乙訓寺(京都府長岡京市) 早良親王ゆかりのお寺

2000株のボタンで埋まる境内はそれほど大きくないが、乙訓寺 の歴史を見ればかっての大寺が偲ばれる。 1940年頃、長谷寺からボタン2株の寄進を受けてそれを 今日の2000株にまで増やしてこられた努力は並大抵のものではない。 乙訓寺は784年長岡京遷都とともに、都の鎮護寺として重視され 建物の造営も増えた。 785年造長…

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頼重院 (長野県諏訪市) 諏訪頼重の菩提寺

戦国時代、信濃は群雄割拠の状態であったが、その中で、北信の 村上氏、中信の小笠原氏、南信の木曽氏、諏訪大社大祝・諏訪氏 が<信濃四大将>と呼ばれ、それなりの勢力を持っていた。 諏訪氏の19代・頼重は、信濃に勢力を伸ばし始めた武田信玄と、 1542年桑原城での戦いに敗れ、甲府に連行され自害している。 その菩提を弔うために頼重…

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