興聖寺(京都府宇治市) 四季の風景

1228年中国宋から帰朝した道元は、1233年京都伏見の深草に 興聖寺を開創する。<曹洞宗最初の寺> その後、1243年道元は越前に下向し、1244年永平寺を開いた。 興聖寺は道元下向後、荒廃し応仁の乱で廃絶した。 1649年淀城主の永井尚政が道元開創興聖寺の状態を憂い、両親の 菩提を弔うためにこの宇治の地に再興した。 現在…

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橋寺放生院 (京都府宇治市) 宇治橋の守り寺

宇治川の右岸にあって、宇治橋近くに位置するこじんまりした橋寺が 意外な由緒のあるお寺である。 橋寺の名前は通称で、正式には放生院というが、宇治橋の守り寺で あったことから呼ばれている。 宇治橋は646年に僧・道登によって架橋されたと、<宇治橋断碑>に 記されている。 幾度か再建を繰り返した歴史の中で1281年西大寺(奈良市)…

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東本願寺<真宗本廟>(京都市下京区) 真宗大谷派本山

親鸞聖人を祖とする真宗十派(浄土真宗本願寺派、真宗大谷派、 真宗高田派など)の中で二番目に末寺の多い真宗大谷派の本山 東本願寺の正式名称は真宗本廟である。 1602年徳川家康の宗教政策も手伝って、本願寺から分離し 教如を法主とする東本願寺が成立し、本願寺は西本願寺・ 東本願寺の二寺体制となる。 東本願寺の伽藍は江戸時代4…

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西本願寺<本願寺>(京都市下京区) 世界遺産 浄土真宗本願寺派本山 

1262年親鸞聖人入滅の後、末娘の覚信尼が1272年、現在の 知恩院塔頭の崇泰院付近に廟堂を設け、遺骨を安置したのが本願寺 の発祥といわれる。 3代覚如が再建し専修寺と言っていたが、その後本願寺と改名した。 その後、寺基は転々としたが、1591年豊臣秀吉の寄進によって 現在地に再建された。 1602年本願寺は東西に分割され、…

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