京都府南部のお寺

京都府南部(宇治市、城陽市、久御山町、京田辺市、宇治田原町、井手町、 精華町、木津川市、和束町、笠置町、南山城村)のお寺 <京都府宇治市> 橋寺(放生院):宇治橋の守り寺 興聖寺:道元ゆかりの寺 恵心院:恵心僧都ゆかりの寺 三室戸寺:花の西国三十三所観音霊場第10番 平等院:世界遺産 極楽浄土の再現   <平等院塔頭…

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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 辻地蔵不動明王磨崖仏

<当尾(とおの)の里>の北部に位置する辻地区を通る府道47号、 2012年廃校となった当尾小学校東の坂道を下ると、三叉路の角 に質素な辻堂が建っている。 その中、向かって右手に地蔵石仏、左の岩に刻まれた不動明王磨崖仏 が囲われているが、不動明王の摩耗が進行している。 不動明王磨崖仏が先に刻まれ、後に地蔵石仏が据えられたのであろ…

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延暦寺(滋賀県大津市) 比叡山延暦寺の風景

大津市と京都市にまたがる比叡山(848m)全域と山麓にある 大津市坂本の里坊を含めた広大な霊場延暦寺を紹介してみよう。 (1)寺名:延暦寺(えんりゃくじ) (2)住所:滋賀県大津市坂本本町4220 (3)山号:比叡山 (4)宗派:天台宗総本山 (5)開基:伝教大師最澄 (6)開創:788年 (7)本尊:薬師如来 <…

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東寺<教王護国寺>(京都市南区) 五重塔と金堂の風景

東寺の五重塔と金堂は共に国宝であるが、年代としては400年 ぐらい前の比較的に新しい堂塔である。 五重塔は826年弘法大師によって建立着手され、その後4度の 焼失に遭い、現在の塔は1644年徳川家光の寄進によって再建 された総高55mの、日本の木造塔では最高の塔である。 京都のシンボルタワーになっている。 金堂は79…

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東寺<教王護国寺>(京都市南区) 主な伽藍

東寺の主な伽藍を見てみよう。 (1)金堂:国宝 1603年 (2)五重塔:国宝 1644年 高さ55m (3)大師堂(御影堂):国宝 1380年 (4)蓮花門:国宝 鎌倉時代前期 (5)北総門:重文 鎌倉時代前期 (6)北大門:重文 桃山時代 (7)慶賀門:重文 鎌倉時代前期 (8)東大門:重文 1605年 (9)…

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滋賀県のお寺総覧 

滋賀県は京都・奈良に続いて古寺が多く、仏教文化財も京都・奈良に 続いて多い。 国宝・重要文化財に指定された仏像を有する寺院数は207ヶ寺にも 及び、国宝・重要文化財に指定された建造物を有する寺院数は42ヶ寺で 共に全国3番目である。 それも小さな寺院が数多くあることが京都・奈良と大いに異なる。 <主な寺院> 延暦寺…

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滋賀県高島市のお寺

滋賀県高島市は市町村合併で湖西地区を網羅しており、 余り知られていないお寺が多くあるが、紹介してみよう。 <お寺の名前をクリックするとあらましと写真を紹介> 興聖寺(朽木):<名勝>庭園 慶宝寺(朽木):鯖街道朽木宿 三玄寺(朽木):朽木氏ゆかり 酒波寺:桜の参道 極楽寺:枯山水庭園 大崎寺<大崎観音>:海津大崎…

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瑞雪院 (滋賀県高島市) 北方領土探検家・近藤重蔵の菩提寺

江戸時代末期、北方領土や蝦夷(北海道)を探検し、択捉島に 標柱を立て、領土化など北方防備に貢献した近藤重蔵の菩提寺 が瑞雪院である。 近藤重蔵は江戸の武士であったが、晩年不遇に遭い、現在の 高島市勝野にあった大溝藩に預けられ、この地で亡くなっている。 北方領土問題では、欠かすことのできない人物である。 瑞雪院は、隣に建つ…

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西国三十三所観音霊場

日本で最も古い霊場巡礼の西国三十三所観音霊場は、718年長谷寺の 徳道上人によって設けられたが普及せず、270年後花山法皇によって 再興され、法皇が巡礼したことにより徐々に普及を始めた。 鎌倉時代以降、大いに普及し現在も多くの巡礼者を集めている。 近畿を中心に古刹・名刹を巡る旅は歴史に触れる絶好の機会となるだろう。 1番 …

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花山院 <菩提寺>(兵庫県三田市) 西国三十三所観音霊場番外

兵庫県三田市の阿弥陀峰(418m)の山上にある花山院は、 花山法皇が隠棲されたと伝えるお寺として西国三十三所観音 霊場の番外札所となっている。 花山天皇(968~1008年)は在位2年と短く、元慶寺 (京都市山科区)にて出家され法皇となられてから、徳道 上人が開創して永らく埋もれていた西国三十三所霊場を巡礼 され、その後菩提…

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元慶寺(京都市山科区) 西国三十三所観音霊場番外

986年花山天皇は、藤原兼家・道兼父子の陰謀により元慶寺で 出家させられ帝位を退き、花山法皇となった。 法皇はその後、西国三十三所観音霊場を巡礼し、この巡礼が 今日の観音霊場巡礼の再興となった。 元慶寺は小さなお寺であるが、そうした歴史を感じさせる雰囲気 を持っている。 <京都市山科区のお寺一覧> <西国三十三所観…

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法起院 (奈良県桜井市) 西国三十三所観音霊場番外

奈良県桜井市にある長谷寺の塔頭法起院は、西国三十三所観音霊場を 開いたと伝えられる徳道上人を本尊とする霊場である。 735年徳道上人は法起院を創建し、晩年隠棲したと伝えられている。 <奈良県のお寺一覧> <西国三十三所観音霊場> (1)寺名:法起院(ほうきいん)  (2)住所:奈良県桜井市初瀬776 (3)宗派…

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華厳寺(岐阜県揖斐川町) 西国三十三所観音霊場第33番

西国三十三所観音霊場巡礼の満願結願の華厳寺は、1kmの参道 両脇に植生されたソメイヨシノともみじが彩る風景が、参詣者と 観光客を待っている。 私が訪れたのは桜と緑の季節であるが、木々の深い緑が辺りを包 み、満願結願の巡礼者を暖かくねぎらっている空気が漂っていた。                  参道 …

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和歌山県のお寺一覧

高野山のお寺と和歌山県(高野山以外)のお寺を紹介 高野山のお寺 利生護国寺(橋本市):<重文>本堂 子安地蔵寺(橋本市):関西花の寺第24番 かむろ大師(橋本市):水の加持祈祷 西光寺(橋本市):学文路刈萱堂 小峯寺(橋本市):修験の寺 応其寺(橋本市):木食応其上人の寺 定福寺(橋本市):黒河道の起点 大光寺(橋…

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地蔵寺 (和歌山県田辺市上の山) 力士の寺

田辺港に近く、県道210号に面して建つのが地蔵寺である。 参道入口に<千田川吉蔵墓>の大きな墓碑が建っているので、 すぐ見つかる。 実は、現在の大相撲で年寄千田川の初代が、江戸時代に大関 であった千田川吉蔵で、その菩提寺が地蔵寺、現在も大相撲 関係者が参拝に訪れるらしく、力士の寺と呼ばれている。 お寺は、世界遺産<紀伊山…

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観音正寺(滋賀県近江八幡市安土町) 西国三十三所観音霊場第32番

1993年観音正寺は失火により、本堂と重要文化財に指定されていた 本尊千手観音立像が焼失した。 本堂は2004年再建され、本尊は白檀製像高3.6mの千手観音坐像 として仏師松本明慶の手によって蘇えったのである。 この白檀は住職がインド政府に20数回の懇請により、輸出許可を得て 運ばれた23トンもの貴重な白檀である。 繖山…

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長命寺(滋賀県近江八幡市) 西国三十三所観音霊場第31番

長命山(333m)の山腹にある長命寺へは、麓から808段の 石段を登るのが普通であるが、自動車道もあって境内近くまで車 でも可能である。 昔は、船で参道入口まで行き山を登ったそうだ。 ご多分に洩れず伽藍は戦国時代兵火で焼失し、その後再建された 本堂・三重塔などが現在も残っている。 しかし、仏像だけは平安時代からのものが残…

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宝厳寺(滋賀県長浜市) 西国三十三所観音霊場第30番

琵琶湖の北に浮かぶ竹生島に、西国三十三所観音霊場第30番札所 宝厳寺は建つ。 お寺は、724年聖武天皇の勅願によって弁才天を祀ったのが始ま りと伝えられ、753年千手観音が祀られたといわれている。 隣に建つ竹生島神社とは神仏習合の形態が続き、明治時代の神仏分離 によって、宝厳寺と竹生島神社(都久夫須麻神社)が成立している。 …

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宝厳寺(滋賀県長浜市) 竹生島

琵琶湖の北に浮かぶ周囲2kmあまりの小さな島 それが竹生島 (ちくぶしま) 島南部には宝厳寺(ほうごんじ)、竹生島神社<都久夫須麻神社> 、数軒の土産物の店があるだけの信仰と観光の島 島全体が国の名勝・史跡に指定され、近年パワースポットとして 人気が高まっている。                 竹生島南部 …

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正西寺 (奈良県黒滝村)

<奈良のへそ>と呼んでいる黒滝村にあって、黒滝村唯一の リゾート施設<黒滝森物語村>で、県道138号から分れて 北へ村道を、粟飯谷(あわいだに)集落に入る。 黒滝村も過疎化が進み、人口550人ほどの村であるが、 粟飯谷集落は山間部の限界集落といえる中に、正西寺は建って いる。立派な本堂だけが目立つ。 <奈良県のお寺一覧>…

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松尾寺(京都府舞鶴市) 西国三十三所観音霊場第29番

京都府と福井県の県境にある、若狭富士と呼ばれる青葉山(692m) の西山腹にある松尾寺は観音信仰に支えられた、珍しい馬頭観音を本尊 とするお寺である。 ちなみに、西国三十三所観音霊場の本尊で、唯一の馬頭観音であるが、 若狭には馬頭観音の古刹が多い。 この人里離れたお寺には、<国宝>普賢延命像(画)ほか重要文化財が あり、…

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成相寺(京都府宮津市) 西国三十三所観音霊場第28番

日本三景(松島、天橋立、宮島)天橋立を一望できる成相山(569m) の中腹に建つのが成相寺である。 アクセスも、整備された車道や傘松公園ケーブル利用など便利で、また、 頂上にパノラマ展望所が整備されたことで、観光客も増えている。 四季折々の花木に彩られる風景は、天橋立の眺望と共に人気がある。 主な展望所は、境内に近い弁天山展望…

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薬泉寺 (兵庫県宍粟市山崎町)

<日本紅葉の名所100選>にも選ばれている<最上公園もみじ山> は3000本の紅葉で、全山赤く染まることで有名な山であるが、 その東山麓に位置する上寺(うえでら)地区は、寺町地区でもある。 寺町通の最北にポツンと本堂が建つのが薬泉寺である。 宗派は、珍しくも法相宗で、薬師寺、興福寺の系統で、おそらく 薬師寺と何らかの関係がある…

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円教寺(兵庫県姫路市) 西国三十三所観音霊場第27番

<西の比叡山>と呼ばれる円教寺は書写山(371m)の山上一帯に広がり、 西国三十三所観音霊場の中でも最大規模を誇るお寺である。 天台宗の三大修行道場(比叡山、大山、書写山)としても多くの僧が修行し、 皇室などの来山もあり、大いに栄えた。 現在もロープウェイを利用した多くの参詣者や観光客が集い、 山の深遠な風景を満喫している。 …

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円教寺(兵庫県姫路市) 伽藍

2003年の映画<ラストサムライ>のロケ地として有名になった 圓教寺の三つの堂<重文>常行堂、<重文>食堂、<重文>大講堂 がコの字に配された風景。 この風景に映画のスタッフが魅了されて一気にロケ地に決定したら しい。 また、テレビの<武蔵>でもこの風景が利用されている。 大きな建物・食堂の構え・前庭には何も無い風景が厳…

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一乗寺(兵庫県加西市) 西国三十三所観音霊場第26番

一乗寺は650年法道仙人によって開創されたと伝わるお寺である。 法道仙人が開創したと伝わるお寺が兵庫県に集中してあり、その数 30余になる。インドから宝鉢を持って渡って来たと伝えられる法道仙人 とは?虚実は別として、これだけのお寺が関係しているのは何らかの 人物が実在したのであろう。 2007年2月20日にお参りした時は、…

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播州清水寺(兵庫県加東市) 西国三十三所観音霊場第25番

播州清水寺は三清水寺(京都清水寺、坂東清水寺、播州清水寺) のひとつである。どのお寺も坂上田村麻呂ゆかりの寺である。 播州清水寺は明治末と大正時代に山火事に遭い、堂塔を悉く 失ったが、今日の姿にまで再興されてきた努力は如何ばかりで あろう。 多宝塔の再建計画もあるそうだ。 <兵庫県のお寺一覧> <西国三十三所観…

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中山寺(兵庫県宝塚市) 西国三十三所第24番

718年長谷寺の僧徳道上人が開創したと伝えられる西国観音霊場も その時点では信仰を得られず、時節到来を祈り、宝印を中山寺の石櫃 に納めたといわれる。 それから270年後の988年に花山法皇が石櫃から宝印を取り出し、 霊場を参拝したと伝えられており、これが西国三十三所観音霊場巡礼 の始まりと考えられている。 中山寺は本尊を…

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勝尾寺(大阪府箕面市) 西国三十三所観音霊場第23番

箕面の山中に広大な境内が広がる勝尾寺は、観音霊場として、 勝ちダルマの勝運の寺として、紅葉の名所として益々栄える お寺である。 境内も年々整備され観光スポットの位置を高めている。 真言宗のお寺であるが、法然上人ゆかりのお寺でもあり、 境内にある二階堂は法然上人二十五霊場の一つになっている。 日本三大荒神のひとつであり…

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総持寺(大阪府茨木市) 西国三十三所観音霊場第22番

総持寺は西国三十三所観音霊場の中でも数少ない市街地にあり、 アクセスも便利なことから霊場巡りの人が絶えないお寺である。 古い伽藍はないが、そう大きくない境内に一応のお堂が揃い、 ペット供養・ぼけ封じ・先祖供養・包丁供養など現世利益の 祈願に参詣する人も多い。 4月18日に行われる<包丁式>は、総持寺開基の山蔭氏が 包…

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穴太寺(京都府亀岡市) 西国三十三所観音霊場第21番

亀岡の市街地を離れた田畑と民家に囲まれた小さなお寺であるが、 <身代わり観音>としての観音信仰に支えられたお寺である。 本堂内に安置されている釈迦涅槃は鎌倉時代後期の作と伝わる <なで仏>で、体の部分を撫でるとその部分の病気が治るといわ れる涅槃像である。 多くのお寺では、<なで仏>として賓頭廬尊が安置されているが、 こ…

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妙福寺 (大阪市北区)

天満寺町通に、教会と見まがうお寺が妙福寺である。 1945年の大空襲で全焼し、1965年再建されている。 妙福寺は1616年開創され、<清正公(せいしょうこう)信仰> の高まりを受けて、お寺にも信仰する人が増え、大いに栄えたとか。 清正公信仰とは、  豊臣秀吉の子飼いの武将・加藤清正が日蓮宗の篤い信者で、各地 に日蓮宗のお寺…

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善峯寺(京都市西京区) 西国三十三所観音霊場第20番

善峯寺は1029年源算(恵心僧都の高弟)によって創建され、 1221年には道覚法親王が入山し、それ以降法親王が住職を 務め<西山宮門跡>といわれた。 応仁の乱(1267~77年)で堂宇は灰塵に帰して衰微した が、江戸時代に5代将軍徳川綱吉の生母桂昌院によって、ほぼ 現在の伽藍に再興された。 京生まれの桂昌院はあちこちの寺院を…

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善峯寺(京都市西京区) 桜の風景

京都西山の釈迦岳山腹にひろがる広大な境内、そこから京都市内・比叡山 ・東山・西山と展望するパノラマは絶景のビューポイントとなっている。 4月13日は午前中晴れの予報を受け、早速足を運んだ。 桜は満開、少しかすんでいたが、180度の展望に気分爽快。 ここへ来るといつも爽快な気分になれ、観音さんに祈願して帰れる ありがたさを味わえ…

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革堂<行願寺>(京都市中京区) 西国三十三所観音霊場第19番

西国三十三所観音霊場第18番の六角堂から北東へ1kmほど 離れた、これも街中にある小さなお寺である。 六角堂と同じく室町時代には町衆の信仰を受け、町堂として 生活文化の拠点として活動した。 革堂は上京の町堂、六角堂は下京の町堂として町衆の集合場所 となっていたそうだ。 共に観音信仰に支えられて生き続けてきたお寺である。 …

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六角堂<頂法寺>(京都市中京区) 西国三十三所観音霊場第18番

京都のど真ん中に位置する六角堂には、本堂古跡といわれる<へそ石> があり、京都市街の真中を指していると伝えられている。 ビル群の谷底に六角の本堂が堂々と鎮座している観音霊場である。 この六角堂の住職は華道池坊の家元が務めておられ、六角堂は <いけばな>発祥の地となっている。 池坊は六角堂の本坊としての歴史があり、本尊如意輪…

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六波羅蜜寺(京都市東山区) 西国三十三所観音霊場第17番

修行僧として、全国を南無阿弥陀仏と唱えながら行脚した 空也上人が開創した六波羅蜜寺は江戸時代末期までは大伽藍 を擁していたといわれる。 明治時代に神仏分離により、境内は縮小し本堂のみの小さな お寺になった。 しかし、庶民の観音信仰は続き、西国三十三所観音霊場と して参拝者は多い。 一方、<国宝>本尊十一面観音立像を始め…

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清水寺(京都市東山区) 西国三十三所観音霊場第16番

広隆寺などとともに、平安京遷都以前からの歴史をもつ、 京都では数少ないお寺の清水寺は、庶民の観音信仰に 支えられて今日の隆盛を見ている。 清水寺は778年延鎮上人によって開山され、780年 坂上田村麻呂によって本堂が創建された。その後、 798年両人によって本堂を大規模に改築し、 本尊千手観音を祀ったと伝える。 現在の…

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清水寺 (京都市東山区) 清水寺のキーワード

清水寺に関するキーワードをあげると ①世界遺産に登録 ②庶民信仰と観光客に支えられたお寺 ③西国三十三所観音霊場第16番:日本でも有数の観音信仰 ④舞台造りの<国宝>本堂 ⑤音羽の滝 ⑥桜と紅葉の名所 ⑦修学旅行の定番 ⑧二本の手を頭の上で交錯している本尊千手観音  <清水型千手観音> ⑨鎮守社地主神社:女性に人気の…

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大福寺 (京都府木津川市加茂町) 地蔵石仏

石仏や石塔など石造物の宝庫、当尾(とおの)地域東部の 山間部にあって、大畑地区柘榴谷集落の高台に建つ大福寺 は、集会所を兼ねたお寺である。 境内に祀られている地蔵石仏が<当尾の石仏>の一つで あるが、アクセスは容易くない。 <京都府南部のお寺一覧> (1)寺名:大福寺(だいふくじ) (2)住所:京都府木津川市加茂町…

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今熊野観音寺(京都市東山区) 西国三十三所観音霊場第15番

東山三十六峰今熊野山の麓、樹林に包まれた今熊野観音寺は 泉涌寺の塔頭であるが、観音信仰と熊野信仰が一体となって 古から大いに栄えたお寺である。 昔の境内には皇族の陵墓が多くあり、葬儀もこの寺で行われ るほどに朝廷とは縁が深かった。 特に、後白河法皇の庇護を受け、現在の山号<新那智山>を 授かっている。 現在のお寺は…

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三井寺観音堂 (滋賀県大津市) 西国三十三所観音霊場第14番

広大な三井寺境内南部にあって、琵琶湖を眺望する南院高台に 建つのが、西国三十三所観音霊場第14番の観音堂などの伽藍 である。 1072年西方の山上に、正法寺として開創され、1481年 現在地に移されている。 境内から琵琶湖や大津市街地を望め、四季折々の風景を求める 観光客も多い。 <三井寺の新緑> <三井寺の紅葉…

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園城寺<三井寺>(滋賀県大津市) 主な伽藍(2)

三井寺の南院伽藍は西国三十三所観音霊場第14番の観音堂を中心としている。 観音堂はかって正法寺と呼ばれ、長等山山頂にあったが1481年に現在地に 移っている。 三井寺南院伽藍を見てみよう <三井寺(園城寺) 新緑の風景> <園城寺(三井寺) 主な伽藍(1)>               <重文>毘沙門堂 …

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園城寺<三井寺>(滋賀県大津市) 主な伽藍(1)

三井寺の伽藍はほとんどが、1600年前後に再建されたか、もしくは 他所から移築されたものである。 比叡山延暦寺との長年の抗争で幾度となく焼失・再興を繰り返し、 1600年頃に再興されて以来現在に至っている。 <三井寺(園城寺) 新緑の風景> <園城寺(三井寺) 主な伽藍(2)> <西国三十三所観音霊場第14番三井…

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三井寺<園城寺>(滋賀県大津市) 新緑の風景

琵琶湖の南西に位置する長等山の中腹にある三井寺<正式名:園城寺>は、 672年に勃発した<壬申の乱>で敗れた大友皇子の子大友与多王が、 父の菩提を弔うために建立したと伝わるお寺である。 その後、智証大師円珍が比叡山延暦寺の天台別院として中興し、東大寺・ 興福寺・延暦寺とともに<四大寺>と呼ばれるほどに大きなお寺になった。 …

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三井寺 (滋賀県大津市) 2013年紅葉

2013年11月20日入山 紅葉見頃 三井寺(園城寺)の紅葉は例年に比べて変わらず。 琵琶湖の眺望がすばらしい。 入山料500円 <三井寺>                  大門                 大門から                 三井の晩鐘                  …

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石山寺(滋賀県大津市) 西国三十三所観音霊場第13番

日本の数ある多宝塔の中で、最古で最も美しい多宝塔が石山寺の <国宝>多宝塔である。 1194年源頼朝による建立と伝えられる多宝塔には快慶作の <重文>大日如来坐像が本尊として祀られ、四天柱には仏画が 描かれている。 石山寺は747年良弁(東大寺初代別当)によって開創された 名刹で、平安時代には多くの文学作品にも登場し、特…

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琳明寺 (滋賀県高島市畑) 畑の棚田

滋賀県内で唯一<日本の棚田百選>に選ばれている<畑の棚田> へ、県道296号を山間部へと。 山間部に棚田が広がる畑集落の人口は、100人前後の過疎集落 であるが、棚田はオーナー制度を取り入れながら維持されている。 標高300~400mの山腹に切り開かれた、典型的な山里の 原風景が残っている~お薦めの風景~ その集落に、里…

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岩間寺(滋賀県大津市) 西国三十三所観音霊場第12番

岩間山(443m)の山上にある岩間寺の境内に、芭蕉池と 名づけられた小さな池があり、その傍に芭蕉の句碑 <古池や 蛙飛び込む 水の音>がある。 芭蕉が岩間寺にお参りした折、詠んだ句と伝えられている そうです。 こうした言い伝えは各地にありそうな話であるが、芭蕉が 大津の地に縁が深いことからまんざらでもないだろう。 道路…

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三室戸寺(京都府宇治市) 西国三十三所観音霊場第10番

三室戸寺は西国三十三所観音霊場第10番として、花の寺として 宇治市では平等院に次いで参拝者が多いお寺である。 ツツジが二万本、アジサイが一万株、夏にはハス、秋には紅葉と 四季を通じて目を楽しませてくれるお寺である。 最初はアジサイ寺としてスタートし、今や関西でのアジサイ人気 ベスト3に入るほどになっている。 <神戸市立森…

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興福寺南円堂 (奈良県奈良市) 西国三十三所観音霊場第9番

奈良の興福寺は平城遷都とともに飛鳥から移り、興福寺として 奈良時代の前半に堂塔を整えた。 平安時代813年藤原冬嗣が父内麻呂の追福のために南円堂を 建立した。 興福寺は度重なる火災に遭って来たが、その都度再建されたが、 最も大きな災禍は1180年の平家による南都焼き打ちで、 ほとんどの堂塔や多くの仏像が焼失している。 しか…

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長谷寺(奈良県桜井市) 西国三十三所観音霊場第8番

初瀬山(546m)の中腹にへばり付くように建つ長谷寺本堂は、 清水寺と同じように舞台造り(懸造り)となっていて、遠くから もその姿が望める。また舞台からは遠くの山々が望め、深緑の緑 が目に焼き付く。 長谷寺は<ボタンの寺><花の御寺>と呼ばれ、日本一のボタンは 7000株といわれている。 この時期は人人~。 長谷寺は平…

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岡寺 <龍蓋寺>(奈良県明日香村) 西国三十三所観音霊場第7番

奈良県明日香村を見下ろす東の小峰中腹にある岡寺は、寺伝によると 天智天皇(626~672年)の勅願により義淵僧正(~728年) が開創したと伝えられているが、689~728年頃草壁皇子の岡宮 跡に開創されたと考えられている。 正倉院文書の中に(740年)龍蓋寺の名前が存在するらしい。 岡寺は鎌倉時代初期には<厄除け霊場>と…

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壺阪寺 <南法華寺>(奈良県高取町) 西国三十三所観音霊場第6番

奈良県高取町の高取城跡がある高取山(584m)への山道途中に ある壺阪寺は、703年弁基上人によって開創されたと伝えるが、 詳細は解っていない。 ただ、本堂基壇の下の基壇は白鳳の八角基壇で、白鳳の瓦も出土 している。 平安時代初期には<眼病治癒>で民間信仰が篤く、 長谷寺とともに定額寺となっている。 浄瑠璃<壺阪霊験記…

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宝国寺 (和歌山県由良町)

白い石灰岩が織りなす白崎海洋公園から、県道24号を由良港 へ向う途中、アオリイカの漁港、神谷漁港に立ち寄り、宝国寺 への道を漁師に尋ねたところ、道が狭く車を漁港に駐車して、 集落の中を山裾へ向った。 小さなお寺であるが、立派なビャクシンが迎えてくれ、本堂横 から裏手に、手入れされた庭園が存在感をアピールしている。 お寺の開創…

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葛井寺(大阪府藤井寺市) 西国三十三所観音霊場第5番

葛井寺は西国三十三所観音霊場第5番札所として、また三観音のひとつ <国宝>本尊千手観音坐像のあるお寺として全国的にも有名である。 <三観音:唐招提寺千手観音、三十三間堂千手観音、葛井寺千手観音> 7世紀に百済の帰化人葛井氏の氏寺として始まり、聖武天皇の発願で 行基が創建したと伝わる。境内から8世紀の古瓦が出土したことから …

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施福寺(大阪府和泉市) 西国三十三所観音霊場第4番

槇尾山(600m)の山頂にある施福寺は西国三十三所観音霊場 の中でも難所の一つといえよう。 麓の駐車場から約1kmの石段の登りが続き、その勾配も結構 きつく20~30分の行程になる。 施福寺は修行霊場として栄え、行基や弘法大師空海なども修行し、 弘法大師空海はここで得度し髪をおろしたと伝えられている。 <大阪府のお寺…

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粉河寺(和歌山県紀の川市) 西国三十三所観音霊場第3番

粉河寺は西国三十三所観音霊場第3番札所として、また粉河寺を 全国版にしている国宝<粉河寺縁起絵巻>を有するお寺である。 <粉河寺縁起絵巻は本尊千手観音にまつわる縁起を中心に描かれた 20mの長さにもおよぶ絵巻で12世紀に描かれた。 当時の人々の暮らしなどが読み取れる貴重な史料となっている。> この由緒ある名刹粉河寺も1…

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紀三井寺(和歌山県和歌山市) 西国三十三所観音霊場第2番

紀三井寺は西国三十三所観音霊場第2番札所として、更に日本桜名所 100選のひとつとして、あるいは日本名水100選の三井水が湧き と色々な要素を持った和歌山有数の観光地でもある。 参詣者・観光客が絶えない境内の風景はお寺の繁栄を明示している。 これぞたのもしい風景ではないか。最近建立された新仏殿の屋上から の眺望はすばらしい…

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青岸渡寺 (和歌山県那智勝浦町) 西国三十三所観音霊場第1番

青岸渡寺は2004年<紀伊山地の霊場と参詣道>の一部として世界遺産に 登録され、西国三十三所観音霊場第1番札所の寺格と観光拠点としての 地位を高めている。 熊野那智大社・那智滝が三位一体となった霊場は大きく変わり、益々 栄えることだろう。 青岸渡寺が西国観音巡礼の1番になったのは、平安時代末期に後白河法皇 などが熊野詣を…

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西来寺 (奈良県下市町)

冬の朝まだ早い時刻に、国道309号を南下し、吉野川に架かる 千石橋を渡った交差点を、左に折れてすぐの左に、ポツンと建つ 西来寺を見つける。小さな本堂だけの無住のお寺で、地図にも 載っていない。 このお寺を訪ねたのは、黄檗宗のお寺で、隠元禅師の扁額がある とのことだが、残念ながら扁額はどこかに保管され、拝観できず。 <奈良…

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丹波、但馬のお寺一覧 (兵庫県)

<丹波のお寺> 太寧寺(丹波篠山市):篠山城の鬼門を護る寺 大国寺(丹波篠山市):<重文>本堂 高蔵寺(丹波篠山市):丹波篠山もみじ三山 長谷寺(丹波篠山市):<重文>妙見堂 文保寺(丹波篠山市):丹波篠山もみじ三山 洞光寺(丹波篠山市):紅葉スポット 西光寺(丹波篠山市):重文仏像4体 龍蔵寺(丹波篠山市):丹波古…

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如来寺 (兵庫県丹波篠山市)

2019年5月、篠山市から丹波篠山市と市名を変えた丹波篠山市 の最東部にあって、篠山街道(国道372号)沿いの福住地区は、 戦国時代は城下町として、江戸時代には宿場町として栄えた。 現在、旧街道沿いの建物群は<福住伝統的建造物群保存地区>に 指定され、全国では102番目の指定である。 この地区南部にあって、国道173号沿い…

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蓮興寺 (大阪市北区) 大塩家の墓

天満寺町通と天神橋筋の交差点角に、<大塩家墓所>の標石が 建つのが蓮興寺である。 山門は閉じ、境内に入ることは出来なかったが、大塩平八郎 ゆかりの寺として、外から参拝させてもらった。 大塩平八郎の墓は隣の成正寺にあり、天満で生まれた平八郎 のゆかりの地区となっている。 蓮興寺の開創は不詳であるが、宗派が京都要法寺を本山と…

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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 三体地蔵磨崖仏

奈良から岩船寺へ向う府道47号を、ミロクの辻から少し進んで右へ、 岩船寺への山道旧道を登った先に、厚肉彫りの三体地蔵磨崖仏が目に とまる。 長方形の龕に彫られた穏やかな顔のお地蔵さんは、三界萬霊を供養 するために発願され、六地蔵信仰以前の形態と考えられている。 <京都府南部のお寺一覧> (1)石仏名:三体地蔵磨崖仏 …

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善林寺 (滋賀県高島市新旭町) 熊野本遺跡群

饗庭野台地の東南部にあって、弥生時代中期の集落跡、古墳群 からなる熊野本遺跡群があり、その遺跡群の東端に、善林寺は 木々に囲まれて建っている。 遺跡群の西には、戦国時代の清水山城郭群跡があり、戦国時代 に廃寺となった古刹清水寺も城郭群に存在していた。 その清水寺が廃寺となった時に、千手観音が善林寺の本尊と して移座されたとい…

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養源寺 (和歌山県広川町) 出世大黒天

広地区に広大な境内を持つ養源寺には、出世大黒天と呼ばれる 大黒天が祀られており、江戸時代には多くの参拝者で溢れたと いわれている。 それは、第8代徳川将軍・吉宗の生母浄円院が信仰した大黒天 で、吉宗の出世にあやかろうと信仰が深まったことによる。 この境内は、元は紀州藩御殿地で吉宗が寄進し、御殿の一部が 書院として残っている。…

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金蔵院 (京都府木津川市加茂町)

加茂町当尾(とおの)地域の石仏、石塔など石造物で知られる中の 一つである金蔵院には、六字名号板碑・十三重石塔・阿弥陀如来石仏 など石造物が境内狭しと安置されている。 金蔵院の開創は不詳であるが、本尊銅造十一面観音像は白鳳時代に 中国からの渡来仏ともいわれている。 静寂に包まれた風景と石造物の取り合わせが妙である。 <京都…

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宝珠寺 (京都府木津川市加茂町)

加茂町当尾(とおの)地域は<当尾の石仏>でよく知られ、石仏・ 石塔・磨崖仏などが地域のいたる処に見られる。 奈良仏教の影響が強いこの地域には、浄瑠璃寺や岩船寺などの名刹 や草庵などが点在する。 当尾北部にあって、辻地区の宝珠寺は、この地域では唯一の禅寺で あるが、開創については不詳である。 当尾の石仏として、1499年の地蔵…

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安養寺 (奈良県大淀町)

大淀町中増集落にあって、周囲に茶畑が広がる中に安養寺は 建っている。 この地区で栽培されているお茶を<増茶(ましちゃ)>と 呼んで、大和茶の仲間である。 江戸時代後期、増茶の製法を宇治から伝えた籠屋忠次郎の 追慕墓が鐘楼の傍に建っている。 権現堂に祀られている蔵王権現立像は藤原時代の造像で、吉野 地域では最古の蔵王権現…

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鷲原寺 (兵庫県朝来市) 岩屋観音

<岩津ねぎ>で知られる岩津地区の山あいに建つのが鷲原寺で、 更にその奥1kmほどの岩壁に、奥の院岩屋観音がある。 訪れて知ったことだが、奥の院の開帳は毎月18日午前に限り ということで、今回は奥の院を訪れることができなかった。 鷲原寺は、インドからの伝説的渡来僧・法道仙人の開創と伝え られるが、詳細は不詳である。 奥の院…

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国宝建造物があるお寺 総覧

国宝のお堂(建造物)があるお寺は全国で100ヶ寺を数え、お堂の数は177棟あります。 (1)分布 1)北海道・東北:4ヶ寺、6棟      中尊寺金色堂(岩手県平泉町)、羽黒山五重塔(山形県鶴岡市)      瑞巌寺本堂・庫裡・廊下(宮城県松島町)、白水阿弥陀堂(福島県いわき市) 2)関東甲信越:10ヶ寺、10棟 …

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大窪寺(香川県さぬき市) 四国八十八ヶ所霊場第88番

矢筈山の東中腹にあって、四国八十八ヶ所霊場の結願寺である 大窪寺は、かっては女人禁制の多かった中にあって、女人参拝 が認められ、女人高野として大いに栄え、堂宇の多いお寺で あったが、戦国時代の兵火などで盛衰を繰り返した。 現在は、整備も進み花木が彩りを添える霊場となっている。 <香川県のお寺一覧> (1)寺名:大窪寺…

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長尾寺(香川県さぬき市) 四国八十八ヶ所霊場第87番

長尾寺は1689年それまで真言宗であったが、高松藩主松平氏 の命により、天海僧正によって天台宗に改宗した。 高松藩主の庇護を受け堂宇の造営を行い、今日の姿を造ってきた。 仁王門の前にある2基の<重文>経幢は鎌倉時代の元寇の乱の 犠牲者を供養するために建てられた石幢で、貴重な資料である。 また、静御前がこのお寺で得度した…

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志度寺(香川県さぬき市) 四国八十八ヶ所霊場第86番

志度寺は四国霊場の中でもバラエティーに富んだ霊場である。 文化財が豊富、<海女の玉取り>伝説、五重塔など伽藍が充実、 庭園、庶民信仰などと事欠かないお寺である。 謡曲<海人>で知られる<海女の玉取り>伝説の海女の墓が 設けられ、6月16日には法会が営まれている。 その伝説とは、   天武天皇の頃、藤原不比等は、唐の高宗妃…

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八栗寺(香川県高松市) 四国八十八ヶ所霊場第85番

奇勝五剣山(375m)の山腹にある八栗寺へはケーブルカーを 使ってのお遍路さんが多く、年間30万人の利用者があるそうだ。 四国霊場のお遍路さんは年間30万人といわれているから おおよそ合致しているのかもしれない。 八栗寺はお遍路さん以外に、聖天信仰の商売人も多くおられる そうだ。また、天狗もおられる。 <香川県のお寺…

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屋島寺(香川県高松市) 四国八十八ヶ所霊場第84番

源平合戦の古戦場として有名な屋島は、江戸時代までは島であったが、 1637年高松藩主により干拓が行われ陸続きとなった。 屋島にある屋島寺は四国霊場として、香川県の観光スポットとして人 が絶えないお寺である。 ユニークな姿の宝物館や庭園などもあり、他の霊場とは一味違う趣を 漂わせている。 本堂横に祀られている太三郎狸は四国…

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善導寺 (大阪市北区) 重源上人ゆかりの寺

北区の天満寺町にある善導寺は、平安時代末期に東大寺再建の 大勧進・重源上人が築いた摂津渡辺別所を起源とし、1592年 開創されたと伝える。 1180年、平家による南都焼討により、東大寺のほとんどが 焼失したが、その再建事業に勧進職となった重源上人は、事業の 拠点として六ヶ所の別所を築き、資金・人・資材などの調達を 行ない、事…

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一宮寺 (香川県高松市) 四国八十八ヶ所霊場第83番

香川県高松市にある讃岐一宮である田村神社の向い側にある 一宮寺は、大宝年間(701~704年)に奈良の岡寺を開創 した義淵僧正により開創されたと伝わり、後に行基が一宮寺とした。 1679年までは、田村神社と一体の神仏習合の寺社であったが、 高松藩主によって分離された。 境内に祀られている石造薬師如来の祠には、  地獄の釜…

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根香寺 (香川県高松市) 四国八十八ヶ所霊場第82番

香川県高松市の西にある五色台の青峰(449m)の中腹に位置する 根香寺は、弘法大師空海が弘仁年間(810年~824年)に花蔵院を 創建し五大明王を祀った。その後、832年智証大師円珍が千手院を 創建し千手観音を祀り、2院を総称して根香寺となったと伝えられている。 江戸時代初期、牛鬼が現れ被害を受けていたが、弓の名手がこれを射…

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白峯寺(香川県坂出市) 四国八十八ヶ所霊場第81番

高松市の西、五色台の西端にあたる白峰山(坂出市)上に位置する 白峯寺は四国八十八ヶ所霊場第81番であるとともに崇徳天皇の 廟所としての寺格を有している。 崇徳天皇御陵と廟所の頓証寺殿、十三重石塔の供養塔2基がある。 <御陵が京都・奈良・大阪以外にある珍しい事例> 崇徳天皇は保元の乱でこの地に配流され9年後の1164年に崩御 …

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讃岐国分寺<国分寺>(香川県高松市) 四国八十八ヶ所霊場第80番

741年聖武天皇の詔で全国68ヶ寺国分寺の建立が始まったが、 讃岐国分寺がいつ創建されたかは不詳であるが、756年には 完成していたことが続日本紀に記載されている。 1983年の発掘調査で創建当初の伽藍は東西220m、南北 240mの境内に南大門・中門・金堂・講堂・僧房が一直線上 に並び、金堂の南東に七重塔が建っていた。 ほ…

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天皇寺 <高照院>(香川県坂出市) 四国八十八ヶ所第79番

香川県坂出市にある天皇寺は、810~824年に弘法大師空海が 十一面観音を本尊として堂を建てたのに始まると伝えられている。 当初は妙成就寺と称していた。 その後、保元の乱で敗れた崇徳上皇が坂出に配流となり、1164年 この地で亡くなり、亡骸は白峰山に葬られ(白峯御陵)、霊は妙成就寺 の境内に崇徳天皇社が建てられ祀られた。 そ…

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郷照寺 (香川県宇多津町) 四国八十八ヶ所霊場第78番

香川県宇多津町の宇多津港を見渡す高台にある郷照寺は、 <厄除うたづ大師>として信仰を集める四国八十八ヶ所 霊場第78番札所で、725年行基により開創されたと 伝えられている。 後に一遍上人が踊り念仏の道場寺とした縁から、 1664年の寺再興の時に時宗に属し、四国霊場唯一の 時宗札所でもある。 <香川県のお寺一覧> …

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道隆寺(香川県多度津町) 四国八十八ヶ所霊場第77番

道隆寺の開創は和気道隆(金倉寺を開いた和気道善の弟)であるが、 3代住職法光大師真雅、4代住職智証大師円珍、五代住職理源大師聖宝 と高僧が名を連ねているらしい。 讃岐の五大師(現在まで日本で大師の号を持つ僧はたったの25人)  弘法大師空海:真言宗の開祖  道興大師実慧:空海の高弟 東寺の初代長者  法光大師真雅:空海の弟 …

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金倉寺(香川県善通寺市) 四国八十八ヶ所霊場第76番

金倉寺は智証大師円珍の生誕地で、円珍の祖父和気道善が774年 に創建したと伝えられている。円珍の母は弘法大師空海の姪になる。 智証大師円珍は5代天台座主で、また天台寺門宗(総本山三井寺) の宗祖でもある。 明治時代に乃木将軍が一時滞在したことでも知られており、その時の 遺品も残っている。 <香川県のお寺一覧> (1…

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善通寺(香川県善通寺市) 東院と文化財

このページでは、善通寺の文化財と東院(伽藍)を見てみよう。 <善通寺西院> (1)国宝   金銅錫杖頭:中国唐時代 弘法大師空海が唐から請来と伝わる   一字一仏法華経序品:平安時代 (2)重要文化財   金堂:元禄年間(1688~1704年)   五重塔:1902年 高さ46m   地蔵菩薩立像:藤原時代  …

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善通寺(香川県善通寺市) 四国八十八ヶ所霊場第75番

弘法大師空海は774年、現在の善通寺の地に、父佐伯善通 母阿刀の三男として誕生したといわれ、その屋敷の跡に御影堂 が建っている。 空海は唐から帰って後、807年父善通氏から屋敷などの寄進 を受けて、祖先の霊を弔うために寺の建立に着手し、813年 伽藍が完成したと伝えられている。 善通寺は高野山、東寺とともに弘法大師三大霊…

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甲山寺(香川県善通寺市) 四国八十八ヶ所霊場第74番

香川県まんのう町にある満濃池は日本一の灌漑用溜池として 知られているが、821年弘法大師空海が監督者として修築 にあたり、約3か月で完成させたことでも有名である。 現在の満濃池は何度かの修築・改築を経て今日の姿を残して いるが、弘法大師空海と満濃池は一体となった姿でもある。 その弘法大師空海が修築の褒賞金を使って伽藍を建立…

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出釋迦寺(香川県善通寺市) 四国八十八ヶ所霊場第73番

出釋迦寺の奥の院<捨身ヶ嶽禅定>は、空海が7歳の時、願をかけて 身を投げると釈迦と天女が現れて身を受けとめたと伝えられている 聖地である。 山麓の本堂から徒歩で50分の山登りと聞いて、今回は奥の院を 断念したが、あの時登っておけばと後悔しても遅い。 <香川県のお寺一覧> (1)寺名:出釋迦寺(しゅっしゃかじ) (2…

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曼荼羅寺 (香川県善通寺市) 四国八十八ヶ所霊場第72番

曼荼羅寺は、弘法大師空海の祖先佐伯氏の氏寺として、596年 開創されたと伝え、空海が唐から請来した両界曼荼羅を、母の 菩提を弔うために奉納し、曼荼羅寺としたといわれている。 また、空海が手植えしたと伝承されてきた<笠松>が、2002年 枯死し、その幹に大師像を彫り、<笠松大師>として祀られている。 笠松は不老の松といわれ、香川…

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弥谷寺(香川県三豊市) 四国八十八ヶ所霊場第71番

弥谷山に死者の霊が帰って住む所として信仰されてきた <弥谷信仰>が今も一部<いやだにまいり>の風俗とし て残っているらしい。 秋の2泊3日のお寺巡りで、最初に参拝した弥谷寺の 風景はまさしく<弥谷信仰>が残る雰囲気を漂わせる 風景であった。 お寺の境内は山肌に沿って、上へ上へとひろがり、岩肌 に張り付いてお堂が建てられてい…

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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 弥勒磨崖仏

奈良から岩船寺へ向う府道47号と、笠置寺へ向う市道の 交差点(ミロクの辻)に、線刻で弥勒菩薩が彫られた磨崖仏 があり、これは笠置寺の磨崖仏を模して、伊末行が1274 年に彫っている。 近くにある<わらい仏>の作者と同一人物である。 弥勒磨崖仏は摩耗が激しく、はっきりとは見て取れない。 <京都府南部のお寺一覧> (1…

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本山寺(香川県三豊市) 四国八十八ヶ所霊場第70番

戦国時代の土佐大名長宗我部元親が1575年四国統一を 狙って讃岐・伊予・阿波を襲ったが、そのとき香川県の お寺はほとんどがその災禍に遭い堂塔を失くしているが、 本山寺の本堂・五重塔・二王門は奇しくも残った。 その時の伝説が<太刀受けの阿弥陀如来>として残っている。 本堂は香川県で唯一の国宝建造物である。 <香川県のお寺一…

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神恵院、観音寺(香川県観音寺市) 四国八十八ヶ所霊場第68番、69番

ひとつのお寺(観音寺)に、二つの(神恵院と観音寺)霊場札所がある 四国霊場でも唯一のお寺である。 江戸時代末期までは、琴弾八幡宮の別当であった神恵院は68番札所、 琴弾八幡宮の神宮寺であった観音寺は69番と別々のものであったが、 明治時代に入って神仏分離令によって、神恵院が八幡宮から離れて 観音寺と合体した。 神恵院に祀られ…

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大興寺(香川県三豊市) 四国八十八ヶ所霊場第67番

仁王門の仁王像は3mぐらいあるなかなかの仁王像で、鎌倉時代初期 の作といわれている。 仁王門を入ってすぐ目に飛び込んできた大樹2本はカヤとクスの木で、 樹齢1200年と伝えられているそうです。 大興寺はかって、真言・天台二宗の修行道場で弘法大師の大師堂と 天台大師の大師堂が本堂の両側に並んで建てられているめずらしい お寺…

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雲辺寺(徳島県三好市) 四国八十八ヶ所霊場第66番

標高927mの雲辺寺山頂にある雲辺寺へは、香川県観音寺市 の山麓からロープウェイで7分ぐらいで行ける高くて近いお寺 である。 四国霊場では最も高いところにあり、昔はお遍路さんも大変で あったろう。 霊場の分布を見てみると、所々に山上の霊場が挟まり変化に富 んだ札番になっている。 雲辺寺山にはスキー場もあり、観光の面でも…

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三玄寺 (滋賀県高島市朽木)

高島市朽木地域は、琵琶湖に注ぐ安曇川上流の朽木谷にあって、 若狭から京都への鯖街道が安曇川沿いに通る山村である。 その朽木荒川集落の山腹に建つのが三玄寺で、鎌倉~戦国時代 に朽木を領した朽木氏の帰依を受けて1452年開創されたと 伝えている。 山腹に向って参道を登ると、境内からは荒川集落を望める。 <高島市のお寺一覧…

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三角寺(愛媛県四国中央市) 四国八十八ヶ所第65番

三角寺山(450m)の中腹に位置する三角寺は伊予国最後の霊場で 讃岐との関所寺になっている。 現在は道路も整備され車遍路には難所とはいえない。 三角寺は四国霊場の典型的な霊場のひとつである。 山手にあり、観光するものが無い、こじんまりした境内、仁王門への石段 とまさしく霊場である。 ただひとつ、小林一茶が訪れたと伝わる句…

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前神寺 (愛媛県西条市) 四国八十八ヶ所霊場第64番

愛媛県西条市にある前神寺は日本7霊山の一つ石鎚山(1982m)の 山麓にあり、明治維新までは神仏習合の石鎚信仰別当寺として 第60番の横峰寺とともに石鎚信仰・修験道を運営していたが、 明治の神仏分離により一時廃寺となった。 その後現在地に再興され、石鎚修験道の根本道場として 真言宗石鈇派の総本山となっている。 …

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吉祥寺 (愛媛県西条市) 四国八十八ヶ所霊場第63番

愛媛県西条市の国道11号線に面してある小さなお寺吉祥寺は、 四国八十八ヶ所霊場の中で唯一毘沙門天を本尊とする第63番 である。 宗派は珍しい<真言宗東寺派>で、1963年に京都東寺 (教王護国寺)から分離独立した宗派で、東寺を中心とする 宗派は東寺真言宗である。 <愛媛県のお寺一覧> (1)寺名:吉祥寺(きちじょう…

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宝寿寺 (愛媛県西条市) 四国八十八ヶ所霊場第62番

愛媛県西条市の国道11号線に面してある宝寿寺は、聖武天皇の 勅願によって建立されたと伝えられる四国八十八ヶ所霊場第62番 である。 境内入口にある標石<一國一宮別當寶壽寺>から、どこの<一宮> か興味が湧く。JR伊予小松駅の北にある<一之宮神社>と思われるが、 <一之宮神社>が<一国一宮>なのかは私には知識がない。 12世紀…

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香園寺(愛媛県西条市) 四国八十八ヶ所霊場第61番

香園寺は聖徳太子の開創と伝えるが、戦国時代には兵火に遭い、 1913年に再建されている。 本堂・大師堂のある大聖堂は1976年に建立された鉄筋コン クリート造りの大建築である。 香園寺は弘法大師空海が難産の女性を救い、無事出産させた 伝承から<子安大師>のお寺として篤い信仰を集めている。 <愛媛県のお寺一覧> …

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横峰寺(愛媛県西条市) 四国八十八ヶ所第60番

横峰寺は、西日本最高峰の石鎚山(1983m)北側中腹 (750m)にあり、四国霊場六難所(鶴林寺、太龍寺、 神峯寺、横峰寺、雲辺寺、焼山寺)のひとつである。 現在は、林道が整備され車遍路にとっては難所といえない かも。境内からは瀬戸内海の眺望がすばらしい。 <愛媛県のお寺一覧> (1)寺名:横峰寺(よこみねじ)  …

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守田十三仏石仏(南群) (三重県伊賀市)

<守田十三仏石仏(北群)>から市道を南へ100mほどの右手に、 トタン屋根の簡素な覆屋に安置された<守田十三仏石仏(南群)> がある。 (北群)と同じく磨崖仏形式で、年代も同じ頃といわれているが、 年代銘は彫られていない。 (南群)では、向かって左に地蔵菩薩立像、右に十三仏が彫られ、 北群に比べて摩耗は少ない。 <伊賀…

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伊予国分寺(愛媛県今治市) 四国八十八ヶ所霊場第59番

伊予国分寺は、聖武天皇詔により、741~756年の間に 創建された記録があり、伊予の仏教拠点としての役割を果た してきたが、何度かの兵火に遭いその都度再建されてきた。 このお寺も長宗我部元親による兵火で焼失しているが、四国 の阿波、讃岐、伊予国分寺が災禍にあい土佐国分寺は無事で あった。 四国のお寺は長宗我部元親、滋賀県のお…

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仙遊寺(愛媛県今治市) 四国八十八ヶ所霊場第58番

今治市の四国霊場6ヶ寺の中で唯一山上(330m)にある仙遊寺からの 眺望はすばらしく、お遍路さんの気持ちを和ませてくれるお寺である。 1947年山火事で全焼したが、1953年再興され、おてらへの道路も 整備されおり、宿坊も天然温泉の近代的な建物になっている。 また、足湯の設備も出来、癒しの空間をつくろうと努力しておられる。 …

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栄福寺(愛媛県今治市) 四国八十八ヶ所霊場第57番

栄福寺で印象に残ったのは、本堂回廊に奉納された箱車と松葉杖である。 これは1933年15歳の足の不自由な少年がこのお寺で不意に歩ける ようになった御礼に箱車と松葉杖を奉納したものである。 信仰心の篤さがその少年を救ったのであろう。 <愛媛県のお寺一覧> (1)寺名:栄福寺  (2)住所:愛媛県今治市玉川町八幡200 …

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泰山寺(愛媛県今治市) 四国八十八ヶ所霊場第56番

四国八十八ヶ所霊場を巡って、どこにでもある小さなお寺が 結構あるのも、四国霊場の歴史が物語っているのだろう。 弘法大師空海の霊跡は当初、山の上や海岸の峻険な岩場など にあったと考えられ、それが一般の人が巡礼するようになり、 平地などに移転してきたのであろう。 平地にあるお寺と山の上にあるお寺が旨く霊場に組まれている。 ここ泰…

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南光坊(愛媛県今治市) 四国八十八ヶ所霊場第55番

今治の市街地にある南光坊は、大三島に大山祇神社の僧坊として 開創され、703年別宮大山祇神社が今治に創建後の正治年間 (1199~1201年)に、別宮の塔頭として今治に移っている。 江戸時代初期に、南光坊は別宮の別当になり、四国八十八ヶ所霊場 の札所となっている。 <別宮が四国霊場で、別当の南光坊が納経所> 明治時代の神仏分…

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守田十三仏石仏(北群) (三重県伊賀市)

名阪国道上野ICを出て、国道368号を名張方面へ100mを左へ 市道に入り、伊賀市守田町1281方面へ260mほどの左に、 守田十三仏石仏(北群)がある。 この石仏は磨崖仏で、十三仏を彫った石仏としては珍しく、また 年代が明確な十三仏石仏で、全国的にも貴重な石仏として、伊賀市 の文化財として指定されている。 十三仏石仏は室町…

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延命寺(愛媛県今治市) 四国八十八ヶ所霊場第54番

延命寺は明治時代までは円明寺といっていたが、53番の円明寺と 紛らわしいということで通称名をそのまま延命寺とした。 もとは近見山にあったが、1727年現在地に移転。 どこにでもある小さな可愛いお寺だが、お遍路さんで賑わっている のは随分違いがある。 山門は今治城の遺構で、明治時代初期に今治城廃城により移された。 境内には馬酔…

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円明寺(愛媛県松山市) 四国八十八ヶ所霊場第53番

当初は749年行基によって松山市勝岡町の海岸に開創されたが、 荒廃し1633年豪族須賀重久によって現在地に再興されたと伝わる。 小さなお寺であるが、珍しい貴重な資料が残されており、四国霊場の 歴史を物語っている。 それは、1650年の銅板納札で四国最古のものといわれる。 また欠損しているが、聖母マリアと思われる像を刻んだ灯…

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太山寺(愛媛県松山市) 四国八十八ヶ所霊場第52番

松山市経ヶ森(203m)の中腹に位置する太山寺は四国八十八 ヶ所霊場第52番であり、愛媛県下でも有数の名刹である。 <国宝>本堂は1305年の再建で、愛媛県下でも最大の木造 建築といわれている。 開創には<一夜建立の御堂>という伝承があり、豊後国の真野 長者が一夜にしてお寺を建立したと伝えられている。 また、739年聖武天皇…

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石手寺(愛媛県松山市) 四国八十八ヶ所霊場第51番

四国有数の古刹であり、四国八十八ヶ所霊場第51番である 石手寺はお遍路さんや道後温泉観光客でいつも賑わう観光寺 でもある。 <国宝>二王門や重文の建造物も多く、文化財の宝庫でもある。 こうした古刹の顔とマントラ洞窟が織りなす石手寺は京都や 奈良にない古刹の顔を持っている。 多くのお遍路さんはマントラ洞窟に入りませんが、心…

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法然寺 (岐阜県関市) 豆木地蔵

安桜山(あさくらやま)南東麓に建つ法然寺は、13世紀前半の 開創と伝えるが詳細は不詳である。 このお寺の地蔵堂に祀られている地蔵菩薩は<豆木地蔵>と呼ばれ 6世紀頃の出来事を主題にした<豆木地蔵伝説>に彩られている。 (伝説については、<関市 豆木地蔵>でウェブ検索) また、関三弘法の一つで、弘法大師信仰の篤いお寺でもある…

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繁多寺(愛媛県松山市) 四国八十八ヶ所霊場第50番

背後に山が迫り、境内も広く樹林に囲まれた風景の繁多寺は 四国霊場の典型的なお寺ではないだろうか。 文化財は無いが、徳川第4代将軍家綱の念持仏といわれる 歓喜天が祀られ、お遍路さん以外の信者も多いといわれている。 <愛媛県のお寺一覧> (1)寺名:繁多寺(はんたじ)  (2)住所:愛媛県松山市畑寺町32 (3)山号:…

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浄土寺(愛媛県松山市) 四国八十八ヶ所霊場第49番

空也上人は全国念仏布教の途次、ここ浄土寺に3年間滞在し、 布教したと伝えられている。 浄土寺の<重文>空也上人立像は、京都六波羅蜜寺の<重文> 空也上人立像と同形で、口から六体の仏像が出ているが、 六体の仏像は<南無阿弥陀仏>の六字を表している。 <重文>本堂内の<重文>厨子には室町時代~江戸時代の 巡礼者の落書きが残っ…

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西林寺(愛媛県松山市) 四国八十八ヶ所霊場第48番

西林寺の奥の院<杖の淵>は、弘法大師空海が杖を突いた地から霊泉が 湧き出したという伝説のある場所で、名水100選にも選ばれている。 現在も名水が湧き出ており、周辺は公園として整備されている。 <愛媛県のお寺一覧> (1)寺名:西林寺(さいりんじ)  (2)住所:愛媛県松山市高井町1007 (3)山号:清滝山 (4)宗…

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山梨県のお寺一覧

山梨県のお寺は、甲府市を中心にした武田信玄一族ゆかりの寺が多く、 また身延山久遠寺を中核とする日蓮宗のお寺が南部に多い。 国宝建造物のあるお寺も2ヶ寺あり、重要文化財の建造物も多くみられる。 実相寺(北杜市):深緑の神代桜 実相寺(北杜市):満開の神代桜 満福寺(韮崎市):穴山氏の菩提寺 妙善寺(甲斐市):武田信玄の…

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関東甲信越のお寺

関東甲信越の訪問はこれからといえる。 群馬県は念願の訪問を果たした。 千葉県のお寺 鎌倉市のお寺 山梨県のお寺 長野県のお寺 新潟県のお寺 <茨城県> 西念寺(笠間市):親鸞聖人ゆかりの寺 楞厳寺(笠間市):姫春蝉の発生地 楽法寺<雨引観音>(桜川市):坂東三十三観音霊場第24番 小山寺<富…

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遠妙寺 (山梨県笛吹市) 鵜飼伝説

石和温泉(いさわおんせん)街に建つ遠妙寺の開創には、 <鵜飼伝説>と呼ばれる縁起がある。 平家没落後、石和の地に落ちのびた平時忠(鵜飼漁翁)が 禁漁の鵜飼川で鵜飼を行い、村人によって簀巻きにされ 川に沈められ、その後怨霊となって度々現れた。 1274年日蓮聖人が弟子二人を伴って、この地を巡錫 した際に、怨霊を鎮めるために、法…

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八坂寺(愛媛県松山市) 四国八十八ヶ所霊場第47番

八坂寺の開創は、修験道の祖・役行者と伝わり、中世には修験道 の根本道場として大いに栄えたが、天正年間(1573~92年) の兵火で焼失している。 四国遍路の開祖と伝わる伝説上の人・衛門三郎が弘法大師空海を 捜し求めて最初に訪れたと伝わるお寺が八坂寺といわれている。 本堂などは鉄筋コンクリート造りのお寺ではあるが、文化財が残…

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浄瑠璃寺(愛媛県松山市) 四国八十八ヶ所霊場第46番

松山市の最南端に位置する浄瑠璃寺は<ご利益のよろず屋>と 呼ばれ、お遍路さん以外の参詣者も多いと聞く。 境内は樹木に覆われ鬱蒼とした風景が展開されている。 境内にある3本のイブキビャクシンは最古の木が樹齢600年 と推定され、市指定の天然記念物となっている。 <一説には樹齢1000年ともいわれている> <愛媛県のお寺…

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岩屋寺(愛媛県久万高原町) 四国八十八ヶ所霊場第45番

標高670mにある岩屋寺は岩峰の中腹の狭い敷地にに建つ 四国八十八ヶ所霊場第45番で、まさしく修行を行うに相応 しい霊場である。 境内を覆うようにそそり立つ岩峰群は国の名勝に指定され、 高さは約120mにも及び、狭い境内に本堂、<重文>大師堂、 方丈などがへばり付く様は幽玄の風景そのものである。 266段余りの石段を登ってき…

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大宝寺(愛媛県久万高原町) 四国八十八ヶ所霊場第44番

大宝寺は四国八十八ヶ所霊場の中間にあたり、<中札所>と 呼ばれ、標高580mの山腹に建っている。 樹齢が数百年といわれる杉や檜の樹林の中にある大宝寺は、 大宝元年(701年)、明神兄弟が十一面観音を祀ったのが 始まりと伝えられている。 お寺は何度かの火災に遭ったが、明治時代に再建されている。 <愛媛県のお寺一覧> …

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蓮江寺 (石川県輪島市) 

輪島市街地を流れる河原田川の河口近くに架かる<いろは橋> 近く、輪島塗の中心地・河井町に瀟洒な楼門を構えるのが 蓮江寺である。 お寺は、前田利家の妻・芳春院(まつ)が1592年開創した と伝え、加賀藩主前田氏から支援を受けていた。 例年2月15日に行われる<犬の子まき>は輪島の風物詩と して、多くの人が集まる。 犬や鳥…

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仏木寺 (愛媛県宇和島市) 四国八十八ヶ所霊場第42番

宇和島市北部にあって、整備された県道31号沿いに建つ仏木寺は、 巡礼者以外の参拝者も多いお寺で、往古より家畜守護のお寺として、 現在は、ペット守護の祈願寺として信仰を集めている。 807年弘法大師空海の開創と伝え、鎌倉時代以降は領主や藩主の 庇護を受けて大いに栄えたといわれている。 伽藍は小ぶりではあるが、配置がスッキリと…

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観自在寺 (愛媛県愛南町) 四国八十八ヶ所霊場第40番

愛媛県最南端に位置し、四国八十八ヶ所霊場の第1番霊山寺から最も 遠い札所が第40番観自在寺で、<四国霊場の裏関所>と呼ばれている。 観自在寺は平地にあって、現在はアクセスも容易である。 観自在寺は、807年平城天皇の勅願によって、弘法大師空海が開創 したと伝え、山号、地名も<平城>となっている。 1959年火災により本堂を失い…

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伊賀市のお寺 (三重県)

三重県伊賀市は奈良・京都に近いこともあり、仏教文化が栄えた。 芭蕉の故郷でもある。 主なお寺を紹介 寺名をクリックすると詳細へ 伊賀国分寺跡:聖武天皇詔の国分寺 新大仏寺:東大寺ゆかりの寺 観菩提寺:正月堂 西蓮寺:真盛上人ゆかりの寺 常福寺:五大明王 宝厳寺:十一面観音 愛染院<願成寺>:芭蕉故郷塚 上行寺:…

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森紅寺 (三重県伊賀市下友田) 法然上人伊賀霊場第5番

伊賀北東部に位置する下友田集落に建つ森紅寺の開創は不詳 であるが、寺名は全国でここ森紅寺が唯一である。 お寺は法然上人伊賀霊場第5番である。 法然上人ゆかりの<法然上人二十五霊場>は宝暦年間 (1751~63年)に開創され、それを写して1784年 開創されたのが<法然上人伊賀霊場>であり、写し霊場では 最初の霊場である。 …

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延光寺 (高知県宿毛市) 四国八十八ヶ所霊場第39番

宿毛市平田町中山の国道56号から、山間部へ1kmほど入った 山麓に建つのが延光寺で、平地に建つ四国霊場である。 山門を入って目についたのが、小さな梵鐘を背にした亀の石像で、 赤亀伝説として伝わる梵鐘で、現在も911年銘の銅梵鐘が残されて いる。この伝説に因んで山号は赤亀山となったとか。 もう一つ目に留まったのが、本坊の小さな庭…

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退休寺 (愛知県春日井市)

東名高速春日井ICの近くにあって、大泉寺町の丘陵部に建つ 退休寺の開創は1644年で、その開創者は尾張藩付家老で あった小野澤吉清である。 本尊阿弥陀如来坐像は、尾張藩主から寄贈されたもので、 近年の調査で、平安時代1146年現在の一宮市時之島に 東大寺僧侶の発願により造立されたと判明し、愛知県でも 造立年の明記された仏像の…

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金剛福寺(高知県土佐清水市) 四国八十八ヶ所霊場代38番

足摺岬にあって、四国八十八ヶ所霊場第37番岩本寺から80km ほどの遍路道で、札所間の距離で最長の道程で着くのが金剛福寺 である。 足摺岬背後に建ち、お遍路さんだけでなく、観光客も多い霊場で、 境内はそれなりに整備されている。 お寺は、822年嵯峨天皇の勅願を受けて、弘法大師空海が開創 したと伝え、歴代天皇の祈願所となっ…

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岩本寺 (高知県四万十町) 四国八十八ヶ所霊場第37番

土佐の清流・四万十川が北から西へ流れを変える屈曲点に位置する 岩本寺は、四国霊場では珍しい五尊を本尊とするお寺である。 これは岩本寺の歴史に関わっている。 現在の岩本寺の北2kmの仁井田明神(現在の高岡神社)の別当寺 として 行基が福円満寺(岩本寺の前身)を開創し、後に弘法大師空海が 明神を五社に分けて、それぞれに本地仏を祀…

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青龍寺 (高知県土佐市) 四国八十八ヶ所霊場第36番

浦ノ内湾に架かる宇佐大橋を渡った半島の先端部に位置する小高い山腹に 三重塔や多宝塔などが建つお寺が青龍寺である。 弘法大師が唐から帰国の際に、東方へ向って投げた独鈷杵が松の木に あると感得して、唐の青龍寺に模して弘仁年間(810~824年)に 開創したのが青龍寺と伝えられている。 参道や本堂の趣は四国霊場の風景を如実に示し…

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種間寺 (高知県高知市) 四国八十八ヶ所霊場第34番

周囲には田畑が残るのんびりした環境の中に建つ種間寺の起源は、 585~587年頃百済の仏師が難波からの帰途、嵐に遭い 秋山に漂着して航海の安全を願って薬師如来を彫って本尾山に 祀ったのに始まると伝承されている。 その後、弘法大師空海が当地に巡錫し堂宇を建立し、その 薬師如来を祀って開創したといわれている。 この薬師如来は安産…

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雪蹊寺 (高知県高知市) 四国八十八ヶ所霊場第33番

土佐の戦国大名で四国の覇者であった長宗我部元親一族の 菩提寺は雪蹊寺であるが(元親の法名が雪蹊恕三)、元親の墓所は 雪蹊寺から南東1kmほどの天甫寺山にある。 長宗我部元親は秀吉に敗れるまで、四国の覇者として勢力を持ち、 土佐の立役者といえよう。 また、雪蹊寺には鎌倉時代の仏師・湛慶(運慶の子)の傑作と いわれる毘沙門天…

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禅師峰寺 (高知県南国市) 四国八十八ヶ所霊場第32番

南国市南端の土佐湾に面した小高い山の上に建つ禅師峰寺からは 土佐湾を一望でき、西に桂浜をハッキリと望むことができる絶景の 地である。 禅師峰寺の仁王像(金剛力士像)は、国宝・重要文化財に指定された 仁王像28件の一つであり、私の訪問の楽しみでもあった。 現在は、仁王門にはなく収蔵庫に安置されている。 文化財に指定されると収蔵…

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竹林寺 (高知県高知市) 四国八十八ヶ所霊場第31番

高知のシンボル的な五台山(146m)頂上付近に建つ竹林寺は 四国の名刹である。 四国霊場の札所であり、土佐の観光スポットでも賑わっている。 五台山からは高知市内や浦戸湾が一望でき、四国霊場の中でも 随一の眺望を持っている。 竹林寺は、724年聖武天皇の勅願により、行基が中国唐の 五台山に擬えて文殊菩薩を祀って開創したと伝…

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土佐国分寺 (高知県南国市) 四国八十八ヶ所霊場第29番

741年聖武天皇の詔により、全国66ヶ国に68ヶ寺の国分寺 が創建されていくが、全国全てに創建されるのは741年以降 数十年に亘っている。 土佐国分寺は741~756年の間に創建されたと考えられている。 その後、何度かの火災などで盛衰を繰り返すが、1558年には 長宗我部氏によって再興されている。 現在の金堂はその時に再建さ…

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大日寺 (高知県香南市) 四国八十八ヶ所霊場第28番

県道22号を、日本8大鍾乳洞の一つ龍河洞への途中にある 小高い丘陵上にある大日寺は、天平年間(729~749年) 行基によって開創されたと伝えられている。 弘法大師空海が815年四国巡錫の折大日寺に立ち寄り、 楠木に爪で薬師如来を彫って祀り、お寺を再興したと伝えら れている。 この薬師如来は爪彫り薬師と呼ばれ、かって奥の院に…

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神峯寺 (高知県安田町) 四国八十八ヶ所霊場第27番

神峰山(570m)の中腹に建つ神峯寺へは、国道55号から 舗装された町道を4kmほど登ると山門に着く。 かっては急峻な遍路道(真っ縦)を歩くことから、遍路ころが しの一つで、屈指の難所であったが、平成の時代に入り町道と して整備されている。 開創は神峯神社として始まり、730年十一面観音が祀られ、 神仏習合の形態がとられ…

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金剛頂寺 (高知県室戸市) 四国八十八ヶ所霊場第26番

室戸岬から西北に、海岸沿いに10kmほどの行当岬から、北東に 連なる三角山の中腹に、木々に覆われて、金剛頂寺は建っている。 金剛頂寺は室戸三山の一寺で、西寺とも呼ばれている。 1899年の火災で、ほとんどの伽藍を焼失し再建されたが、 古刹の趣は大師堂に残され、多くの寺宝が残っている。 現在の四国霊場は、どこも整備が行き届き趣の…

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津照寺 (高知県室戸市) 四国八十八ヶ所霊場第25番

1601年土佐藩主となった山内一豊が、1602年暴風雨に遭い難儀して いる時に、地蔵菩薩の化身となった僧に、船の楫取りによって助けられたと いわれ、その地蔵菩薩が津照寺の本尊地蔵菩薩で、それ以来<楫取り地蔵> と呼ばれるようになったとか。 そんな経緯もあってか、津照寺の建つ室津港は土佐藩によって整備され、 マグロ漁港として大い…

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最御崎寺 (高知県室戸市) 四国八十八ヶ所霊場第24番

室戸岬の高台に建つ最御崎寺は、807年弘法大師空海が 嵯峨天皇の勅願を受けて開創したと伝え、歴代天皇の信仰が 篤かったといわれている。 また、1341年足利尊氏による土佐安国寺となり、大いに 栄えたといわれた。 長い歴史に存在感を示したお寺には、多くの文化財が存在 する四国霊場である。 近くには、空海が修行した御厨人窟(み…

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正覚寺 (岐阜県美濃加茂市) 中濃八十八ヶ所霊場第74番

美濃加茂市のお寺探索の途次に、たまたま中濃八十八ヶ所霊場 のお寺正覚寺に立ち寄ったが、この霊場の存在は知らなかった。 霊場巡りと言えば、最古の<西国三十三所観音霊場>、二番目 に古い<四国八十八ヶ所霊場>が有名であるが、今や全国各地 に、これを模した霊場が数多く存在する、 中濃八十八ヶ所霊場は明治時代には存在したらしいが、 …

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宝鏡寺 (山梨県都留市)

富士吉田市から国道139号を都留市に入ってすぐの信号を、右へ 折れると石塔、地蔵石仏、芭蕉句碑が立ち、その先に、開花した ばかりの桜が出迎えてくれた宝鏡寺が建っている。 本堂、庫裡と堂々とした伽藍、小高い処に建つ羅漢堂への登り廊下 が目に留まる。 時期は早かったが、ヤマブキソウが登り廊下の下から本堂裏にかけて 黄色い花を咲か…

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薬王寺 (徳島県美波町) 四国八十八ヶ所霊場第23番

徳島県美波町の日和佐にある薬王寺は、厄除け祈願のお寺と して篤い信仰を集めている四国八十八ヶ所霊場第23番札所である。 境内参道には、33段の女厄坂・42段の男厄坂・61段の還暦厄坂 があり、一段ずつ賽銭を置いて登っていく習わしが今も続いている。 境内から眺める日和佐の町・港・太平洋の風景はのどかな日本の 原風景を醸し出してい…

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平等寺 (徳島県阿南市) 四国八十八ヶ所霊場第22番

徳島県阿南市にある平等寺は、792年弘法大師空海が薬師如来を 彫り安置したのが始まりと伝えられている四国八十八ヶ所霊場第22番 である。 境内にある<弘法の霊水>は万病に効く霊水として知る人ぞ知る 枯れない湧水といわれ、開運鏡の井戸と呼ばれている。 <徳島県のお寺一覧> (1)平等寺(びょうどうじ)  (2)住所:…

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太龍寺 (徳島県阿南市) 四国八十八ヶ所霊場第21番

太龍寺は太竜寺山(618m)山頂ちかくにある四国八十八ヶ所 霊場第21番で<西の高野>とよばれている霊場である。 太龍寺の名前は、弘法大師24歳の出家宣言であり最初の著作で ある<三教指帰>に<阿国太龍の嶽にのぼりよじ、土州室戸の崎 に勤念す・・・>とあるのが太龍嶽で空海が100日間修行した 19歳の頃である。 この修行の場…

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鶴林寺 (徳島県勝浦町) 四国八十八ヶ所霊場第20番

徳島県勝浦町の標高570mの山頂にある鶴林寺は、四国霊場の中で 6大難所(焼山寺、鶴林寺、太龍寺、神峯寺、横峰寺、雲辺寺)の 一つに数えられている。 現在は、林道が整備され、歩き遍路でない限り随分と楽な遍路に なっていが、鶴林寺の林道は狭く、難路と言えるだろう。 <徳島県のお寺一覧> (1)寺名:鶴林寺(かくりんじ)…

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立江寺 (徳島県小松島市) 四国八十八ヶ所霊場第19番

徳島県小松島市にある立江寺は、四国八十八ヶ所霊場第19番で あり、本尊の地蔵菩薩は子安地蔵として広く篤い信仰を集めている。 関西を始め広く立江地蔵として多くのお寺に祀られ、その信仰が 広く深いことを如実に物語っている。 例えば、四天王寺(大阪市)、須磨寺(神戸市)、善長寺(京都市)など 立江地蔵信仰はその名を知られている。 …

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恩山寺 (徳島県小松島市) 四国八十八ヶ所霊場第18番

徳島県小松島市にある恩山寺は弘法大師空海の母(玉依御前)が剃髪し、 出家したと伝わるお寺で四国八十八ヶ所霊場第18番である。 境内にはビランジュの木(県指定天然記念物)、樹齢350年といわれる ソテツ、色鮮やかなイチョウの木などが霊場の異なる風景を醸し出している。 <徳島県のお寺一覧> (1)寺名:恩山寺(おんざんじ)…

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井戸寺 (徳島県徳島市) 四国八十八ヶ所霊場第17番

徳島県徳島市国府町にある井戸寺は、673年天武天皇の 勅願により創建されたと伝えられている四国八十八ヶ所 霊場第17番の札所である。 本尊七仏薬師如来は珍しい本尊で、全国でも数少ない本尊 である。 また、<重文>十一面観音立像は平安時代10世紀初期の 仏像で、徳島県では最古の仏像であり、特異な容貌が印象 に残る。 …

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妙典寺 (福井県大野市) 水かけ地蔵

妙典寺の開創は1528年と伝えるが、どこに開創されたかは 不詳であるが、おそらく現在の千葉県市原市と思われる。 1624年大野初代藩主となった松平直政が妙典寺を寺町に 移転させたといわれている。 お寺は、寺町通りに面して、七間通りとの交差点に建ち、七間 通り越しに大野城を望むことができる。 境内に祀られている<水かけ地蔵…

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