千体以上の地蔵尊が祀られている。 また、地蔵巡りの霊場も<六地蔵巡り>、<洛陽地蔵二十四ヶ寺>、 <上下寺町三十六地蔵>などがある。 透玄寺も上下寺町三…
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北野法華寺 (京都市上京区)

京都市内には細い小路が多くあるが、行き止まりの小路を<路地>、 通り抜けのできる小路を<辻子(ずし)>と呼んでいた。 特に、上京区には数多くある。 その中で、<法花寺辻子>と呼ばれた小路は、法華寺にちなんで 名付けられたといわれている。 現在は、御前通と呼び、北野天満宮から九条まで通ずる通りである。 法華寺は、1358年…
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真言院 (京都市北区) 上品蓮台寺塔頭

船岡山の西側、千本通に面して建つ上品蓮台寺は、かっては十二坊の 塔頭があり、別名<十二坊>と呼ばれ、それが現在の地名に残っている。 その塔頭の一つで、上品蓮台寺の北隣に真言院の山門がある。 現在堂宇は無く、廃寺同然の状態である。 境内には、鬼退治伝説などで知られる<源頼光の塚>や、弘法大師の母 の家系阿刀氏の<阿刀氏塔>と伝え…
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妙伝寺 (京都市左京区八瀬) 八瀬童子の菩提寺

八瀬を流れる高野川の近くに建つ妙伝寺は、1616年八瀬童子の菩提寺 として開創されている。 八瀬童子は平安時代、比叡山延暦寺の雑役や輿を担ぐ役割をした 八瀬の人々のことを指す呼称で、その後後醍醐天皇の輿を担いで 比叡山へ運んだことから、天皇などの皇室に関わり、天皇葬送の輿を 担ぐ役割を持つようになったといわれている。 明治天…
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正法寺 (京都市右京区京北五本松町) カヤの木

京都市右京区から京北、美山を経て若狭へ至る周山街道(国道162号) の京北五本松町の右手山麓に、カヤの大木が聳えるのが正法寺である。 正法寺の開創は15世紀末と伝えられているが、このカヤの木はその頃 のものと伝えられ、推定樹齢は500年以上にもある。 樹高は20mを超える大木で、京都市の天然記念物に指定されている。 <京都…
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西光寺 (京都府与謝野町岩滝) 石庭

天橋立と丹後半島に囲まれた阿蘇海に面する与謝野町岩滝地区は、 かっては丹後ちりめんで大いに栄えたが、現在は生産量の大幅な 減少に苦しんでいる。 その岩滝に建つのが西光寺である。 お寺の山門前から眺める風景は、地方の典型的なお寺風景が心を 和ませてくれる。 山門前の<南無阿弥陀仏>の大きな石碑が目に飛び込んでくる。 この六字…
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禅海寺 (京都府宮津市日置) 日置城主日置氏の菩提寺

宮津湾口の西側・丹後半島の中間部に位置する宮津市日置(ひおき)地区は、 古代においては<日置の里><日置郷>と呼ばれ、海人族の日置氏が 住んでいたともいわれている。 鎌倉時代になって、鎌倉幕府の御家人ともいわれた日置氏が住み着き、 その後丹後守護の一色氏に従い、日置上城に拠っている。 この日置氏の菩提寺が禅海寺である。 …
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龍興院 (京都府舞鶴市) 十三王図

舞鶴市泉源寺地区は、かって泉源寺があって、その名前に由来している。 龍興院は泉源寺が存在していた室町時代に開創されたと伝えている。 龍興院の<十三王図>掛軸は、泉源寺十王堂から移されたといわれている。 十三王は十三仏を本地仏とし、十三王は生前中の行いを審判し、十三仏は 浄土へ導くといわれている。 <京都丹後のお寺一覧>参照…
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宝蔵寺 (京都府綾部市睦合町)

由良川支流の上林川中流域に位置する睦合町、綾部から若狭へ通ずる 府道1号に面して、ベンガラの板金屋根が目立つ宝蔵寺が建つ。 おそらく、茅葺屋根の上から板金を葺いた屋根と思われる。 京都丹波に多く見られる屋根形式の本堂である。 宝蔵寺は1554年開創と伝えられている。 <京都丹波のお寺一覧>参照 (1)寺名:宝蔵寺(ほ…
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長福寺 (京都府福知山市三和町)

外見上、茅葺屋根のお堂が減っている昨今、茅葺の上からトタンなどの板金を 葺いて、茅葺の傷みを減らしたりなどの処置をしているお堂も多い。 ここ丹波地域では、お寺だけでなく民家でも見られる。 三和町大身集落に建つ長福寺の屋根もその一例である。 板金の種類は不詳であるうが、見事なフォルムである。 長福寺の開創は寛永年間(1624…
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大円寺 (京都府京丹波町) 美女山麓

京丹波町のシンボル<美女山>は、美女が横たわっている姿に似ている とか、美女の眉に似ているとかなどの由来が幾つか語り継がれている。 人気のハイキングコースである。 その西北麓に建つのが大円寺である。 府道80号から山裾を登る参道へ入りまもなく、もみじの木々に覆われた 石段参道が待っている。 山門を潜ると、目の前に美女山が現れ…
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総持院 (京都府南丹市美山町)

美山町の北端、西の鯖街道と呼ばれる周山街道が、若狭に入る直前の 美山町盛郷(もりさと)地区に建つのが総持院である。 実は、この総持院裏手にあるはずの山水寺薬師堂が探索目標であったが、 その薬師堂を見つけることが出来ず、山水寺と同一の山号:日盛山を 持つ総持院に参拝した。 山号が同じことから、総持院と山水寺は関係が深いのだろう。…
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威音寺 (京都府南丹市日吉町)

桂川支流が流れる日吉町四ツ谷風呂ノ本の谷筋山麓にポツンと建つのが 威音寺である。 造成中の参道を登っていくと、宝篋印塔などの石造物がいくつか安置され、 これから何が見つかるか楽しみを持って登りきると、本堂と廃れた庭園跡 があった。 庭園跡から古の姿を想像するのが出来なかった。 他に石造物がないか探索したが見つからず。 …
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真福寺 (京都府亀岡市)

西国三十三所観音霊場第21番穴太寺西の細い路地を入った突き当りに 建つのが真福寺である。 真福寺の若い住職は、地域との繋がりを積極的に勧めておられ、 椿コンサートや法話会などを行われている。 地域とお寺の在り方を模索され、今後の活躍が楽しみと感じた。 真福寺は、1650年宇治市興聖寺の第5世萬安英種によって開創 されてい…
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徳正寺 (京都市下京区)

1272年親鸞聖人の大谷廟堂が、現在の知恩院塔頭・崇泰院の地に建立され、 1321年大谷廟堂が本願寺となった。 1465年蓮如上人の時代に、比叡山の衆徒によって本願寺は破却されたが、 蓮如上人に帰依していた越前の井上願知が親鸞聖人の墳墓を守護し、 大谷道場とした。 その後、二度にわたり破却されたが、1589年井上願知の子孫・祐…
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宝蔵寺 (京都市中京区) 伊藤若冲親族の菩提寺

お寺が集中する中京区裏寺町に建つ宝蔵寺は、伊藤若冲ゆかりの寺として 知られ、時々公開される若冲の作品に人気が集まる。 1751年父母の墓石を宝蔵寺に建て、1765年末弟の墓石も建てている。 若冲ゆかりのお寺では、相国寺で<若冲>号を授かり、多くの作品を 奉納している。 最晩年、伏見区石峯寺に隠居し最期を迎えている。 宝蔵…
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栖賢寺 (京都市左京区上高野)

国道367号(通称:鯖街道)に面して、崇導神社から八瀬寄りに一軒おいて、 細い参道を入って行くと、瀟洒な山門が現れる。 境内に一歩踏み入れると、そこにはもみじの木々が境内一面を覆うっている。 ここが京都の隠れ紅葉スポットといわれるのが納得できる。 栖賢寺は、元々尼崎市の地に開創され、1932年現在地に引っ越してきた。 1582…
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