本楽寺 (三重県多気町)

本楽寺の住職は尼子さんであるが、その遠祖は出雲の戦国大名・尼子晴久で、 その一族が志摩へ逃れ、その後多気に西楽寺を開創し、1816年本楽寺と 改名したといわれている。 1816年本堂などを再建した折に、池泉回遊式庭園を作庭し、現在も その姿を留めている。 本堂前のイチョウは、根元で8つの支幹に分かれた特異な姿を見せ、樹齢は …

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名古屋市のお寺一覧 (愛知県)

名古屋市のお寺一覧 荒子観音(中川区):尾張四観音 速念寺(中川区):前田城跡 円盛寺(中川区):前田城跡 宝蔵院(中川区):布施屋地蔵 龍潭寺(中川区):名古屋の苔寺 宝珠院(中川区):名古屋三弘法 常泉寺(中村区):豊臣秀吉生誕地 龍泉寺(守山区):尾張四観音 笠寺観音<笠覆寺>(南区):尾張四観音 円通寺(…

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寿琳寺 (愛知県名古屋市熱田区)

愛知県で最大規模の古墳で、6世紀の前方後円墳である断夫山古墳の 北隣に、伏見通に面して総門が建つのが寿琳寺である。 山門が閉門しており参拝はできなかったが、山門越しに境内は拝観 できた。 寿琳寺の由緒など不詳であるが、1747年の再興とか <愛知県のお寺一覧> (1)寺名:寿琳寺(じゅりんじ) (2)住所:愛知県名…

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常願寺 (静岡県藤枝市) カヤの木

岡部町にあって、小高い山を散策する<里山の道>沿いに、カヤの巨木が 目立つのが常願寺である。 落雷によって傷んでいるが、その樹勢は旺盛で幹回りは5mほど、樹高は 20mの巨木である。 樹齢は不明であるが、数百年を数えるだろう。 常願寺は永禄年間(1558~70年)の開創と伝えられ、近くの萬松院 の末寺である。 小さな堂…

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岐阜県揖斐川町池田町本巣市のお寺一覧

横蔵寺(揖斐川町):仏像の宝庫 華厳寺(揖斐川町):西国三十三所観音霊場第33番 月桂院(揖斐川町):戦国武将・稲葉一鉄の菩提寺 瑞巌寺(揖斐川町):守護大名・土岐頼康の菩提寺 西蓮寺(揖斐川町):ムクノキ 松林寺(揖斐川町):揖斐藩主の菩提寺 一心寺(揖斐川町):城台山の中腹 法雲寺(揖斐川町):守護大名・土岐頼芸の菩提…

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上善明寺 (岐阜県揖斐川町) 房島御坊

揖斐川町房島地区には、上善明寺と下善明寺の浄土真宗のお寺が近接して あるが、共に正式名は善明寺である。 上善明寺は真宗大谷派で房島御坊ともいわれ、下善明寺は浄土真宗本願寺派 に属している。 元々は一つの善明寺で、いつの時点かに上、下に分立している。 おそらく、1603年東西本願寺に本願寺が分立した以降に、善明寺も 分立したの…

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蔵澤寺 (長野県駒ヶ根市) 桜の名所

天竜川の東岸、中沢地区の山間部へ入ると、桜の木々が囲む駐車場があり、 仁王像を安置した仁王門が迎えてくれる。 仁王門を潜ると、芝生の境内の正面に、楼門形式の三門が建ち、その左に しだれ桜の古木が顔を覗かせている。 このしだれ桜は樹齢300年以上といわれ、三門の建立年代より古い。 境内からは中央アルプスの山並みが望め、満開の桜と…

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永林寺 (福井県越前市) 蓮如上人ゆかりの寺

越前市東部の田園地区南中山にあって、新堂集落の山麓に鐘楼の目立つのが 永林寺である。 1471年、蓮如上人が近江から越前吉崎へ向う途次に、新堂宗匠院に 十数日逗留し、布教を行ったのを契機に、宗匠院は真言宗から浄土真宗に 改宗し、永林寺と改名している。 永林寺に伝わる<源氏物語図屏風>は宇治十帖の場面を描き、江戸時代初期の …

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法界寺 (石川県小松市)

小松駅前大通りに面して建つ法界寺は、こじんまりとした佇まいであるが、 その歴史は1167年に遡る。 平清盛の嫡男で、小松内府と呼ばれた平重盛が各地に小松寺を開創したり、 再興した時期の1167年、現在の小寺町に龍真法印を開山として開創 した小松寺が法界寺の始まりと伝えられている。 なお、小松の地名由来の説に、この小松寺由来も一…

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もくもく探索日誌 2020年9月22日 能登半島その3

輪島のホテルを朝6時に出る。 県道38号を、日本海岸沿いに西へ 道路の整備は少しずつで、狭い部分も多く残る 間垣の里<大沢町>に入り<霊高寺>に立ち寄り、さらに西へ 同じく、間垣の里<上大沢町>から山間部へ南下 <男女滝>を経て、門前町へ この地域は2度目の訪れであるが、以前と変わらぬ風景である            …

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もくもく探索日誌 2020年9月21日 能登半島その2

輪島のホテルで記する 輪島を朝6時にでる 今日は奥能登の山間部に建つお寺を巡る。 昨日見送った<千枚田>に立ち寄るが、キャンピングカーなど夜を明かした 車で一杯 なんとか駐車できる 稲穂が垂れる季節で見応えあり 数年前に比べて周りが整備されている。                  千枚田        …

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もくもく探索日誌 2020年9月20日 能登半島その1

輪島のホテルで記する 小松を朝5時半出発 のと里山海道を能登半島へ 穴水ICを7時半に出て、<能登大仏>へ 2003年に据えられた新しい大仏で、観光用の大仏 穴水町の古刹<来迎寺>では、丁寧な案内を受け、朝から満足の 拝観となる。 穴水町中居南の<さとりの道>を散策し、羅漢樹の<地福院>などを 巡り、寺町を満喫する。 …

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もくもく探索日誌 2020年9月19日 越前

小松市のホテルで記する。 朝8時半に北陸道今庄ICを出る。 かっての宿場町今庄の南越前町の3ヶ寺を皮切りにスタート 新しいお寺、<歓喜寺>は山腹に大伽藍を構える、これぞ新しいお寺の 典型といえよう。                  妙法寺                  高照寺     …

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誓立寺 (富山県南砺市)

名刹瑞泉寺の門前町として栄えた井波にあって、瑞泉寺の西に建つ誓立寺の 開創は不詳であるが、瑞泉寺の末寺で塔頭的存在であった。 江戸時代中期の俳人土屋林紅は誓立寺の次男で、瑞泉寺住職で俳人であった 浪化の付人的存在で、芭蕉の弟子でもあった浪化と共に芭蕉にも面会している。 <富山県のお寺一覧> (1)寺名:誓立寺(せいりゅ…

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新善光寺 (北海道札幌市) 札幌五大寺

すすきの地区の東南端に建つ新善光寺は1884年の開創で、札幌進出が 他の宗派に比べて遅かったが、新善光寺が拠点となって北海道の布教を 図った。浄土宗の北海道における比率は7%である。 新善光寺は<札幌五大寺>の一つで、本尊に善光寺如来(善光寺式阿弥陀如来) を祀っている。 また、藻岩山には奥の院があり、観音菩薩が祀られている。…

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東福院 (高知県宿毛市) 宿毛山内氏の菩提寺

高知県の最西端に位置する宿毛市は、人口2万ほどの魚の天然養殖で知られた 地方都市である。 1601年、山内一豊が土佐藩主として入赴すると同時に、一豊の甥にあたる 山内可氏(よしうじ)が宿毛の領主として入り、明治維新まで治めている。 その宿毛山内氏の菩提寺が東福院である。 東福院の開創は不詳であるが、山内可氏が再興したといわれて…

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観自在寺 (愛媛県愛南町) 四国八十八ヶ所霊場第40番

愛媛県最南端にあって、四国八十八ヶ所霊場の第1番霊山寺から最も遠い 札所が第40番観自在寺で、<四国霊場の裏関所>と呼ばれている。 観自在寺は平地にあって、現在はアクセスも容易である。 観自在寺は、807年平城天皇の勅願によって、弘法大師空海が開創したと伝え、 山号、地名も<平城>となっている。 1959年火災により本堂を失い…

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法音寺 (香川県丸亀市)

丸亀城の西北にあって、江戸時代は寺町であった南条町に建つ法音寺は、 現在の兵庫県たつの市に開創され、龍野藩主京極高和が1658年、 丸亀藩主として入赴すると、1674年法音寺も現在地に移転している。 法音寺を知らしめているのは、丸亀藩の才女として、女流歌人として 名を残した井上通女(つうじょ)の菩提寺である。 <香川県のお…

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真福寺 (徳島県阿南市那賀川町)

那賀川町の田畑に囲まれて、陸上自衛隊徳島駐屯地の隣に建つ 真福寺は寛永年間(1624~44年)の開創である。 本堂は鉄筋コンクリート造りで、その向って左横に窮屈に、 スダジイが生えている。 このスダジイは、台風によって主幹を失ない、根元は空洞と なっているが、樹勢旺盛である。 この木が徳島県下最も太いスダジイである。 …

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円福寺 (広島県福山市鞆町) 鞆の浦ビューポイント

鞆の浦の鳥瞰ビューポイントは、福禅寺、円福寺、医王寺があり、観光案内 にしばしば取り上げられている。 福禅寺、医王寺へは訪問したが、円福寺はアクセスに迷って行けずとなっている。 その代わり、医王寺から円福寺の遠景を捉えることが叶い、少しは溜飲を下げる ことができた。 円福寺が建つ場所は、かっては大可島(たいがしま)という島…

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山本院 (岡山県岡山市中区) 備前48ヶ寺

中区東部にあって、百間川が90度流れを変える内側の山麓に、広い境内 の山本院が建つ。 樹齢300年以上という大杉が存在感を示し、広い境内は整備されている。 山本院は、天平勝宝年間(749~757年)報恩大師が開創したと伝える 備前48ヶ寺の一寺である。 鎌倉時代には、鎌倉幕府5代執権北条時頼が諸国行脚の折に、堂宇を再建した …

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西法寺 (鳥取県岩美町) 小説家尾崎翠の生家

岩美町の岩井温泉街外にあって、愛宕山麓にこじんまりとした佇まいの お寺が西法寺である。 特別の由緒もないが、このお寺を知らしめているのは、近代日本の文学界 において、異色の女流作家といわれた尾崎翠(みどり)の生家が西法寺である。 現在、尾崎翠の作品は差再評価され、<鳥取県最高の作家>、<近代有数の 女流作家>と評価され、尾崎翠…

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吉備寺 (岡山県倉敷市真備町) 吉備真備の菩提寺

学問の神様といえば、平安時代の菅原道真が一般的であるが、奈良時代の 吉備真備(きびのまきび)も学問の神様として崇敬されている。 奈良時代に中国唐に二度渡り学問を修め、唐王朝から認められた学者で、 日本に帰朝後は、政治家としても天皇を支えた偉人である。 その吉備真備の出身地が、真備町箭田(まびちょうやた)の地であり、 菩提寺が吉…

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天満寺 (高知県東洋町) 野根氏の菩提寺

高知県最東端に位置し、太平洋海岸沿いの土佐東街道(国道55号) に沿って集落がある東洋町野根地区に建つのが天満寺である。 1575年、土佐の覇者・長宗我部元親に滅ぼされるまで、現在の 東洋町一帯を支配していた野根氏の菩提寺が、天満寺の前身・永徳寺 である。 ここには、<野根七郎の埋蔵金>伝説が伝わり、その場所が天満寺か 裏山…

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仏木寺 (愛媛県宇和島市) 四国八十八ヶ所霊場第42番

宇和島市北部にあって、整備された県道31号沿いに建つ仏木寺は、 巡礼者以外の参拝者も多いお寺で、往古より家畜守護のお寺として、 現在は、ペット守護の祈願寺として信仰を集めている。 807年弘法大師空海の開創と伝え、鎌倉時代以降は領主や藩主の 庇護を受けて大いに栄えたといわれている。 伽藍は小ぶりではあるが、配置がスッキリと…

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浄泉寺 (香川県宇多津町) 閻魔堂

青ノ山(224m)の北東麓に、宇多津町の寺町とよばれる地区に、 閻魔堂を構えるのが浄泉寺である。 閻魔大王は地蔵菩薩の化身で、あの世では閻魔大王、現世では地蔵菩薩 と、日本仏教では同一視されている。 浄泉寺の閻魔堂は、安政年間(1854~60年)に丸亀市から移転された といわれ、祀られている閻魔像は四国一大きな像といわれている…

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正興寺 (徳島県鳴門市) 四国三十三観音霊場第1番

四国の霊場といえば、四国八十八ヶ所霊場で、歴史と巡礼者の多さ が、西国三十三所観音霊場と並んで霊場中の霊場である。 その西国三十三所観音霊場に倣って、1990年設立されたのが 四国三十三観音霊場で、その第1番札所が正興寺である。 正興寺の開創は1725年と古くはないが、寺宝には文化財もある 由緒を持っている。 現在は、保…

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光照寺 (広島県福山市沼隈町) 中国四国九州の浄土真宗最古のお寺

福山市南西部の沼隈町にあって、山間集落の山麓に大きな伽藍を 構えるのが光照寺である。 光照寺は、1320年、親鸞聖人の高弟で六老僧の一人といわれた 明光上人によって開創されたと伝えられ、その後中国地方に浄土真宗 の布教拠点として活動している。 伽藍は豪壮で、往古の繁栄が偲ばれる 訪れた時は、桜満開の伽藍がより一層映えてい…

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安養寺 (岡山県倉敷市浅原) 毘沙門天

総社市の福山(302m)南麓にあって、倉敷市北部の浅原谷に 毘沙門天を祀るのが安養寺である。 安養寺は、782年開創されたと伝える朝原寺の朝原千坊の本坊 として990年開創されたと伝える。 朝原寺は鎌倉時代末期には大寺で、現在の浅原地区はその門前集落 として大いに栄えたといわれている。 しかし、1336年の福山合戦(福山城)…

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了春寺 (鳥取県米子市) 米子城代・荒尾氏の菩提寺

中海に面した湊山(90m)山頂に建っていた米子城は、1591年 吉川広家が築城を開始し、1601年米子藩主となった中村一忠が 1602年に完成させている。 現在の城跡は、石垣のみが残る公園として整備されている。 1632年、鳥取藩主席家老・荒尾成利が米子城代として入り、 明治時代まで荒尾氏が城代を努めている。 その荒尾氏の菩…

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円光寺 (和歌山県広川町広) ソテツ

1854年の安政南海地震津波において、多くの人を非難させた 濱口梧陵の<稲むらの火>で、津波避難の教訓を引き継いでいる 広川町の遺産は日本遺産に指定されている。 その遺産構成の一つに、円光寺の<嘉永七年高浪之図>があり、 濱口梧陵と思しき人物が描かれている。 現在の円光寺は広川町中心部にあって、小さな佇まいであるが、 本…

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