法泉寺 (大阪府羽曳野市)

日本最古の街道といわれる竹内街道に面して、かっての野中寺南大門が 建ち、街道を挟んで野中寺別院が建っていたといわれている。 竹内街道は、現在の堺市~羽曳野市~二上山南麓~葛城市と 河内と大和を結ぶ幹線官道で、幅30mあったといわれている。 また、野中寺は飛鳥時代に聖徳太子の命によって開創された大寺で、 現在もその規模を縮小して…
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法界寺 (京都市中京区裏寺町)

法界寺の建つ裏寺町通は、1591年豊臣秀吉による京都改造計画に よって、寺町通とその裏になる裏寺町通にお寺が集約されて形成された 通りで、明治時代に入ってその中間に新京極通が形成され、繁華街 の中心となった。 しかし、現在でも裏寺町通には多くのお寺が残り、新京極通の 路地裏感がある。 そんな中にあって、こじんまりと建つのが法…
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十楽寺 (滋賀県甲賀市土山町)

鈴鹿峠に差し掛かる国道1号に面して建つ十楽寺は、甲賀三大仏の1ヶ寺で あり、全国的にも珍しい摩耶夫人像が祀られているお寺である。 甲賀三大仏とは、   大池寺(水口町)釈迦如来坐像  櫟野寺(甲賀町)薬師如来坐像   十楽寺(土山町)阿弥陀如来坐像 摩耶夫人とは、釈迦の生母で、釈迦の生後7日後に亡くなったといわれている。 摩…
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浄福寺 (三重県多気町丹生)

多気町丹生地区は古代から丹生水銀の産地として栄え、江戸時代には 丹生大師(神宮寺)の門前町としても栄えた。 そうした環境の中で、お寺も多く開創され大いに栄えたといわれている。 その中の一寺が浄福寺で、大永年間(1521~28年)に開創されている。 現在の丹生地区は、水銀産出もなく、人口減少の地区となっているが、 丹生大師信仰は…
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行福寺 (愛知県豊田市) 桜の名所

豊田市の桜の名所に挙げられている行福寺は、北に田畑が広がり、南に 住宅地が広がる住農地帯に建っている。 私の訪問は1月で、広い境内の随所に配された、シダレ桜やソメイヨシノが 開花した風景は残念ながら見られなかったが、その風景を想像してみた。 特に、シダレ桜は樹齢250年以上といわれる名木である。 この桜の維持管理には大変なご苦…
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もくもく探索日誌 2019年6月25日 但馬丹波

北近畿豊岡道・日高神鍋高原ICを7時半に出る。 北近畿豊岡道が延伸され、但馬へのアクセスがより便利になった。 今日は豊岡市と、市名が変更されたばかりの丹波篠山市の未知の お寺を巡る。 ほとんどのお寺が山麓または中腹に建つお寺で、新緑から深緑へ 変わる風景を楽しむ。                        玄武洞 …
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長福寺 (岐阜県多治見市) 不動信仰

多治見市街地にあって、県道16号を挟んで本土神社が建つ弁天町に 長福寺が建つ。 長福寺は明治維新までは、本土神社の神宮寺で神仏習合のお寺であり、 神社であった。 長福寺の開創は1330年と伝えられ、多治見市では古刹になり、真言宗 唯一のお寺である。 多治見市では、臨済宗の禅寺がほとんどを占めている。 長福寺の本尊は聖観…
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勝満寺 (富山県小矢部市)

建永の法難(1207年)により、法然上人は讃岐へ、親鸞聖人は越後へ 配流となった。 親鸞聖人が北陸を経て、越後に入る間に、各地で聖人に帰依した人や お寺があったと伝えられ、その中に勝満寺の前身といわれる安居寺の 僧坊住職が帰依し、後に浄土真宗の勝満寺となったといわれている。 その後、浄土真宗の大寺として活動し、越中一向一揆の拠…
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本福寺 (三重県志摩市) 志摩国七福神

英虞湾に面する立神(たてがみ)地区の内陸部にあって、円空仏が祀られて いる少林寺の隣に建つのが本福寺である。 本福寺は、志摩国七福神巡りの一つで、福禄寿と寿老人が祀られている。 各地に七福神巡りはあるが、1ヶ所で二神の札所は珍しい。 志摩国七福神は鳥羽市と志摩市にわたる霊場である。 本福寺の開創は不詳であるが、室町時代には…
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十念寺 (愛知県刈谷市) 刈谷藩主土井氏の菩提寺

名鉄刈谷市駅近くにあって、刈谷城跡にも近い市街地に建つ十念寺 には、刈谷藩主土井氏の廟所と、幕末に明治維新の魁となった天誅組の 総裁・松本奎堂の墓が同居している時代の流れを感じる。 刈谷藩主土井氏は徳川幕府の譜代大名であり、土井氏の祖土井利勝 は家康~家光の幕閣として重きをなした大名であり、それから 250年後の刈谷藩士松本奎…
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広福寺 (岐阜県関市)

関市街地の中心部に位置する安桜山(あさくらやま152m)の西~南麓には、 7ヶ寺のお寺が甍を並べている。 その中にあって、長い参道を山に向かって歩むと,広福寺の伽藍全景が 目に飛び込んでくる。 山門を入ってすぐ左手に、上部が失われたギンモクセイが気になる姿で 迎えてくれる。 この古木は推定樹齢が300年といわれ、最近の台風で…
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瑞祥寺 (福井県大野市) 寺町通南端

最近<天空の城>として脚光を浴びている越前大野城は、1575年織田信長 による一向一揆平定に伴い、家臣の金森長近が大野に入り、大野城の築城 を開始すると同時に、碁盤目の城下町形成に着手している。 大野城の完成は1580年頃といわれ、城下町の形成はそれ以降も続いた。 この城下町形成当初から、城下町の東端に、南北に通ずる寺町を形成す…
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越中国分寺 (富山県高岡市)

奈良~平安時代において、地方の行政組織として国庁が各国(66ヶ国)に 置かれ、国司が政務を司ったが、こうした国庁を中心とした都市を国府と 呼び、越中国の国府は、現在の高岡市伏木にあり、741年聖武天皇の 詔により建立された越中国分寺も伏木に建立された。 746年国司として越中に5年間赴任した大伴家持にちなんで、伏木は 万葉集の…
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甘露寺 (三重県南伊勢町)

<南海トラフ巨大地震>が30年の間に発生する確率は70~80%といわれる 昨今、江戸時代1707年に発生した宝永地震がこれに匹敵する地震であった。 この宝永地震による津波で、現在の南伊勢町古和浦集落の85名が亡くなった といわれ、その時に建てられた宝永津波供養碑<三界萬霊碑>が甘露寺に 残されている。 こうした供養碑を通して、…
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もくもく探索日誌 2019年6月18日 三重県多気周辺

伊勢道勢和多気ICを8時前に出る。 今日は多気町~度会町~玉城町と多気IC周辺の未知寺院を巡る。 この地域は低い山の間に田畑や茶畑が広がり、櫛田川や宮川の 中流域となっている。 あじさいの見頃で、あちこちのお寺で見頃を楽しむ。                       西導寺にて                  …
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在原寺 (愛知県知立市)

伊勢物語の東下りの段で記されている<八橋>が知立市八橋町の地 として知られ、伊勢物語のモデルが在原業平ではないかといわれること からも、八橋町は在原業平とカキツバタの町となっている。 業平の<かきつばた>の五字を詠い込んだ歌 <から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思ふ> 業平が東下りした事実はないと…
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林泉寺 (静岡県吉田町) 長藤

模擬天守の小山城に近い地に建つ林泉寺は、藤の季節になると参拝者が 増えるお寺で、こじんまりとした禅寺である。 ここの藤は1967年に、牧之原市東光寺の長藤の芽を接木したもので、 <林泉寺の長藤>と呼ばれている。 東光寺の長藤は、1915年磐田市行興寺の<熊野(ゆや)の長藤>の 苗木を移植したものといわれ、林泉寺のそれは孫にあた…
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岐阜市のお寺 (岐阜県岐阜市)

岐阜市のお寺一覧 法華寺(三田洞):美濃三弘法 護国之寺(雄総):東大寺創建にゆかりの寺 大龍寺(粟野):ダルマ観音 済法寺(粟野西):7体の文化財仏像 願成寺(大洞):中将姫ゆかりの寺 延算寺(岩井):小野小町ゆかりの寺 正法寺(大仏町):岐阜大仏 瑞龍寺(寺町):美濃守護・土岐氏の菩提寺 西本願寺岐阜別院(西野…
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済法寺 (岐阜県岐阜市)

岐阜市北部、山県市との境にあって、如来ヶ岳の南麓に建つのが済法寺で ある。当初、如来ヶ岳山頂に、861年仁覚大師円仁が天台宗のお寺として 開創したと伝えている。 保元年間(1156~59年)に現在地に移り、慶長年間(1596~1615年) に臨済宗として再興されている。 古い歴史を持つことから、7体の仏像が岐阜県文化財に指定さ…
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関東甲信越のお寺

関東甲信越の訪問はこれからといえる。 群馬県は念願の訪問を果たした。 千葉県のお寺 鎌倉市のお寺 山梨県のお寺 長野県のお寺 新潟県のお寺 <茨城県> 西念寺(笠間市):親鸞聖人ゆかりの寺 楞厳寺(笠間市):姫春蝉の発生地 楽法寺<雨引観音>(桜川市):坂東三十三観音霊場第24番 小山寺<富…
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照光寺 (長野県岡谷市) 岡谷の名刹

夕闇迫る頃に訪れ、照光寺境内を拝観し、裏山に登って岡谷市街地、諏訪湖、 その向こうに雲に見え隠れする八ヶ岳を望む。 もう少し時間があればと、急いで境内を巡る。 特に、二重塔の<蚕霊供養塔>の建立経緯に興味を持った。 1934年、岡谷の製糸工場は不況に見舞われた時期に、製糸関係者が 蚕の霊を弔い、製糸業の発展を祈願して、蚕霊供養…
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京都丹後のお寺

天橋立を中心として観光と<冬のかに>の丹後には古刹・名刹が 多くあるが、その中のいくつかを紹介 <舞鶴市>  松尾寺:西国三十三所観音霊場第29番  円隆寺:<重文>三体本尊  金剛院:自然環境と一体となった<重文>三重塔  多禰寺:丹後地方の最古刹  瑠璃寺:細川幽斎ゆかりの枝垂桜  桂林寺:丹後の曹洞宗名刹  …
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妙法寺 (京都府舞鶴市西)

西舞鶴の西方、愛宕山の東麓に8ヶ寺が甍を並べるお寺にあって、唯一の 日蓮宗寺院で、朱色の山門を構えるのが妙法寺である。 妙法寺は、元亀年間(1570~73年)日賢が草庵を築いたのが始まりで、 慶長年間(1596~1615年)、田辺(舞鶴)城主・細川幽斎の訪問を 受け、土地の提供を受けて伽藍が整備されたといわれている。 細川幽斎…
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天龍寺 (福井県永平寺町) 芭蕉塚

<奥の細道>紀行で、芭蕉は金沢から同伴した立花北枝と共に、知り合いの 大夢和尚を訪ねて、ここ松岡の天龍寺に宿を取り、永平寺にも参拝している。 天龍寺を出発するにあたり、北枝の同伴に感謝し、句を詠み別れている。 その句が<物書て扇引さく余波哉> これは1689年初秋のことである。 1844年になって、芭蕉の150回忌に、松岡の俳…
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願成寺 (石川県加賀市大聖寺) 浄土真宗の古刹

浄土系宗派のお寺が集まる加賀市大聖寺市街地にあって、山門が一際目立つ 願成寺は、1377年,現在の茨城県石岡市柿岡町から大聖寺荻生町へ 移ってきたと伝えられ、蓮如上人の時代には重要な拠点として大いに 栄えたといわれている。 17世紀初頭の本願寺東西分立に伴い、真宗大谷派の願成寺が現在の 鍛冶町へ、浄土真宗本願寺派の願成寺(現在…
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大栄寺 (富山県氷見市)

富山湾の青い海と白雪を戴いた立山連峰の姿を期待して、氷見市小境海岸に 立ったが、残念ながら立山連峰には雲が。 この海岸に面して建つのが大栄寺である。 ここを訪れたのは、南北朝時代に南朝方の活動皇族として名を馳せた 宗良親王(むねよししんのう)が、このお寺で剃髪したと伝えられている 由緒があるから。 長野県大鹿村大河原の福徳寺…
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清巌寺 (島根県松江市玉造温泉) おしろい地蔵

観光地松江や出雲の宿泊温泉となっている玉造温泉は、奈良時代に 開かれた日本最古類の温泉として、また<美肌の湯>としても知られ、 山陰の名湯である。 玉湯川の両側に温泉街が建ち並び、そこを抜けて200mほどの 左側に清巌寺が建つ。 清巌寺の開創は16世紀初期といわれているが、詳細は不詳である。 1637年清巌寺として再興され、…
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見性寺 (熊本県熊本市中央区)

国道3号と熊本電鉄に挟まれた坪井地区に建つ見性寺は、江戸時代末期 の熊本藩家老・長岡監物の菩提寺である。 長岡監物は攘夷論者で、西郷隆盛などと交流があったが、藩政改革で 藩内対立が生じ、一旦家老を辞している。 その後復帰しているが、班内対立は消えず、47歳で亡くなっている。 江戸時代末期における大きなうねりの中にあって、熊本藩…
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西江寺 (広島県三次市)

三次旧市街地の北に、半円形の姿を見せる比熊山南麓には5ヶ寺のお寺が 並んでいるが、その東端に建つのが西江寺である。 西江寺の由緒は古く、奈良時代に遡る。 8世紀中頃、奈良の公卿・恵美押勝(藤原仲麻呂)が三次市畠敷の比叡尾山麓 に、高源寺として開創したのが始まりと伝えられるが、詳細は不詳である。 その後、三次の豪族三吉氏によって…
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大谷寺 (京都府宮津市) 黒不動

天橋立の展望台として馴染みのある笠松公園へのケーブル左脇に、 参道が続き、途中に大谷寺本坊があり、その先に本堂が建っている。 この本堂からも天橋立を望むことができるが、笠松公園からの 眺望がはるかに勝っている。 大谷寺は、718年現在の京都市伏見区醍醐から現在地に移されたと 伝えられ、中世には丹後一宮籠神社の別当寺として大いに…
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西来寺 (岡山県新見市) 新見藩主の菩提寺

岡山県西北部にあって、高梁川の上流が流れる新見市の基礎を築いた のは、1697年初代新見藩主となった関長治である。 長治は津山藩主森氏の一族で、関氏の養子となっている。 長治は農業・商業の育成に努め、新見の基礎を固め現在の新見がある。 しかし、山間部にあって人口減少が続き、1950年代から半減している。 1698年長治は風…
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潮音寺 (徳島県徳島市) モラエスの墓所

眉山山麓にあって、阿波おどり会館に向かって右手に、一つの堂宇と 墓地だけがあるのが潮音寺である。 この墓地に、ポルトガル外交官モラエスの墓がある。 1899~1913年ポルトガル神戸領事館で総領事を務めた後、亡き妻・ヨネの 故郷徳島市に移り、後妻にコハルを迎え住んだが、コハルに先立たれ、 その後は、一人住まいの<変な外国人>と…
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當麻寺西南院 (奈良県葛城市) 関西花の寺霊場第21番

當麻寺といえば、何と言っても双塔(東塔、西塔)の造る風景であろう。 その双塔を見る風景には、一つは當麻寺境外からの遠望、一つは 西南院みはらし台からの近望ではないだろうか。 西南院庭園入口の小高い処に造られた、みはらし台からの双塔風景は 種々のパンフレットなどに使われている。 西南院のもう一つの見どころは、四季折々の花咲く…
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常楽寺 (兵庫県加古川市東神吉町) 神吉城跡

加古川市には常楽寺が3ヶ寺(上荘町、東神吉町、加古川町)あり、どれも 由緒あるお寺である。 ここで取り上げる東神吉町常楽寺は<神吉(かんき)の常楽寺>と呼ばれ、 南北朝時代~1578年まで続いた神吉城の城跡に建っている。 城主の神吉氏は、播磨守護大名赤松氏の一族で、神吉地域を統治し、 1578年秀吉指揮の織田信長軍に滅ぼされる…
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大林寺 (大阪府松原市)

松原市を北上し大和川に合流する西除川の右岸に、こじんまりと建つのが 大林寺であるが、そこに祀られている十一面観音が、この地域を物語る 貴重な仏像として信仰されている。 西除川の対岸に布忍神社が建つが、この神社を鎮守社としていた大寺・ 永興寺(布忍寺)が、明治時代初期の神仏分離によって廃寺となり、その 本尊十一面観音を含む寺宝が…
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もくもく探索日誌 2019年6月2日 氷見、高岡市

氷見市のホテルを7時半に出る。 今日は氷見市、高岡市を巡るが、立山連峰が薄っすらと見える。 写真に写るかどうか。 氷見市の朝日山、高岡市の二上山にも登って立山連峰を望めたら。                        雨晴海岸                        立山連峰              …
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妙長寺 (京都府京丹後市久美浜町)

久美浜湾から東へ1kmほど入った山間部に位置する平田集落の、 小高い処に建つ妙長寺へは石段参道が続く。 境内は狭く、茅葺屋根を覆ったトタン葺きの本堂が目の前に迫ってくる。 この本堂は、京都府暫定登録文化財に指定されている。 京都府指定の文化財には、  京都府指定文化財、京都府登録文化財、京都府暫定登録文化財の 3種類があるが…
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浄観寺 (滋賀県甲賀市信楽町)

私の陶芸材料の仕入先は信楽の陶芸ショップで、そのショップにほど近く、 窯元が集まるろくろ坂に建つのが浄観寺である。 信楽焼は日本六古窯(越前焼、瀬戸焼、常滑焼、信楽焼、丹波焼、備前焼) に数えられ、いまや狸のやきもので有名な窯場となっている。 窯場を巡る散策路も信楽観光の目玉になっているが、そのルートに 建つ浄観寺は、これとい…
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 もくもく探索日誌 2019年6月1日 富山県西部

北陸道砺波ICを8時に出る。 久しぶりの富山県訪問となる。砺波市~南砺市~小矢部市を巡り、氷見市の ホテルに宿泊。ホテルでこの記事を書く。 残念ながら立山連峰は雲に隠れ見えず。                        散居村                         庄川               …
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當麻寺中之坊 (奈良県葛城市)

當麻寺仁王門を入り、二上山を借景とした広い境内を進むと、<⇐中之坊>の 大きな看板が目に飛び込んでくる。 長屋門形式の山門を入ると、目の前に芭蕉句碑が立っている。 <僧朝顔幾死に返る法の松> 芭蕉は何度か當麻寺を訪れたといわれている。 庫裡で入山料500円を払い、中将姫が剃髪したと 伝わる本堂を参拝し、庭園に入る…
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