正法寺 (三重県度会町)

清流宮川の田口大橋を渡り度会町(わたらいちょう)に入ると、 町特産の度会茶畑が広がる。 そこから南へ山間部に入り、注連指(しめさす)集落に入ると, 左手に石垣を構えた正法寺が建っている。 お寺の開創は不詳であるが、本尊十一面観音立像は1112年 の造像と古い。 本尊の参拝は叶わなかったが、観音堂の外から参拝した。 <三…

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長泉寺 (愛知県蒲郡市)三河七御堂

長泉寺は、749年開創されたと伝え、鎌倉時代初期に 源頼朝の命を受け、時の三河守護・安達盛長が三河の古刹七ヶ寺を 再興している。この七ヶ寺を<三河七御堂>と呼んでいるが、 その一つが長泉寺である。 三河七御堂とは、  普門寺(豊橋市)  赤岩寺(豊橋市)  財賀寺(豊川市)  全福寺(廃寺)   金蓮寺(西尾市)  鳳来寺(…

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正福寺 (岐阜県土岐市)中部四十九薬師霊場第29番

国道363号細野集落を、鶴岡山に向かって分け入った山麓に、 正福寺本堂の屋根が見えてくる。 ここは中部四十九薬師霊場第29番で、本尊薬師三尊像は 1756年の造像である。 正福寺は、永禄年間(1558~70年)の開創と伝えられ、 1633年に再興されている。 ここは鶴岡山登山の入口にあたり、登山者はここをお参り してから鶴…

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興国寺 (兵庫県宍粟市山崎町)

山崎町の最上山東麓に位置する、寺町のシンボルとなっている 山門は興国寺のそれである。 1640年2代山崎藩主となった松平康映が、自らの菩提寺として 開いた浄土宗長安院が興国寺の始まりで、1649年3代藩主 池田恒元が父・利隆の菩提寺として、臨済宗興国寺と改名している。 池田利隆は姫路藩主で、恒元は次男である。 1679年山崎…

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明善寺 (福井県あわら市)

旧北陸道の金津宿坂ノ下に建つのが明善寺であり、百日紅の 紅が鮮やかな風景を持っている。 隣には、樹齢300年以上といわれるイチョウが2本生い茂る 大鳥神社があり、裏には、芭蕉が奥の細道紀行で立ち寄る 予定であった総持寺がある。 明善寺の開創は不詳である。 <福井県のお寺一覧> (1)寺名:明善寺(みょうぜんじ) …

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円光寺 (富山県砺波市)

砺波市神島の田園地帯に建つのが円光寺である。 南北朝時代中頃、越後蒲原郡藤田之庄から藤田貞信一族 が神島に入り、開拓したのが神島の始まりといわれている。 しばらくして、藤田貞信が開創したのが円光寺の始まり と伝えられている。 山号の藤田山は、藤田貞信からきており、住職も藤田氏 で、神島の中核として歴史を刻んできたと言えよう。…

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山田寺 (三重県玉城町)

玉城町山神集落の外れに、ひっそりと建つ山田寺は、毎年 1月の最終日曜日は<山神獅子舞い神事>で賑わうとか。 この獅子舞いは、1555年から始まった厄除神事で、 この地域で受け継がれ、1662年山田寺が再興されて 以降は、山田寺の境内で行われるようになったといわれている。 一般的には、獅子舞い神事は神社で行われているが、 ここ…

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岡崎市、豊田市、豊橋市のお寺一覧 (愛知県)

岡崎市、豊田市、豊橋市のお寺一覧 滝山寺(岡崎市):滝山東照宮 大樹寺(岡崎市):松平・徳川家の菩提寺 天恩寺(岡崎市):徳川家康ゆかりの寺 妙源寺(岡崎市):徳川家ゆかりの寺 信光明寺(岡崎市):徳川家ゆかりの寺 真福寺(岡崎市):竹膳料理 本宗寺(岡崎市):蓮如上人ゆかりの寺 法蔵寺(岡崎市):徳川家康ゆかりの寺…

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松応寺 (愛知県岡崎市) 徳川家康ゆかりの寺

江戸時代には、松応寺の門前町として、明治時代以降は 花街として栄えた松本町も、今や空き家が目立つ状態の 中にあって、松応寺は家康ゆかりの寺として頑張っている。 松応寺は、家康の父・松平弘忠が24歳の若さで亡くなり、 密葬された地が松応寺の地といわれ、それから12年後に 徳川家康が父の菩提を弔うために松応寺を開創したと 伝えら…

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明香寺 (静岡県袋井市) すもう寺

江戸時代最強の相撲力士・雷電為右衛門がここ明香寺の 地蔵菩薩に、子授かりの祈願をしたところ、女の子を 授かったという伝承が伝わっている。 雷電の生涯勝率は9割6分と最強力士の名を戴いている。 1916年には大角力協会(現相撲協会)の祈願所と なり、11体の力士像が祀られ、通称すもう寺と呼ばれ 親しまれている。 <静岡県…

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円明寺 (岐阜県可児市久々利)

<美濃焼の里>の一つ、久々利地区を流れる久々利川に 沿って、こじんまりと建つ円明寺の開創については 不詳であるが、平安時代末期には七堂伽藍の大寺で あったといわれている。 裏山には、南北朝時代に築城されたといわれる久々利城跡 があり、その城主であった久々利氏によって、室町時代 に再興されている。 室町時代~江戸時代造像の多…

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嶺頭院 (長野県箕輪町)

箕輪町中箕輪に立派な楼門と整備された境内を構える お寺が嶺頭院である。 嶺頭院は、1493年天竜川東岸にあった福与城の城主 藤沢氏が、城の近くに開創したと伝えられている。 藤沢氏は、鎌倉時代から箕輪の豪族として定着し、 戦国時代も生き抜いてきたが、1582年保科氏によって 福与城は落城し、藤沢氏は滅亡している。 この間、嶺…

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泰澄寺 (福井県福井市) 泰澄大師の生誕地

白山信仰の祖、越の大徳と呼ばれる泰澄大師の生誕地に 建つのが泰澄寺である。 泰澄は682年泰澄寺の地に生まれ、695年大谷寺の 地で修行に入り、716年生誕地に泰澄寺を開創し、 717年白山に入り修行、白山信仰の礎を築き、神仏習合 の源となった。 その後、白山を根拠として各地を巡錫し、大和朝廷から 泰澄の名を授かっている。…

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妙円寺 (石川県小松市)

妙円寺は、985年花山法皇の勅願により開創された 仏生寺が始まりと伝えられ、1575年妙円寺と なっている。 1583年小松城主となった村上頼勝(義明)から 現在の京町に寺地を与えられ移転している。 1645年小松城下町整備により、現在地に移転して いる。 しかし、1932年の小松大火により全焼し、古刹 としての寺宝のほ…

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正法寺 (富山県高岡市)

万葉集の大友家持ゆかりの地、伏木から二上山への 二上山万葉ライン沿いにあって、緑と石仏で知られる 正法寺が建っている。 1932年に開創された新しいお寺であるが、裏山に 四国八十八ヶ所霊場の写し石仏が安置され、お砂踏み を設けている。 これからも正法寺を八十八ヶ所と呼んでいる。 その裏山に樹齢100年といわれる正法寺菊桜が…

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弘願寺 (京都府城陽市) 化粧地蔵

城陽市のお寺探索中に、立派な化粧地蔵に出合った。 こじんまりとした境内の,弘願寺本堂前に建つ地蔵堂 に、三色の頭巾を被った石造地蔵尊が祀られていた。 化粧地蔵は、私のお寺探索で若狭、丹後、但馬でよく 見かけたが、城陽市では初見である。 京都市内でも見るが、お寺の数に比して少なく、 若狭ではその比がはるかに多い。 これには大…

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極楽寺 (鳥取県鳥取市)

戦国時代の因幡は不安定な情勢にあったが、長く守護大名 として山名氏が統治した。 しかし、山名氏も但馬山名氏、因幡山名氏に分裂し、 不安定な中にあって、1548年但馬守護山名祐豊が 因幡山名氏を倒し、但馬・因幡の統一を行っている。 そんな中にあって、祐豊の次男・義親は1573年 祖父・山名致豊の追善供養のために極楽寺を開創して…

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正観寺 (熊本県菊池市) 菊池氏の菩提寺

菊池市のシンボルとなっている<菊池武光公騎馬像>の 建つ、市民広場近くに建つ正観寺は,菊池武光が1344年 開創し、菊池氏の菩提寺としている。 菊池氏は平安時代後期に菊池を拠点とした武士集団で、 南北朝時代の菊池武光の頃、九州北部を勢力下に置く ほど栄えた。 その全盛期に正観寺は開創されている。 しかし、菊池氏は1504年…

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妙栄寺 (広島県三次市)

比熊山南麓に建つ妙栄寺は、1648年三次藩初代藩主・浅野長治 が母・寿正院の菩提を弔うために開創されている。 寿正院はお岩の方と呼ばれ、長治の父・広島藩主浅野長晟の側室で 長治は庶長子になる。 そのため、長晟の次男(正室の子)が広島藩を継いでいる。 <広島県のお寺一覧> (1)寺名:妙栄寺(みょうえいじ) (2)住…

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石蓮寺跡 (岡山県赤磐市) 備前48ヶ寺

石蓮寺山(271m)山頂一帯に、報恩大師が開基したと 伝わる石蓮寺が建っていたが、寛文年間(1661~73年) に廃寺となっている。 その遺構として、十三重石塔が残され、周りは<みんなの森 公園>として整備されている。 眺望はよく、桜の名所にもなっている。 なお、石蓮寺は報恩大師開基の<備前48ヶ寺>の一つで、 その名…

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本覚寺 (徳島県徳島市) 千道安の菩提寺

徳島市寺町に仮設の本堂が建つ本覚寺は、千利休の嫡男で、 堺千家の祖・千道安が1607年に亡くなった後、 茶人・金森宗和がその菩提を弔うために、現在の藍住町 勝瑞に開創したと伝えられている。 千道安は利休の嫡男にもかかわらず、利休と疎遠になって 家を出ているが、大名の細川氏、金森宗和、徳島藩主 蜂須賀氏などと交流を深めている。…

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長松寺 (兵庫県豊岡市) 玄武洞の近く

豊岡市随一の観光名所、玄武洞に近い下鶴井集落の、 最奥の山麓に木々に包まれて建つのが長松寺である。 石段参道を登った先に建つ山門は、豊岡藩陣屋の 門を明治時代に移築している。 訪れた時は、本堂の修理工事中で、境内に入ることが できず、周囲の緑を堪能して引き返した。 庭園がすばらしいと聞いていただけに残念。 <丹波、但馬…

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松源院 (奈良県宇陀市大宇陀) 立花大亀の再興

又兵衛桜に近い迫間集落に、門を閉ざした本坊が建つ 松源院は、大徳寺最高顧問を務めた立花大亀が旧山岡住宅 を1980年買い取り再興されている。 旧山岡住宅の隣地に本堂が建立されている。 旧山岡住宅は道場などの本坊として使用されており、 奈良県の文化財になっている。 残念ながら非公開である。 すぐ近くに天益寺のシダレ桜もある。…

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徳養寺 (兵庫県豊岡市)

大浜川支流沿いの小さな江野集落に、徳養寺と小江神社 が並んで建っており、神社前の大ケヤキは上部が失われた 痛々しい姿を見せている。 このケヤキは兵庫県の天然記念物で、推定樹齢300年 といわれている。 徳養寺の本尊は胎内に釈迦如来を納める聖観音で、 子授かり・安産の子安観音として信仰を集めている。 <丹波但馬のお寺一覧…

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地蔵寺 (大阪府河内長野市清水) 大阪府名勝

河内長野市には古刹・名刹の冠を戴くお寺が数多くあり、 かっての仏教文化圏を形成していた。 そんな中にあって、境内全体が大阪府の名勝に指定されて いるのが清水集落の地蔵寺である。 私が訪れたのは10月末と、紅葉にはまだ早い時期で、 隠れ紅葉名所を目にすることができなかった。 しかし、緑が深い境内と静寂に包まれた風景を味わい、 …

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京都市伏見区・山科区・西京区のお寺  

<京都市伏見区> 安楽寿院:鳥羽離宮ゆかりの寺 一言寺:醍醐寺塔頭 海宝寺:普茶料理 源空寺:法然上人ゆかりの寺 瑞光寺:風情が漂う茅葺本堂 清涼院:尾張徳川初代藩主生誕の地 石峯寺:伊藤若冲ゆかりの寺 大善寺(伏見六地蔵):京都六地蔵巡り 醍醐寺:世界遺産 西国三十三所観音霊場第11番 誕生寺:道元生誕の地…

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法泉寺 (京都市西京区)

2018年9月4日の台風21号は京都のお寺にも 相当の被害をおよぼし、法泉寺の木々門多く倒れ、 その始末中の訪問であった。 法泉寺の地蔵菩薩像は、元は阿弥陀如来像の頭を 地蔵菩薩の頭に据え替えられた地蔵尊で、 化身地蔵尊と呼ばれている。 <京都市西京区のお寺一覧> (1)寺名:法泉寺(ほうせんじ) (2)住所:京…

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西教寺 (滋賀県湖南市西寺)

滋賀県湖南地域に位置する金勝山(栗東市)、 阿星山(湖南市)、飯道山(甲賀市) は金粛菩薩(良弁僧正)の霊地といわれ、 阿星山の山麓には<阿星山五千坊>と呼ばれた 天台仏教圏が平安時代に築かれたといわれている。 その中で、常楽寺(湖南市西寺)と長寿寺 (湖南市東寺)が2大寺として残り、湖南三山を 形成している。 その常楽…

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念仏院 (奈良県葛城市) 當麻寺塔頭

當麻寺には、真言宗の塔頭が5ヶ寺、浄土宗の塔頭が8ヶ寺ある。 東塔近くの高台に建つ念仏院は浄土宗の塔頭で、本尊に善導大師を 祀っている。 浄土宗のお寺の本尊は阿弥陀如来が一般的で、善導大師を本尊 とするお寺は珍しい。 善導大師は中国唐の僧で、浄土思想を確立し、日本では法然上人や 親鸞聖人に大きな影響を与え、浄土宗・浄土真宗の…

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京都市中京区・下京区・南区のお寺  

<京都市中京区> 革堂(行願寺):西国三十三所観音霊場第19番 神泉苑:平安京の禁苑 壬生寺:新撰組ゆかりの寺 蛸薬師堂:蛸薬師伝説 誓願寺:浄土宗西山深草派総本山   長仙院:誓願寺塔頭   大善寺:大善寺寄席 本能寺:織田信長終焉の寺 天性寺:子宝祈願の弁財天 矢田寺:代受苦地蔵 誠心院:和泉式部ゆかり…

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観音寺 (兵庫県豊岡市日高町)

県道259号を観音寺川に沿って左折し、田畑の中を山沿いの観音寺集落 へ入る。 <県指定文化財観音寺仁王門>の標識に従って,集落の細い道を進むと 仁王門が現れる。 仁王門を潜り山裾に至ると、登りの参道が観音寺山山腹に待っている。 集落、川、山と観音寺名がついた、まさしく観音寺の由緒を物語る風景である。 観音寺は749年開創…

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大阪府堺市のお寺一覧

家原寺(堺市):行基の生誕地 南宗寺(堺市):千利休ゆかりの寺 専称寺(堺市):水牽如来 法道寺(堺市):貴重な<重文>食堂 海会寺(堺市):<重文>本堂・庫裡一体のお堂 妙国寺(堺市):推定樹齢1100年のソテツ 高倉寺宝積院(堺市):行基創建49ヶ院 感応寺(堺市):大坂三大妙見山 法雲寺(堺市):黄檗宗伽藍 中仙…

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成就寺 (大阪府堺市)

成就寺を菩提寺としている橘屋又三郎と芝辻長佐衛門は、 鉄砲本格生産の先駆けとして、堺を鉄砲生産の拠点とした 人物である。 橘屋又三郎は、種子島に渡り、鉄砲製造技術を習得し、 堺に戻って鉄砲生産販売をした商売人で、一方、 芝辻長左衛門は紀伊根来にあって、津田監物が 持ち帰った鉄砲の複製を作った鍛冶人で、後に堺へ移り 鉄砲製造…

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永養寺 (京都市下京区)

永養寺の開創は不詳であるが、下京区高辻通西洞院西入る に位置する永養寺町に開創され、1481年再興され、 豊臣秀吉の京都改造計画によって寺町が形成され、 1585年現在の寺町に移っている。 永養寺町といえば、曹洞宗開祖の道元禅師が病の療養の ために永平寺から京へ戻り、弟子の屋敷に滞在後亡く なった地である。 永養寺本尊…

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福照寺 (滋賀県甲賀市水口町)

水口町貴生川の山麓に、本堂と収蔵庫のみが建つ福照寺 には、重要文化財に指定されている金剛界大日如来坐像 が本尊として祀られ、臨済宗のお寺では珍しい本尊である。 これも、古は天台宗のお寺であったが、江戸時代に 臨済宗になった経緯がある。 風景は収蔵庫が目立ち、これといった趣はない。 <滋賀県湖南地域のお寺一覧> (1…

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無量寺 (和歌山県かつらぎ町)

阿弥陀堂だけが建つ無量寺の前を、古の南海道が通って いたといわれているが、現在はその姿を見ることは できない。 飛鳥・奈良時代の五畿七道の一つ南海道は、大和から 紀ノ川北岸を加太~淡路島~四国と通ずる道で、万葉集 にも詠まれているが、現在そのルートは不確かな部分が 多い。 和歌山県観光連盟では、<南海道を歩く>企画において…

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尼寺廃寺跡 (奈良県香芝市) 白鳳時代の古代寺院跡

尼寺廃寺跡は尼寺廃寺跡公園として整備されており、その公園内に 尼寺廃寺跡学習館が設置されている。 訪れる際には、学習館を目指せばよい・ 尼寺廃寺は、1991~2000年の発掘調査によって全貌がほぼ解明され、 多くの出土品も出ている。 何と言っても、塔心礎の巨石で、現存する日本最大の塔心礎である。 また、その心礎から耳管や水晶…

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浄安寺 (兵庫県姫路市夢前町)

戦国時代の播磨守護大名であった赤松氏に、婿養子として入って守護を 継承した赤松義村は、守護代の浦上村宗との抗争に敗れて、1521年 亡くなっている。その菩提を弔うために長男の赤松晴政が開創したのが 浄安寺といわれている。 現在、浄安寺に安置されている供養塔は義村の供養塔といわれているが、 供養塔の銘に刻まれた<永正15年(15…

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