浄土寺 (岐阜県岐阜市福富)

1280年当時の福富集落は小さな集落であったが、東福寺の僧・大空沢山 が夢告によって当地に巡錫し、如来堂を建て阿弥陀如来を祀ったと いわれている。 1289年如来堂を移して、僧の名前を山号に大沢山浄土寺が開創された と伝えられ、鎌倉幕府執権・北条貞時の庇護もあり広大な伽藍となった といわれている。 15世紀後半に焼失したが、…

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天道院 (愛知県豊田市) 榊原康政生誕地

豊田市南部に位置する上郷町市場の住宅地に、八幡宮を前にして 鉄筋コンクリートの民家様に建つのが天道院である。 その天道院境内入口に<榊原康政誕生地>石碑が建っている。 康政は徳川四天王(本多忠勝、酒井忠次、榊原康政、井伊直政)の 一人で、若い頃から家康に仕えた武将である。 康政は三河上野城(現在の上郷町藪間)で生まれたのが通説…

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峰山寺 (長野県伊那市高遠町) 高遠藩主鳥居氏の菩提寺

桜の名所<高遠城址>の南東にあって、月蔵山西麓に建つ峰山寺は、 古来より不動霊場として信仰の篤い古刹である。 京都神護寺中興の文覚上人が1160年巡錫の折、当地で不動明王を 刻み、1195年その不動明王を本尊として文明寺が開創されたと伝える。 これが峰山寺の始まりと伝えている。 文覚上人に帰依した源頼朝の支援もあり、七堂伽藍の…

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粟生寺 (福井県越前市) 岡太神社別当寺

粟田部町に5世紀創建されたと伝わる岡太(おかふと)神社の例祭、 10月13日に巡り合わせた参道には出店が並び、大いに賑わっていた。 岡太神社は5世紀に創建され、718年白山開山の泰澄大師が巡錫の 折に、千手観音を祀り粟生寺を開創し、神仏習合の白山三社大権現神社 としたと伝えられている。 明治時代に入り、神仏分離により粟生寺は独…

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本蓮寺 (石川県小松市)

細工町交差点角に広大な伽藍を持つ本蓮寺は、本願寺五代綽如の次男 頓円鸞芸が1444年、加賀津波倉(小松市)に開創している。 これより先の1392年、鸞芸は越前(福井市)に超勝寺を開創し、 本願寺血縁の北陸進出の端緒となっている。 蓮如上人が本願寺血縁のお寺を広く開創するまでは、数少ない 血縁寺院であった。 その一つが本蓮寺で…

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天満別院 (大阪市北区) 真宗大谷派別院

1603年浄土真宗の本願寺が東西に分立するまで、本願寺の拠点は 転々とした。 1321年覚如上人によって本願寺開創(大谷本願寺) 1465年比叡山衆徒によって大谷本願寺破却 1483年蓮如上人によって山科本願寺創建 1532年石山本願寺(大坂本願寺)成立 1570~80年石山合戦 1580年和歌山の鷺森本願寺成立 158…

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もくもく探索日誌 2019年2月23日 甲賀市

新名神甲賀土山ICを8時半に出る。 晴天に恵まれたが、肌寒い北風が顔面を叩く。帽子を何度も飛ばす。 鈴鹿山系麓の土山町~甲賀町と未知のお寺を巡る。 無住のお寺が多く、過疎化を強く感じる。                        鈴鹿山系                    雪をかぶる鈴鹿山系       …

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勝円寺 (京都市下京区)

勝円寺の開創は1504年で、本尊阿弥陀如来坐像は円派仏師・勝円の 造像で、寺名もこれから来ている。 平安時代中期の仏師・定朝以降、仏師集団が形成され、  慶派:運慶、快慶など新しい写実主義  院派:院覚など定朝様を継承  円派:円勢、明円など院派と慶派の中間様式 の主な三大派が鎌倉時代を通して活躍した。 勝円は円派末期の仏…

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座光寺 (鳥取県鳥取市) 京都因幡堂ゆかり

京都市下京区の平等寺(因幡堂)の開創由来を描いた<因幡堂縁起絵巻> によると、  997年平安貴族の橘行平が因幡国へ下向、その地で病にかかったが、 夢告により因幡賀留津の浜に霊木があると告げられ、浜に赴くと 薬師如来がひきあげられた。 因幡菖蒲浦に草堂を建て、薬師如来を祀った。 <これが座光寺の始まりといわれている。> そ…

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西巌殿寺奥の院 (熊本県阿蘇市) 阿蘇山

阿蘇山中岳へ阿蘇パノラマラインを走り、草千里ヶ浜の展望台から白い 煙が噴き出す火口方向を眺めると、活火山を実感する。 この火口麓にある阿蘇山ロープウェイ駅へ。 駅舎の横に、一部瓦が剥がれ痛ましい姿の西巌殿寺奥の院が建つ。 訪れたのは、2018年11月14日のことで、ロープウェイも運転休止、 火口へのシャトルバスもその日は運行休…

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栄福寺 (兵庫県南あわじ市) 淡路島十三仏霊場第2番

淡路島特産の玉ねぎ畑が広がる一角に建つ栄福寺は、奈良時代前期の 開創と伝わる古刹で、淡路島十三仏霊場であり、また淡路四国霊場でも ある。 境内には、ヤマモモの古木あり、<おのころ放光観世菩薩>が安置 されている。 栄福寺は、1696年宥算上人が再興するまで放光寺と呼んでいた こともあり、放光観音と。 また、<おのころ>は国…

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安楽院 (広島県世羅町) 龍華寺塔頭

今高野山龍華寺の総門を潜ると、真っすぐ登る参道が現れる。 参道を登ると、左手に山門だけの境内が見える。 1954年近所の火災により一部焼損したため、1965年龍華寺境内の大師堂 の横に本堂が移転している。 龍華寺の塔頭は安楽院と福智院が残るのみである。 安楽院の開創は不詳であるが、本堂は室町時代後期の地元豪族の住宅を 移設し…

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もくもく探索日誌 2019年2月18日 伊賀~甲賀

10時半三重県伊賀市に入る。 好天に恵まれ、楽しい探索になりそうだ。 伊賀市北東部阿山地区、滋賀県甲賀市甲南町~信楽町の山間部の 未知寺院を巡る。 途中で、ナビが作動しなくなり、何度と路に迷う。これももくもく探索の 醍醐味だ。 伊賀コリドールロードを軽快に走る。                    伊賀コリドールロー…

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神護寺 (岡山県笠岡市) 本堂

阿部山西麓に建つ神護寺は、767年創建と伝えられている甲弩神社の 別当寺として開創されたと、また別の説では、それ以前の8世紀前半に 行基によって開創され、甲弩神社の神宮寺となったとも。 いずれにしても奈良時代の開創といえる古刹である。 六坊を有する大寺であったが、その六坊の内五坊が移転し、大坊が 現在の神護寺を継承している。 …

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もくもく探索日誌 2019年2月17日 京都久御山~城陽

10時半久御山町に入る。1ヶ月ぶりのもくもく探索となる。 宇治川と木津川に囲まれた久御山と城陽の未知寺院を巡る。 2番目に訪れた観音寺で、もくもく探索で初めて、怪しい人物と見られ スマホで撮影され、<ここは檀家寺で出て行ってください>と。 それも、近年の仏像窃盗が影響して慎重になっているとか。 お参りする方も気を付けなければ。…

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本福寺 (徳島県徳島市)

県道29号に面して建つ本福寺は、815年漁師の清右衛門が海辺で 光る香木を見つけ家へ持ち帰って大切に保存していたところ、旅僧が それを見て、この香木で仏像を彫ってあげようと申し出て、 清右衛門は快くお願いした。 その仏像・薬師如来を祀ったのが本福寺の始まりと伝えられている。 江戸時代になって、徳島藩主蜂須賀氏の帰依を受け、菩提…

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浄教寺 (大阪市北区)

日本三大天満宮の一つ大阪天満宮近くにあって、ノーベル賞受賞者 川端康成の生誕地の近隣に建つのが浄教寺である。 山門が閉ざされ開創など不詳である。 <大阪市のお寺一覧> (1)寺名:浄教寺(じょうきょうじ) (2)住所:大阪市北区天満4-11-6 (3)宗派:真宗大谷派 (4)開創:不詳 (5)本尊:阿弥陀如来  …

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西来寺 (兵庫県洲本市) 画僧明兆出家の寺

洲本川の河口近くにあって、山門から国道28号の地下参道を抜けると、 そこに西来寺が迎えてくれる。 西来寺の開創は不詳であるが、1355年頃画僧・明兆が3,4歳で出家した お寺として知られている。 明兆は室町時代前期の東福寺画僧で、国宝重文の作品を数多く残した この時期の代表的な画僧である。 一説には、雪舟に大きな影響を与えた…

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浄蓮寺 (大阪市北区)

日本三大天満宮の大阪天満宮近く、滝川公園西隣に現代的な建築の 浄蓮寺が建っている。 滝川公園は戦後、開園されているが、それ以前は天満興正寺が建っていた。 天満興正寺は13世紀開創と伝え、1585年当時は広大な境内に堂宇が 建っていたと。 江戸時代には、天満の役所的な役割を担い大いに栄えたといわれている。 太平洋戦争で焼失し、…

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透玄寺 (京都市下京区寺町通)

透玄寺の山門前に立つ<安産背競地蔵尊>標石のような<xx地蔵尊> の名称を、京都市内で数多くみかける。 平安時代に京都から発祥した地蔵信仰は、現在も地蔵盆の形で生き続け、 5千体以上の地蔵尊が祀られている。 また、地蔵巡りの霊場も<六地蔵巡り>、<洛陽地蔵二十四ヶ寺>、 <上下寺町三十六地蔵>などがある。 透玄寺も上下寺町三…

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妙楽寺 (滋賀県草津市) 

田畑に囲まれて建つ妙楽寺は1619年開創であるが、周辺にある古代寺院の 笠寺廃寺の礎石などが安置されている。 笠寺廃寺は7世紀後半白鳳期の寺院で、跡地から種々の出土品が 発掘されている。 滋賀県には古代寺院の廃寺跡が数多くあるが、その中でも笠寺廃寺は 貴重な出土品が発掘されている。 おそらく、妙楽寺は笠寺廃寺跡の一部ではない…

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惣福寺 (和歌山県紀美野町)

高野山と海南市を結ぶ高野表街道(国道370号)の中間点に位置する 国吉地区の田集落の山手に建つ惣福寺の地は、坂上田村麻呂ゆかりの 地といわれている。 坂上田村麻呂が若き時に、官を辞しこの地に3年間過ごしたという 伝承があり、田村麻呂ゆかりの<田村麻呂記念塔>、<将軍ざくら> などが残されている。 惣福寺は770年開創と伝…

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北野法華寺 (京都市上京区)

京都市内には細い小路が多くあるが、行き止まりの小路を<路地>、 通り抜けのできる小路を<辻子(ずし)>と呼んでいた。 特に、上京区には数多くある。 その中で、<法花寺辻子>と呼ばれた小路は、法華寺にちなんで 名付けられたといわれている。 現在は、御前通と呼び、北野天満宮から九条まで通ずる通りである。 法華寺は、1358年…

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西方寺 (奈良県桜井市)

西方寺は戒重城跡に南向きに建っている。 戒重城は南北朝時代に、南朝方の戒重西阿によって築城されたが、 1580年戒重氏は滅び、1618年織田長政が城跡の西域に陣屋を置いている。 その陣屋跡には春日神社が創建されている。 西方寺の開創は不詳であるが、1580年以降に建立されていると思われる。 <奈良県のお寺一覧> (1…

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円城寺 (兵庫県淡路市) 桜の名所

春爛漫、桜が咲き誇る時期に、淡路島七福神大黒天の八浄寺を訪れた後、 八浄寺奥の院円城寺に向けて、1.5kmの山道を登る。 山上近くへ着くと、目の前に桜の園が広がり、山と桜とお寺が溶け合って 迎えてくれた。 境内に一歩踏み入れると、桜と庭園が一種の旋律を奏でているではないか。 庭園の作者が、有名な中根金作とわかりむべなるかなと。…

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長栄寺 (大阪府東大阪市) 東大阪の名刹

町工場や住宅が密集する東大阪市高井田に建つ長栄寺の境内は、 かっては広大な敷地で、現在も周辺にその名残の地名がある。 長栄寺は、6世紀末~7世紀初期に聖徳太子によって開創されたと 伝えられている。 その後衰えたが、1744年慈雲尊者が入寺し再興し、戒律を重んずる 正法律(真言律)の最初の僧坊とした。 尊者はここを拠点として説…

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真言院 (京都市北区) 上品蓮台寺塔頭

船岡山の西側、千本通に面して建つ上品蓮台寺は、かっては十二坊の 塔頭があり、別名<十二坊>と呼ばれ、それが現在の地名に残っている。 その塔頭の一つで、上品蓮台寺の北隣に真言院の山門がある。 現在堂宇は無く、廃寺同然の状態である。 境内には、鬼退治伝説などで知られる<源頼光の塚>や、弘法大師の母 の家系阿刀氏の<阿刀氏塔>と伝え…

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真光寺 (滋賀県大津市牧) 井原西鶴碑

真光寺が建つ大戸川(田上川)流域は、古から氾濫洪水の多い地域で、 江戸時代17~18世紀には集落の高台への移転が行われていた。 1688年刊の井原西鶴作<武士義理物語>の一節には、この 田上川の氾濫による国守の働きを記述している。 真光寺には、この一節を<井原西鶴碑>に刻み安置している。 <大津市のお寺一覧> (1)…

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昌光律寺 (愛知県岡崎市)

県道39号に面した昌光律寺の若松の参道を歩むと、右手に瓦を積み上げた 円塔が目に飛び込んできた。一体なんだろうか。珍しい。 山門を入ると、<しらがし>の古木などの木々が生い茂り、手入れされた 境内に心癒される。 昌光律寺は1765年、浄土宗の戒律を重視する律院として開創されている。 七代住職万空は詩文に長け、画人・月僊や頼山陽…

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上宮寺 (三重県津市) 聖徳太子ゆかりの寺

フェニックス通に面して建つ上宮寺は、597年聖徳太子が阿漕浦に16歳の 自刻像を祀り、紫雲寺を開創したと伝え、これが上宮寺の始まりといわれている。 7世紀になって上宮寺の勅額を受け、710年奈良興福寺の末寺となっている。 1236年親鸞聖人に帰依した住職・西津は念仏道場に改め、この頃 <阿漕平治の伝説>が生れている。 1580…

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誓願寺 (愛知県豊田市)

上郷町の小高い処に建つ誓願寺は、1330年開創と伝える禅寺であった。 15世紀中頃の三河上野城主・戸田氏の庇護を受け、菩提寺となっている。 戸田氏は1475年には、渥美半島に本拠を移し、勢力を拡大している。 現在の誓願寺には、戸田氏の墓石が残っているが、菩提寺の面影は 見られない。 <愛知県のお寺一覧> (1)寺名:…

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大正寺 (大阪府四條畷市)

法然上人の師であった叡空の弟子であった西仙房心寂は、 法然上人が亡くなった後、法然上人の弟子となり、隠遁して静かに念仏すべく、 河内讃良(現在の四條畷市岡山)の長者のもとに身をよせ、長者の帰依を 受けて草庵を築いている。これが讃良寺と称し、大正寺の起源と伝えられている。 その時期は1174年頃といわれている。 1605年衰退し…

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万福寺 (岐阜県下呂市金山町)

飛騨川を渡って、金山町中津原集落を通り抜けた山麓に建つのが万福寺である。 <逆松傘積みの石垣>と呼ばれる18世紀の石垣の上に建っている。 石畳の参道、石垣とふんだんに石を使った境内は静寂に包まれている。 万福寺は、724年泰澄大師によって開創されたと伝える古刹である。 1538年萩原桜洞城主によって再興され、1630年万福寺と枚…

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養泰寺 (長野県箕輪町) 

1072年開創と伝える養泰寺の裏(寺の墓地)一帯が箕輪城跡として、 箕輪町の史跡に指定されている。 箕輪城の築城時期は不詳であるが、室町時代前期の高遠氏一族の 箕輪氏によって築城されたと考えられている。 戦国時代になり、武田信玄の信州侵攻もあり、1582年廃城となっている。 現在の養泰寺は、中央アルプスを背にスッキリとした…

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善妙寺 (福井県敦賀市)

越前一之宮気比神宮に、日本で最初といわれる神宮寺<気比神宮寺>が 715年開創されたと伝えられている。 その神宮寺の釈迦寺住職・空覚が法然上人に帰依して、1259年開創した のが善妙寺といわれている。その経緯については不詳であるが、 神宮寺の一部が改宗する珍しい事例といえよう。 室町時代には、越前守護の庇護を受け寺領を安堵され…

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