テーマ:庭園

向嶽寺 (山梨県甲州市塩山) 臨済宗向嶽寺派大本山

山梨県甲州市塩山の塩ノ山(555m)南麓に位置する向嶽寺は、1378年抜隊禅師 が市内竹森の地に草庵を結んだのが始まりとされている。 1380年甲斐守護・武田信成から現在の寺地を与えられて向嶽庵が 創建されている。以後、武田氏の庇護を受けて大いに栄えたといわれる。 江戸時代には度重なる火災によって堂宇を失い、衰微したといわれ…
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滋賀院門跡(滋賀県大津市) 延暦寺本坊

比叡山延暦寺の里坊(塔頭)54ヶ寺が連なる坂本の里の中心に位置する 滋賀院門跡は延暦寺の本坊(歴代住職の住まい)であり、天台宗の事務本拠地 でもある。 坂本には穴太(あのう)積み石垣の寺や屋敷が多くあり、お寺集団のイメージが 他とは少し異なる風景である。 中でも滋賀院門跡の石垣は立派な風格を持っていて城郭の匂いがする。 …
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定勝寺 (長野県大桑村) 木曽路の名刹

木曽路の須原宿にある名刹・定勝寺は、嘉慶年間(1387~88年)に木曽家 11代木曽親豊によって木曽川畔に開創されたと伝えられている。 その後、木曽川の氾濫で何度となく倒壊・再建を繰り返したが、1598年 犬山城主・石川光吉によって現在地に再興されている。 その時の本堂が現在も残され重要文化財に指定されている。 定勝寺には…
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禅昌寺(岐阜県下呂市) 飛騨路の名刹

下呂温泉に近い、飛騨有数の名刹禅昌寺の起源については諸説が あるが、1528年地元萩原の城主・三木氏が廃寺となっていた円通寺を現在地に 再興し、禅昌寺としたのが通説であるが、 平安時代に恵心僧都が開いた寺が始まりとも伝承されている。 妙心寺派別格としてその寺格と飛騨路における名声は揺るがぬものが 感じられる。 また、豊かな文…
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柴屋寺 (静岡県静岡市) <名勝>借景庭園

竹林と木々に囲まれ、天柱山と首陽山を借景とした枯山水と池泉の庭園は、 柴屋寺を開いた連歌師・宗長が自ら築いた庭園として昔から知られた名勝 となっている。 こじんまりとした堂宇の佇まいと庭園が絶妙に調和した庵は宗長が閑居 としたことが肯ける風景である。 また、本堂正面から境内越しに眺める丸子富士も、庭園と一体となった 借景を形…
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臨済寺 (静岡県静岡市) 

静岡市の賤機山(171m)山麓から山腹に沿って展開する臨済寺の境内は、 修行道場だけあって一部の隙もなく清掃が行き届き、これぞまさしく禅寺の 典型的な風景である。特に、大方丈(本堂)の前庭とそれに到る参道が禅寺を 語っており、写真や映像で紹介される風景である。 徳川家康は1549年8歳の時に今川義元の元で人質として預けられ1…
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龍華寺 (静岡県静岡市清水区) 蘇鉄とサボテンの寺

山門を潜ると目の前に鯉の泳ぐ池泉回遊式の庭園が広がり、まず心を 和ませてくれる。 庭園を回遊し、本堂前の境内に登ると一面の大蘇鉄とサボテンが目に 飛び込んでくる。蘇鉄は千年以上の樹齢といわれ、日本三大蘇鉄の一つに 数えられており、国の天然記念物に指定されている。 サボテンと共に中国上海の龍華寺から移植されたといわれている。 …
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清水寺 (福岡県みやま市) <名勝>借景庭園

九州のお寺の庭園では一番見ごたえのある庭園が清水寺の 庭園ではないだろうか。 愛宕山を借景にした池泉回遊式の庭園で、紅葉は言うに及ばず 四季を通じて絶景を楽しめるだろう。 何度も足を運びたいお寺である。アクセスは少し不便だが。 この庭園のある本坊前にちょっと変わった観音さま--魔羅観音-- がありお参りされたらどうでしょ…
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清見寺 (静岡県静岡市) 雪舟ゆかりの寺

伝雪舟筆<富士三保清見寺図>(永青文庫所蔵)は雪舟活躍時に近い室町時代に 原図を模写した古模本と考えられているが、この古模本から原図は雪舟が1481年 から東遊し清見寺に滞在し、それを元に描いたのであろうと推定されている。 この作品は<国宝>天橋立図に繋がる貴重な資料であり、その当時から三保の 松原と富士山・清見寺の名所的な存在…
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両足院 (京都市東山区) 建仁寺塔頭

京都市東山区祇園花街の南にある建仁寺塔頭・両足院の特別公開を機に 冬の探索を試みてみた。京都の冬にしては穏やかな陽が降り注ぐ日となり、 冬景色らしくない風景に出会った。 表門から玄関へのアプローチも禅寺らしく白砂と敷石の見事なコンビネーション を見せている。 1350年代に龍山徳見禅師が開創した知足院が始まりとなり、142…
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頼久寺(岡山県高梁市) 小堀遠州の庭園

難攻不落の山城といわれた<重文>備中松山城(高梁城)の代官(城主) となった小堀遠州(当時は政一)は城が荒れていたため、頼久寺に住し 天守閣の改修を行った。(1600~1617年) 頼久寺の庭園はその時に小堀遠州によって作庭された。 小堀遠州作の庭と伝えられる庭は数多くあるが、真作の庭として 貴重な庭園である。 頼久寺の…
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酬恩庵<一休寺>(京都府京田辺市) その1

一休さん(一休宗純禅師)のお寺 <その2 その3>クリック参照 <一休寺 晩秋の風景>クリック参照 <京都府南部のお寺一覧>参照 (1)寺名:酬恩庵(しゅうおんあん)<通称一休寺>  (2)住所:京都府京田辺市薪里ノ内102 (3)山号:霊瑞山 (4)宗派:臨済宗大徳寺派 (5)開山:大応国師 (6)開創:…
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一休寺<酬恩庵>(京都府京田辺市) 晩秋の風景

京都府京田辺市にある一休寺<正式名:酬恩庵>は一休禅師が晩年 住まわれていたお寺で、多くの建物が重要文化財に指定され、庭園も 名勝に指定されている。 禅寺の風景が境内一面に展開され、一休禅師を偲ぶにはこれほどの 場所はないだろう。 <一休寺 その1  その2  その3 >クリック参照 <京都府南部のお寺一覧>参照 …
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栖雲寺 (山梨県甲州市) 武田一族ゆかりの寺

山梨県甲州市の天目山(1380m)中腹にある栖雲寺は、1326年中国・天目山の 普応国師のもとで修行・帰国した業海本浄が天目山に似た場所を求めて辿り着いた 木賊山を適地と考え1348年に開創されている。 木賊山はその後、天目山と呼ばれるようになった。 その後、甲斐武田氏の庇護を受けて栄え、兵庫県丹波市の高源寺を西天目、 栖雲寺…
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東光寺 (山梨県甲府市) 甲府五山

山梨県甲府市の東光寺は、1121年甲斐源氏の祖・新羅三郎義光によって 興国院として開創されたのに始まると伝えられているが詳細は不詳である。 1268年鎌倉・建長寺の開山・蘭渓道隆によって再興され甲州禅文化の 中心として栄えたと言われている。 武田信玄の指定により甲府五山となり、武田氏の支援を受けたが、 武田氏の滅亡と同時に衰退…
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旧平泉寺 (福井県勝山市) 平泉寺白山神社

福井県勝山市にある旧平泉寺は、717年泰澄大師によって開創され、 白山信仰の拠点として発展していった。 1084年には天台宗となり、越前における天台宗の拠点ともなった。 鎌倉時代末期から室町時代には大いに栄え、36堂宇・48神社・ 6000坊といわれる巨大な寺院集落を形成し、越前の宗教・文化・武力 の一大センターとなっていた。…
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瑞峯院 (京都市北区) 大徳寺塔頭 

京都市北区にある大徳寺には別院2ヶ寺・塔頭22ヶ寺があり、その塔頭の 一つ瑞峯院は、1535年九州のキリシタン大名・大友宗麟によって開創され、 宗麟夫妻の菩提寺となっている。 大友宗麟は戦国時代の九州最強の大名として君臨したが、薩摩・島津義久 に敗れ豊臣秀吉の下では豊後一国の大名にまで衰退した。 1551年豊後へ布教のため来た…
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石像寺 (兵庫県丹波市) 現代の石庭

兵庫県丹波市市島町にある石像寺は、655年法道仙人による開創と 伝えられるが詳細は不明であるが、1648年曹洞宗寺院として透開本徹 によって再興されている。 本堂前の<四神相応の庭>と書院前の<雲海の庭>は現代の作庭家 重森三玲の作として知られており、重森氏の特徴である立石が丹波の 山並みと調和し、裏山にある盤座から得た発…
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芬陀院 (京都市東山区) 東福寺塔頭 雪舟の庭園

京都市東山区にある東福寺塔頭の芬陀院は、1321年頃関白一条内経が 定山祖禅を開山として開創された。 一条内経は政治的な面では弱かったが、歌人としては優れた才を示した と伝えられている。 また、定山祖禅は東福寺開山の円爾(聖一国師)の法孫で、東福寺27世で ある。 庭園は雪舟が1460年代に作庭したと伝えられているが、そ…
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霊雲院 (京都市東山区) 東福寺塔頭 

京都市東山区にある東福寺の塔頭霊雲院は、1390年東福寺 第80世の岐陽方秀禅師によって不二庵として開創された。 その庭園は江戸時代<都林泉名所図会>にも紹介される名所 であったが、明治時代以降荒れ果てたが、1970年重森三玲に よって復元された。 書院前庭園<九山八海の庭>の中央には、江戸時代初期に 熊本藩主細川氏から寄贈…
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黄梅院 (京都市北区) 大徳寺塔頭

京都市北区にある大徳寺には別院2ヶ寺・塔頭22ヶ寺があり、その 塔頭の一つ黄梅院は、1562年織田信長が初めて入洛した時秀吉に 命じて信長の父信秀の追善供養のために黄梅庵を建立させたことに 始まる。 1586年秀吉により本堂、1589年小早川隆景により庫裡などが 改修され、この時黄梅院と改名している。 よく手入れされた境…
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天得院 (京都市東山区) 東福寺塔頭 桔梗の庭園

京都市東山区にある東福寺の塔頭は25ヶ寺あり、その一つ天得院は 南北朝時代の正平年間(1346~70年)に開創されたが、1614年 住職となった文英清韓は豊臣秀頼に請われて方広寺の鐘名の撰文を したが、銘文中の<国家安康君臣豊楽>の文字が徳川家を呪詛すると 徳川家康の怒りを招き、寺は取り壊され大阪の役へと発展したと 言われてい…
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平等院(京都府宇治市) その3 平等院の四季

平等院の四季 それは  4月初旬:桜 平等院周辺はさくらの名所  4~5月:サツキ、ツツジ  5月:藤 平等院の藤はつとに有名  夏:緑と宇治川の涼 しかし暑い  11月下旬:紅葉 宇治川の対岸にある興聖寺(こうしょうじ)の紅葉は名所  冬:彩はないが、木の葉が少ないので伽藍の写真には好都合 <2008年2月1…
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勧修寺 (京都市山科区) 四季の風景

京都市山科区にある勧修寺(かじゅうじ)は、900年醍醐天皇が 生母藤原胤子の菩提を弔うために、胤子の祖父宮道弥益の邸宅跡 に開創したお寺である。 南北朝時代に皇室から住職を迎えて以降門跡寺院として栄えたが、 1470年の応仁の乱により、近くにある醍醐寺などと共に焼失した。 江戸時代1682年になって皇室や徳川家などの支援を受け…
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即宗院 (京都市東山区) 東福寺塔頭 薩摩島津家の菩提寺

京都市東山区の東福寺には25ヶ寺の塔頭があり、その一つ即宗院は 1387年薩摩の島津氏久が島津家の菩提寺として東福寺南部に 創建したのに始まり、1569年焼失したため1613年に現在地に 再建された。 幕末(1858年)西郷隆盛は即宗院に逗留し、清水寺の僧月照らと 幕政改革の謀議などを行っている。その後、月照・西郷は薩摩へ逃れ…
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龍吟庵 (京都市東山区) 東福寺塔頭 <国宝>方丈

京都市東山区にある東福寺には25ヶ寺の塔頭があり、その筆頭 龍吟庵は1291年東福寺第三世無関普門(大明国師)の住居として 開創された。 <国宝>方丈は1387年の建立で、現存する最古の方丈といわれている。 書院造に寝殿造の意匠が施された格調のある造りになっている。 方丈を取り囲む3面の庭園は1964年重森三玲の作庭で、方…
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雲龍院 (京都市東山区) 泉涌寺塔頭 庭園

京都市東山区にある皇室の香華寺として<御寺>と呼ばれて いる泉涌寺の塔頭は9ヶ寺あるが、その一つ雲龍院は1372年 後光厳法皇が菩提所として開創された由緒あるお寺である。 泉涌寺境内の最奥に位置し、静寂と寺格が溶け合った佇まいを 見せる。 庭園も整備され、心を癒してくれる雰囲気が漂っている。 (1)寺名:雲龍院(うんりゅ…
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行基寺 (岐阜県海津市) 濃尾三河を借景とする庭園

岐阜県の最南端に位置する海津市の養老山地中腹にある行基寺から 濃尾平野とそこを流れる三河を180度の大パノララマで眺望できる 絶景の地である。 744年行基が開創したと伝わる行基寺は、1705年美濃高須藩主松平義行 が菩提寺として城郭風に再興し、濃尾平野を借景とする回廊式庭園もこの時 築造されたといわれている。 四季を通じて…
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孤篷庵 (京都市北区) 大徳寺塔頭 小堀遠州の菩提寺

京都市北区にある大徳寺には別院2ヶ寺塔頭22ヶ寺がり、 その塔頭の一つ孤篷庵は、1612年小堀遠州が江月宗玩(大徳寺156世) を開山に迎えて開創された。 1793年火災により焼失したが、小堀遠州を尊崇した松江藩主松平不昧に より再興されている。 松平不昧は大名茶人であり、名だたる茶器を収集し茶道の歴史で欠かせない 人物であ…
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聚光院 (京都市北区) 大徳寺塔頭 千利休の菩提寺

京都市北区にある大徳寺には塔頭22ヶ寺・別院2ヶ寺があり、塔頭聚光院は 室町幕府の戦国大名三好長慶の菩提を弔うため養子の義嗣が1566年 笑嶺宗訢(大徳寺107世)を開山に迎えて開創された。 笑嶺禅師に参禅した千利休は檀越となり、利休の菩提寺になり墓所となった。 それ以降、三千家(表千家、裏千家、武者小路千家)…
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