福田寺 (高知県田野町) 野根山二十三士の墓

1861年江戸で武市半平太(瑞山)をリーダーとして、土佐藩に尊王攘夷を
掲げて<土佐勤王党>が結成され、尊王攘夷の思想を藩に広めようとしたが、
公武合体の藩主山内容堂に受け入れられず、半平太は獄中に囚われ、1864年
清岡道之助など23人は攘夷、半平太釈放を求めて嘆願書を出すが、藩から
反乱の罪で追われ、野根山街道から阿波へ逃れるが、捕らえられ奈半利川で
斬首され、福田寺に葬られた。
明治時代になって、彼ら二十三士の名誉は回復されている。
福田寺の開創は不詳であるが、二十三士の墓があるお寺として訪れる人も
多いとか。

境内には芭蕉の句碑があるが、芭蕉は土佐には足を運んでいない
<松風の軒をめぐりて秋くれぬ>

<高知県のお寺一覧>

(1)寺名:福田寺(ふくでんじ)
(2)住所:高知県田野町839
(3)山号:見龍山 (4)宗派:浄土宗西山禅林寺派
(5)開創:不詳 (6)本尊:阿弥陀如来
(7)その他
1)二十三士の墓:県指定史跡
2)訪問日:2020年4月7日

1全景(39-0501)福田寺 (3).JPG
                  全景

2山門(39-0501)福田寺  (18).JPG
                  山門

3本堂(39-0501)福田寺  (16).JPG
                  本堂

4武市半平太像(39-0501)福田寺  (13).JPG
               武市半平太像

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              二十三士の墓標識

6(39-0501)福田寺 (2).JPG

7二十三士の墓(39-0501)福田寺  (6).JPG
               二十三士の墓

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                芭蕉句碑