テーマ:大阪・兵庫・和歌山のお寺

隆国寺 (兵庫県豊岡市日高町) 関西花の寺霊場第6番

日高町荒川にあって、広大な境内には四季折々の花木が 植えられ、特に牡丹が広く知られる<関西花の寺>である。 古い石垣構えの総門を入ると、樹木に覆われた感の楼門形式の 山門が目に飛び込んでくる。 山門から本堂、境内と花木の間を巡ると、これぞ<もくもく探索> の醍醐味である。 訪れた時期が、牡丹が終わり、あじさいの時期であったが…
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壺井寺 (大阪府柏原市) 避雷観音

近鉄大阪線・法善寺駅西側に建つ壺井寺は、平安時代開創の 大寺であった法禅寺(地名はこの寺名からの由来)の跡地に、 1617年開創されたと伝えている。 観音堂の本尊・銅造観音は雷除けの観音として信仰され、 避雷観音と呼ばれている。 この観音は白鳳時代の作で、正式名は銅造菩薩立像であるが、 久しく観音として祀られている。 …
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千里観音 (和歌山県みなべ町) 千里王子ゆかりの観音

熊野古道(紀伊路)の一部で、ウミガメの産卵地として知られる 千里の浜には、熊野九十九王子の一つ千里王子があった。 延暦年間(782~806年)に如意輪観音が祀られ、神仏習合の 千里王子であったが、15世紀小栗判官によって祀られた馬頭観音 が本尊となっている。明治時代の神仏分離により、観音は千里王子の 裏手の小高い所に、観音堂が…
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山路寺 (兵庫県養父市) 片山楊谷の障壁画

兵庫県但馬地域での、障壁画で知られるお寺と言えば、 円山応挙障壁画の大乗寺(香美町)が真っ先にあがる。 その円山応挙に一目置かれた、片山楊谷の最晩年となる 障壁画がある山路寺が、但馬では2番目にあがるであろう。 片山楊谷は、江戸時代後期の鳥取藩のお抱え絵師で、 円山応挙も一目置く絵師として活躍した。 山路寺の障壁画は兵庫県の…
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大阪市のお寺 (大阪府)

大阪市のお寺一覧 崇禅寺(東淀川区):細川ガラシャの墓 専念寺(東淀川区):3体の仏像 瑞光寺(東淀川区):雪鯨橋 宝龍寺(旭区):クスの木 太融寺(北区):光源氏モデルの源融ゆかりの寺 長柄国分寺(北区):聖武天皇詔の国分寺 鶴満寺(北区):朝鮮鐘 祐泉寺(北区):造幣局の通り抜けの傍 浄蓮寺(北区):滝川地蔵尊…
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瑞光寺 (大阪市北区)

大阪天満宮を中心とする天満地区に、豊臣秀吉はお寺を集め寺町の 形成を計画し、江戸時代初期に完成した天満寺町は、天神橋筋から 東を東寺町、西を西寺町と呼んでいる。 この天満寺町は、東西に1.5kmの寺町通が通じ、北側にお寺が 40弱連なる寺町で、その東寺町の一部が現在の町名である同心 がある。 この同心は、江戸時代に同心の屋敷…
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今念寺 (兵庫県姫路市安富町)

姫路市の北部、中国自動車道の通る安富町にあって、名坂集落 の丘陵部に建つ今念寺は1280年の開創で、境内に安置されて いる五重石塔も同年の建立である。 この石塔は銘文入りの石塔としては、県下最古部類のものと いわれている。 お寺は寂しいが、石塔愛好家にはよく知られたお寺である。 本尊薬師如来は雨乞いの薬師として信仰を集めたと…
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明福寺 (大阪市北区)

天満東寺町の寺町通から、一歩北に入った角に建つ明福寺の 開創は不詳であるが、お寺に残された六字名号は蓮如上人の 真筆で、1585年本願寺11代顕如上人が裏書したもので、 裏書のある六字名号は珍しいといわれている。 <大阪市のお寺一覧> (1)寺名:明福寺(みょうふくじ) (2)住所:大阪市北区同心1-10-15 (…
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光瑞寺 (兵庫県姫路市夢前町)

夢前町の山間部、高長集落の山麓に威容な山門を構える 光瑞寺が建つ。 光瑞寺は、武田四天王と呼ばれた高坂昌信(春日虎綱)の 子息といわれる春日昌房が、姫路の亀山本徳寺から高長の 里に入り、草庵を建てたのが始まりと伝えられ、昌房の子・ 浄念が1622年光瑞寺として開創している。 <兵庫県のお寺一覧> (1)寺名:光瑞寺…
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龍海寺 (大阪市北区) 緒方洪庵の菩提寺

北区の東寺町と呼ばれる一帯に建つ龍海寺は、緒方洪庵の 菩提寺で、遺髪を埋葬した墓がある。 緒方洪庵は日本近代医学の祖と、明治維新の数多くの人材を 輩出した蘭学者として知られ、その教育の私塾とした<適塾> が中央区北浜に残っている。 龍海寺は、1584年頃豊臣秀吉の招きで、越前の亀洲宗鶴 が開創したと伝えられている。 山…
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禅定寺 (和歌山県海南市下津町)

下津港北の高台に建つ禅定寺は、12世紀末関白藤原兼実の 発願により開創されたと伝えられ、真言宗の村堂として地蔵尊が 祀られ信仰を集めたといわれている。 豊臣秀吉の紀州侵攻により焼失したが、1661年浄土宗寺院 として再興されている。 <和歌山県のお寺一覧> (1)寺名:禅定寺(ぜんじょうじ) (2)住所:和歌山県海…
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長楽寺 (兵庫県加古川市) 谷の子安地蔵

京都市から亀岡市へ、国道9号を<老ノ坂峠>を越えた亀岡市側に <老ノ坂子安地蔵堂>(旧大福寺)が建つ。 平安時代末期、高倉天皇が中宮建礼門院の安産を念じ、老ノ坂子安地蔵 に祈願されると無事に皇子を授かり、平清盛に命じて諸国に子安地蔵を 安置させたと伝えられている。 その一つが長楽寺の本尊地蔵菩薩といわれ、地元では<谷の子安地蔵…
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慈眼寺 (大阪府大東市) 野崎観音

生駒山系の山腹に建つ慈眼寺は野崎観音と呼ばれ、江戸時代前期から 続く<野崎詣り>で賑わう古刹である。 野崎詣りは、先祖、親類縁者、生きとし生けるもの全てに感謝を 捧げる<無縁経法要>の行事に参詣する習わしで、1682年から 始まったといわれている。 5月1~8日の間は、参道に様々な屋台が並び多くの参詣者で ごった返すといわれ…
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長円寺 (兵庫県加西市) 戦国大名赤松政則最期の地

鎌倉時代末期~戦国時代末期の長い期間、播磨に君臨した 赤松氏にあって最盛期を築いた9代赤松政則が、鷹狩りで 宿泊していた長円寺で最期を迎えたといわれている。 赤松氏の3代赤松円心が播磨に君臨したが、8代満祐の 嘉吉の乱(1441年)で一時没落するが、政則が盛り返し 赤松氏の最盛期を築いている。 長円寺は650年開創と伝わ…
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隆泉寺 (兵庫県南あわじ市) 淡路瓦生産の中心地

南あわじ市津井地区は、日本三大瓦の一つ淡路瓦の生産拠点で、 その起源は隆泉寺の再興と深く関わっている。 隆泉寺は真言宗のお寺であったが、1626年津井村が経済的に 困窮し、尼崎の法華宗お寺に助けを求め、その条件に隆泉寺の 改宗と村での瓦製造を受け入れて、その困窮を乗り越えたと 伝えられている。 その瓦製造が現在の淡路瓦生産中…
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妙法寺 (大阪府四条畷市) キリシタン教会跡

フランシスコ・ザビエルが1549年鹿児島に上陸し、1550年 京都に入って以降、キリシタンが増えていくが、1563年北河内 の73人が洗礼を受けて、北河内においても一挙に増え、最盛期には 6千名を超える河内キリシタン王国を築いている。 その中心地が、四条畷の岡山・砂地区で、砂教会が当時の領主・ 結城氏によって建てられている。 …
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千福寺 (兵庫県洲本市) 直原玉泉コレクション

洲本市の寺町八ヶ寺の一寺・千福寺は小さなお寺であるが、 現代の南画家第一人者と呼ばれた直原玉青(1904~2005年) の襖絵が客殿・庫裡に多く残され、千福寺コレクションと 呼ばれている。 山号も玉青山である。 直原玉青は、1904年岡山県赤磐市で生まれ、2歳で洲本市に 移り、幼少期を洲本市で過ごしている。 1977~19…
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願生坊 (大阪府枚方市) 枚方御坊

1489年、蓮如上人は五男の実如に本願寺を継がせると、 枚方に順興寺を開創したと伝えられ、1514年実如は順興寺を 枚方御坊とし、寺内町が形成され、枚方は大いに栄えたと いわれてる。 しかし、1570年織田信長軍によって寺内町は焼失し、 1625年になって、順興寺は京都で再興されている。 一方、枚方御坊の法灯を継いで、168…
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一楽寺 (和歌山県和歌山市) 

紀ノ川下流の右岸から山麓にかけての園部地区中心部に 建つ一楽寺は、平安時代末期~戦国時代の中世の豪族園部氏の 園部城跡にあたり、園部氏の菩提寺と伝えられている。 園部氏は源平合戦では平家から源氏に鞍替えし、戦国時代 まで続いた武士集団である。 鎌倉時代初期に園部城の一角に、園部氏が開創したのが 一楽寺といわれ、園部氏の菩提寺…
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引摂寺 (兵庫県淡路市) 十三重石塔

淡路島津名港の港町志筑(しづき)にあって、推定樹齢500年と いわれるイチョウと、鎌倉時代後期の十三重石塔や多くの石造物が 安置されているのが引摂寺である。 引摂寺は、江戸時代代々続いた庄屋・忍頂寺氏の初代が開創し、 菩提寺としたといわれている。 十三重石塔は忍頂寺氏の屋敷にあったが、1961年に引摂寺に 移されている。 …
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光山寺 (大阪府吹田市)

万博記念公園の南に位置する山田地区にあって、竹林の 参道を進むと、石段参道が迎えてくれるのが光山寺である。 光山寺は1630年開創の浄土真宗のお寺で、木々に覆われた 小さなお寺であるが、静寂が漂っている。 <大阪府のお寺一覧> (1)寺名:光山寺(こうざんじ) (2)住所:大阪府吹田市山田東1-3-31 (3)山号…
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龍雲寺 (兵庫県新温泉町居組)

兵庫県と鳥取県との県境にあって、新温泉町居組と鳥取県岩美町東浜を結ぶ 旧国道は<七坂八峠>と呼ばれ、難所の道であったが、そこから眺める <東浜海岸>、<居組漁港>は山陰海岸ジオパークの一つの見所となっている。 また、居組集落の東部に位置する<穴見海岸>も欠かすことができない 見所で、そうした景観を抱えた居組集落は600人ほどの漁…
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一乗寺 (大阪府高槻市) 紀州藩主徳川氏ゆかりの寺

高槻市東部にあって、名神高速道路梶原トンネルの南下に、 <弁慶の駒つなぎ>と呼ばれるクスノキの大木がどっしりと 構えるのが一乗寺である。 一乗寺は、10世紀中頃比叡山の僧・千観によって開創された と伝わるが、詳細は不詳である。 1439年、<鍋かむり日親>と呼ばれた日蓮宗の僧を開山と して再興され、一乗寺となっている。 江…
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浄瀧寺 (兵庫県淡路市)

538年頃、京都賀茂神社(上賀茂、下鴨)の神田が置かれたと 伝える淡路市生穂の地にあって、山間部に建つのが浄瀧寺である。 お寺の開創については不詳であるが、本尊大日如来を中心とする 五智如来が藤原時代の造像と考えられている。 浄瀧寺は典型的な山里のお寺といった感があり、その遠景が 一つの風景を造り出している。 <淡路島の…
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永澤寺 (兵庫県三田市永沢寺) 関西花の寺霊場第11番

三田市北部の山間地にあって、今や一大観光地となっている 永沢寺(えいたくじ)集落に建つのが永澤寺(ようたくじ) である。 永澤寺の前には、花しょうぶ、水芭蕉、ボタンの<しょうぶ園>、 芝桜の<花のじゅうたん>などの観光施設があり、季節には 多くの観光客で賑わう。 永澤寺は、1370年頃後円融天皇の勅願によって、室町幕府の…
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本徳寺 (大阪府岸和田市) 明智光秀の肖像画

2020年、NHK大河ドラマで明智光秀を主人公とする <麒麟がくる>が始まる。 明智光秀の肖像画で、現存する唯一といわれる肖像画を 所蔵するのが本徳寺である。 本徳寺は、光秀の実子と伝承されている南国梵桂が、 16世紀末に、現在の貝塚市に海雲寺として開創したのが 始まりと伝えられている。 1662年、現在地に本徳寺として再…
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金龍寺 (兵庫県宝塚市) 武庫七大寺

聖徳太子が四天王寺を開創した後、武庫山の上に阿弥陀三尊を 感得し、武庫山周辺に七ヶ寺を開創したとの伝承がある。 その七ヶ寺を<武庫七大寺>と呼んだといわれている。 武庫七大寺、  塩尾寺、中山寺、小林寺(廃寺)、平林寺、円国寺(廃寺)  金龍寺、ひとつは不明 その一つ金龍寺は、1582年荒木村重の乱で焼失したが、 元禄年間…
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禅寂寺 (大阪府和泉市)

和泉市阪本町に建つ禅寂寺の真新しい山門を潜ると、 カイヅカイブキの古木が目に飛び込んでくる。 本堂も真新しく、伽藍の整備が進んでいる。 禅寂寺の開創は、飛鳥時代,地元の豪族坂本朝臣が 氏寺として開創した坂本寺が始まりと伝え、法隆寺式伽藍 の大寺であったといわれている。 境内には、飛鳥時代の塔心礎が残されている。 戦国時代、…
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興山寺 (和歌山県紀の川市桃山町)

ブランド品<あら川の桃>の産地・紀の川市桃山町に、 2016年私が訪れた時は、周囲に柵が張り巡らされた状態で、 拝観は叶わなかった。 現在は住職もおられるようだ。 興山寺は、1590年豊臣秀吉の信頼厚い木食応其によって 開創されたと伝えている。 木食応其は、秀吉の深い帰依を受け、高野山の再興を始め、 多くの寺社の再興を行っ…
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伊丹廃寺跡 (兵庫県伊丹市) 古代寺院跡

陸上自衛隊伊丹駐屯地の南離接地に、<摂津伊丹廃寺跡公園>がる。 1958年、塔の水煙が出土したのを契機に、8年にわたる 発掘調査が行われ、その全容が解明された。 奈良時代前期に創建された法隆寺式伽藍配置のお寺で、おそらく 鎌倉時代まで存在した大寺であったと推定されている。 塔水煙を始めとして、瓦などが出土している。 現在は、…
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