慎福寺 (三重県鈴鹿市)

神戸(かんべ)城跡近くに、イチョウの大木が目立つ慎福寺がある。
戦国時代,慎福寺は神戸城主・織田信孝(神戸信孝)の祈願所で
大いに栄えたといわれている。
織田信孝は織田信長の三男で、1568年信長が伊勢平定後、
神戸城主・神戸氏に婿入りし、後に神戸城主となっている。
本能寺の変後、明智光秀の討伐に総大将として活躍したが、
その後、豊臣秀吉と背反し、1583年25歳の若さで自害している。

慎福寺は、1559年神福寺として開創され、七堂伽藍を備えた大寺
であったといわれたが、江戸時代の地震で焼失している。
その後再興され、明治時代に入って慎福寺となっている。
境内のイチョウは<しだれ銀杏>といわれ、樹齢は350年以上とか。

<三重県のお寺一覧>参照

(1)寺名:慎福寺(しんぷくじ) (2)住所:三重県鈴鹿市神戸2-19-8
(3)山号:東王山 (4)宗派:真言宗豊山派
(5)開基:紹盛法印 (6)開創:1559年 (7)本尊:薬師如来

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                       イチョウ

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                        参道

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                        境内

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                        本堂

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                       賓頭盧尊