国分寺 (鳥取県鳥取市) 因幡国分寺

741年聖武天皇の詔により、全国66ヶ国68ヶ所に国家鎮護・国土安穏
のために国分寺を創建している。
因幡国分寺の創建は不詳で、758年万葉集の編纂者といわれる大伴家持
が、因幡国司として国分寺の近くにあった因幡国府に赴任した時に、
国分寺が既に建っていたかも不詳である。
家持は759年の新年を迎えて詠んだ歌が万葉集の最後の歌となっている。
 <新しき年の始の初春の今日降る雪のいや重け吉事>

因幡国分寺は戦国時代の兵火により衰退したが、1674年黄檗宗の
お寺として再興されている。
因幡国分寺跡からは礎石などが見つかっているが、跡地は田畑や住宅地
となっており、現在の国分寺はその一部に建ち、礎石が安置されている。

<鳥取県のお寺一覧>参照

(1)寺名:国分寺(こくぶんじ) (2)住所:鳥取県鳥取市国府町国分寺31-1
(3)山号:最勝山 (4)宗派:黄檗宗
(5)開基:聖武天皇 (6)開創:不詳 (7)本尊:薬師如来

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                        周辺

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                        本堂

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                    因幡国分寺の礎石