興禅寺 (奈良県東吉野村)

伊勢街道の山麓に建つ興禅寺の開山は梅峰竺信、開基は但馬豊岡藩主京極氏 関係者と伝えられている。 梅峰竺信は、曹洞宗の中で宗風が失われつつあるのを、宗統復古運動で 原点に返るべきと唱えた僧で、晩年の元禄年間(1688~1704年)に興禅寺を 開創して隠棲している。 その際に、かって竺信に帰依した京極高門(豊岡藩主京極高盛の弟)が…

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円福寺 (兵庫県加古川市) 赤松満祐ゆかりの寺

円福寺は、後の播磨守護・赤松満祐が元服の時、1397年に満祐に よって開創されたと伝えられている。 赤松満祐は、播磨・美作・備前の守護時代1441年、足利幕府6代将軍・ 足利義教を暗殺した(嘉吉の乱)首謀者で、幕府の反撃により自刃している。 満祐は逆臣として扱われたが、悪御所とも呼ばれた足利義教を討った ことは、下剋上時代を切…

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大隆寺 (大阪府枚方市) 枚方寺内町

2002年、大隆寺の本堂増築工事に伴って、発掘調査が行われ、 枚方寺内町の油屋遺構として備前焼の大甕が20数個発見されている。 枚方寺内町は、1514年開創された枚方御坊を中核に形成され、 大いに栄えた寺内町となったが、1570~73年間に織田信長の軍に より、破壊されたといわれている。 1575年寺内町の油屋跡に、信長の法華…

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宝蔵寺 (京都市中京区) 伊藤若冲親族の菩提寺

お寺が集中する中京区裏寺町に建つ宝蔵寺は、伊藤若冲ゆかりの寺として 知られ、時々公開される若冲の作品に人気が集まる。 1751年父母の墓石を宝蔵寺に建て、1765年末弟の墓石も建てている。 若冲ゆかりのお寺では、相国寺で<若冲>号を授かり、多くの作品を 奉納している。 最晩年、伏見区石峯寺に隠居し最期を迎えている。 宝蔵…

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滋賀県湖北地域のお寺

滋賀県湖北地域(米原市、長浜市、長浜市虎姫町、長浜市湖北町、長浜市高月町、 長浜市木之本町、長浜市余呉町、長浜市西浅井町)は観音の里と呼ばれ、特に 渡岸寺観音堂の<国宝>十一面観音立像は日本を代表する仏像である。 <お寺の名前をクリックするとあらましと写真を紹介> 観音寺(米原市):石田三成ゆかりのお寺 青岸寺(米原市…

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大田寺 (滋賀県長浜市木尾町)

伊吹山西北麓に位置する木尾集落の山中に、薬師堂だけが建つ大田寺の 開創は行基による伝えがあるが、不詳である。 薬師堂に祀られている薬師如来坐像は、かっては奥深い山中に祀られて いたことから、織田信長の湖北征討においても難を逃れたといわれ、 <木尾の薬師>と呼ばれ、信仰を集めたといわれる。 現在は、ひっそりと祀られている。 …

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円福寺 (愛知県岡崎市) 浄土宗の名刹

クスの大木が境内の真ん中に立つ円福寺の歴史は、千変万化の道を 辿り、京都から岡崎の地に落ち着いた浄土宗西山深草派の名刹である。 1251年京都伏見深草の地に真宗院として開創されたのが円福寺の 始まりで、その後変遷を経て京都寺町の大寺として栄えたが、明治時代 に入って京都寺町界隈の再開発に伴い、円福寺の境内は縮小された。 これを…

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上品寺 (三重県四日市市) 内部地区の古刹

四日市市南部に位置する内部(うつべ)地区貝家町に建つのが上品寺である。 貝家(かいげ)の地名は、上品寺の門階の下に位置する階下(かいげ)に 由来するといわれている。 上品寺は、849年土師宿禰岩次が建立した成保寺が始まりと伝え、 1461年天台宗から浄土真宗になり、1615年現在地に移り、 1679年上品寺と改名している。 …

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もくもく探索日誌 2018年11月24日 湖南三山の紅葉

新名神草津ICを8時半に出る。 近江湖南三山(長寿寺、常楽寺、善水寺)の紅葉狩りをメインとして、湖南市 の未知寺院を巡る。 湖南三山は人出が多く、以前に比して大幅に増えている。地元の人々の 奉仕もあって賑わいが見られる。                        常楽寺                      …

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栖賢寺 (京都市左京区上高野)

国道367号(通称:鯖街道)に面して、崇導神社から八瀬寄りに一軒おいて、 細い参道を入って行くと、瀟洒な山門が現れる。 境内に一歩踏み入れると、そこにはもみじの木々が境内一面を覆うっている。 ここが京都の隠れ紅葉スポットといわれるのが納得できる。 栖賢寺は、元々尼崎市の地に開創され、1932年現在地に引っ越してきた。 1582…

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青大悲寺 (名古屋市熱田区)

熱田公園に隣接し、伏見通に面して山門を構えるのが青大悲寺である。 結構広い境内は整備され、伏見通の車音も消される木々が静寂を 醸し出している。 青大悲寺は1802年きの女が開創した新興宗教の尼寺で、如来教の 本山である。 山門の右手に建つ地蔵堂には鋳鉄製の地蔵菩薩が祀られ、尾張六地蔵 の一つに数えられている。 鋳鉄製地蔵菩…

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照空寺 (岐阜県本巣市)

本巣市文殊の大平山(213m)麓に建つ照空寺は、江戸時代前期の 旗本・文殊戸田氏の菩提寺である。 美濃加納藩主2代目となった松平光永は、引き継いだ7万石の内、 5千石を弟の光正(文殊戸田初代)に、5千石を弟の光直(北方戸田初代) に分け与え、光正は文殊の地に陣屋を構えている。 その際、光正の母・照空院の菩提を弔うために、142…

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無量寺 (長野県箕輪町) 中部四十九薬師霊場第13番

天竜川東岸の東箕輪地区の小高い処に建つ無量寺は桜の名所といわれ、 花木が境内を彩っている。 旧参道にはサツキやあじさいが植生され、境内一帯に桜が植生されている。 四季折々の花を愛でる地元の人の信仰のお寺である。 無量寺は、1224年開創と伝わる古刹で、所蔵されている阿弥陀如来像 の年代からみて、もっと古い開創と推定されている。…

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大信寺 (兵庫県加西市)

加西市北条町は、江戸時代の1681~1745年の間、北条陣屋が置かれ 小田原藩の飛地藩領であった。 この間北条の基盤が築かれたといわれ、小田原藩主の出先菩提寺が 大信寺である。 大信寺北側に北条陣屋があったとされている。 <兵庫県のお寺一覧>参照 (1)寺名:大信寺(だいしんじ) (2)住所:兵庫県加西市北条町北条1…

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妙隆寺 (福井県あわら市) 金津城主溝江氏の菩提寺

江戸時代には北陸街道の宿場町として栄えた金津は、戦国時代に金津城が 築城され基盤が整備された。 その城主溝江氏の菩提寺が妙隆寺である。 金津城は1574年の一向一揆によって焼失し、一族共々自刃しているが、 一人の遺児が逃げ延び、織田信長、豊臣秀吉に仕え、金津城を再興し 大名となっている。 しかし、関ヶ原の戦い後領地は没収され…

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正覚寺 (石川県加賀市大聖寺)

大聖寺山ノ下寺院群の中央地に建つのが正覚寺である。 お寺の本尊阿弥陀如来像は靴を履いた<履行(くつばき)阿弥陀如来像> で、平清盛寵愛の白拍子・仏御前が清盛から授かったと伝承されている。 仏御前は、現在の小松市原町の出で、京へ出て白拍子となり、清盛の 寵愛を受け、清盛の子を身ごもり小松へ帰郷したとか。 その際、持ち帰った仏像が…

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聖衆寺 (三重県桑名市) 土仏さん

桑名駅の西、北別所の住宅地に舌のように突き出した丘の上に建つのが 聖衆寺である。 石段参道を登ると、もみじの木々に囲まれて本堂が建ち、本堂裏手の さらに高い丘上に秋葉堂が建っている。そこからは桑名市街地が一望。 紅葉の風景と展望が見どころといえよう。 通称<土仏(どぶつ)さん>とよばれるのは、本尊阿弥陀如来像が 瓦製(土を焼…

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宝泉寺 (京都市右京区京北)

京北の桜は京都市街地に比べて1週間ほど遅れ、京都では長い期間 お花見ができる。 京北の桜はあまり知られていないが、<京北桜100選>と呼ばれる スポットがあり、中でも常照皇寺の桜は古から有名である。 それに次いで、宝泉寺の紅シダレ桜は見応えがあるとか。 私はまだ春の宝泉寺を訪れていない。来なくては。 宝泉寺は、神護寺に1…

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首題寺 (名古屋市中区)

清須城が織田信長以来、尾張の中核であったが、1609年徳川家康は 名古屋城を築城し、尾張藩の中核とすべく計画し、1910年から開始し、 それに伴って城下町の整備に取り掛かった。 城の防御として、宗派別に東寺町と南寺町を形成した。 その際、清須城下の寺院群を名古屋に移転させている。 日蓮宗系のお寺は東寺町へ移転し、南寺町には日蓮…

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もくもく探索日誌 2018年11月12~14日 天草~阿蘇

今回の旅は3人で、観光が主、お寺探索は従となる。 天草~島原~阿蘇の旅。                        崎津教会                       大江天主堂                    大観峰から阿蘇五岳                      阿蘇中岳火口 <11…

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静居寺 (静岡県島田市) 江戸時代の伽藍

島田市旗指を流れる伊太谷川支流に沿って遡ると、総門が見えてくる。 杉林の参道を進むと、唐破風の惣門がその美形をもって迎えてくれる。 この辺りでは珍しい門構えで、なんでも京都から移築されたとか。 この惣門を始めとして、伽藍の7棟が江戸時代の建立となっており、 静岡県の文化財に指定されている。 少し離れて伽藍を遠望すると、静居寺風…

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聞得寺 (岐阜県羽島市) 竹鼻別院跡地

羽島市竹鼻町の中核寺院である竹鼻別院は、江戸時代には御坊専福寺 とよばれていた。 1760年竹鼻下町の大火で類焼した御坊専福寺は、現在の竹鼻別院の 地に再興され、寛政年間(1789~1801年)になって聞得寺が西的場 からその跡地に移転している。 聞得寺は1538年浅井行政(浄祐)によって開創されている。 羽島市観光協会の説…

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喜春庵 (京都市西京区)

西京区大原野の住宅地に建つ喜春庵は、1468年嵯峨天皇に仕えた小野石子 の屋敷跡に開創されたと伝えている。 お寺が所蔵する<重文>十一面観音像は平安時代前期の造像と考えられ、 大原野の山上に建つ金蔵寺から移座されたとか。 小さなお寺であるが、初心者向けの座禅体験が行われている。 <京都市西京区のお寺一覧>参照 (…

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金鳳寺 (長野県伊那市) 茅葺屋根の本堂

伊那街道(県道18号)を駒ヶ根市から火山峠を越え伊那市に入って 間もなく、右手の山裾に茅葺屋根のお堂が見えてくる。そこが金鳳寺 である。 伊那街道からのアプローチは見事な曲線を描き、樹々に囲まれた お堂をきわだせている。 金鳳寺は1470年に開創されたと伝え、茅葺屋根の本堂は200年ほど 前に建立されている。 この本堂…

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真乗寺 (福井県大野市)

大野市街地から西に3km、飯降山の麓に建つ真乗寺は、1481年蓮如上人 に帰依し得度した浄西は、蓮如上人より与えられた親鸞聖人筆十字名号を 本尊として,1486年草庵を建てたのが始まりと伝えられている。 現在の山門は大野城の裏門で、江戸時代末期に大野藩主・土井利忠が 裏山で松茸狩りの際に、真乗寺で休息したお礼に寄進されたといわれ…

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興善寺 (石川県小松市) 蓮如上人ゆかりの寺

蓮如上人が1475年、吉崎御坊を退去する際に、弟子の興乗坊は上人から 寿像などを与えられ、その後現在の小松市大島町に持ち帰り、堂宇を 建立したのが興善寺の始まりと伝えられている。 1913年現在地に移転している。 興善寺が所蔵している<蓮如上人御消息>は、能美郡四講に宛てられた 志納を受け取った旨の消息で、原文として貴重な資料…

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清浄寺 (兵庫県南あわじ市倭文)

清浄寺の建つ倭文地区の倭文(しとおり)は、難解読の地名で、全国には 数か所あり、読み方は(しず)、(しずり)、(しどり)、(しとおり)など 様々な読み方の地名となっている。 倭文は織物の名前であって、織物技術を持った海人族が住み着いた 地域に地名として残ったといわれている。 清浄寺と地名の間には関係ないと思われるが、地名の珍し…

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福源寺 (奈良県川上村) 川上村の古刹

川上村大滝ダムの西、高原山(1087m)の中腹に建つ山寺の福源寺は、 白鳳時代に役行者が開創したと伝え、修験道の大峰山から出土した 仏頭など役行者ゆかりの寺宝が残されている。 福源寺には種々の伝承や歴史が伝わり、古の様子が寺宝として残され、 この山寺の存在が光る。 その中で、  貞観年間(859~877年)に木地師の祖といわ…

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大善院 (京都市下京区) 仏光寺塔頭

本山仏光寺の参道に建つ大善院は、仏光寺六坊の一坊で、かっては南坊 と呼ばれていた。 仏光寺中興の祖・了源上人の弟・武田明信によって、建武年間(1334~38年) 東山に開創されたと伝えられている。 1586年現在地に移り、1633年南坊から大善院になっている。 大善院は多彩な活動を展開し、<お寺ハウス>を営んでいる。 …

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万福寺 (島根県雲南市大東町)

雲南市は松江市・出雲市の南部に位置する山間部にあり、高齢化率も 40%に近い市であるが、自然と歴史があり、古刹のお寺も多い。 雲南市大東町の万福寺の開創は不詳であるが、廃寺となった極楽寺から 移座された2躯の大日如来像など多くの文化財仏像がある。 小高い処に建つ万福寺はこじんまりした山寺であるが、スダジイなどの 樹々が趣を造っ…

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蓮光寺 (兵庫県洲本市) 太子堂

淡路三山の一つ、先山を背に二重塔が建つのが蓮光寺である。 蓮光寺の開創は不詳であるが、お寺の裏に建つ上内膳八幡神社の 神宮寺で、神社は建久年間(1190~99年)の建立と伝えられている。 明治時代初期の神仏分離で独立している。 太子堂も、神仏分離で廃寺となった洲本八幡神社の神宮寺・龍宝院から 1872年移築されている。 太子…

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吉井寺 (広島県府中市上下町) 備後大仏

かっての上下町は、石見銀山の銀集積地として、1700年江戸幕府の天領 となり、代官所が設置された。 その初代代官が病を患った折に、吉井谷に祀られていた薬師如来の夢告に より、薬を調剤し服用したところ完治し、代官は薬師如来を移座して 吉井寺を開創したと伝えられている。 それ以来、吉井寺は代官所の祈願寺となった。 この薬師如来坐…

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三尾寺 (岡山県新見市) 備中高野山

真庭市北房地区から中国自動車道を見下ろす形で、整備された林道を 登って行くと、三尾寺杉並木参道に出る。 新見市東部に位置し、北房地区に馴染みが深いといえよう。 別称<備中高野山>と呼ばれ、山上の密教道場として弘法大師空海が 再興したと伝えるだけの修行場風景が広がっている。 杉並木参道と茅葺本堂の風景が長年にわたって維持されてき…

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万福寺 (徳島県徳島市) 新四国曼荼羅霊場第77番

1945年の戦火で伽藍は全焼したが、その後再建され、オープンなお寺と して親しまれている。 お寺は貞観年間(859~877年)開創されたと伝わる古刹で、新四国 曼荼羅霊場や徳島七福神弁財天などの札所となっている。 意外な面として、明治3年に起こった庚午事変の首謀者10人の内、 4人が、日本法制史上最後の切腹が万福寺で行われてい…

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玉泉寺 (京都府綾部市武吉町)

由良川の支流・上林川の下流域に位置する武吉集落は人口120人ほどの 山村田園地域である。 その河岸段丘の上に建つのが玉泉寺である。 玉泉寺は、1601年能登の僧によって開創された曹洞宗五詮庵が始まりで、 1884年臨済宗玉泉寺となっている。 何の変哲もないお寺であるが、2件の文化財を有している。 特に、明治時代初期に廃寺とな…

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大念寺 (奈良県桜井市大福) 泡子地蔵尊

桜井市大福の住宅地の中に建つ大念寺の<泡子地蔵尊>は白い仮面を 付けたように見える化粧地蔵である。 この地蔵尊は、1333年銘の残る古仏であるが、もとは大福地区の別の 場所に安置されていたものを、このお寺に移座している。 白い化粧はいつ頃なされ、泡子地蔵と呼ばれた経緯は不詳とのこと。 この地蔵尊は、本居宣長が1772年吉野、飛…

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