善福寺 (三重県伊賀市伊勢路)

江戸時代、お伊勢参りは盛んで各地から伊勢神宮への街道が多くあり、 その中の一本が初瀬街道(現在の国道165号)で、大坂から伊勢へ、 伊勢から長谷寺への参詣道として大いに賑わったといわれている。 その初瀬街道の伊勢路(伊勢地)宿には江戸時代末期20軒ほどの 旅籠があったとか。 現在はその面影はほとんど失われている。 その伊勢路…

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龍潭寺 (名古屋市中川区)

中川区の八熊通に沿って建つ龍潭寺は、<名古屋の苔寺>、 <大松と仏足石の寺>などと呼ばれる静寂の宿る禅寺である。 山門を潜ると、参道の左脇には苔や手入れの行き届いた木々が迎えてくれる。 境内には、2本の黒松が鐘楼を挟んで立ちあがっているが、かっては7本の 松があったとか。 龍潭寺は1455年に開創されたと伝わる。 お寺には何…

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慈恩寺 (岐阜県岐阜市溝口中)

慈恩寺は、山県蔵人の山県国盛・国成兄弟が父の13回忌追善供養の ために、現在の山県市に1195年開創したと伝えられている。 その後衰微したが、1428年浄土宗のお寺として再興されている。 浄土宗のお寺として、本尊は阿弥陀如来であったが、 文明年間(1469~87年)に他のお寺の千手観音と交換され、現在も 本尊は浄土宗としては珍…

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観音寺 (三重県鈴鹿市神戸) 神戸藩主本多氏の菩提寺

鈴鹿市には観音寺が3ヶ寺あり、どれも名が知られたお寺である。 鈴鹿市の中心部神戸(かんべ)地区にある観音寺は、伊勢神戸藩の 藩主本多氏の菩提寺である。 本多忠統が1732年に神戸藩主となり、神戸城を再興している。 以後、明治維新まで藩主を務め、鈴鹿の基礎を築いている。 観音寺境内に2代藩主本多忠永の徳を偲んで建てられた<思徳の…

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陶芸と桜 2019年4月

陶芸サークルの作品を、4月14日開催予定のフリーマーケットに出品する 運びとなったが、14日は雨の予報どうなるか。 今回の作品は、蚊遣り器(蚊取り線香を器に入れて燃やす)をメインに サークルメンバーが嗜好を凝らして作成した。 今年の花見も併せて掲載してみた。 <YAさんの作品> …

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龍照院 (愛知県蟹江町) 蟹江の古刹

古の蟹江は海に囲まれた地で、岸辺には多数の蟹が生息したことから 蟹江と呼ばれたと伝える蟹江町にあって、奈良時代に開創されたと 伝承されるのが龍照院である。 龍照院は、元は常楽寺18坊の一つであったが、1583年の兵火によって 常楽寺は灰燼に帰し、龍照院と鎮守社のみが残り、常楽寺の法灯を継いでいる。 かっての常楽寺境内は7万坪の…

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少林寺 (岐阜県岐阜市福富)

田畑が広がる農道を進むと、シュロの木や竹などが目に飛び込んで来たのが 少林寺である。 住職がおられるのか不詳であるが、案内板には臨済宗中興の祖白隠禅師の 墨書の説明が書かれている。 白隠禅師は6年あまり美濃に滞在し、臨済宗を広めた結果、現在も 岐阜県には臨済宗妙心寺派の禅寺が多い。 少林寺もその一つで、禅師の書が残っているの…

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祐専寺 (愛知県稲沢市祖父江町) イチョウ

稲沢市祖父江町といえば、<祖父江ぎんなん>と呼ばれるぎんなんの 産地で、日本一の生産量を誇り、大粒のぎんなんが自慢の銘柄となっている。 そんな中にあって、祐専寺のイチョウは雌株で、近隣の原木といわれている。 推定樹齢も300年以上といわれる古木である。 山門を潜ると、目の前に10m余りのイチョウが迫ってくる。 祐専寺は1553…

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総持寺 (福井県あわら市) 雨夜塚

総持寺を訪れたが、雨夜塚(あまやづか)が見つからず仕方なく 帰ったが、跡で調べると庭園に安置されていたとか。 芭蕉が奥の細道紀行の折に、金津に立ち寄り、雨を凌ぐために 総持寺で雨宿りをしたことで、後の1749年に建立され、元の位置から 転々として最後にゆかりの総持寺に安置されたとか。 総持寺は、830年頃弘法大師空海が巡錫…

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誓円寺 (石川県小松市)

西町の大通りに面して更地の境内があるのが誓円寺で、一隅に墓地が あるのみである。 本堂が焼失してから再建されることもなく現在に至っている。 その墓地に、連歌師・梅林院能順の墓所がある。 能順は江戸時代前期の当代一の連歌師といわれ、1657年加賀藩主 前田利常の招きで京から小松に来て、小松天満宮の別当となっている。 小松で連歌…

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中山寺 (三重県四日市市)

真宗高田派中興の祖といわれる真慧上人が伊勢布教の折に、現在の 四日市市北小松町に1461年中山寺を開創し、ここを拠点に布教活動を 続けたが、1464年法難により炎上している。 その後、文明年間(1469~87年)に真慧上人は、現在の津市一身田に 専修寺を開創している。これが現在高田派の本山になっている。 一方、真慧上人の高弟・…

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智性院 (京都府舞鶴市) 京極マリア像

東舞鶴の泉源寺集落を通るJR小浜線の踏切を渡り、東舞鶴愛宕山へ向かって、 真っ直ぐの細い道を進むと、集落最奥の山麓に智性院と左手に熊野神社が 建っている。 智性院山門前に、2010年建立された<京極マリア像>が目に飛び込んでくる。 智性院の住職が中心となって、地域活性化のために<京極マリア祈りの里> を立ち上げ、その一環として…

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運善寺 (愛知県一宮市)

親鸞聖人が1214年~1234年頃の間に東国で布教活動した際、 聖人の高弟24人のことを後に<二十四輩>と呼んだ。 その中の一人・八田入信は、親鸞聖人が1234年頃帰京した後、 追いかけて京に向かった。 その途次、運善寺の住職が入信に帰依して入信を迎え入れたが、 その逗留中に入信は亡くなったと伝えられている。 現在、入信坐像…

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安興寺 (静岡県菊川市) 六角堂

田畑と茶畑が広がる中の、小さな独立した丘陵の中に建つのが安興寺 である。 丘陵に向かって参道を進み、小さな池の傍を通ると、丘陵に包み込まれた 伽藍が現れる。 右手の奥まった処に、聖観音と西国観音霊場の観音を祀った六角堂が 木々の間に見える。 この六角堂は、1798年京都頂法寺六角堂を擬して建立されたといわれ、 内部中心部が…

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大亀寺 (岐阜県本巣市)

文殊山麓へ向かって、参道を歩み山門を潜ると、正面本堂の裏に高く 聳えるモミの木が目に飛び込んでくる。それが大亀寺である。 周りにも高木が生い茂り、山麓のお寺風景が広がる。 大亀寺は、戦国時代に下剋上で成り上がった斎藤道三を家臣に 持っていた美濃小守護代・長井長弘が1328年に開創したと伝わる 文殊院が始まりといわれている。 …

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長徳寺 (兵庫県篠山市) マリア観音

篠山市街地の東にある丘陵上の青山台ゴルフ場東端に長徳寺は木々に 覆われて建っている。 そこへ至る参道入口に<マリア観音>の説明板が建っているからこそ、 参道が見つかるという状況にある。 丘陵の細い参道を登っていくと、寂しい佇まいの本堂と観音堂が建っている。 マリア観音と呼ばれる塑像は中国製の塑像といわれ、それをマリア観音 と…

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もくもく探索日誌 2019年4月3日 奈良県宇陀市

冬の寒さが戻ってきた朝8時半宇陀市に入る。 今日は宇陀市の未知のお寺を巡る。どれもが山麓か山中のお寺で、 メインは西山岳中腹奥深い山中の<薬師寺>である。 <又兵衛桜>の由縁となっている後藤又兵衛の墓と伝承されている お寺である。 細い山道を迷いながら登る<もくもく探索>の醍醐味だ。 集落最奥の家で木を切っておられた年配の方…

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長春寺 (長野県駒ヶ根市) 茅葺山門

駒ヶ根市街地から東へ県道49号を天竜川へ進路をとり、天竜川の手前で 右へ、右に雲のかかった中央アルプスを見やりながら南下する。 しばらくして、下平の集落に向かって右折すると、丘陵の麓に2本の 杉に挟まれる感じの山門が見えてくる。 近年解体修理されたばかりの茅葺山門を潜り、境内に入山すると 本堂右手に巨木のコウヤマキが目に飛び込…

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長慶寺 (福井県福井市) 北ノ庄城主・堀秀政の菩提寺

路面電車が走るフェニックス通り(県道229号)に面して、イチョウの大木が 目立つ長慶寺が建っている。 お寺は1585年北ノ庄城主となった堀秀政の菩提寺でもある。 堀秀政は織田信長の家臣を経て、豊臣秀吉に仕え側近として活躍したが、 1590年の小田原征伐の途中で、38歳の若さで急死している。 秀政は何でもそつなくこなし名人と呼ば…

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那殿観音 (石川県小松市赤瀬町) 那谷寺奥の院

県道161号を山へ向かって入ると、大杉谷川の荒俣峡谷にかかる。 そこから1kmほど進むと、右手に那殿観音標識が現れる。 右に折れると、赤瀬ダムを左に見ながら、林道を登る。 1kmほど林道を登ると、右手に200段の石段参道入口に達する。 入口には、那殿観音を開創したと伝わる泰澄大師の像が立ち、これから 200段登れば観音堂に到達…

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