テーマ:滋賀県のお寺

光明寺 (滋賀県甲賀市甲賀町)

三重県伊賀市との県境にあって、周囲をゴルフ場に囲まれた五反田集落に 建つのが光明寺である。 集落からは鈴鹿山系を望む山間田園地帯である。 光明寺の開創は不詳であるが、、観音堂に祀られている重要文化財の 十一面観音立像がお寺を知らしめている。 甲賀市は仏像文化財の宝庫であり、重要文化財に指定された仏像は 50体を超える仏教文化…
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十王寺 (滋賀県湖南市) 国宝・長寿寺の本坊

湖南三山(善水寺、長寿寺、常楽寺)の長寿寺に紅葉狩りに訪れた際、 一人の立ち働く僧侶に声をかけると、実は長寿寺山門前に建つ十王寺の 住職であった。 住職の話によると、奈良時代に聖武天皇の勅願により開創された長寿寺 には20数坊の坊舎があったが、その一つが十王寺で、現在も残っている 唯一の坊舎で、現在は長寿寺の本坊として長寿寺を…
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安楽寺 (滋賀県野洲市)

1568年織田信長と戦って落城した市三宅城跡近くに建つ安楽寺は、 1534年それまでの天台宗寺院を再興し三宅氏の菩提寺であったと 伝えられている。 この安楽寺に伝わる阿弥陀如来坐像、聖観音立像は共に重要文化財 で、その由来はいかに。 滋賀県にはこうした貴重な仏像が、何気ないお寺に伝わっており、 興味が尽きない。 <滋賀…
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慶先寺 (滋賀県守山市) 蓮如上人旧蹟

琵琶湖に近く、比良山系を望み田畑が広がる山賀町に、こじんまりと建つ 慶先寺であるが、ここには蓮如上人ゆかりの寺宝が数点伝わっている。 一つは、親鸞聖人と蓮如上人が連座する<親鸞聖人御影> 二つには、蓮如上人から送られた<十字名号>など。 1465年大谷本願寺が比叡山衆徒によって破却され、蓮如上人は近江に 逃れ、近江での布教に努…
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仏眼寺 (滋賀県栗東市)

仏眼寺の前に建つ大宝神社は701年疫病退散のために建立されたと 伝える古社であるが、仏眼寺の前身である神宮寺は大宝神社の別当 として神仏習合のお寺であった。 1412年に神宮寺から仏眼寺へと改名し、1420年天台宗から時宗へ 改宗したといわれている。 明治時代になって、神仏分離によって大宝神社境内から現在地に 移っている。 …
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仙命庵 (滋賀県草津市)

草津市南笠町に建つ仙命庵と隣に建つ妙楽寺辺りは、7世紀後半 白鳳時代の古代寺院・笠寺廃寺の跡地と考えられている。 その笠寺の本尊といわれる大日如来坐像が、巡り廻って明治時代に 仙命庵に移座されている。 その仙命庵は1773年仙命尼によって開創されている。 <滋賀県湖南地域のお寺一覧> (1)寺名:仙命庵(せんみょうあ…
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正休寺 (滋賀県大津市)

鶏冠山(とさかやま)の麓にあって、上田上地区の桐生集落は里山の 集落であったが、近年住宅地が間近に迫り、その風景は様変わり している。 そんな中に建つ正休寺は、集落の中核寺として活動している。 現在も保育園を営み、その活動は続いている。 正休寺の開創は1592年と伝えられ、1789年の火災で焼失したが、 1796年再興さ…
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妙楽寺 (滋賀県草津市) 

田畑に囲まれて建つ妙楽寺は1619年開創であるが、周辺にある古代寺院の 笠寺廃寺の礎石などが安置されている。 笠寺廃寺は7世紀後半白鳳期の寺院で、跡地から種々の出土品が 発掘されている。 滋賀県には古代寺院の廃寺跡が数多くあるが、その中でも笠寺廃寺は 貴重な出土品が発掘されている。 おそらく、妙楽寺は笠寺廃寺跡の一部ではない…
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真光寺 (滋賀県大津市牧) 井原西鶴碑

真光寺が建つ大戸川(田上川)流域は、古から氾濫洪水の多い地域で、 江戸時代17~18世紀には集落の高台への移転が行われていた。 1688年刊の井原西鶴作<武士義理物語>の一節には、この 田上川の氾濫による国守の働きを記述している。 真光寺には、この一節を<井原西鶴碑>に刻み安置している。 <大津市のお寺一覧> (1)…
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慶宝寺 (滋賀県高島市朽木) 鯖街道朽木宿

慶宝寺は鯖街道朽木宿に建ち、1495年の開創と伝えられている。 鯖街道(現在の国道367号)は若狭~京都の山間を通る街道で、 若狭の海産物、特に塩漬けした鯖を京都へ送る街道として、平安時代から 利用された街道である。 現在は、道路も整備され交通量も増えている。 朽木宿はその中間にあって栄えた宿であった。現在もその面影を 少し…
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滋賀県高島市のお寺

滋賀県高島市は市町村合併で湖西地区を網羅しており、 余り知られていないお寺が多くあるが、紹介してみよう。 <お寺の名前をクリックするとあらましと写真を紹介> 興聖寺(朽木):<名勝>庭園 慶宝寺(朽木):鯖街道朽木宿 酒波寺:桜の参道 極楽寺:枯山水庭園 大崎寺<大崎観音>:海津大崎の崖上に建つ 福善寺(マキノ町…
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永正寺 (滋賀県高島市新旭町) 高嶋七ヶ寺

現在の高島市に、かっては天台宗の大寺が7ヶ寺あり、それを<高嶋七ヶ寺> と呼んでいた。 その中に、1228年開創と伝わる清水寺が、現在<清水山城館跡>として 史跡に指定されている清水山にあった。 1235年高島佐々木氏(高島氏)の祖・佐々木高信が清水山城を築き、 その後、城館を拡大し、清水寺の寺坊を占拠した。 いつの頃から清…
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竹蓮寺 (滋賀県長浜市高月町) 宝冠阿弥陀如来像

山本山の麓に位置する西阿閉(にしあつじ)集落に建つ竹蓮寺の 宝冠阿弥陀如来像は、地元では永らく観音菩薩として祀られてきた。 一部補正が施され観音像に見えるが、もともと宝冠阿弥陀如来像で ある。 宝冠阿弥陀如来像は数は少なく、真言密教系と天台宗常行系に二分 され、竹蓮寺の阿弥陀如来像は密教系と考えられている。 有名な宝冠阿弥陀…
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滋賀県湖北地域のお寺

滋賀県湖北地域(米原市、長浜市、長浜市虎姫町、長浜市湖北町、長浜市高月町、 長浜市木之本町、長浜市余呉町、長浜市西浅井町)は観音の里と呼ばれ、特に 渡岸寺観音堂の<国宝>十一面観音立像は日本を代表する仏像である。 <お寺の名前をクリックするとあらましと写真を紹介> 観音寺(米原市):石田三成ゆかりのお寺 青岸寺(米原市…
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大田寺 (滋賀県長浜市木尾町)

伊吹山西北麓に位置する木尾集落の山中に、薬師堂だけが建つ大田寺の 開創は行基による伝えがあるが、不詳である。 薬師堂に祀られている薬師如来坐像は、かっては奥深い山中に祀られて いたことから、織田信長の湖北征討においても難を逃れたといわれ、 <木尾の薬師>と呼ばれ、信仰を集めたといわれる。 現在は、ひっそりと祀られている。 …
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妙覚寺 (滋賀県米原市)

伊吹山を背に建つ妙覚寺は、正和年間(1312~17年)に開創されたと 伝えるが詳細は不詳である。 近辺には近江守護・佐々木氏の一族・竹腰氏の小田城があったといわれて いるが、その跡地も明確ではない。 妙覚寺に残る鎌倉時代の五輪石塔3基が何を語るのだろう。 <滋賀県湖北のお寺一覧>参照 (1)寺名:妙覚寺(みょうかくじ…
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順慶寺 (滋賀県長浜市) 湖北10ヶ寺

織田信長の近江制覇に立ち向かった朝倉義景・浅井長政や一向宗(浄土真宗) の戦いは元亀争乱といわれ、一向宗の10ヶ寺を<湖北10ヶ寺>と呼んでいる。 湖北10ヶ寺とは、   福田寺、福勝寺、順慶寺、金光寺、浄願寺、箕浦誓願寺、   真宗寺、称名寺、内保誓願寺、授法寺 1571年の戦いで10ヶ寺は敗れ、お寺は壊滅状態となっている。…
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授法寺 (滋賀県長浜市) 湖北10ヶ寺

1571年石山本願寺と織田信長の対立の中、真宗の湖北10ヶ寺は 湖北一向一揆を起こし、箕浦の地で織田信長軍と戦ったが、湖岸に 追い詰められ全滅している。 この湖北10ヶ寺の一つが授法寺(中道場)である。 授法寺は1337年天台宗寺院として開創されたと伝えられているが、 まもなく浄土真宗に改宗している。 授法寺は東に伊吹山…
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新善光寺 (滋賀県長浜市) 御影堂

東に伊吹山を望む長浜東部の田園地帯に、地蔵堂のみを残して建つ 新善光寺は、太平洋戦争中に京都市下京区御影堂町から移転している。 天長年間(824~834年)檀林皇后が弘法大師空海を勧請開山として 開創したと伝え、1284年時宗のお寺となり、時宗御影堂派の本山として 栄えたといわれている。 木之本地蔵院(浄信寺)から分身の地…
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滋賀県の紅葉

紅葉狩りの年次は異なるがお寺を中心に紹介する。 湖東三山(百済寺、金剛輪寺、西明寺)と永源寺は多くの観光客で賑わう。 比叡山延暦寺(大津市) 日吉大社(大津市) 石山寺(大津市) 三井寺<園城寺>(大津市) 西教寺(大津市) 金勝寺(栗東市) 長寿寺(湖南市) 常楽寺(湖南市) 教林坊(近江八幡市安土町) 永源…
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大楽寺 (滋賀県米原市大清水) 泉神社湧水

北に伊吹山を仰ぐ大清水集落には、名水百選の一つで、<神の水> として太古の時代から伝説にも登場する<泉神社湧水>がある。 伊吹山の湧水の一つで、訪れる人が絶えないスポットでもある。 この泉神社の近くに建つのが大楽寺である。 大楽寺の開創は不詳であるが、鎌倉時代には存在したとも伝えられている。 大楽寺には、浄土真宗の聖典<教…
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福勝寺 (滋賀県長浜市) 湖北10ヶ寺

元亀年間(1570~73年)における元亀争乱は、織田信長にとって近江制覇 の山場であった。 特に、浅井・朝倉氏、浅井氏と連携した一向一揆との戦いは近江湖北を 壊滅状態にし、湖北の寺々は兵火により焼失している。 その一向一揆で活動した湖北10ヶ寺の一つが福勝寺であり、その境内は 城塞化され(福勝寺城ともいわれた)、その遺構が一部…
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来現寺 (滋賀県長浜市)

滋賀県湖北は<観音の里>と呼ばれ、地元の人々が守り続けてきた歴史 が根付いている。 来現寺の聖観音立像もその歴史の中にある。 この聖観音立像は、奈良時代に開創された満願寺観音堂の本尊と言われたれ、 満願寺が火災に遭った際に、村人が救いだし池に沈めて難を逃れたと伝承 されている。 来現寺の南100mほどの地にあった満願寺は廃寺…
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西福寺 (滋賀県米原市)

西福寺は1457年開創されたと伝えられる。 近年、長岡村の庄屋であった田中家の茶室<燕窓窠>が取り壊しの 予定であったが、西福寺が買い取り移築復元を行っている。 この茶室は、茶道遠州流の中興の祖といわれる辻宗範が設計指導し、 1839年建立されている。 残念ながら私が訪問した時拝観できず。 現在は、<旧田中…
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観道寺 (滋賀県彦根市)

彦根市西南端に位置する本庄町に建つ観道寺は、かって当地にあった 二峰堂・鏡堂を前身として、1655年頃二峰堂の薬師如来を本尊として 祀った庵が始まりと伝えられ、1699年観道寺となり、1709年本堂が 建立されお寺の整備が行われた。 お寺に祀られている日光・月光菩薩立像は鎌倉時代の作で、重要文化財に 指定されている。 <…
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崇徳寺 (滋賀県彦根市肥田町) 肥田城主の菩提寺

彦根市の西南端に位置する肥田町に建つ崇徳寺の開創については 諸説あるが、この地域の豪族・高野瀬隆重が開創したと伝えられている。 高野瀬氏の先祖は藤原秀郷と伝えられ、秀郷から14代後の藤原隆重が 1180年近江の高野瀬(現在の豊郷町高野瀬)に入り、高野瀬城を 築城し、豪族として根付いたと伝えている。 それから5代後の頼隆が高野瀬…
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不動院 (滋賀県多賀町) 敏満寺の法灯を継ぐ

名神高速道路多賀SA付近は地名が<多賀町敏満寺>であるが、この 敏満寺は聖徳太子が開いたと伝承される古代~中世の巨大寺院で、 戦国時代に浅井長政や織田信長の軍によって消滅している。 現在その旧境内には、胡宮神社(このみや)や多賀SA、そして不動院などが 建っている。 胡宮神社は敏満寺の鎮守社で、再建されている。 不動院は敏満…
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念称寺 (滋賀県甲良町) 本堂

念称寺の建つ甲良町下之郷は<清流と水車の里>と謳う犬上川扇状地で、 農業を主とする集落である。 室町時代初期には下之郷城があり、多賀氏が治めていたが、戦国時代 織田信長に滅ぼされている。 その時代に活躍した藤堂高虎の出生地は下之郷の隣に位置する在士 で、多賀氏とは関係があった。 念称寺は室町時代に天台宗寺院として開創され…
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称名寺 (滋賀県豊郷町) 那須城跡

豊郷町の<豊郷小学校旧校舎群>は、1937年近江商人・古川鉄次郎氏 の寄贈により、ヴォーリズ氏の設計によって建てられ、白亜の教育殿堂などと 呼ばれ、当時東洋一の小学校として注目を集めた。 その校舎群の南隣に建つのが称名寺である。 称名寺は、源平合戦で活躍した那須与一の次男・石畑宗信が自ら築城 した那須城跡に、1258年開創した…
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広照寺 (滋賀県愛荘町)

湖東平野の真ん中に位置する愛荘町には、湖東三山の金剛輪寺があり、 かっては天台宗の王国であった。 広照寺もかっては天台宗であったが、永享年間(1429~41年)に浄土宗の お寺として再興されたといわれている。 田園集落に建つ広照寺は何の変哲もないお寺であるが、鎌倉時代の 聖観音立像や宝篋印塔が残っている古刹である。 <滋…
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