京都市左京区のお寺一覧 

<京都市左京区> 鞍馬寺:鞍馬弘教総本山 安楽寺:松虫・鈴虫寺 永観堂:もみじの永観堂 円光寺:徳川家康創建の寺 円通寺:比叡山を借景とする庭園 恵光寺:鎌倉時代の石仏 岡崎別院:親鸞聖人草庵遺跡 北山別院:親鸞聖人ゆかりの地 光福寺:六斎念仏総本寺 金戒光明寺:浄土宗七大本山の一つ   西翁院:金戒光明寺の塔頭 …

続きを読むread more

八大龍王日天寺 (京都市左京区)

北白川通から東へ、通称<山中越>と呼ばれる北白川と大津市を結ぶ 府道30号を登って1kmほどの右手に、白川越しに<八大龍王>の 扁額がかかった赤鳥居が現れる。 急な石段を登った境内には、八大龍王の祠や本堂が建つが、もの寂しい 空気が漂いそうそうに参拝を済ます。 日天寺の開創は不詳である。 八大龍王とは、法華経に登場し仏法を守…

続きを読むread more

千光寺 (徳島県藍住町) 

私が千光寺を参拝したのが6月初旬で、梅の時期とはかけ離れた頃でもあり、 梅園の梅も深緑、雑草も伸び放題の状態であった。 ここの臥龍梅は、徳島県内のスポットとなっており、季節には多くの 参拝者があることだろう。 <臥龍梅>は全国に多くある中、その姿が特徴的であることから、天然記念物に 指定されている梅も多い。 国指定天然記念物…

続きを読むread more

西明寺 (兵庫県淡路市)

淡路島の生穂漁港から山手に入った、低山と田畑の中に建つのが 西明寺である。 参道が真っ直ぐ伸び、白壁の塀に囲まれた伽藍が迎えてくれる。 西明寺の開創は不詳であるが、鎌倉時代、北条時頼が逗留したことが あると伝えるお寺で、最明寺と呼ばれた時代があったとか。 淡路西国観音霊場、淡路四国霊場でもあり、信仰の篤いお寺である。 <…

続きを読むread more

奈良市のお寺

奈良県奈良市のお寺を紹介 東大寺その1:国宝伽藍(大仏殿・南大門) 東大寺その2:その他の国宝伽藍 東大寺その3:重要文化財伽藍 東大寺その4:その他伽藍 東大寺その5:風景 東大寺その6:塔頭   知足院:東大寺塔頭 奈良の八重桜   観音院:東大寺塔頭 観音院サロン   真言院、勧学院:東大寺塔頭   中性院…

続きを読むread more

神宮寺 (奈良県奈良市須川町)

奈良市東部の柳生に近い須川集落にあって、狭い参道を進むと神宮寺が 現れた。 境内に一歩足を入れると、巨大な宝篋印塔が目に飛び込んできた。 鎌倉時代の建立と考えられていて、形も標準的な宝篋印塔と少し 異なっている。 また、阿弥陀如来石仏や五輪石塔も安置され、境内をひきたたせている。 神宮寺は、近くに建つ戸隠神社の神宮寺であ…

続きを読むread more

教善寺 (兵庫県伊丹市) 伊丹廃寺ゆかりの本尊

伊丹から多田神社(川西市)への参詣道・多田街道に面して建つのが 教善寺である。 境内には小さいながらも清楚な庭園が築かれ、隅々まで整備が行き届いた お寺にあって、本堂前に<伊丹廃寺跡出土礎石>が安置されている。 この伊丹廃寺は、奈良時代開創と推定される法隆寺式伽藍配置を有した 古代寺院と考えられが、正式寺名は不明である。 か…

続きを読むread more

善光寺 (大阪府八尾市) クスノキ

信貴山西麓の住宅地にあって、こんもりとした森の中に、樹高30mほどの 大クスノキが迎えてくれるのが善光寺である。 住宅地であり、広くはない境内に窮屈な姿で屹立する様は圧巻である。 推定樹齢は800年ほどといわれ、幹周りは7m弱である。 これほどの大木が、この地に生きながらえてきた不思議に思いを馳せながら お参りした。 善…

続きを読むread more

京都市右京区のお寺一覧 

<京都市右京区> 愛宕念仏寺:1200体の羅漢さん 為因寺:初期の<重文>宝篋印塔 化野念仏寺:8000体の石仏・石塔 印空寺:旧御室御所の茶所 大龍寺:日本三大烏樞沙摩明王 三宝寺:茶人・山田宗偏ゆかりの寺 順興寺:蓮如上人ゆかりの寺 法蔵寺:尾形乾山鳴滝窯跡 覚勝院:大根供養 祇王寺:白拍子祇王姉妹の寺 滝口寺…

続きを読むread more

慈眼寺 (京都市右京区京北) 明智光秀木像

京都市内から周山街道を京北に入った入口にあたる京北周山にあって、 城山東麓に建つ慈眼寺は、明智光秀木像を祀り、位牌も祀る光秀ゆかりの寺 として脚光を浴びている。 2020年の大河ドラマの主人公が明智光秀であるからだ。 光秀の木像は非常に珍しく、今後参拝者が増えるのではないか。 慈眼寺の裏の城山には、1580年光秀によって築城さ…

続きを読むread more

慶先寺 (滋賀県守山市) 蓮如上人旧蹟

琵琶湖に近く、比良山系を望み田畑が広がる山賀町に、こじんまりと建つ 慶先寺であるが、ここには蓮如上人ゆかりの寺宝が数点伝わっている。 一つは、親鸞聖人と蓮如上人が連座する<親鸞聖人御影> 二つには、蓮如上人から送られた<十字名号>など。 1465年大谷本願寺が比叡山衆徒によって破却され、蓮如上人は近江に 逃れ、近江での布教に努…

続きを読むread more

地蔵寺 (和歌山県橋本市高野口)

高野口町は平安時代後期から高野山への参詣口の一つとして、その後 宿場として栄えたといわれ、1900年鉄道の開通によって、旅館などが 立ち並び大いに栄えた地区である。 その街中にあって、JR高野口駅の南に建つのが地蔵寺である。 地蔵寺境内に安置される五輪石塔は、南北朝時代1356年、かって地蔵寺の 隣地にあった西福寺に建立された…

続きを読むread more

もくもく探索日誌 2019年4月21日 志摩~鳥羽

志摩市のビジネスホテルを早朝6時に出る。 ホテルの人から<横山展望台からの眺望が素晴らしい>と聞いて、朝早く 出かけることにした。車で10分ほどで到着。朝早いこともあって私一人。 展望台に上がってみると、朝靄が薄っすらかかって青い英虞湾では なかったが、その眺望は満点。陽が昇った頃がいいかも。しかし、 人は多いことだろう。 …

続きを読むread more

蓮華寺 (京都府京丹後市網野町)

鳴き砂で有名な琴引浜の南、網野町島津地区に建つ蓮華寺の境内に 安置されている3基の宝篋印塔の内、1基は旧尾坂寺から移した ものである。 尾坂寺は、尾坂山中にあった奈良時代開創の古刹で、尾坂観音信仰 により門前村(尾坂村)ができるほどに栄えたといわれている。 戦国時代に焼失し、再興されたが寺運は衰えていった。 1959年の伊勢…

続きを読むread more

もくもく探索日誌 2019年4月20日 南伊勢

紀勢道大宮大台ICを7時過ぎに出る。 新緑と海の青さに生える南伊勢を巡る。三重県大紀町~南伊勢町~志摩市~ 鳥羽市と2日間の欲張ったもくもく探索となる。 南伊勢の海岸沿いに建つお寺を巡るのは初めてとなり、ワクワクする気持ち を抑えながら、しかし海岸沿いの道は一筋縄ではいかない。 これがもくもく探索の醍醐味である。    …

続きを読むread more

薬師寺 (奈良県宇陀市大宇陀本郷) 又兵衛桜

宇陀市大宇陀本郷の<又兵衛桜(本郷の瀧桜)>は推定樹齢300年以上と いわれ、益々人気の桜となっている。 豊臣家が滅ぶ大坂の陣で、豊臣側にあって勇猛で鳴らした後藤又兵衛が 戦死したが、大宇陀に伝わる伝承では、逃れ逃れて大宇陀に居を構え、 後に僧となって往生したとか。 又兵衛が構えた屋敷跡といわれる石垣の上に、又兵衛桜が花を咲か…

続きを読むread more

長谷寺 (兵庫県養父市) 天滝

養父市大屋町加保から宍粟市へ、山間を走る県道48号を走り、蔵垣集落に 入って<宝幢寺天滝展望台>の標識が見える。 天滝は落差98mで、日本の滝100選に選ばれている。 宝幢寺に寄って、3kmほど離れた山の中腹を落ちる天滝を望む。 天滝登山道入口まで行くが、ここで足の調子が芳しくなく登山を諦め、 直ぐ近くの長谷寺を訪問する。 …

続きを読むread more

大阪市のお寺 (大阪府)

大阪市のお寺一覧 崇禅寺(東淀川区):細川ガラシャの墓 専念寺(東淀川区):3体の仏像 瑞光寺(東淀川区):雪鯨橋 宝龍寺(旭区):クスの木 太融寺(北区):光源氏モデルの源融ゆかりの寺 長柄国分寺(北区):聖武天皇詔の国分寺 鶴満寺(北区):朝鮮鐘 祐泉寺(北区):造幣局の通り抜けの傍 浄蓮寺(北区):滝川地蔵尊…

続きを読むread more

大信寺 (大阪市北区) 天満東寺町

東はOAPタワーから西へお初天神(露天神社)までの1.8kmの東西に 亘る町を<天満寺町>と呼び、天満堀川(堀川神社)から東を東寺町、 西を西寺町と呼んでいる。 この天満寺町の形成は、豊臣秀吉が大坂城築城にあたり、城の北辺に 寺を集約し始め、大坂夏の陣後、大坂藩主が集約・再興を加速している。 現在でも24ヶ寺が集約している。 …

続きを読むread more

慈光寺 (京都府宮津市江尻) 雪舟筆<天橋立図>に

画聖雪舟が最晩年に(1501~06年)描いた国宝<天橋立図>に、 現在の府中小学校辺りに大伽藍の慈光寺が描かれている。これが 現在の江尻に建つ慈光寺の前身で、開創年代は不詳であるが、 丹後守護大名・一色氏の氏寺として開創されたと伝わる。 この辺りは府中と呼ばれ、丹後の中心地として戦国時代末期まで栄え、 現在は天橋立ケーブルなど…

続きを読むread more

仏眼寺 (滋賀県栗東市)

仏眼寺の前に建つ大宝神社は701年疫病退散のために建立されたと 伝える古社であるが、仏眼寺の前身である神宮寺は大宝神社の別当 として神仏習合のお寺であった。 1412年に神宮寺から仏眼寺へと改名し、1420年天台宗から時宗へ 改宗したといわれている。 明治時代になって、神仏分離によって大宝神社境内から現在地に 移っている。 …

続きを読むread more

伊賀市のお寺 (三重県)

三重県伊賀市は奈良・京都に近いこともあり、仏教文化が栄えた。 芭蕉の故郷でもある。 主なお寺を紹介 寺名をクリックすると詳細へ 伊賀国分寺跡:聖武天皇詔の国分寺 新大仏寺:東大寺ゆかりの寺 観菩提寺:正月堂 西蓮寺:真盛上人ゆかりの寺 常福寺:五大明王 宝厳寺:十一面観音 愛染院<願成寺>:芭蕉故郷塚 上行寺:…

続きを読むread more

善福寺 (三重県伊賀市伊勢路)

江戸時代、お伊勢参りは盛んで各地から伊勢神宮への街道が多くあり、 その中の一本が初瀬街道(現在の国道165号)で、大坂から伊勢へ、 伊勢から長谷寺への参詣道として大いに賑わったといわれている。 その初瀬街道の伊勢路(伊勢地)宿には江戸時代末期20軒ほどの 旅籠があったとか。 現在はその面影はほとんど失われている。 その伊勢路…

続きを読むread more

龍潭寺 (名古屋市中川区)

中川区の八熊通に沿って建つ龍潭寺は、<名古屋の苔寺>、 <大松と仏足石の寺>などと呼ばれる静寂の宿る禅寺である。 山門を潜ると、参道の左脇には苔や手入れの行き届いた木々が迎えてくれる。 境内には、2本の黒松が鐘楼を挟んで立ちあがっているが、かっては7本の 松があったとか。 龍潭寺は1455年に開創されたと伝わる。 お寺には何…

続きを読むread more

慈恩寺 (岐阜県岐阜市溝口中)

慈恩寺は、山県蔵人の山県国盛・国成兄弟が父の13回忌追善供養の ために、現在の山県市に1195年開創したと伝えられている。 その後衰微したが、1428年浄土宗のお寺として再興されている。 浄土宗のお寺として、本尊は阿弥陀如来であったが、 文明年間(1469~87年)に他のお寺の千手観音と交換され、現在も 本尊は浄土宗としては珍…

続きを読むread more

観音寺 (三重県鈴鹿市神戸) 神戸藩主本多氏の菩提寺

鈴鹿市には観音寺が3ヶ寺あり、どれも名が知られたお寺である。 鈴鹿市の中心部神戸(かんべ)地区にある観音寺は、伊勢神戸藩の 藩主本多氏の菩提寺である。 本多忠統が1732年に神戸藩主となり、神戸城を再興している。 以後、明治維新まで藩主を務め、鈴鹿の基礎を築いている。 観音寺境内に2代藩主本多忠永の徳を偲んで建てられた<思徳の…

続きを読むread more

陶芸と桜 2019年4月

陶芸サークルの作品を、4月14日開催予定のフリーマーケットに出品する 運びとなったが、14日は雨の予報どうなるか。 今回の作品は、蚊遣り器(蚊取り線香を器に入れて燃やす)をメインに サークルメンバーが嗜好を凝らして作成した。 今年の花見も併せて掲載してみた。 <YAさんの作品> …

続きを読むread more

龍照院 (愛知県蟹江町) 蟹江の古刹

古の蟹江は海に囲まれた地で、岸辺には多数の蟹が生息したことから 蟹江と呼ばれたと伝える蟹江町にあって、奈良時代に開創されたと 伝承されるのが龍照院である。 龍照院は、元は常楽寺18坊の一つであったが、1583年の兵火によって 常楽寺は灰燼に帰し、龍照院と鎮守社のみが残り、常楽寺の法灯を継いでいる。 かっての常楽寺境内は7万坪の…

続きを読むread more

少林寺 (岐阜県岐阜市福富)

田畑が広がる農道を進むと、シュロの木や竹などが目に飛び込んで来たのが 少林寺である。 住職がおられるのか不詳であるが、案内板には臨済宗中興の祖白隠禅師の 墨書の説明が書かれている。 白隠禅師は6年あまり美濃に滞在し、臨済宗を広めた結果、現在も 岐阜県には臨済宗妙心寺派の禅寺が多い。 少林寺もその一つで、禅師の書が残っているの…

続きを読むread more

祐専寺 (愛知県稲沢市祖父江町) イチョウ

稲沢市祖父江町といえば、<祖父江ぎんなん>と呼ばれるぎんなんの 産地で、日本一の生産量を誇り、大粒のぎんなんが自慢の銘柄となっている。 そんな中にあって、祐専寺のイチョウは雌株で、近隣の原木といわれている。 推定樹齢も300年以上といわれる古木である。 山門を潜ると、目の前に10m余りのイチョウが迫ってくる。 祐専寺は1553…

続きを読むread more

総持寺 (福井県あわら市) 雨夜塚

総持寺を訪れたが、雨夜塚(あまやづか)が見つからず仕方なく 帰ったが、跡で調べると庭園に安置されていたとか。 芭蕉が奥の細道紀行の折に、金津に立ち寄り、雨を凌ぐために 総持寺で雨宿りをしたことで、後の1749年に建立され、元の位置から 転々として最後にゆかりの総持寺に安置されたとか。 総持寺は、830年頃弘法大師空海が巡錫…

続きを読むread more

誓円寺 (石川県小松市)

西町の大通りに面して更地の境内があるのが誓円寺で、一隅に墓地が あるのみである。 本堂が焼失してから再建されることもなく現在に至っている。 その墓地に、連歌師・梅林院能順の墓所がある。 能順は江戸時代前期の当代一の連歌師といわれ、1657年加賀藩主 前田利常の招きで京から小松に来て、小松天満宮の別当となっている。 小松で連歌…

続きを読むread more

中山寺 (三重県四日市市)

真宗高田派中興の祖といわれる真慧上人が伊勢布教の折に、現在の 四日市市北小松町に1461年中山寺を開創し、ここを拠点に布教活動を 続けたが、1464年法難により炎上している。 その後、文明年間(1469~87年)に真慧上人は、現在の津市一身田に 専修寺を開創している。これが現在高田派の本山になっている。 一方、真慧上人の高弟・…

続きを読むread more

智性院 (京都府舞鶴市) 京極マリア像

東舞鶴の泉源寺集落を通るJR小浜線の踏切を渡り、東舞鶴愛宕山へ向かって、 真っ直ぐの細い道を進むと、集落最奥の山麓に智性院と左手に熊野神社が 建っている。 智性院山門前に、2010年建立された<京極マリア像>が目に飛び込んでくる。 智性院の住職が中心となって、地域活性化のために<京極マリア祈りの里> を立ち上げ、その一環として…

続きを読むread more

運善寺 (愛知県一宮市)

親鸞聖人が1214年~1234年頃の間に東国で布教活動した際、 聖人の高弟24人のことを後に<二十四輩>と呼んだ。 その中の一人・八田入信は、親鸞聖人が1234年頃帰京した後、 追いかけて京に向かった。 その途次、運善寺の住職が入信に帰依して入信を迎え入れたが、 その逗留中に入信は亡くなったと伝えられている。 現在、入信坐像…

続きを読むread more

安興寺 (静岡県菊川市) 六角堂

田畑と茶畑が広がる中の、小さな独立した丘陵の中に建つのが安興寺 である。 丘陵に向かって参道を進み、小さな池の傍を通ると、丘陵に包み込まれた 伽藍が現れる。 右手の奥まった処に、聖観音と西国観音霊場の観音を祀った六角堂が 木々の間に見える。 この六角堂は、1798年京都頂法寺六角堂を擬して建立されたといわれ、 内部中心部が…

続きを読むread more

大亀寺 (岐阜県本巣市)

文殊山麓へ向かって、参道を歩み山門を潜ると、正面本堂の裏に高く 聳えるモミの木が目に飛び込んでくる。それが大亀寺である。 周りにも高木が生い茂り、山麓のお寺風景が広がる。 大亀寺は、戦国時代に下剋上で成り上がった斎藤道三を家臣に 持っていた美濃小守護代・長井長弘が1328年に開創したと伝わる 文殊院が始まりといわれている。 …

続きを読むread more

長徳寺 (兵庫県篠山市) マリア観音

篠山市街地の東にある丘陵上の青山台ゴルフ場東端に長徳寺は木々に 覆われて建っている。 そこへ至る参道入口に<マリア観音>の説明板が建っているからこそ、 参道が見つかるという状況にある。 丘陵の細い参道を登っていくと、寂しい佇まいの本堂と観音堂が建っている。 マリア観音と呼ばれる塑像は中国製の塑像といわれ、それをマリア観音 と…

続きを読むread more

もくもく探索日誌 2019年4月3日 奈良県宇陀市

冬の寒さが戻ってきた朝8時半宇陀市に入る。 今日は宇陀市の未知のお寺を巡る。どれもが山麓か山中のお寺で、 メインは西山岳中腹奥深い山中の<薬師寺>である。 <又兵衛桜>の由縁となっている後藤又兵衛の墓と伝承されている お寺である。 細い山道を迷いながら登る<もくもく探索>の醍醐味だ。 集落最奥の家で木を切っておられた年配の方…

続きを読むread more

長春寺 (長野県駒ヶ根市) 茅葺山門

駒ヶ根市街地から東へ県道49号を天竜川へ進路をとり、天竜川の手前で 右へ、右に雲のかかった中央アルプスを見やりながら南下する。 しばらくして、下平の集落に向かって右折すると、丘陵の麓に2本の 杉に挟まれる感じの山門が見えてくる。 近年解体修理されたばかりの茅葺山門を潜り、境内に入山すると 本堂右手に巨木のコウヤマキが目に飛び込…

続きを読むread more

長慶寺 (福井県福井市) 北ノ庄城主・堀秀政の菩提寺

路面電車が走るフェニックス通り(県道229号)に面して、イチョウの大木が 目立つ長慶寺が建っている。 お寺は1585年北ノ庄城主となった堀秀政の菩提寺でもある。 堀秀政は織田信長の家臣を経て、豊臣秀吉に仕え側近として活躍したが、 1590年の小田原征伐の途中で、38歳の若さで急死している。 秀政は何でもそつなくこなし名人と呼ば…

続きを読むread more

那殿観音 (石川県小松市赤瀬町) 那谷寺奥の院

県道161号を山へ向かって入ると、大杉谷川の荒俣峡谷にかかる。 そこから1kmほど進むと、右手に那殿観音標識が現れる。 右に折れると、赤瀬ダムを左に見ながら、林道を登る。 1kmほど林道を登ると、右手に200段の石段参道入口に達する。 入口には、那殿観音を開創したと伝わる泰澄大師の像が立ち、これから 200段登れば観音堂に到達…

続きを読むread more