テーマ:滋賀県のお寺

大田寺 (滋賀県長浜市木尾町)

伊吹山西北麓に位置する木尾集落の山中に、薬師堂だけが建つ大田寺の 開創は行基による伝えがあるが、不詳である。 薬師堂に祀られている薬師如来坐像は、かっては奥深い山中に祀られて いたことから、織田信長の湖北征討においても難を逃れたといわれ、 <木尾の薬師>と呼ばれ、信仰を集めたといわれる。 現在は、ひっそりと祀られている。 …
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妙覚寺 (滋賀県米原市)

伊吹山を背に建つ妙覚寺は、正和年間(1312~17年)に開創されたと 伝えるが詳細は不詳である。 近辺には近江守護・佐々木氏の一族・竹腰氏の小田城があったといわれて いるが、その跡地も明確ではない。 妙覚寺に残る鎌倉時代の五輪石塔3基が何を語るのだろう。 <滋賀県湖北のお寺一覧>参照 (1)寺名:妙覚寺(みょうかくじ…
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順慶寺 (滋賀県長浜市) 湖北10ヶ寺

織田信長の近江制覇に立ち向かった朝倉義景・浅井長政や一向宗(浄土真宗) の戦いは元亀争乱といわれ、一向宗の10ヶ寺を<湖北10ヶ寺>と呼んでいる。 湖北10ヶ寺とは、   福田寺、福勝寺、順慶寺、金光寺、浄願寺、箕浦誓願寺、   真宗寺、称名寺、内保誓願寺、授法寺 1571年の戦いで10ヶ寺は敗れ、お寺は壊滅状態となっている。…
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授法寺 (滋賀県長浜市) 湖北10ヶ寺

1571年石山本願寺と織田信長の対立の中、真宗の湖北10ヶ寺は 湖北一向一揆を起こし、箕浦の地で織田信長軍と戦ったが、湖岸に 追い詰められ全滅している。 この湖北10ヶ寺の一つが授法寺(中道場)である。 授法寺は1337年天台宗寺院として開創されたと伝えられているが、 まもなく浄土真宗に改宗している。 授法寺は東に伊吹山…
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新善光寺 (滋賀県長浜市) 御影堂

東に伊吹山を望む長浜東部の田園地帯に、地蔵堂のみを残して建つ 新善光寺は、太平洋戦争中に京都市下京区御影堂町から移転している。 天長年間(824~834年)檀林皇后が弘法大師空海を勧請開山として 開創したと伝え、1284年時宗のお寺となり、時宗御影堂派の本山として 栄えたといわれている。 木之本地蔵院(浄信寺)から分身の地…
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滋賀県の紅葉

紅葉狩りの年次は異なるがお寺を中心に紹介する。 湖東三山(百済寺、金剛輪寺、西明寺)と永源寺は多くの観光客で賑わう。 比叡山延暦寺(大津市) 日吉大社(大津市) 石山寺(大津市) 三井寺<園城寺>(大津市) 西教寺(大津市) 金勝寺(栗東市) 長寿寺(湖南市) 常楽寺(湖南市) 教林坊(近江八幡市安土町) 永源…
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大楽寺 (滋賀県米原市大清水) 泉神社湧水

北に伊吹山を仰ぐ大清水集落には、名水百選の一つで、<神の水> として太古の時代から伝説にも登場する<泉神社湧水>がある。 伊吹山の湧水の一つで、訪れる人が絶えないスポットでもある。 この泉神社の近くに建つのが大楽寺である。 大楽寺の開創は不詳であるが、鎌倉時代には存在したとも伝えられている。 大楽寺には、浄土真宗の聖典<教…
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福勝寺 (滋賀県長浜市) 湖北10ヶ寺

元亀年間(1570~73年)における元亀争乱は、織田信長にとって近江制覇 の山場であった。 特に、浅井・朝倉氏、浅井氏と連携した一向一揆との戦いは近江湖北を 壊滅状態にし、湖北の寺々は兵火により焼失している。 その一向一揆で活動した湖北10ヶ寺の一つが福勝寺であり、その境内は 城塞化され(福勝寺城ともいわれた)、その遺構が一部…
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来現寺 (滋賀県長浜市)

滋賀県湖北は<観音の里>と呼ばれ、地元の人々が守り続けてきた歴史 が根付いている。 来現寺の聖観音立像もその歴史の中にある。 この聖観音立像は、奈良時代に開創された満願寺観音堂の本尊と言われたれ、 満願寺が火災に遭った際に、村人が救いだし池に沈めて難を逃れたと伝承 されている。 来現寺の南100mほどの地にあった満願寺は廃寺…
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西福寺 (滋賀県米原市)

西福寺は1457年開創されたと伝えられる。 近年、長岡村の庄屋であった田中家の茶室<燕窓窠>が取り壊しの 予定であったが、西福寺が買い取り移築復元を行っている。 この茶室は、茶道遠州流の中興の祖といわれる辻宗範が設計指導し、 1839年建立されている。 残念ながら私が訪問した時拝観できず。 現在は、<旧田中…
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観道寺 (滋賀県彦根市)

彦根市西南端に位置する本庄町に建つ観道寺は、かって当地にあった 二峰堂・鏡堂を前身として、1655年頃二峰堂の薬師如来を本尊として 祀った庵が始まりと伝えられ、1699年観道寺となり、1709年本堂が 建立されお寺の整備が行われた。 お寺に祀られている日光・月光菩薩立像は鎌倉時代の作で、重要文化財に 指定されている。 <…
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滋賀県湖東地域のお寺一覧

滋賀県湖東地域(近江八幡市、竜王町、安土町、東近江市、日野町、 愛荘町、豊郷町、甲良町、多賀町、彦根市)には紅葉で有名な湖東三山 などがある。 <お寺の名前をクリックするとあらましと写真を紹介> 龍王寺<雪野寺>(竜王町):大蛇伝説の<重文>梵鐘 正念寺(竜王町):<重文>天部形立像 西光寺(竜王町):鎌倉時代の石塔…
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崇徳寺 (滋賀県彦根市肥田町) 肥田城主の菩提寺

彦根市の西南端に位置する肥田町に建つ崇徳寺の開創については 諸説あるが、この地域の豪族・高野瀬隆重が開創したと伝えられている。 高野瀬氏の先祖は藤原秀郷と伝えられ、秀郷から14代後の藤原隆重が 1180年近江の高野瀬(現在の豊郷町高野瀬)に入り、高野瀬城を 築城し、豪族として根付いたと伝えている。 それから5代後の頼隆が高野瀬…
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不動院 (滋賀県多賀町) 敏満寺の法灯を継ぐ

名神高速道路多賀SA付近は地名が<多賀町敏満寺>であるが、この 敏満寺は聖徳太子が開いたと伝承される古代~中世の巨大寺院で、 戦国時代に浅井長政や織田信長の軍によって消滅している。 現在その旧境内には、胡宮神社(このみや)や多賀SA、そして不動院などが 建っている。 胡宮神社は敏満寺の鎮守社で、再建されている。 不動院は敏満…
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念称寺 (滋賀県甲良町) 本堂

念称寺の建つ甲良町下之郷は<清流と水車の里>と謳う犬上川扇状地で、 農業を主とする集落である。 室町時代初期には下之郷城があり、多賀氏が治めていたが、戦国時代 織田信長に滅ぼされている。 その時代に活躍した藤堂高虎の出生地は下之郷の隣に位置する在士 で、多賀氏とは関係があった。 念称寺は室町時代に天台宗寺院として開創され…
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称名寺 (滋賀県豊郷町) 那須城跡

豊郷町の<豊郷小学校旧校舎群>は、1937年近江商人・古川鉄次郎氏 の寄贈により、ヴォーリズ氏の設計によって建てられ、白亜の教育殿堂などと 呼ばれ、当時東洋一の小学校として注目を集めた。 その校舎群の南隣に建つのが称名寺である。 称名寺は、源平合戦で活躍した那須与一の次男・石畑宗信が自ら築城 した那須城跡に、1258年開創した…
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広照寺 (滋賀県愛荘町)

湖東平野の真ん中に位置する愛荘町には、湖東三山の金剛輪寺があり、 かっては天台宗の王国であった。 広照寺もかっては天台宗であったが、永享年間(1429~41年)に浄土宗の お寺として再興されたといわれている。 田園集落に建つ広照寺は何の変哲もないお寺であるが、鎌倉時代の 聖観音立像や宝篋印塔が残っている古刹である。 <滋…
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松雲寺 (滋賀県東近江市)

東近江市の松雲寺には、永源寺と同様の彦根藩4代、7代藩主井伊直興 の廟所がある。 彦根藩主の菩提寺は彦根の清涼寺であるが、井伊直興は永源寺住持の 南嶺慧詢と親交が深く、没後、永源寺に葬られた。 南嶺慧詢は松雲寺を再興したことから、松雲寺にも直興の廟所が 置かれた。 井伊直興は江戸幕府大老も務め、彦根藩主として高い評価を受けた…
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禅林寺 (滋賀県日野町)

禅林寺の開創は不詳であるが、元は天台宗であったが廃れ、寛文年間 (1661~73年)日野町の名刹・正明寺の晦翁和尚によって黄檗宗の お寺として再興されている。 晦翁和尚は他にも、東近江市・梵釈寺などを再興している。 境内に安置されている石造層塔は、元は五重石塔と思われ、 鎌倉時代初期の造立と考えられている。 また、燈籠型石造…
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正光寺 (滋賀県竜王町西川)

2017年8月9日、福井県で生まれたコウノトリ<たからくん>が、西川の 地に舞い降りたと話題になった西川地区は、<西川>姓の発祥の地で あるともいわれている。 その西川地区の中心的なお寺が正光寺である。 正光寺の開創は不詳であるが、天正年間(1573~92年)に再興されている。 本尊阿弥陀如来像は南北朝時代の造像で、1717年…
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永源寺 (滋賀県東近江市) 2017年11月12日紅葉

毎年恒例の永源寺紅葉狩り。 朝8時の入山となる。一段と冷え込んでいる。 例年に比して1週間早い見頃を迎えている。 今年の紅葉は例年並みといえるかな。私が選定している開山堂前の 標準木があり、その色づきで、その年の永源寺紅葉を判断している。                        標準木 …
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東光寺 (滋賀県東近江市) 2017年11月12日紅葉

毎年楽しみにしている東光寺の紅葉で、今年は1週間早い見頃を 迎えつつある。 ここの紅葉は隠れた紅葉名所と、私には記されている。 モミジとイチョウの織りなすハーモニーがお気に入り。                      イチョウとモミジ 順路に従って                         山門 …
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引接寺 (滋賀県東近江市) 2017年11月12日紅葉

毎年紅葉狩りに訪れる引接寺であるが、例年に比して1週間ほど 早く見ごろを迎えた。 別名を石塔寺と呼ばれ、数千の石仏と石塔が安置され、8月22日に 万灯供養が行われる。                         門前                         本堂                …
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来迎寺 (滋賀県甲賀市信楽町) 阿弥陀三尊像

信楽焼窯元の集まる信楽町中心から少し離れた中野集落の山麓に 建つ来迎寺の本尊阿弥陀三尊像から貴重な墨書が見つかった。 2012年阿弥陀三尊像の解体修理の際に、この仏像が1269年、 鎌倉時代の太政大臣・西園寺実氏の37日忌の法要の本尊として、 院派の仏師によって造像されたとの墨書が胎内から発見された。 この発見は仏像史に貴重な…
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浄福寺 (滋賀県甲賀市甲南町)

甲賀市を流れる野洲川の支流・杣川流域を杣谷と呼び、かっては 東大寺建立の用材を切り出した山林を杣(そま)と呼んでいた。 延暦年間(782~806年)伝教大師最澄が延暦寺根本中堂(一乗止観院) を建立するための用材を求めて、甲賀杣谷に巡錫した折に、小高い山の 上に金色の光を出すのを見て、そこを霊地と感知し堂宇を建立したのが 浄福…
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福明寺 (滋賀県甲賀市甲賀町)

甲賀町高嶺に建つ福明寺は承安年間(1171~75年)に開創されたと 伝えられている。 福明寺の建つ高嶺地区は、甲賀忍者で高嶺山城主であった高峰蔵人の 人名が地区名として残っている。 高峰蔵人は甲賀21家の一人で、2代目蔵人が甲賀忍者として知られている。 <滋賀県湖南のお寺一覧>参照 (1)寺名:福明寺(ふくみょうじ)…
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福正寺 (滋賀県守山市)

蓮如上人は寛正の法難(1465年)によって、大谷本願寺を比叡山の 圧力によって追われ、近江湖南や堅田を拠点に抵抗を試み、真宗の 布教に努めている。 湖南においては、金森や赤野井が拠点となった。 その赤野井にあって、福正寺は宗教文化発信の拠点としての役割を 果たしたといわれている。 福正寺は、1464年蓮如上人に帰依した近…
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大岡寺 (滋賀県甲賀市甲賀町)

甲賀市には、大岡寺が水口町と甲賀町に2ヶ寺あり、水口町の大岡寺が よく知られるが、甲賀町隠岐の大岡寺も由緒深いお寺である。 鎌倉時代初期に近江守護となった佐々木秀義の五男・佐々木義清が 現在の大岡寺の丘陵上に隠岐城を築き、鎌倉幕府の御家人として 活躍し、義清は隠岐・出雲の守護となっている。 その末孫といわれる佐々木清三が、元弘…
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西琳寺 (滋賀県栗東市)

栗東市綣(へそ)に建つ西琳寺には、蓮如上人裏書<十字名号>、 順如上人裏書<方便法身尊像>が所蔵されている。 これらは浄土真宗本願寺が近江湖南に布教の際に与えられたもので、 特に、蓮如上人が積極的に布教する際には、十字名号や六字名号を お寺だけでなく、一般民衆にも与え布教を図っている。 十字名号は<帰命尽十方無碍光如来>、六字…
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浄安寺 (滋賀県草津市)

1457年蓮如上人が本願寺8世に就任した2年後の1459年、当時の 浄安寺住職・恵堅が蓮如上人に帰依し、天台宗から浄土真宗に改宗 し、このことが浄安寺の開創と伝えられている。 1465年比叡山による大谷破却により、蓮如上人は近江各地を巡り 布教に努めている。 この時に、蓮如上人は浄安寺にも立ち寄ったといわれており、その際に …
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