福田寺 (愛知県設楽町) 武田信玄ゆかりの寺

武田信玄の終焉の地はどこか。現在まで謎に包まれている。
武田信玄は、1573年1月三方ヶ原の戦いで、徳川家康に勝利した後、
1573年2月三河野田城を落とした頃、重態に陥り、伊那街道から
三州街道を経て、甲州へ戻る途中になくなっている。
有力な説の順番で見てみると、
(1)現在の長野県阿智村駒場
(2)現在の長野県根羽村横旗
(3)現在の長野県阿智村浪合
(4)現在の愛知県設楽町田口
など他にもある。
この4番目設楽町田口の地が福田寺といわれている。
福田寺には信玄塚が残されている。

福田寺は1402年開創と伝え、信玄一行が立ち寄り、療養したといわれている。
これも伝承で詳細は不詳である。

<愛知県のお寺一覧>参照

(1)寺名:福田寺(ふくでんじ) (2)住所:愛知県設楽町田口居立19
(3)山号:宝雲山 (4)宗派:臨済宗妙心寺派
(5)開山:芳栴 (6)開創:1402年 (7)本尊:地蔵菩薩
(8)その他
1)イヌグス(タブノキ):県指定天然記念物 推定樹齢数百年

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                       境内から

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                        参道

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                        山門

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                        本堂

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                      信玄塚(左)

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                       信玄塚

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                       イヌグス

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                       イヌグス