単伝庵 (京都府八幡市) らくがき寺

八幡市街地に建つ単伝庵は<らくがき寺>として知られる禅寺で、 江戸時代初期に単伝士印という臨済僧によって開創されたと伝え、 1721年現在地に再興されている。 1957年大黒堂が建立された際に、地元の人々の援助を受け、 大黒天さまに人々の願い事が通じるようにと、壁に願い事を書 いていただくようにした。 これが今日有名になり、…

続きを読むread more

神応寺 (京都府八幡市) 

京都府八幡市の男山山腹にある神応寺は、859年石清水八幡宮を 開いた弘法大師の弟子で奈良・大安寺の僧行教律師によって860 年に開創されたと伝えられている。 石清水八幡宮は当初から神仏習合の八幡宮で、明治時代初期の 神仏分離までは神応寺も八幡宮の別当所であった。 神応寺は豊臣秀吉や徳川将軍家の支援も受けて栄えたと言われてい…

続きを読むread more

達磨堂円福寺 (京都府八幡市) ダイコンツリーの風景

京都府八幡市の洞ヶ峠の近くにある円福寺は、1783年に開創 された臨済宗の専門道場で現在も多くの修行僧が修行に励んでいる。 宗派を問わず禅の修行ができるとのこと。 この円福寺で4月20日、10月20日に行われる<万人講>は、 達磨堂の<重文>達磨大師坐像が開帳され、赤膳で精進料理がふる まわれ、開運・厄除け・中風除けの祈願…

続きを読むread more

正法寺(京都府八幡市) 尾張徳川家ゆかりのお寺

1594年徳川家康が石清水八幡宮を詣でた折、正法寺住職志水宗清の 娘(お亀)を見染め側室とした。 この時、お亀には一人の息子がおり、夫は死別していた。 お亀は1600年五郎太(後の尾張藩祖徳川義直)を生み、家康が亡く なると相応院と名乗り、1642年亡くなるまで尾張名古屋城で暮らした。 前夫の息子は竹腰正信といい、尾張徳川…

続きを読むread more