山王寺 (京都府亀岡市)

亀岡市の丁塚山麓に位置する曾我部町犬飼にあって、山に向かって 田畑の中に伸びる参道を進むと、犬飼川に到る。 川の向こう正面に犬飼天満宮、右手に山王寺の堂宇が見て取れる。 川に架かる天神橋を渡ると、天満宮境内に樹齢500年といわれる 杉の神木が聳えたっている。 右に向かうと<立ち入り禁止>の札が立っているではないか。 山王寺は…

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正休寺 (滋賀県大津市)

鶏冠山(とさかやま)の麓にあって、上田上地区の桐生集落は里山の 集落であったが、近年住宅地が間近に迫り、その風景は様変わり している。 そんな中に建つ正休寺は、集落の中核寺として活動している。 現在も保育園を営み、その活動は続いている。 正休寺の開創は1592年と伝えられ、1789年の火災で焼失したが、 1796年再興さ…

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薬師寺 (愛知県大口町)

愛知県の西北部に位置する大口町を知る人は少ないと思われるが、 私も<もくもく探索>を始めて知ることになった。 大口町と松江市が姉妹都市であることも、大口町を訪れて知った。 松江城の築城を手掛け、<松江開府の祖>と呼ばれた堀尾吉晴が ここ大口町出身の大名という関係から姉妹都市となったとか。 その大口町にあって、小さなお堂が建つの…

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奥蔵寺 (岐阜県多治見市) 永保寺奥の院

多治見の名刹永保寺は、虎渓山と土岐川に挟まれた地に建つが、 その虎渓山の南台地に1358年奥の院として奥蔵寺が開創されている。 永保寺は1313年夢窓疎石によって開創され、塔頭3ヶ院が1341~ 51年に開創されている。 どうして奥の院が開創されたか不詳であるが、夢窓が居住した 地なのかもしれないと憶測したくなる。 現在…

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平川廃寺跡 (京都府城陽市)

城陽市平川地区にあって、JR奈良線と県道69号に挟まれた住宅地に 平川廃寺跡が残されている。 1966~74年の発掘調査から、瓦積基壇がみつかり奈良時代中頃の 法隆寺式伽藍を持つ大寺と判明し、国指定史跡となった。 その規模は、東西175m、南北115mの境内に金堂・塔などが配置 される南山城地域でも有数の寺院であったと推定され…

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瑞応寺 (三重県東員町) 長深城主の菩提寺

近年開通した東海環状自動車道東員ICの近くにあって、杉林の参道が 特徴の瑞応寺が建っている。 瑞応寺は、近くの長深(ながふけ)城主富永氏が、伊勢出身の高僧・景川宗隆 を講じて開基とし、文明年間(1469~87年)に開創された。 長深城は暦応年間(1338~42年)に富永富春によって築城されたといわれ、 富永氏は代々御所南門の警…

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報光寺 (愛知県江南市)

江南市街地にあって、楼門形式の壮大な山門を構えるのが報光寺 である。広い境内をしっかりと締めている。 報光寺は、852年慈覚大師円仁が薬王寺として開創したのが 始まりと伝えられている。 その後廃れていたが、貞永年間(1232~33年)親鸞聖人が関東から 京へ帰る途次に立ち寄り、念仏道場としたといわれている。 1235年親鸞聖…

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宝心寺 (岐阜県中津川市付知町) 中部薬師霊場

下呂から中津川へ通ずる裏木曽街道(国道256号)の付知町(つけち)に あって、虚空蔵山山麓に建つのが宝心寺である。 かっては、鎌倉時代初期に開創され大寺であったが、現在は廃寺となっている 大威徳寺の末寺として虚空蔵山頂に開創されたと伝えられているのが 宝心寺である。 廃寺となっていたが、1951年地元住民の発願により、真言宗の…

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西岸寺 (兵庫県加西市北条町)

北条町に建つ西岸寺は、戦国時代の武将・後藤又兵衛の甥が出家して、 西岸寺の住職を務めたことで知られているが、加西市は後藤又兵衛 ゆかりの地でもある。 後藤又兵衛の菩提寺・多聞寺や又兵衛の孫が加西に住み、庄屋を 務めたとか話は多くある。 西岸寺の開創は不詳であるが、1652年に現在地に移ってきたとか。   <兵庫県のお寺…

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最勝寺 (福井県大野市明倫町)

1471年蓮如上人が京から逃れて越前吉崎に吉崎御坊を開くと、越前・加賀では 蓮如上人への帰依が増え、本願寺系のお寺が増えた。 そんな中、三河の僧専順が現在の大野市田野に本願寺系の最勝寺を 開創したと伝えられている。 永禄年間(1558~70年)、大野領主朝倉景鏡によって現在地に 移っている。 その後、大野城下でのお寺の配置は…

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本善寺 (石川県加賀市大聖寺) 京都東本願寺の院家

大聖寺鍛冶町の住宅街にあって、狭い街路に面して建つ本善寺だが、 本堂は堂々とした構えを備えている。 本善寺は、1475年現在の大聖寺敷地に勝鬘寺として開創されている。 1602年本願寺が東西に分立した後、1476年蓮如上人が開創し、 十二男の実孝が引き継いだ奈良県吉野町の飯貝本善寺の名跡を 東本願寺は勝鬘寺に与え、院家の格式を…

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もくもく探索日誌 2019年3月2日 東美濃

中央道多治見ICを8時半に出る。 今日は快晴で温かくなりそう。多治見市~土岐市~可児市と東美濃の 未知のお寺と美濃焼窯元や古窯、人間国宝陶芸家の荒川豊蔵資料館 などを巡る。 お寺と陶芸の探索となる。これぞもくもく探索の醍醐味である。                   高山城跡から土岐市街地             …

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円妙寺 (三重県桑名市) 桑名藩主松平定良の菩提寺

桑名駅の西に建つ円妙寺は、1657年病弱であった桑名藩主松平定良が 亡くなると、日蓮宗に帰依していたこともあり、それまでの藩主菩提寺照源寺 とは別に菩提寺として開創された。 松平定良は久松松平氏の系統で、祖の松平定勝は徳川家康と異父兄弟 になり、松平氏一族に準じて松平姓を与えられた一族である。 <三重県のお寺一覧> …

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安養寺 (京都府久御山町)

京都には難読地名が多いが、安養寺の所在地<東一口(ひがしいもあらい)> もその一つである。 この地区は、かって存在した広大な巨椋(おぐら)池の西の端で、村への 唯一の入り口であったことから<一口>と名付けられたといわれている。 それを<いもあらい>と読んだのはどうしてだろうか。 安養寺は鎌倉時代に開創されたと伝えられ、境内から…

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甘泉寺 (愛知県新城市) コウヤマキ

新城市の作手(つくで)高原中央部に位置し、標高600mにある甘泉寺の 冠木門を潜ると、樹齢300年以上の杉の大木が林立する石段参道が現れる。 その杉の間を縫って登ると左手に、上部が折れ枯れた古木のような コウヤマキがすっくと立っている。 このコウヤマキは、国指定の天然記念物コウヤマキ2本の1本である。 2009年10月の台風1…

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遍照寺 (静岡県森町) 高平大仏

森町南部に位置する高平山への林道を登りきると、平坦地が広がり、 そこに高平大仏と本堂が建っている。 ここは戦国時代の高平山砦(高平山城)の跡地でもある。 1615年木喰秀海が跡地に遍照寺を開創し、1718年住職の勧進のもと、 江戸鋳物師・太田近江が青銅製の大日如来坐像を造像している。 この大日如来坐像は高平大仏とよばれ、東海で…

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