妙楽寺 (滋賀県草津市) 

田畑に囲まれて建つ妙楽寺は1619年開創であるが、周辺にある古代寺院の 笠寺廃寺の礎石などが安置されている。 笠寺廃寺は7世紀後半白鳳期の寺院で、跡地から種々の出土品が 発掘されている。 滋賀県には古代寺院の廃寺跡が数多くあるが、その中でも笠寺廃寺は 貴重な出土品が発掘されている。 おそらく、妙楽寺は笠寺廃寺跡の一部ではない…

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惣福寺 (和歌山県紀美野町)

高野山と海南市を結ぶ高野表街道(国道370号)の中間点に位置する 国吉地区の田集落の山手に建つ惣福寺の地は、坂上田村麻呂ゆかりの 地といわれている。 坂上田村麻呂が若き時に、官を辞しこの地に3年間過ごしたという 伝承があり、田村麻呂ゆかりの<田村麻呂記念塔>、<将軍ざくら> などが残されている。 惣福寺は770年開創と伝…

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北野法華寺 (京都市上京区)

京都市内には細い小路が多くあるが、行き止まりの小路を<路地>、 通り抜けのできる小路を<辻子(ずし)>と呼んでいた。 特に、上京区には数多くある。 その中で、<法花寺辻子>と呼ばれた小路は、法華寺にちなんで 名付けられたといわれている。 現在は、御前通と呼び、北野天満宮から九条まで通ずる通りである。 法華寺は、1358年…

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西方寺 (奈良県桜井市)

西方寺は戒重城跡に南向きに建っている。 戒重城は南北朝時代に、南朝方の戒重西阿によって築城されたが、 1580年戒重氏は滅び、1618年織田長政が城跡の西域に陣屋を置いている。 その陣屋跡には春日神社が創建されている。 西方寺の開創は不詳であるが、1580年以降に建立されていると思われる。 <奈良県のお寺一覧> (1…

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円城寺 (兵庫県淡路市) 桜の名所

春爛漫、桜が咲き誇る時期に、淡路島七福神大黒天の八浄寺を訪れた後、 八浄寺奥の院円城寺に向けて、1.5kmの山道を登る。 山上近くへ着くと、目の前に桜の園が広がり、山と桜とお寺が溶け合って 迎えてくれた。 境内に一歩踏み入れると、桜と庭園が一種の旋律を奏でているではないか。 庭園の作者が、有名な中根金作とわかりむべなるかなと。…

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長栄寺 (大阪府東大阪市) 東大阪の名刹

町工場や住宅が密集する東大阪市高井田に建つ長栄寺の境内は、 かっては広大な敷地で、現在も周辺にその名残の地名がある。 長栄寺は、6世紀末~7世紀初期に聖徳太子によって開創されたと 伝えられている。 その後衰えたが、1744年慈雲尊者が入寺し再興し、戒律を重んずる 正法律(真言律)の最初の僧坊とした。 尊者はここを拠点として説…

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真言院 (京都市北区) 上品蓮台寺塔頭

船岡山の西側、千本通に面して建つ上品蓮台寺は、かっては十二坊の 塔頭があり、別名<十二坊>と呼ばれ、それが現在の地名に残っている。 その塔頭の一つで、上品蓮台寺の北隣に真言院の山門がある。 現在堂宇は無く、廃寺同然の状態である。 境内には、鬼退治伝説などで知られる<源頼光の塚>や、弘法大師の母 の家系阿刀氏の<阿刀氏塔>と伝え…

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真光寺 (滋賀県大津市牧) 井原西鶴碑

真光寺が建つ大戸川(田上川)流域は、古から氾濫洪水の多い地域で、 江戸時代17~18世紀には集落の高台への移転が行われていた。 1688年刊の井原西鶴作<武士義理物語>の一節には、この 田上川の氾濫による国守の働きを記述している。 真光寺には、この一節を<井原西鶴碑>に刻み安置している。 <大津市のお寺一覧> (1)…

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昌光律寺 (愛知県岡崎市)

県道39号に面した昌光律寺の若松の参道を歩むと、右手に瓦を積み上げた 円塔が目に飛び込んできた。一体なんだろうか。珍しい。 山門を入ると、<しらがし>の古木などの木々が生い茂り、手入れされた 境内に心癒される。 昌光律寺は1765年、浄土宗の戒律を重視する律院として開創されている。 七代住職万空は詩文に長け、画人・月僊や頼山陽…

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上宮寺 (三重県津市) 聖徳太子ゆかりの寺

フェニックス通に面して建つ上宮寺は、597年聖徳太子が阿漕浦に16歳の 自刻像を祀り、紫雲寺を開創したと伝え、これが上宮寺の始まりといわれている。 7世紀になって上宮寺の勅額を受け、710年奈良興福寺の末寺となっている。 1236年親鸞聖人に帰依した住職・西津は念仏道場に改め、この頃 <阿漕平治の伝説>が生れている。 1580…

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誓願寺 (愛知県豊田市)

上郷町の小高い処に建つ誓願寺は、1330年開創と伝える禅寺であった。 15世紀中頃の三河上野城主・戸田氏の庇護を受け、菩提寺となっている。 戸田氏は1475年には、渥美半島に本拠を移し、勢力を拡大している。 現在の誓願寺には、戸田氏の墓石が残っているが、菩提寺の面影は 見られない。 <愛知県のお寺一覧> (1)寺名:…

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大正寺 (大阪府四條畷市)

法然上人の師であった叡空の弟子であった西仙房心寂は、 法然上人が亡くなった後、法然上人の弟子となり、隠遁して静かに念仏すべく、 河内讃良(現在の四條畷市岡山)の長者のもとに身をよせ、長者の帰依を 受けて草庵を築いている。これが讃良寺と称し、大正寺の起源と伝えられている。 その時期は1174年頃といわれている。 1605年衰退し…

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万福寺 (岐阜県下呂市金山町)

飛騨川を渡って、金山町中津原集落を通り抜けた山麓に建つのが万福寺である。 <逆松傘積みの石垣>と呼ばれる18世紀の石垣の上に建っている。 石畳の参道、石垣とふんだんに石を使った境内は静寂に包まれている。 万福寺は、724年泰澄大師によって開創されたと伝える古刹である。 1538年萩原桜洞城主によって再興され、1630年万福寺と枚…

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養泰寺 (長野県箕輪町) 

1072年開創と伝える養泰寺の裏(寺の墓地)一帯が箕輪城跡として、 箕輪町の史跡に指定されている。 箕輪城の築城時期は不詳であるが、室町時代前期の高遠氏一族の 箕輪氏によって築城されたと考えられている。 戦国時代になり、武田信玄の信州侵攻もあり、1582年廃城となっている。 現在の養泰寺は、中央アルプスを背にスッキリとした…

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善妙寺 (福井県敦賀市)

越前一之宮気比神宮に、日本で最初といわれる神宮寺<気比神宮寺>が 715年開創されたと伝えられている。 その神宮寺の釈迦寺住職・空覚が法然上人に帰依して、1259年開創した のが善妙寺といわれている。その経緯については不詳であるが、 神宮寺の一部が改宗する珍しい事例といえよう。 室町時代には、越前守護の庇護を受け寺領を安堵され…

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