城満寺 (徳島県海陽町) 四国最初の禅寺

徳島県最南端の海陽町を流れる海部川を遡った山里の山麓に、 本堂を高所に据え、石段が続き、周囲に空間、その外周に杉、桜などの 木々が成長を続ける、他には見られない風景を創り出している。 城満寺が1952年再興され、少しずつ整備されている。 城満寺は、1295年海部の長が瑩山紹瑾を開山に迎えて開創し、 四国で最初の禅寺となった…

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薬師寺 (広島県尾道市) 生口島のお薬師

しまなみ海道を因島から生口島(いくちじま)大橋を渡り、生口島北ICを 下りて、東海岸沿いに因島原町に入り、山麓に向う。 白壁の築地塀に囲まれ、山門前に仁王石像が立つ薬師寺がある。 お寺の本尊薬師如来は秘仏で、50年に一度開扉される生口島のお薬師である。 薬師寺は正保年間(1644~48年)に開創されている。 <広島県の…

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正満寺 (岡山県赤磐市) 備前四十八ヶ寺

752年孝謙天皇が病気になったため、報恩大師が祈祷を行い、それにより 治癒された功により、報恩大師は備前に48ヶ寺を開創または再興する勅許 を得て、天平勝宝年間(749~757年)に開創したと伝えられている。 現在残るお寺は39ヶ寺である。 その一つが正満寺である。 寛文年間(1661~73年)には、岡山藩主による寺院削減によ…

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緑浄寺 (鳥取県鳥取市河原町)

鳥取市河原町釜口にあって、千代川(せんだいがわ)右岸に建つ緑浄寺 は、鳥取藩主池田光政の支援によって1625年開創されている。 お寺の門前にある小高い山と千代川が織りなす風景の中で、地元に 密着したお寺である。 <鳥取県のお寺一覧> (1)寺名:緑浄寺(ろくじょうじ) (2)住所:鳥取県鳥取市河原町釜口1449 (…

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常行院 (兵庫県加西市)

田畑とゴルフ場が広がる山麓に建つ常行院は、聖徳太子が薬師如来を 祀ったのが始まりと伝えられ、680年田福寺として開創され、12 の塔頭が開創されたといわれ、常行院はその内の一つである。 明治時代に田福寺が廃寺となり、常行院が法灯を引き継いだ。 2007年本堂も再建され、境内も整備されている。 <兵庫県のお寺一覧> (…

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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 長尾阿弥陀磨崖仏

府道752号沿いにあって、浄瑠璃寺まで280mの右手山裾に、 笠石を乗せた阿弥陀磨崖仏が石垣の上に、不安定な姿で安置されている。 土台は補強され、崩れる心配はないとか。 この磨崖仏は、1307年僧行乗を願主として、半肉彫りされた像高 76cmの阿弥陀磨崖仏である。 道路沿いに案内標識がある。 (1)石仏名:長尾阿弥陀磨崖…

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西教寺 (和歌山県由良町) 衣奈漁港

海釣り漁港として人気がある衣奈漁港の山麓にあって、イチョウやソテツの 境内に建つのが西教寺である。 西教寺は、織田信長と石山本願寺との石山合戦(1570~80年)が終わった 後に、本願寺に加わって戦った藤田氏が衣奈に土着し、道場を開創したのが 始まりと伝えられている。 現在の住職も藤田氏である。 <和歌山県のお寺一覧> …

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向露寺 (奈良県生駒市高山町) 地蔵石仏

生駒市北部にあって、くろんど池に近く、県道7号沿いに、広大な 向露寺墓地がある。 その墓地の中に向露寺が建つ。 その墓地の一角に、室町時代造立といわれる地蔵石仏が立ち、 隣に六地蔵石仏が祀られている。 地蔵石仏の頭上には小石が置かれているが、何かの祈願なのか、 あるいはいたずらなのか。 向露寺の開創については不詳である…

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東条観音堂 (兵庫県小野市) 五重石塔

小野市河合中町の<慶徳寺>の近くに建つ東条観音堂(河合中観音堂) の本尊は、観音菩薩ではなく、五重石塔である。 非常に珍しいケースで、その由縁などが不詳であるが、かってこの地 には、西方寺というお寺があったといわれ、中世の石塔などが残されている。 お寺が廃寺になった後、お堂を建て五重石塔を安置したのであろう。 <兵庫県のお…

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陽松庵 (大阪府池田市) 参禅道場

池田市北西部にあって、住宅地が迫る山麓に広大な境内を構えるのが 陽松庵である。 境内には池や木々が生い茂り、参禅道場の静かな空気が流れている。 陽松庵は、1351年名僧・夢窓疎石によって、現在の豊中市に開創 されたと伝え、300年後には廃れていた。 1713年、豪商の土地提供と徳島藩家老で洲本城代の稲田氏の伽藍 建立によって…

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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) 西小墓地の石仏群

当尾地区はかっては、小田原と呼ばれ、東小田原と西小田原から成り、 浄瑠璃寺は西小田原寺と呼ばれていた。 ちなみに、当尾と呼ばれるようになったのは室町時代以降といわれている。 西小田原は略して、現在も西小(にしお)として地名に残っている。 その西小の共同墓地が西小墓地であり、浄瑠璃寺へ向う府道752号沿いに ある。  …

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徳勝寺 (滋賀県大津市北小松)

琵琶湖西岸の比良山系山麓にあって、大津市最北端の北小松に 徳勝寺は建つ。 裏山には落差76mの楊梅の滝もあり、また徳勝寺のしだれ桜 と隠れたスポットといえよう。 徳勝寺は江戸時代中期の開創と伝え、浄土真宗のお寺である。 境内には、しだれ桜だけでなく、ソメイヨシノも植生され、 春は桜に覆われたお寺となる。 <大津市のお寺…

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安楽寺 (和歌山県広川町) 濱口家の菩提寺

<稲むらの火>で、安政南海地震津波から、広村(現広川町)の人々の 多くを救い、後に広村堤防を築いた濱口梧陵の先祖・濱口安忠が1509年に、 道場を開いたのが安楽寺の始まりといわれている。 後に、濱口家の菩提寺となっている。 日本遺産<百世の安堵>の一部となっている。 <和歌山県のお寺一覧> (1)寺名:安楽寺(あんら…

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岩松寺 (奈良県王寺町) 片岡姫

岩松寺の建つ地は<片岡の里>と呼ばれ、聖徳太子ゆかりの地で、 また万葉集にも登場する地である。 <片岡のこの向つ峰に椎蒔かば今年の夏の蔭にならむか> この里に建つ達磨寺、放光寺、岩松寺は山号に片岡山を号する 古刹で、この里には聖徳太子の伯母・片岡姫が住んでいたと いわれ、片岡姫が開創したお寺が岩松寺と伝えられている。 <…

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多聞院 (兵庫県加東市) 光明寺塔頭

加東市の五峰山(258m)山頂付近に建つ光明寺は、<播磨高野>と 呼ばれる名刹で、594年開創と伝える古刹である。 光明寺には、多聞院、遍照院、大慈院、花蔵院の塔頭がある。 中腹にある駐車場から、急な坂道を登った最初にある塔頭が多聞院で、 光明寺の寺務所でもある。 毘沙門天を祀る毘沙門堂と瀟洒な庭園が風景を造っている。 …

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川尻北の谷不動明王板碑 (大阪府豊能町川尻)

国道423号金石橋信号を北西へ、山手に向かって府道4号を 1900mほど登ると、北の谷分岐点に。 それを右へ20m下り、右に細い道を入って直ぐの右手に、 <川尻北の谷不動明王板碑>の祠がある。 現地に至る要所には標識、現地には説明板と豊能町の整備が 行き届いている。                川尻地区地図 …

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当尾の石仏 (京都府木津川市加茂町) たかの坊地蔵石仏

浄瑠璃寺へ向う府道752号の、阪口三叉路から480mほどの 右手に西小集会所がある。                   地図               西小集会所と石仏群 その敷地の小石仏群の中に、一際高い地蔵石仏が建っている。 これを<たかの坊地蔵石仏>と呼び、かって浄瑠璃寺の塔頭<たかの坊> があ…

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正願寺 (滋賀県大津市大石)

大津市南端に位置する大石龍門地区には、和菓子でその名が知られる <叶匠寿庵>の西、山麓に建つのが正願寺である。 お寺の地蔵菩薩坐像は壬生寺式の地蔵菩薩で、重要文化財に指定 され、藤原時代の造像である。 正願寺の開創が室町時代末期と伝えられるが、地蔵菩薩の由来は 不詳である。 <大津市のお寺一覧> (1)寺名:正願寺…

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興福寺 (和歌山県湯浅町)

湯浅町青木地区は平地にミカン畑が広がり、その畑の中に、こじんまりと 建つのが興福寺である。 江戸時代には青木村で、唯一のお寺が興福寺であった。 その開創については不詳であるが、本尊阿弥陀如来坐像は藤原時代の 造像で、古刹であったのであろう。 <和歌山県のお寺一覧> (1)寺名:興福寺(こうふくじ) (2)住所:和歌…

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清滝石仏群 (奈良県平群町鳴川) 鳴川渓谷の磨崖仏

平群町を流れる櫟原川の上流鳴川渓谷沿いに、鎌倉~江戸時代に 彫られた複数の磨崖仏があるが、かっては千光寺の修行の地で、 渓谷沿いに参道が通じていた。 現在の参道は、渓谷の上に整備され車も通行でき、そこから渓谷に 下りる細い道も整備されている。               現在の千光寺参道           …

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蓮華寺 (兵庫県養父市) 赤堂観音

養父市を西から東へ流れる大屋川右岸の山麓に建つ蓮華寺の 地は、戦国時代但馬攻略の先方であった、後の津藩主藤堂高虎 の居館跡といわれている。 近くの大屋川右岸にあった田和城(栃尾谷城)が、高虎の城で、 城主は地元の居相氏、栃尾氏が務めていた。 蓮華寺は栃尾氏の菩提寺でもある。 蓮華寺は、平安時代初期に弘法大師空海が、大屋川…

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もくもく探索日誌 2020年4月8日 徳島県中部

阿南市のホテルを6時半に出る。 勝浦川沿いに西部山間部に向かう。途中、<星谷寺>に向かうが、 行ってみると、桜に包まれた小さなお堂がポツンと建つのみで、 これは間違いではないかと思いながらも、次の<慈眼寺>へと 山間部へ。 翌日調べると、やはり星谷寺の山麓の境外お堂であった。 星谷寺はさらに山上へ向かった山腹にある。 …

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もくもく探索日誌 2020年4月6~7日 高知県

4月6日愛媛県宇和島市のホテルを出て、高知県に入り、高知県西部 ~中部を巡り、その日は安芸市で宿泊。 4月7日安芸市~室戸岬~高知県東洋町~徳島県阿南市と巡り、阿南市で 宿泊。阿南市のホテルで2日間の記事を書いている。                佐川町櫛瀬川                手結港跳ね橋 …

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もくもく探索日誌 2020年4月5日 愛媛県西南部

今治のホテルを6時半に出て、愛媛県西南部の大洲市~宇和島市の 未知のお寺を巡る。 桜は満開を過ぎようとしている中を、好天に恵まれたもくもく探索 となった。                  大洲城               宇和島南部芳原川                 宇和島城    …

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もくもく探索日誌 2020年4月4日 福山市~今治市

山陽道福山東ICを8時過ぎに出る。 桜満開の好天に恵まれ、福山市街地~鞆の浦~沼隈と未知のお寺を 巡り、しまなみ海道で今治に渡り、今治で宿泊。 ホテルで記事を書いている。 今回のもくもく探索は、日程と地域を限定せず、その時々の赴く ままに巡る珍しい探索とする。                  福山城   …

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常福寺 (大阪府茨木市上音羽)

茨木市北部の山間地に位置する上音羽地区は、中世には京都仁和寺の 寺領であり、清水寺というお寺が存在したといわれ、音羽山の風景 に似ていることから音羽の地名がついたといわれている。 常福寺の開創は不詳であるが、石造物の遺物などから中世には 存在したとも伝えられ、1713年再興されている。 裏山には天満宮があり、神仏習合の形態であ…

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京都市伏見区・山科区・西京区のお寺  

<京都市伏見区> 安楽寿院:鳥羽離宮ゆかりの寺 一言寺:醍醐寺塔頭 海宝寺:普茶料理 源空寺:法然上人ゆかりの寺 瑞光寺:風情が漂う茅葺本堂 清涼院:尾張徳川初代藩主生誕の地 石峯寺:伊藤若冲ゆかりの寺 大善寺(伏見六地蔵):京都六地蔵巡り 醍醐寺:世界遺産 西国三十三所観音霊場第11番 誕生寺:道元生誕の地…

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妙見寺 (京都市山科区) 妙見信仰

妙見寺門前から西へ、日ノ岡峠に至る細い道を<妙見道>と 呼んでいるが、江戸時代中期には、京から妙見寺を参詣する 参道として大いに賑わったといわれている。 その頃は眼病治癒の妙見さんとして妙見信仰が深かったと史料 に残っているとか。 現在は、その面影は外目には残っていないが、妙見寺には当時の 絵馬が残っているらしい。 妙…

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