妙伝寺 (京都市左京区八瀬) 八瀬童子の菩提寺

八瀬を流れる高野川の近くに建つ妙伝寺は、1616年八瀬童子の菩提寺 として開創されている。 八瀬童子は平安時代、比叡山延暦寺の雑役や輿を担ぐ役割をした 八瀬の人々のことを指す呼称で、その後後醍醐天皇の輿を担いで 比叡山へ運んだことから、天皇などの皇室に関わり、天皇葬送の輿を 担ぐ役割を持つようになったといわれている。 明治天…

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慶徳寺 (石川県加賀市)

加賀市大聖寺町の街中に建つ慶徳寺の開創については不詳なところも あるが、1471年蓮如上人が吉崎に来た時に、木曽義仲の末裔 といわれた現在の滋賀県高島市マキノ町願慶寺の僧円海が蓮如上人に 帰依し、教善の名を与えられ、その後現在の加賀市中代町に庵を 結んだのが始まりと伝えられている。 大聖寺藩ができた後、城下町の整備が行われた際…

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徳蓮院 (三重県名張市) 名張藤堂氏の菩提寺

江戸時代、名張の礎を築いた名張藤堂氏の菩提寺が徳蓮院である。 名張藤堂氏の祖・藤堂高吉は、津藩主藤堂高虎の養子で、高虎の 後継者であったが、高虎に実子が生れると、後継者としていた高吉を 疎んじ、実子の高次を後継者とした。 2代目津藩主となった高次は、1636年高吉を名張へ左遷して 遠ざけたが、高吉は名張の振興に努め、名張では名…

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願照寺 (愛知県岡崎市)

親鸞聖人を描いた親鸞聖人三御影  安城御影(京都西本願寺、国宝)、鏡御影(京都西本願寺、国宝)、 熊皮御影(奈良国立博物館、重文) の一つ安城御影が、戦国時代に願照寺から本願寺に渡っている。 この御影を1255年朝円に描かせた親鸞聖人の高弟・専信房専海が願照寺 を開創したと伝えられ、三河における浄土真宗布教の礎を築いたと い…

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平林寺 (兵庫県宝塚市) 武庫七大寺

阪急今津線の逆瀬川駅近くの高台に建つ平林寺は、聖徳太子が隣に 建つ宝塚神社と同時に創建したのではないかと伝えられている。 おそらく神仏習合の形態をとっていたのであろう。 平林寺は広大な境内に多くの坊舎を抱える大寺として、聖徳太子開創の 武庫七大寺として大いに栄えたといわれている。 しかし、1578年荒木村重の謀反により、一山全…

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天然寺 (静岡県掛川市)

天然寺は1494年開創されたと伝え、江戸時代に入って掛川藩主松平氏の 庇護を受け大いに栄えたといわれ、朝鮮通信使の宿舎にもなっている。 1798年オランダ貿易使節団が4年に一度の将軍謁見を行い、長崎出島への 帰途、掛川に宿をとった折に、東インド会社商館長のゲイスベルト・ヘンミイ が、かねてからの病状が悪化し亡くなり、天然寺に葬ら…

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隣松寺 (愛知県豊田市) 徳川家康ゆかりの寺

豊田市南部の田畑が広がる幸町に、広い境内を擁して建つ隣松寺は、 843年開創と伝える古刹である。 山門を入って鐘楼門まで進むと、その手前右手に稲荷社が建つが、 この稲荷は<三河稲荷>と呼ばれ、これこそ徳川家康戦勝祈願の 稲荷といわれ、家康が東国へ配置換えになった時に、江戸(現在の 文京区本郷)にこの三河稲荷の末社を遷座し、鎮守…

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林昌寺 (岐阜県恵那市) 茅葺鐘楼門

恵那市山岡町久保原の国道418号沿いに建つ林昌寺の参道前には、 地元の人々の篤い信仰を集める<爪切地蔵尊>が小さな祠に 祀られている。 これは、弘法大師が一夜で爪で彫られたと伝承される地蔵尊で、 350年ほど前から、煙火をあげて祭る伝統行事があり、現在は 花火大会として催されている。 そこから参道が続き、茅葺の鐘楼門が迎…

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正法寺 (京都市右京区京北五本松町) カヤの木

京都市右京区から京北、美山を経て若狭へ至る周山街道(国道162号) の京北五本松町の右手山麓に、カヤの大木が聳えるのが正法寺である。 正法寺の開創は15世紀末と伝えられているが、このカヤの木はその頃 のものと伝えられ、推定樹齢は500年以上にもある。 樹高は20mを超える大木で、京都市の天然記念物に指定されている。 <京都…

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安楽寺 (長野県駒ヶ根市) 子育て地蔵尊

JR駒ヶ根駅から西へ、雲のかかった中央アルプスを眺めながら5分ほど 歩くと、左手に広い境内の安楽寺が建っている。 威容を誇る三門前に来ると、<子育て地蔵尊>の幟が林立し、境内では お祭りの準備に多くの人が勤しんでいるではないか。 今日は、<子育て地蔵尊例大祭>の日で、その準備とか。 この例大祭は駒ヶ根市でも賑わうイベントとなっ…

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曹源寺 (福井県大野市) 朝倉義景最期の地か

1573年織田信長との戦いに敗れた越前戦国大名の朝倉義景は、 一旦、一乗谷に戻ったが、従兄弟で大野戌山城主・朝倉景鏡の策略で 大野にあって朝倉氏ゆかりの六坊賢松寺に逃れるも、景鏡の 包囲を受け、義景は自刃している。 この六坊賢松寺の跡地と伝承される地に建つのが曹源寺である。 曹源寺は1585年開創と伝えられ、江戸時代前期に現在…

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上宮寺 (石川県小松市)

上宮寺という名前のお寺は全国にあるが、どれも聖徳太子を祀ったり、 太子ゆかりのお寺である。 小松の上宮寺は、1358年に押野村(現在の金沢市八日市1丁目)に 太子堂を開創したのが始まりと伝えられている。 その後、蓮如上人に帰依し、上宮寺としたといわれている。 現在も、八日市には上宮寺跡の碑が建っている。 江戸時代に入って、小…

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もくもく探索日誌 2019年1月19日 大阪北河内

第2京阪道寝屋川北ICを9時過ぎに出る。 今日も快晴に恵まれ、北河内の四條畷市、大東市、東大阪市の市街地と 生駒山系の山腹や山麓の未知のお寺を巡る。 市街地は住宅密集地、山道は細くて難渋する行程となる。                        北河内                      四條畷商店街 …

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祐泉寺 (大阪市北区)

<造幣局の通り抜け>で有名な桜の名所の横に建つ祐泉寺は、1498年 現在の中央区玉造に開創されたと伝えられ、1635年現在地に移転している。 その後の1837年、大塩の乱で焼失している。 再建後、太平洋戦争での空襲も避けて残ったが、現在はビルに囲まれ、 表門には表札もなくお寺と判別できない。 周辺は、大川辺にあり、環境抜群の地…

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永昌寺 (島根県安来市)

安来市伯太町西母里の小山を背に、石垣と塀構えの永昌寺が建つ姿は、 ここ母里を代表するお寺といえよう。 永昌寺は、1556年廃れた草庵を再興したのが始まりと伝えられている。 江戸時代になって、松江藩の支藩として母里藩1万石が立藩されたが、 藩主松平氏は江戸詰めで、藩の政務は国家老・市川氏などが行っていた。 永昌寺は、市川氏を始め…

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西巌殿寺 (熊本県阿蘇市) 阿蘇の古刹

豊肥本線阿蘇駅から南へ、阿蘇山へ走る阿蘇パノラマラインを500mほど 行くと、右手に木々に覆われた西巌殿寺の新しい山門が現れる。 その山門を入った境内は本来、庫裡などの本坊であるが、2001年の 火災で高台にあった本堂が焼失し、仮本堂が置かれている。 その境内の奥に本来の山門と石段参道がある。 石段を登りきると、広い旧境内が色…

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専法寺 (広島県三次市)

西城川に架かる旭橋からは、お椀を伏せた姿の比熊山を借景にした、専法寺の 風景が飛び込んでくる。 ここ専法寺は、かって広島カープで活躍した梵(そよぎ)英心さんの実家で、 地域のコミュニケーションの場として、また三次活性化に積極的に活動して いるお寺である。 1510年開創され、1575年梵誓徳住職の時に浄土真宗になり、中興開基 …

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西光寺 (京都府与謝野町岩滝) 石庭

天橋立と丹後半島に囲まれた阿蘇海に面する与謝野町岩滝地区は、 かっては丹後ちりめんで大いに栄えたが、現在は生産量の大幅な 減少に苦しんでいる。 その岩滝に建つのが西光寺である。 お寺の山門前から眺める風景は、地方の典型的なお寺風景が心を 和ませてくれる。 山門前の<南無阿弥陀仏>の大きな石碑が目に飛び込んでくる。 この六字…

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仏教寺 (岡山県久米南町) 久米南の古刹

国道53号を道の駅くめなんから北へ少し行くと、左手に仏教寺の案内板が 見え、山へ登る林道があり、この林道をひたすら登る。 しばらく登ると視界が開け、仏教寺本坊の前に出る。 本坊から更に行くと、石段参道があり、上を見上げると壮大な山門が 迎えてくれる。 境内正面に方形の本堂が建ち、観音菩薩像が出迎えてくれる。 山の中腹に建つ仏…

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もくもく探索日誌 2019年1月13日 豊田市

伊勢湾岸道豊田東ICを8時半に出る。 朝から快晴に恵まれ、もくもく探索の楽しみが倍増しそうだ。 豊田市の探索は3度目になるが、市の西側を中心に未知のお寺探索 となる。 矢作川が市街地の真ん中を流れ、そこに架かる橋も色んな型があり、 面白い。トヨタ自動車の城下町なのか、ガソリン料金が他に比べて 安いよ。         …

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法泉寺 (香川県高松市) 讃岐高松藩主生駒氏の菩提寺

高松市街地にあって、釈迦如来像が立つ忠魂碑が目に飛び込んでくる 法泉寺は、讃岐高松藩主・生駒氏の菩提寺である。 1587年生駒親正が讃岐一国を豊臣秀吉から与えられ、高松城、丸亀城を 築城し、讃岐を治めた。 1600年讃岐高松藩主となり、その後4代にわたって藩主を務めている。 その2代一正、3代正俊の菩提寺が法泉寺である。 初…

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東照寺 (徳島県徳島市) 新四国曼荼羅霊場第79番

徳島市福島を通る県道29号から北へ、細い路地を入った先に建つ 東照寺は、こじんまりとしたお寺であるが、本堂前のシダレ桜と蘇鉄が 一つの風景を醸し出している。 東照寺は、新四国曼荼羅霊場、阿波秩父観音霊場、阿波六地蔵霊場、 徳島七福神霊場福禄寿と多くの霊場札所として活躍している。 ここに祀られている地蔵菩薩半跏像は鎌倉時代末期の…

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発音寺 (兵庫県伊丹市) 三面大黒天

伊丹市春日丘の住宅地に建つ発音寺には、珍しい<三面大黒天>が 祀られている。 正面に大黒天、右面に毘沙門天、左面に弁財天の三つの顔を持つ 三面大黒天は、京都高台寺の塔頭・円徳院に祀られている豊臣秀吉の 念持仏がよく知られている。 勝運・開運などを祈願した念持仏は、秀吉の正室北政所が引き継ぎ 円徳院に祀られたといわれている。 …

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腰痛地蔵尊 (奈良県奈良市南庄町)

日本の信仰の中で、宗派に関係なく浸透している民間信仰として 地蔵信仰がある。 どこのお寺にも祀られているのが地蔵尊であり、また路傍に祀られて いるのが地蔵尊である。 お地蔵さんのご利益は幅広く、<・・地蔵尊>と呼ばれるお地蔵さんが 全国にある。 その中で<腰痛地蔵尊>と呼ばれるお地蔵さんで知られているのが、  奈良県奈良市…

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極楽寺 (兵庫県豊岡市城崎町) 石庭

城崎温泉街の最奥に位置し、まんだら湯の近くに建つ極楽寺は、応永年間 (1394~1428年)に東福寺70世金山明昶によって開創されたと 伝えられ、江戸時代初期に沢庵和尚によって再興されたといわれている。 この頃、沢庵和尚は出石町の宗鏡寺に隠棲していた。 石庭は清閑庭と呼ばれ、鞍馬の赤石、白川の白砂、吉野の青石を 配した枯山…

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蓮成寺 (大阪市中央区中寺)

大坂城の南部は防備に弱いことから、豊臣秀吉はいくつもの寺町を造る 計画を立て、徐々に実行に移していった。 代表的な寺町として、城南寺町・中寺町・下寺町がある。 その一つ中寺町に建つのが蓮成寺である。 蓮成寺の宗派は、京都妙満寺を総本山とする顕本法華宗で、200強の 寺院を抱える小宗派である。 <大阪市のお寺一覧> …

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もくもく探索日誌 2019年1月7日 大阪天満

京阪電鉄天満橋駅を10時過ぎに下車。 3年半ぶりの大阪市街地探索となる。今日は<大阪天満宮>を中核とする 天満天神地区の探索となる。 天満には<天満寺町>と呼ばれる秀吉が整備計画を立て、江戸時代初期に 完成した寺町で、現在も寺町通沿いに30ヶ寺ほどのお寺が東西に連なっている。 大阪天満宮にお詣りした後、寺町通を東から西へ、御堂…

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禅海寺 (京都府宮津市日置) 日置城主日置氏の菩提寺

宮津湾口の西側・丹後半島の中間部に位置する宮津市日置(ひおき)地区は、 古代においては<日置の里><日置郷>と呼ばれ、海人族の日置氏が 住んでいたともいわれている。 鎌倉時代になって、鎌倉幕府の御家人ともいわれた日置氏が住み着き、 その後丹後守護の一色氏に従い、日置上城に拠っている。 この日置氏の菩提寺が禅海寺である。 …

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慶宝寺 (滋賀県高島市朽木) 鯖街道朽木宿

慶宝寺は鯖街道朽木宿に建ち、1495年の開創と伝えられている。 鯖街道(現在の国道367号)は若狭~京都の山間を通る街道で、 若狭の海産物、特に塩漬けした鯖を京都へ送る街道として、平安時代から 利用された街道である。 現在は、道路も整備され交通量も増えている。 朽木宿はその中間にあって栄えた宿であった。現在もその面影を 少し…

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円明寺 (和歌山県和歌山市) 鳴滝不動尊

修験道の祖・役行者(役小角)が法華経を葛城山系の28ヶ所に 埋めたと伝わる<葛城二十八宿>の一つが鳴滝不動尊の地・大福山 が鳴滝不動尊の始まりといわれている。 13世紀頃、伽藍が創建され円明寺が中興開山されている。 その後、豊臣秀吉の紀州攻めによって灰燼に帰したが、1693年になって、 現在地に本堂など、もともとの鳴滝不動尊の…

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龍興院 (京都府舞鶴市) 十三王図

舞鶴市泉源寺地区は、かって泉源寺があって、その名前に由来している。 龍興院は泉源寺が存在していた室町時代に開創されたと伝えている。 龍興院の<十三王図>掛軸は、泉源寺十王堂から移されたといわれている。 十三王は十三仏を本地仏とし、十三王は生前中の行いを審判し、十三仏は 浄土へ導くといわれている。 <京都丹後のお寺一覧>参照…

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応現寺 (奈良県奈良市東鳴川町) 不空羂索観音坐像

木津川市に接する東鳴川町は10世帯ほどの小さな集落であるが、 この集落が護っているお寺が応現寺であり、そこに祀られているのが 日本でも珍しい様式の不空羂索観音坐像である。 この像は、興福寺南円堂の不空羂索観音坐像を模して、平安時代に 造像されたと伝わり、他に奈良市・不空院の不空羂索観音坐像と共に 3体の坐像が貴重な仏像となって…

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満福寺 (兵庫県養父市) 但馬の高野山

養父市十二所の新宮山(260m)へ集落から林道を登ると、山腹に 仁王門が現れる。 仁王門から石段参道を登ると、満福寺の境内が広がり、本堂などの伽藍 が緑の木々に囲まれて建ち並ぶ。 本堂に参拝し、更に林道を登ると、素晴らしい彫刻の施された奥の院観音堂 が凛と建っている。 かっては、この観音堂を中心に伽藍や坊が建ち並んでいたとい…

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重願寺 (大阪府東大阪市) 額田聖観音

大阪市街地を望む生駒山系の麓に、多宝塔を擁して建つ重願寺は、 1594年大阪市谷町筋に開創されたが、1962年谷町筋の拡幅計画 によって、現在地に移転している。 谷町筋にあった頃は、寛文年間(1661~73年)に創設された <大坂三十三観音巡り>の一寺として大いに栄えたといわれている。 現在も、復活した霊場として<額田聖観音>…

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宝蔵寺 (京都府綾部市睦合町)

由良川支流の上林川中流域に位置する睦合町、綾部から若狭へ通ずる 府道1号に面して、ベンガラの板金屋根が目立つ宝蔵寺が建つ。 おそらく、茅葺屋根の上から板金を葺いた屋根と思われる。 京都丹波に多く見られる屋根形式の本堂である。 宝蔵寺は1554年開創と伝えられている。 <京都丹波のお寺一覧>参照 (1)寺名:宝蔵寺(ほ…

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滋賀県高島市のお寺

滋賀県高島市は市町村合併で湖西地区を網羅しており、 余り知られていないお寺が多くあるが、紹介してみよう。 <お寺の名前をクリックするとあらましと写真を紹介> 興聖寺(朽木):<名勝>庭園 慶宝寺(朽木):鯖街道朽木宿 酒波寺:桜の参道 極楽寺:枯山水庭園 大崎寺<大崎観音>:海津大崎の崖上に建つ 福善寺(マキノ町…

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永正寺 (滋賀県高島市新旭町) 高嶋七ヶ寺

現在の高島市に、かっては天台宗の大寺が7ヶ寺あり、それを<高嶋七ヶ寺> と呼んでいた。 その中に、1228年開創と伝わる清水寺が、現在<清水山城館跡>として 史跡に指定されている清水山にあった。 1235年高島佐々木氏(高島氏)の祖・佐々木高信が清水山城を築き、 その後、城館を拡大し、清水寺の寺坊を占拠した。 いつの頃から清…

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