長泉寺 (三重県南伊勢町棚橋竃)

三重県大紀町錦~南伊勢町棚橋竃間の国道260号が整備され、奥志摩の 辺境地といわれた南伊勢町西部が観光地として注目されている。 リアス式海岸が続くこの地域には、かって平家落人伝説の残る<竃>の つく集落が現在も7ヶ所ある。 その内の一つ<棚橋竃>は、南伊勢町の最西部に位置し、古和浦湾に面して いる。 その棚橋竃にあって、国道…

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観音寺 (愛知県春日井市) 伝小野道風生誕地

和様書道の礎を築き、<三跡>と称された小野道風の生誕地と伝承される 春日井市松河戸に建つのが観音寺である。 観音寺の隣には、道風公園があり、その一画に<小野道風像>、<小野社>、 <道風記念館>など道風関係の施設が建っており、観音寺にも道風ゆかりの 寺宝が伝わっている。 整備された環境の中に建つ観音寺は、一際映える風景である。…

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巌泉院 (岐阜県揖斐川町)

滋賀県長浜市木之本町から国道303号経由で八草トンネルを抜けると、 岐阜県揖斐川町坂内地区に入る。 新緑の山あいを坂内川沿いに303号を下ると、坂内広瀬の集落に 入り、国道から山麓に分け入ると、イチョウの大木が見えるのが巌泉院である。 この集落は1200年頃から始まるといわれ、古い歴史を持つが、国道が 開通するまでは辺鄙な山里…

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徳巌寺 (福井県大野市)

明倫町に建つ徳巌寺は、永平寺に次いで第二道場の名刹・宝慶寺の末寺で、 1638年開創と伝えられ、1645年現在地の町人地に移転している。 この周辺には真宗系のお寺が多く集まり、大野城下町形成において、 寺町とは違った配置となっており、そんな中曹洞宗のお寺が混じっている 歴史も興味がある。 現在の徳巌寺は静かな佇まいである。 …

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少林寺 (三重県志摩市) 円空仏

志摩市阿児町立神に建つ少林寺には、近くにあった立神薬師堂から 1878年に移された3体の円空仏が所蔵されている。 円空は1674年志摩へ旅し、ここ立神薬師堂で大般若経を修復し、挿絵 を多く描き、同時に円空仏を残している。 円空の生涯で、残されている書画は少なく、立神薬師堂の大般若経は 貴重な資料となっている。 少林寺は、…

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円福寺 (名古屋市熱田区)

熱田神宮西南、国道1号と伏見通の交差点西南隅に建つのが円福寺である。 古においては、この辺りは<洲崎の浜>と呼ばれ、熱田神宮南まで浜辺が 広がっていたといわれている。 806年伝教大師最澄が熱田神宮に参籠した折に、須崎の浜に毘沙門堂を 建てたのが円福寺の起源と伝えられている。 鎌倉時代末期に比叡山の僧・厳阿が天台宗から時宗に改…

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慶寿寺 (静岡県島田市) 今川氏の菩提寺

島田市大津地区の大草集落の山麓に建つ慶寿寺は、南北朝時代に 駿河今川氏2代目の今川範氏が開創し、菩提寺としたと伝えられている。 今川範氏は南北朝時代の南北争いにおいて、北朝側について足利尊氏 に従い大いに活躍し、大津城を拠点として遠江から駿河へ進出した。 その後、現在の藤枝市に花倉城を築き、そちらへ拠点を移している。 その際に…

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金仙寺 (名古屋市中区) 赤福地蔵

徳川家康が尾張の中心地を清須から名古屋に移し、名古屋城を築城し、 城下町を整備するにあたり、清須からお寺などを移転させ(清須越)、 東寺町、南寺町を形成している。 その清須越で、南寺町に移転したお寺群の一寺が金仙寺である。 元禄年間(1688~1704年)に、町中で瘧(おこり)や熱病が流行った時に、 金仙寺の地蔵尊に牡丹餅を供…

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安養寺 (岐阜県多治見市)

多治見は陶磁器美濃焼の中心地で、かっては東美濃で生産された陶磁器が 多治見に集積され、多治見から木曽川沿いの可児市今渡へ通ずる今渡街道 を使って、木曽川の今渡重蔵湊へ運ばれ、船で下流の桑名へ運ばれた。 多治見駅の北にあって、今渡街道沿いに建つのが安養寺である。 安養寺周辺は整備が進んでおり、道路も拡張されている。 安養寺は…

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観音寺 (長野県塩尻市贄川)

中山道木曾路十一宿の最北の宿場が贄川宿であるが、1930年の大火によって 古い家並はほとんどが焼失し、宿場の面影はほとんどない。 宿場から北西にJRの線路を挟んだ国道19号に面し、山を背に建つのが観音寺で、 806年開創と伝わる古刹である。 木曽谷では真言宗のお寺は珍しく、弘法大師信仰の拠点でもあったとか。 <長野県のお寺…

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台雲寺 (福井県坂井市丸岡町)

丸岡城下に建つ台雲寺、白道寺、高岳寺の3ヶ寺は、1695年丸岡藩主と なった有馬氏が肥前島原半島を本拠とした頃の戦国時代に、有馬氏の 菩提寺として開創されている。 3ヶ寺は、有馬氏が肥前日野江藩主~延岡藩主~糸魚川藩主~丸岡藩主と 転々と移る度に、藩主と共に移っている。 台雲寺の開創は不詳であるが、有馬氏が島原半島に開創したと…

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京都市北区・上京区のお寺一覧

<京都市北区> 金閣寺(鹿苑寺):世界遺産 大徳寺:臨済宗大徳寺派大本山  <大徳寺塔頭>  興臨院:加賀藩主前田家の菩提寺  高桐院:細川三斎とガラシャ夫人の菩提寺 通常公開  大仙院:大徳寺北派本庵  通常公開  芳春院:加賀藩主前田利家の妻まつの菩提寺  龍源院:大徳寺南派本庵 通常公開  真珠庵:一休禅師の…

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来光寺 (京都市北区) 大徳寺境外塔頭

臨済宗大徳寺派大本山・大徳寺の塔頭は24ヶ寺を数えるが、その内 2ヶ寺が境外塔頭(雲林院、来光寺)であり、来光寺は明治時代以降に 塔頭に編入されている。 来光寺の開創は不詳であるが、江戸時代前期に再興され、今宮神社の 参道に面して建っている。非公開である。 <京都市北区、上京区のお寺一覧> (1)寺名:来光寺(らいこ…

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称名寺 (石川県小松市)

称名寺は、鎌倉時代初期に現在の能美市赤井町に、佐々木盛綱によって 開創された念仏道場が始まりと伝えられている。 佐々木盛綱は、源頼朝が伊豆に流された頃からの家臣で、頼朝が 1199年亡くなると出家し、その後親鸞聖人に帰依して、越前に折立称名寺、 加賀に赤井称名寺の道場を開いたと伝えられている。 赤井称名寺は寛永年間(1624~…

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もくもく探索日誌 2019年5月5日 中美濃

岐阜県関市のホテルを朝7時出発。 関市内~美濃加茂市の未知のお寺を巡る。 帰りは渋滞が予想されるので、朝早くから廻り、正午には帰途につく予定。 関市内は、移動に時間を取られずスムーズに廻れた。 関市街地はシャッター街となっており、寂しい限りだ。 万歩計9千歩。 もくもく探索満足度は60点。               …

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栖岸寺 (鳥取県鳥取市) 双盤念仏

鳥取市湖山町の住宅地に建つ栖岸寺はどこにでもある普通のお寺であるが、 このお寺に350年以上伝わる<双盤念仏>が貴重な無形民俗文化財として 指定されている。 1656年回向法要の際に、念仏を唱えながら双盤鐘を撞木で叩き、 本尊阿弥陀如来に奉納したのが始まりといわれ、3年に一度4月に 行われている。 双盤念仏は1495年京都真…

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もくもく探索日誌 2019年5月4日 西美濃

北陸道木之本ICを7時に出る。 国道303号経由で岐阜県揖斐川町へ向う。 前回の探索(4月20,21日)は南伊勢の海岸沿いを巡ったが、今回は 西美濃の新緑に満ちた山間部を巡る。国道303号は整備されており、 快適なドライブとなった。 揖斐川町~山県市と巡って、関市のホテルを急遽予約を入れるとOK。 連休中のこともあり、無理か…

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明徳寺 (熊本県天草市)

熊本県天草、長崎県島原一帯は、天草・島原の乱(1637~38年)に象徴 されるキリシタン弾圧が苛烈を極めた地域であり、またそんな中で潜伏 キリシタンが生きながらえた歴史を持ち、世界遺産にも登録されている。 天草・島原の乱後、天草初代代官となった鈴木重成は教会の破却や 仏教によって天草の再興を図った。 その一環として、城山に明徳…

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安楽寺 (滋賀県野洲市)

1568年織田信長と戦って落城した市三宅城跡近くに建つ安楽寺は、 1534年それまでの天台宗寺院を再興し三宅氏の菩提寺であったと 伝えられている。 この安楽寺に伝わる阿弥陀如来坐像、聖観音立像は共に重要文化財 で、その由来はいかに。 滋賀県にはこうした貴重な仏像が、何気ないお寺に伝わっており、 興味が尽きない。 <滋賀…

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