吸谷廃寺跡、慈眼寺 (兵庫県加西市) 古代寺院跡

加西市西部の田畑から山間部に入る位置にある吸谷町へ入り、 吸谷町公会堂へ来ると、裏側に慈眼寺の観音堂が建っている。 この慈眼寺も現在は廃寺で、その開創などは不詳である。 この一帯に、7世紀後半に建立されたと推定される法隆寺式伽藍配置を 持った古代寺院が、鎌倉時代まで健在であったと推定されている。 加西市の3度にわたる発掘調査で…

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小山善光寺 (大阪府藤井寺市) 元善光寺

藤井寺市の城山古墳の南方・小山に建つ小山善光寺には、信濃善光寺の 本尊・一光三尊仏にまつわる伝承がある。 本田善光が難波の堀江で拾った一光三尊仏を持って信濃への帰途、 河内小山の隆聖法師の家に宿泊した折に、法師からその三尊仏を ここに祀りたいといわれ、困って二人そろって念仏したところ、 三尊仏が2体の三尊仏となり、一体を法師が…

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海蔵寺 (京都府京丹後市網野町) 琴引浜

1930年与謝野晶子が読んだ和歌 <松三本 この陰にくる 喜びも 共に音となる 琴引の浜> この琴引浜は、中央部の太鼓浜から西部、東部の三区画から成る 1.8kmの砂浜で、鳴き砂としては日本屈指の砂浜である。 この琴引浜近くに建つのが海蔵寺である。 海蔵寺は、長和年間(1012~17年)琴引浜に隣接する地に開創されたと 伝え…

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光明寺 (滋賀県甲賀市甲賀町)

三重県伊賀市との県境にあって、周囲をゴルフ場に囲まれた五反田集落に 建つのが光明寺である。 集落からは鈴鹿山系を望む山間田園地帯である。 光明寺の開創は不詳であるが、、観音堂に祀られている重要文化財の 十一面観音立像がお寺を知らしめている。 甲賀市は仏像文化財の宝庫であり、重要文化財に指定された仏像は 50体を超える仏教文化…

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高野山のお寺

和歌山県高野山のお寺紹介 高野山総括 金剛峯寺:高野山真言宗総本山 世界遺産 壇上伽藍:真言密教根本道場の中心 世界遺産 奥の院と参道1:弘法大師信仰の霊地 世界遺産 奥の院と参道2:弘法大師信仰の霊地 世界遺産 高野山の風景 宝寿院:大本山 勧学院:修学・修行の道場 金剛三昧院:高野山子院(宿坊) <国宝>多宝塔…

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宝寿院 (和歌山県高野町高野山) 大本山

高野山壇上伽藍の北西に建ち、総本山金剛峯寺に災害など不測の事態が 生じ、その機能を果たせなかった場合に、代わってその機能を果たす 塔頭で、大本山の寺格を有している。 現在は、高野山専修学院を併設し、高野山真言宗の僧侶育成を行っている。 宝寿院は1016年開創された無量寿院が始まりで、1913年に宝寿院と なっている。 <…

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興勝寺 (京都府京丹後市大宮町)

新しく開通した野田川大宮道路の終点・京丹後大宮インターは京丹後市 大宮町森本にあるが、そこを出て間近の森本集落の山麓に建つのが 興勝寺である。 このお寺は、戦国時代の永禄年間(1558~70年)、地元の森本城主 成吉越中守(大江越中守)の帰依を受けて開創され、成吉越中守の菩提寺と なったと伝えられている。 当時の成吉越中守の…

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高照寺 (奈良県曽爾村)

6年前に曽爾村(そにむら)の欣祐寺を訪れて以来の曽爾村となる。 東吉野村から御杖村へ入る国道369号を走り、曽爾村へ入った高台に 立つ高照寺に立ち寄った。 五色椿のスポットとして紹介されていた記事に触れての訪問となったが、 訪問日は椿の季節外れの10月で、椿の古木のみの鑑賞となった。 すぐ近くに屏風岩があることを思い出した。 …

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江国寺 (兵庫県洲本市) 洲本城代稲田氏の菩提寺

洲本の寺町8ヶ寺の中にあって、最も大きな本堂を擁し、淡路島では珍しい 禅寺といえるのが江国寺である。 江国寺は、1613年池田忠雄が洲本藩主となると、由良城の築城と同時に 開創された。1615年に徳島藩主蜂須賀氏が淡路島を治め、1631年 由良から洲本に城を築きなおし、城下町の整備を開始した。 それに伴い、江国寺も洲本の現在地…

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観音寺 (大阪府柏原市) 古代寺院智識寺

柏原市太平寺のブドウ畑が広がる丘陵に、静かに建つのが観音寺である。 観音寺は、7世紀後半に建立されたと伝える智識寺の法灯を継ぐと いわれ、智識寺の遺物といわれる経机が残されている。 智識寺は、河内六寺(いずれも廃寺)の一つで、聖武天皇が740年訪れ、 そこに祀られていた盧舎那大仏を見て、東大寺大仏の造立を発願したと 伝えられて…

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回向院 (京都市上京区) 長沢芦雪の菩提寺

北野天満宮の参道・御前通に面して建つ回向院は、江戸時代の絵師長沢芦雪の 菩提寺である。 芦雪は丸山応挙の高弟で、<奇想の絵師>と呼ばれ、伊藤若冲・曽我蕭白と 並び立つ絵師で、和歌山県南紀に多くの作品を残している。 その生涯については不詳な所が多いが、その画風は現代人の心を 捉えている。 <京都市北区、上京区のお寺一覧> …

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もくもく探索日誌 2019年5月22日 奈良西大和

朝7時半奈良県王寺町に入る。 今日は西大和地域を巡る。王寺町~香芝市~上牧町~葛城市と 二上山を眺めながらの探索となる。最後は久しぶりの訪問となる 當麻寺を訪れ、その塔頭を全て巡るが、牡丹の季節は終わり、 名残の牡丹に少し触れる。                       當麻寺双塔                …

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十王寺 (滋賀県湖南市) 国宝・長寿寺の本坊

湖南三山(善水寺、長寿寺、常楽寺)の長寿寺に紅葉狩りに訪れた際、 一人の立ち働く僧侶に声をかけると、実は長寿寺山門前に建つ十王寺の 住職であった。 住職の話によると、奈良時代に聖武天皇の勅願により開創された長寿寺 には20数坊の坊舎があったが、その一つが十王寺で、現在も残っている 唯一の坊舎で、現在は長寿寺の本坊として長寿寺を…

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三重県津市、松阪市のお寺

 専修寺(津市):真宗高田派本山 趣のある庭園  慈智院(津市):専修寺塔頭 本堂  四天王寺(津市):聖徳太子創建と伝えるお寺  津観音(津市):日本三観音  蓮光院初馬寺(津市):津の初午  西来寺(津市):天台真盛宗別格中本山  浄明院(津市):津藩主・藤堂家ゆかりの寺  寒松院(津市):津藩主藤堂家の菩提寺  大…

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本宗寺 (三重県松阪市)

1563~64年の三河一向一揆で、一向宗(浄土真宗)の拠点となったのが 三河土呂(現在の岡崎市福岡町御堂山)にあった本宗寺である。 本宗寺は、1468年蓮如上人を開基として石川政康が建立し、三河に おける浄土真宗の本拠となり、寺内町も形成された。 三河一向一揆によって本宗寺は破壊され、住職は松阪に逃れ、櫛田川沿いの 射和の地に…

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千手院 (岐阜県関市) 関鍛冶の祖・元重碑

安桜山(あさくらやま)の西麓に沿ってお寺が並び、その北端に建つのが 千手院である。 門前には、関といえば刃物と浮かぶほど有名な関鍛冶の祖・元重の 顕彰碑が立ち、毎年11月に慰霊祭が行われる。 一説によれば、元重は鎌倉時代に九州から関に来て、刀鍛冶を始めた といわれ、その後の関鍛冶の発展となり、現在の全国刃物生産量の 4割が関…

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もくもく探索日誌 2019年5月18日 京都丹後半島

野田川大宮道路京丹後大宮ICを8時に出る。 丹後半島の山間部と海岸部の未知のお寺を巡る。 あいにくの曇りで、山の新緑と海の青さが今一つの感じとなる。 しかし、丹後半島の風景を満喫するもくもく探索となった。                       興勝寺門前                      興法寺境内から …

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西明寺 (三重県鳥羽市畔蛸町)

鳥羽市南部に位置し、的矢湾に面した畔蛸町(あだこちょう)は世帯数85軒 の漁港町で、民宿など宿泊施設も10軒ほどある。 その漁港に面して建つのが西明寺である。 西明寺は、鎌倉幕府5代執権・北条時頼が出家後諸国を巡ったと伝えられる 中で開創されたと伝えられている。 時頼の戒名は<最明寺道崇>で、各地に時頼開創の最明寺が存在し、 …

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法雲寺 (愛知県瀬戸市) 陶製梵鐘

瀬戸市深川は瀬戸焼の中心地で、瀬戸焼の祖・加藤藤四郎を祀る陶彦神社、 藤四郎ゆかりの深川神社があり、また近くには陶祖公園がある。 こんな中にあって、深川神社の横に建つのが法雲寺である。 法雲寺の歴史は浅いが、ここに安置されている陶製梵鐘がいかにも瀬戸 らしい。 この梵鐘は、1942年の戦時金属回収の一環として、お寺の梵鐘などが…

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霊松院 (岐阜県岐阜市)

岐阜市街地の北郊外にあって、岐阜市で一番高い山である百々ヶ峰(418m) の西麓に建つのが霊松院である。 近くには、弘法大師信仰の篤い三田洞弘法法華寺がある。 静寂に包まれた参道を進むと、左手に西国三十三観音の石仏が祀られ、 杉木立を通して正面に瀟洒な山門が現れる。 境内に歩を入れると、整備された伽藍が建ち、禅宗特有の整理整頓…

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長泉寺 (三重県南伊勢町棚橋竃)

三重県大紀町錦~南伊勢町棚橋竃間の国道260号が整備され、奥志摩の 辺境地といわれた南伊勢町西部が観光地として注目されている。 リアス式海岸が続くこの地域には、かって平家落人伝説の残る<竃>の つく集落が現在も7ヶ所ある。 その内の一つ<棚橋竃>は、南伊勢町の最西部に位置し、古和浦湾に面して いる。 その棚橋竃にあって、国道…

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観音寺 (愛知県春日井市) 伝小野道風生誕地

和様書道の礎を築き、<三跡>と称された小野道風の生誕地と伝承される 春日井市松河戸に建つのが観音寺である。 観音寺の隣には、道風公園があり、その一画に<小野道風像>、<小野社>、 <道風記念館>など道風関係の施設が建っており、観音寺にも道風ゆかりの 寺宝が伝わっている。 整備された環境の中に建つ観音寺は、一際映える風景である。…

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巌泉院 (岐阜県揖斐川町)

滋賀県長浜市木之本町から国道303号経由で八草トンネルを抜けると、 岐阜県揖斐川町坂内地区に入る。 新緑の山あいを坂内川沿いに303号を下ると、坂内広瀬の集落に 入り、国道から山麓に分け入ると、イチョウの大木が見えるのが巌泉院である。 この集落は1200年頃から始まるといわれ、古い歴史を持つが、国道が 開通するまでは辺鄙な山里…

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徳巌寺 (福井県大野市)

明倫町に建つ徳巌寺は、永平寺に次いで第二道場の名刹・宝慶寺の末寺で、 1638年開創と伝えられ、1645年現在地の町人地に移転している。 この周辺には真宗系のお寺が多く集まり、大野城下町形成において、 寺町とは違った配置となっており、そんな中曹洞宗のお寺が混じっている 歴史も興味がある。 現在の徳巌寺は静かな佇まいである。 …

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少林寺 (三重県志摩市) 円空仏

志摩市阿児町立神に建つ少林寺には、近くにあった立神薬師堂から 1878年に移された3体の円空仏が所蔵されている。 円空は1674年志摩へ旅し、ここ立神薬師堂で大般若経を修復し、挿絵 を多く描き、同時に円空仏を残している。 円空の生涯で、残されている書画は少なく、立神薬師堂の大般若経は 貴重な資料となっている。 少林寺は、…

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円福寺 (名古屋市熱田区)

熱田神宮西南、国道1号と伏見通の交差点西南隅に建つのが円福寺である。 古においては、この辺りは<洲崎の浜>と呼ばれ、熱田神宮南まで浜辺が 広がっていたといわれている。 806年伝教大師最澄が熱田神宮に参籠した折に、須崎の浜に毘沙門堂を 建てたのが円福寺の起源と伝えられている。 鎌倉時代末期に比叡山の僧・厳阿が天台宗から時宗に改…

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慶寿寺 (静岡県島田市) 今川氏の菩提寺

島田市大津地区の大草集落の山麓に建つ慶寿寺は、南北朝時代に 駿河今川氏2代目の今川範氏が開創し、菩提寺としたと伝えられている。 今川範氏は南北朝時代の南北争いにおいて、北朝側について足利尊氏 に従い大いに活躍し、大津城を拠点として遠江から駿河へ進出した。 その後、現在の藤枝市に花倉城を築き、そちらへ拠点を移している。 その際に…

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金仙寺 (名古屋市中区) 赤福地蔵

徳川家康が尾張の中心地を清須から名古屋に移し、名古屋城を築城し、 城下町を整備するにあたり、清須からお寺などを移転させ(清須越)、 東寺町、南寺町を形成している。 その清須越で、南寺町に移転したお寺群の一寺が金仙寺である。 元禄年間(1688~1704年)に、町中で瘧(おこり)や熱病が流行った時に、 金仙寺の地蔵尊に牡丹餅を供…

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安養寺 (岐阜県多治見市)

多治見は陶磁器美濃焼の中心地で、かっては東美濃で生産された陶磁器が 多治見に集積され、多治見から木曽川沿いの可児市今渡へ通ずる今渡街道 を使って、木曽川の今渡重蔵湊へ運ばれ、船で下流の桑名へ運ばれた。 多治見駅の北にあって、今渡街道沿いに建つのが安養寺である。 安養寺周辺は整備が進んでおり、道路も拡張されている。 安養寺は…

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観音寺 (長野県塩尻市贄川)

中山道木曾路十一宿の最北の宿場が贄川宿であるが、1930年の大火によって 古い家並はほとんどが焼失し、宿場の面影はほとんどない。 宿場から北西にJRの線路を挟んだ国道19号に面し、山を背に建つのが観音寺で、 806年開創と伝わる古刹である。 木曽谷では真言宗のお寺は珍しく、弘法大師信仰の拠点でもあったとか。 <長野県のお寺…

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台雲寺 (福井県坂井市丸岡町)

丸岡城下に建つ台雲寺、白道寺、高岳寺の3ヶ寺は、1695年丸岡藩主と なった有馬氏が肥前島原半島を本拠とした頃の戦国時代に、有馬氏の 菩提寺として開創されている。 3ヶ寺は、有馬氏が肥前日野江藩主~延岡藩主~糸魚川藩主~丸岡藩主と 転々と移る度に、藩主と共に移っている。 台雲寺の開創は不詳であるが、有馬氏が島原半島に開創したと…

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京都市北区・上京区のお寺一覧

<京都市北区> 金閣寺(鹿苑寺):世界遺産 大徳寺:臨済宗大徳寺派大本山  <大徳寺塔頭>  興臨院:加賀藩主前田家の菩提寺  高桐院:細川三斎とガラシャ夫人の菩提寺 通常公開  大仙院:大徳寺北派本庵  通常公開  芳春院:加賀藩主前田利家の妻まつの菩提寺  龍源院:大徳寺南派本庵 通常公開  真珠庵:一休禅師の…

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来光寺 (京都市北区) 大徳寺境外塔頭

臨済宗大徳寺派大本山・大徳寺の塔頭は24ヶ寺を数えるが、その内 2ヶ寺が境外塔頭(雲林院、来光寺)であり、来光寺は明治時代以降に 塔頭に編入されている。 来光寺の開創は不詳であるが、江戸時代前期に再興され、今宮神社の 参道に面して建っている。非公開である。 <京都市北区、上京区のお寺一覧> (1)寺名:来光寺(らいこ…

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称名寺 (石川県小松市)

称名寺は、鎌倉時代初期に現在の能美市赤井町に、佐々木盛綱によって 開創された念仏道場が始まりと伝えられている。 佐々木盛綱は、源頼朝が伊豆に流された頃からの家臣で、頼朝が 1199年亡くなると出家し、その後親鸞聖人に帰依して、越前に折立称名寺、 加賀に赤井称名寺の道場を開いたと伝えられている。 赤井称名寺は寛永年間(1624~…

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もくもく探索日誌 2019年5月5日 中美濃

岐阜県関市のホテルを朝7時出発。 関市内~美濃加茂市の未知のお寺を巡る。 帰りは渋滞が予想されるので、朝早くから廻り、正午には帰途につく予定。 関市内は、移動に時間を取られずスムーズに廻れた。 関市街地はシャッター街となっており、寂しい限りだ。 万歩計9千歩。 もくもく探索満足度は60点。               …

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栖岸寺 (鳥取県鳥取市) 双盤念仏

鳥取市湖山町の住宅地に建つ栖岸寺はどこにでもある普通のお寺であるが、 このお寺に350年以上伝わる<双盤念仏>が貴重な無形民俗文化財として 指定されている。 1656年回向法要の際に、念仏を唱えながら双盤鐘を撞木で叩き、 本尊阿弥陀如来に奉納したのが始まりといわれ、3年に一度4月に 行われている。 双盤念仏は1495年京都真…

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もくもく探索日誌 2019年5月4日 西美濃

北陸道木之本ICを7時に出る。 国道303号経由で岐阜県揖斐川町へ向う。 前回の探索(4月20,21日)は南伊勢の海岸沿いを巡ったが、今回は 西美濃の新緑に満ちた山間部を巡る。国道303号は整備されており、 快適なドライブとなった。 揖斐川町~山県市と巡って、関市のホテルを急遽予約を入れるとOK。 連休中のこともあり、無理か…

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明徳寺 (熊本県天草市)

熊本県天草、長崎県島原一帯は、天草・島原の乱(1637~38年)に象徴 されるキリシタン弾圧が苛烈を極めた地域であり、またそんな中で潜伏 キリシタンが生きながらえた歴史を持ち、世界遺産にも登録されている。 天草・島原の乱後、天草初代代官となった鈴木重成は教会の破却や 仏教によって天草の再興を図った。 その一環として、城山に明徳…

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安楽寺 (滋賀県野洲市)

1568年織田信長と戦って落城した市三宅城跡近くに建つ安楽寺は、 1534年それまでの天台宗寺院を再興し三宅氏の菩提寺であったと 伝えられている。 この安楽寺に伝わる阿弥陀如来坐像、聖観音立像は共に重要文化財 で、その由来はいかに。 滋賀県にはこうした貴重な仏像が、何気ないお寺に伝わっており、 興味が尽きない。 <滋賀…

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専教寺 (広島県府中市上下町) 芭蕉句碑

上下町は江戸時代、石見銀山から瀬戸内海への銀山街道の宿場町として 栄え、徳川幕府直轄の天領で、両替商などが多かった。 そうした環境の中で、18世紀末頃俳人芭蕉の100回忌を迎える頃、 この上下町にも風葉などの俳諧好みを中心に上下俳諧と呼ばれた 一派が生れた。 そんな中に専教寺住職も加わり活動し、文化年間(1804~18年)に …

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両山寺 (岡山県美咲町) 吉備高原の名刹

岡山県中部の吉備高原にある二上山(689m)頂上近くに建つのが 名刹両山寺である。 国道53号から8kmほど山あいを登った典型的な山岳寺院であり、 かっては山岳密教の道場として大いに栄え、多くの僧坊が建っていたと いわれている。 戦国時代、尼子氏と毛利氏の覇権争いによる兵火で灰燼と化し、 その後の再興にもかっての繁栄は戻らな…

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