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西岸寺 (京都府京丹波町) 和泉式部の墓
西岸寺 (京都府京丹波町) 和泉式部の墓 京丹波町の西岸寺には、平安時代中期の歌人・和泉式部の墓といわれる 供養塔が建っている。 和泉式部は1013年頃、夫の勤務地丹後に赴いているが、それ以降の 動静については不明なところがあり、数多くの伝説が各地域に伝わっている。 全国に数多くの和泉式部の墓があると伝わり、西岸寺の墓もその内の 一つである。 民族学者・柳田国男の説によれば、奈良誓願寺(現在は京都市中京区) に関わる女性が諸国を巡ったことから生まれた伝説だろうと。 恋多き和泉式部の伝説は生まれるべくして生まれたとも。 ... ...続きを見る

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2018/04/30 16:01
極楽寺 (静岡県森町) 遠州三十三観音霊場第33番
極楽寺 (静岡県森町) 遠州三十三観音霊場第33番 私が訪れた時期は、あじさいの季節を過ぎており、<あじさい寺>を 満喫できず。名残の一輪を見つける。 極楽寺は712年開創されたと伝え、平安時代には一時栄えたが、 その後廃れた。 1629年可睡斎の和尚により再興され、曹洞宗の禅寺として復活している。 遠州三十三観音霊場は1984年開創された新しい霊場である。 ...続きを見る

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2018/04/29 17:44
洞雲寺 (岐阜県白川町)
洞雲寺 (岐阜県白川町) 中部四十九薬師霊場第46番の洞雲寺は、1445年現在地の背後に位置する 田代山中の田代高原に開創されたと伝えられている。 1604年洞雲寺として再興され、1960年現在地に再建されている。 飛騨川に注ぐ白川の右岸小高い処に、石垣を巡らせて建つ姿は堂々とした お寺の風情がある。 ...続きを見る

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2018/04/28 20:11
西林寺 (三重県桑名市下深谷部) 北廻城跡
西林寺 (三重県桑名市下深谷部) 北廻城跡 下深谷部に建つ西林寺は、北廻(きたはざま)城主・近藤氏の子孫が その城跡麓に開創したといわれている。 北廻城は延元年間(1336〜40年)に近藤氏によって築城された堅固な 城といわれ、織田信長の伊勢侵攻においても攻めあぐね、 滝川一益軍はトンネルを掘って、地下から攻めたといわれている。 1573年には落城している。 ...続きを見る

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2018/04/27 10:16
常観寺 (京都府亀岡市)
常観寺 (京都府亀岡市) 西国三十三所観音霊場に倣って、全国各地に三十三所観音霊場があり、 丹波にも10近くの三十三所観音霊場がある。 その一つ<中筋三十三所観音霊場>は江戸時代前期に開かれた霊場で、 南丹市・亀岡市の桂川西部に位置している。 その内の一つ常観寺は亀岡市大井町にあって、金岐城跡の麓に建っている。 草木に覆われた境内には彩りの花が咲いていた。 宗派は丹波では数少ない黄檗宗である。 ...続きを見る

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2018/04/26 08:59
瑞雲寺 (愛知県春日井市)
瑞雲寺 (愛知県春日井市) 瑞雲寺の開創は、760年頃とか860年頃とか不詳であるが、1438年 臨済宗のお寺として再興されている。 江戸時代には、城北4ヶ寺の一つとして尾張藩主の思召しもあって栄えたと いわれている。 本堂など伽藍も再建され境内も整備されている。 また、境内には種々の石仏が安置され、安らぎを覚えさせてくれる。 ...続きを見る

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2018/04/25 19:31
満勝寺 (静岡県掛川市)
満勝寺 (静岡県掛川市) 満勝寺は、1446年雑賀城主・雑賀吉長によって開創されたと伝えられている。 雑賀吉長はこの地域の豪族で雑賀城を築城しているが、今川氏に攻められ 明応年間(1492〜1501年)には落城し、雑賀氏は滅んでいる。 満勝寺はその後も今川氏、大須賀氏、徳川氏などの庇護を受けている。 満勝寺開創当時は、遠州における法華(日蓮宗)布教の拠点として大いに 栄えたといわれている。 現在もその風景が残っている。 ...続きを見る

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2018/04/25 09:02
正願寺 (岐阜県御嵩町)
正願寺 (岐阜県御嵩町) 旧中山道(国道21号)上之郷を山手に入り、山麓に風格のある鐘楼門が 目に飛び込んでくる。 それが正願寺である。 正願寺の開創は1310年鈍庵俊によって開創されたと伝えられている。 鈍庵は、滋賀県永源寺の開祖・寂室元光らと共に、1320年中国元に 渡り、7年間の参禅を経て1326年帰国している。 (寂室元光は1361年永源寺を開創している。) 5代続いたが、その後廃れ、1657年再興されている。 ...続きを見る

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2018/04/24 11:06
もくもく探索日誌 2018年4月22日 徳島〜淡路島
もくもく探索日誌 2018年4月22日 徳島〜淡路島 徳島市内のホテルを6時前に出る。 眉山の頂上へ。道路は整備され、15分で到着。 日が出て間もない時間で、市内の展望は逆光で、かつ靄っている。 徳島のシンボル眉山を海岸近くから望むべく、ヨットハーバーへ。 これで眉山は満喫。 ...続きを見る

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2018/04/22 21:21
京都府南部のお寺
京都府南部のお寺 京都府南部(宇治市、城陽市、久御山町、京田辺市、宇治田原町、井手町、 精華町、木津川市、和束町、笠置町、南山城村)のお寺 ...続きを見る

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2018/04/22 15:23
薬師寺 (京都府和束町) 薬師如来坐像
薬師寺 (京都府和束町) 薬師如来坐像 和束町は宇治茶の生産量が最も多く、<茶源郷>と呼ばれ茶畑の景観が 観光資源にもなっている。 その景観ポイントとして<原山円形茶園>もその一つである。 この円形茶園の近くに位置するのが薬師寺である。 その開創については不詳であるが、所蔵する薬師如来坐像は平安時代の 9世紀造像といわれ、奈良時代の乾漆像の造形を引き継いだ一木像として 注目されている。 ...続きを見る

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2018/04/22 15:19
もくもく探索日誌 2018年4月21日 徳島
もくもく探索日誌 2018年4月21日 徳島 徳島道徳島ICを11時半に出る。 徳島市内と小松島市の未知のお寺探索。 本日は夏日となり、一挙に初夏に突入した感がある。 今日のメインは、中津峰山頂の如意輪寺と小松島市の金磯弁財天、 徳島市内の寺町寺院群と欲張った予定。 ...続きを見る

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2018/04/21 21:33
常円寺 (長野県伊那市)
常円寺 (長野県伊那市) 伊那市山寺の丘陵上に建つ常円寺は、上伊那の曹洞宗名刹といわれるだけに、 境内は整備され仁王門と山門の二門が出迎えてくれる。 常円寺は、1399年現在の伊那市横山地区のアルプス山麓に開創され、 1581年現在地に移転再興されている。 ...続きを見る

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2018/04/21 19:24
福円寺 (福井県あわら市) 藤野厳九郎の菩提寺
福円寺 (福井県あわら市) 藤野厳九郎の菩提寺 あわら市下番に建つ福円寺は、日本留学時代の中国の文豪・魯迅の恩師として 知られる藤野厳九郎の菩提寺である。 藤野はあわら市下番の出身で、1904年仙台医学専門学校(東北大学医学部) の教授になった年に、魯迅がこの学校に留学してきた。 この時代は後進国を蔑む風潮があり、魯迅も苦労したが、藤野が何かとサポート し、師弟の絆ができた。 魯迅は結局、作家の道を選び、学校を中退している。 藤野は郷里に戻り、三国町で開業医を開き一生を終えている。 ところが、魯迅が短編小説<藤野先生>を著わし... ...続きを見る

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2018/04/20 08:41
もくもく探索日誌 2018年4月19日 京丹波町
もくもく探索日誌 2018年4月19日 京丹波町 京都縦貫道丹波IC10時に出る。 芽吹いてきた新緑と名残の桜、種々の草花が彩る京丹波の里を巡る。 夏日に近い天気に恵まれた一日である。 ...続きを見る

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2018/04/19 21:43
妙立寺 (石川県金沢市) 忍者寺
妙立寺 (石川県金沢市) 忍者寺 寺町寺院群にあって、金沢観光の目玉となっている妙立寺は、本来忍者とは 無縁であるが、<忍者寺>と呼ばれ、それが商標登録されている。 堂宇内部には、種々のからくりが設けられ、まさしく忍者屋敷の構造と なっている。 完全予約制の拝観にもかかわらず、いつも賑わいを呈しているのも 頷ける面白さがある。 残念ながら撮影禁止となっている。 ...続きを見る

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2018/04/19 15:29
超円寺 (京都市上京区) 跡追地蔵
超円寺 (京都市上京区) 跡追地蔵 超円寺の開創は不詳であるが、織田信長の比叡山焼き討ちの折、兵火を 避けて堅田のお寺から観音像が超円寺に移され、それを追うように 地蔵尊も移されたといわれている。 この地蔵尊を、観音像の後を追いかけてきたことから、<後追地蔵(跡追地蔵)> と呼んでいるとか。 別の伝承では、大宰府天満宮に菅原道真が祀られた後、北野天満宮が 創建され道真が祀られたことから、道真の後を追って地蔵尊も京へ 移されたとか。 ...続きを見る

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2018/04/18 09:34
薬音寺 (奈良県山添村) 20躯の古仏
薬音寺 (奈良県山添村) 20躯の古仏 大和高原の布目ダム湖から西へ1kmほど山中へ入った地に、かっては神仏習合の 戸隠神社と同居する形で薬音寺がある。 現在は、集会所としての機能を併せ持つ会所寺となっている。 この寂れた山寺に、20躯の平安〜鎌倉時代の古仏が伝えられている不思議が ある。 9世紀末〜13世紀と推定される古仏は、  如来像6躯、観音像4躯、地蔵像3躯、天部像6躯、弘法大師像1躯と 多彩な仏像である。 現在のところ、研究調査は余り進んでいないとか。 ...続きを見る

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2018/04/17 14:30
法導寺 (兵庫県淡路市)
法導寺 (兵庫県淡路市) 神戸淡路鳴門道東浦ICを出て、南の丘陵に建つ法導寺は春爛漫の桜満開 に包まれたお寺であった。 参道、墓地奥の1本桜と見事な咲きっぷり。 法導寺は1390年開創と伝え、淡路四国八十八ヶ所霊場の第61番札所 となっている。 1995年の阪神・淡路大震災により大きな被害を受けたが、現在は修復 されている。 住職の法話は人の心を惹きつけることで有名だそうだ。 ...続きを見る

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2018/04/17 09:31
霊松寺 (大阪府高槻市)
霊松寺 (大阪府高槻市) JR高槻駅の北に位置する天神山丘陵に建つ霊松寺は奈良時代前期に 開創されたと伝えられ、当初は地蔵院と呼ばれたとか。 1412年再興され、霊松寺となっている。 戦国時代には、芥川山城主で当時大いに権勢を誇った三好長慶・義興の 帰依もあり大いに栄えたといわれている。 天正年間には、織田信長軍の高山右近の兵火に罹り焼失している。 江戸時代前期に再興され、高山藩主の庇護を受けている。 ...続きを見る

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2018/04/16 09:43
寿仏寺 (京都市北区大森東)
寿仏寺 (京都市北区大森東) 清滝川上流の大森東町最深部に建つのが寿仏寺である。 開創については不詳であるが、1681年浄土宗から臨済宗妙心寺派に なっている。故に、本尊は臨済宗でありながら、阿弥陀如来である。 寺宝には、鎌倉時代、室町時代の奥書がある大般若経があるが、 別の寺から移管されている。 ...続きを見る

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2018/04/15 09:24
最勝寺 (鳥取県鳥取市)
最勝寺 (鳥取県鳥取市) 鳥取市南部の霊石山(334m)は神代の時代からの霊山で、710年中腹に 行基が開創したのが最勝寺と伝えられている。 その地は、現在最勝寺奥の院となっており、1955年本堂は山麓に移っている。 鎌倉時代初期には、源頼朝の弟・範頼がこのお寺で出家したと伝承され、 その供養塔といわれる石塔がある。 現在の最勝寺境内からは高速道鳥取道や河原城を見下ろすことができる。 残念ながら、奥の院の訪問は出来なかった。 ...続きを見る

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2018/04/14 10:36
成道寺 (岡山県津山市)
成道寺 (岡山県津山市) 津山市の寺院群がある西寺町には11ヶ寺が集中している。 その中の一つ成道寺は、1604年初代津山藩主・森忠政の開創である。 森忠政は、織田信長の近習で本能寺の変で亡くなった森蘭丸の弟で、 1603年津山初代藩主となり、地名を鶴山から津山へと変更し、津山城 の再建を行い、津山の基盤を築いている。 ...続きを見る

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2018/04/13 11:14
東照寺 (香川県東かがわ市) 田ノ口薬師
東照寺 (香川県東かがわ市) 田ノ口薬師 田畑と住宅が混在する山麓に建つ東照寺は、古より<田ノ口薬師>と 呼ばれ、四国で有数の厄除け寺として参拝者が多い。 お寺の周囲には広い駐車場が設けられていることからも。 東照寺は奈良時代前期に行基によって開創され、弘法大師空海が巡錫の 途次に立ち寄り、薬師如来像を祀ったといわれている。 837年空海の弟子・実慧が再興したと伝えられている。 ...続きを見る

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2018/04/12 09:43
金泉寺 (京都市上京区)
金泉寺 (京都市上京区) 北野天満宮の南、立本寺を中心とする寺院群の中の一つ金泉寺の 開創は不詳であるが、<乾三十三所霊場>の一つである。 乾三十三所霊場とは、洛中の戍亥(北西部)方角、現在の上京区、北区に 1909年設けられた観音霊場である。 現在は、ほとんど知る人もない霊場である。 ...続きを見る

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2018/04/11 19:31
金龍寺 (奈良県奈良市都祁)
金龍寺 (奈良県奈良市都祁) 大和高原の都祁地区は、大和でも古い歴史を持つ山里で、古代国家として <闘鶏(つげ)>国があったが、大化改新後、大和朝廷に吸収され、 都祁郷となっている。 戦国時代、現在の天理市山田町にあった山田城から都祁馬場にあった 馬場城主となった山田順貞(道安)が都祁馬場地区を治め、永禄年間 (1558〜70年)に金龍寺を開創し、山田氏の菩提寺としている。 山田順貞は東大寺大仏の補修も行い、武人画家でもあった。 ...続きを見る

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2018/04/11 09:10
妙観寺 (兵庫県淡路市)
妙観寺 (兵庫県淡路市) 神戸淡路鳴門道の東浦ICの近く、山麓に建つ妙観寺は集落の最奥に 位置し、境内からは大阪湾が望める。 開創については不詳であるが、本堂も近年の建立で、現代的な境内の 風景を持っている。 全国に、四国八十八ヶ所霊場に倣った霊場が存在するが、淡路島にも <淡路四国八十八ヶ所霊場>があり、妙観寺は第60番となっている。 ...続きを見る

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2018/04/10 10:50
勝幡寺 (大阪府島本町)
勝幡寺 (大阪府島本町) サントリー山崎蒸溜所に近いマンション群の谷底に建つ勝幡寺は、 717年開創されたと伝えられている。749年の説もある。 1516年兵火による罹災までは大いに栄えたといわれているが、 その後は衰退と再興を繰り返し、昭和になって現在の姿に再興されている。 本尊の薬師如来は洞に安置されたことから、洞薬師と呼ばれてきた。 また、一風変わった寺宝として、元三大師みくじの版木がある。 みくじの元祖は元三大師(912〜985年)といわれるが、この版木は元禄年間と 推定されている。 ...続きを見る

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2018/04/09 10:13
大善寺 (京都市中京区裏寺町通) 誓願寺塔頭
大善寺 (京都市中京区裏寺町通) 誓願寺塔頭 中京区裏寺町通に建つ大善寺山門脇に<大善寺寄席>の案内が 張られている。 江戸時代から大善寺寄席は続いているそうで、笑福亭円笑が 定席となっているらしい。 大善寺には、1994年の調査により豊後岡藩初代藩主・中川秀成の 正室・虎姫(虎御前)と判明した肖像画が所蔵されている。 その由来は不詳であるが、虎姫は織田信長の重臣であった佐久間盛政の 娘である。 ...続きを見る

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2018/04/08 09:46
浄永寺 (和歌山県和歌山市) 板碑
浄永寺 (和歌山県和歌山市) 板碑 和歌山市直川集落に、一際目立つビャクシンの木が浄永寺である。 境内に安置されている板碑は、織田信長と石山本願寺との戦い・ 石山合戦(1570〜80年)に、本願寺に味方した雑賀衆の下部組織の 一員として参画した直川門徒が、来世での極楽浄土を願って建てた 逆修板碑である。 本願寺門徒の信仰の篤さを物語る記念碑である。 ...続きを見る

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2018/04/07 15:52
西正寺 (京都市上京区) 洛陽五智如来
西正寺 (京都市上京区) 洛陽五智如来 北野天満宮の南300mほどに位置する西正寺はこじんまりとした お寺であるが、<洛陽五智如来霊場>で宝生如来が祀られている。 <洛陽五智如来霊場>とは、   教善寺(上京区):阿&#38310;如来  東寺五重塔(南区):阿弥陀如来   西正寺(上京区):宝生如来  釈迦如来(上京区):千本釈迦堂   親縁寺(上京区):大日如来 西正寺は浄土宗のお寺であるが、密教系の宝生如来や愛染明王が 祀られている。 ...続きを見る

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2018/04/07 09:07
立野寺 (奈良県奈良市柳生町)
立野寺 (奈良県奈良市柳生町) 柳生の里から南へ国道369号を1kmほどの左手山麓に建つ立野寺の 開創は不詳であるが、室町時代の開創といわれている。 小さな集落にあって健在なお寺で、境内も整備されている。 このお寺を外部から訪れる人の対象は、石仏や石塔なのだろう。 私もその同類で、特に十三重石塔が目玉である。 文化財には指定されていないが、南北朝〜室町時代の古塔である。 ...続きを見る

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2018/04/06 09:37
賢光寺 (兵庫県南あわじ市)
賢光寺 (兵庫県南あわじ市) 南あわじ市の小榎列(こえなみ)集落は、淡路島特産の玉ねぎ畑が広がる 地区で、その玉ねぎ畑に囲まれて賢光寺は建つ。 賢光寺の開創は不詳であるが、かっては隣に建つ府中八幡神社の 神宮寺であった。 府中八幡神社は奈良時代初期の創建といわれる。 賢光寺の伽藍は建て替えによって蘇り、境内も整備されている。 ...続きを見る

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2018/04/05 10:19
妙光寺 (大阪府泉佐野市)
妙光寺 (大阪府泉佐野市) 泉佐野市街地に広い境内を持つ妙光寺は、1358年大覚大僧正妙実によって 開創されている。 大覚は一説には後醍醐天皇の皇子ともいわれ、当初は真言宗大覚寺の 僧であったが、日像上人に帰依し日蓮宗の僧となって精力的に布教し、 特に備前においては多くのお寺を開創し、<備前法華に安芸門徒>と いわれた。 1358年京都桂川にて雨乞いをした時に、傘の中に曼荼羅を置いて祈願 したところ、たちまち雨が降ったといわれている。 その<傘の内曼荼羅>が妙光寺に伝わっている。  妙光寺に建つ三十番神堂... ...続きを見る

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2018/04/04 11:56
陶芸 2018年4月2日 フリーマーケット作品その4
陶芸 2018年4月2日 フリーマーケット作品その4 4月8日フリーマーケット出品の作品その4 ...続きを見る

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2018/04/03 15:25
光源院 (京都市上京区) 相国寺塔頭
光源院 (京都市上京区) 相国寺塔頭 相国寺総門を入った右側に建つ光源院は、1421年に開創されたと伝える 広徳軒を起源としている。 1565年永禄の変で、松永久秀と三好三人衆の企みにより、二条御所で 暗殺された室町幕府13代将軍・足利義輝の菩提を弔うために、義輝の 法号から光源院と改名し、菩提寺となっている。 戦国時代の典型的な出来事として、将軍暗殺は時代の混沌を物がっている。 ...続きを見る

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2018/04/03 09:57
念称寺 (滋賀県甲良町) 本堂
念称寺 (滋賀県甲良町) 本堂 念称寺の建つ甲良町下之郷は<清流と水車の里>と謳う犬上川扇状地で、 農業を主とする集落である。 室町時代初期には下之郷城があり、多賀氏が治めていたが、戦国時代 織田信長に滅ぼされている。 その時代に活躍した藤堂高虎の出生地は下之郷の隣に位置する在士 で、多賀氏とは関係があった。 ...続きを見る

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2018/04/02 20:57
覚通寺 (三重県いなべ市)
覚通寺 (三重県いなべ市) 員弁川の左岸、上笠田集落に堂々とした本堂を構える覚通寺は、 1470年室町幕府将軍・足利義政の家臣であった三浦清経が 出家して真言宗寺院として開創したと伝えられている。 1479年蓮如上人が当地に巡錫した折に帰依し、真宗に改宗したとか。 その後、何度か火災に遭いながら、信徒の協力によって再建されている。 現在の伽藍は1930年再建されている。 参道の桜並木から境内に入ると、境内に安置された自然石の寄燈籠 が目を引く。 ...続きを見る

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2018/04/02 09:20
もくもく探索日誌 2018年3月31日 淡路島
もくもく探索日誌 2018年3月31日 淡路島 8時前に神戸淡路鳴門道東浦ICを出る。 春爛漫の淡路島北部(淡路市)を巡る。 満開の桜がどこのお寺でも迎えてくれる。最高の気分だ。 ...続きを見る

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2018/04/01 09:28
栄国寺 (名古屋市中区) 名古屋三大仏
栄国寺 (名古屋市中区) 名古屋三大仏 キリシタン弾圧の嵐も尾張藩に押し寄せ、1664年名古屋城下の千本松原刑場 で200人ほどのキリシタン処刑が行われた後の1665年、尾張2代藩主の 徳川光友は処刑場を現在の清須市に移し、その跡地に菩提を弔うために、 清涼庵を開創し、本尊に現在の犬山市塔野地にあった薬師寺から阿弥陀如来像 を移し安置している。 その阿弥陀如来坐像が名古屋三大仏の一つに数えられている。 名古屋三大仏とは、   栄国寺・阿弥陀如来坐像:像高約180cm   興正寺・大日如来坐像:像高約330cm   雲... ...続きを見る

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2018/04/01 08:55

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お寺の風景と陶芸 2018年4月のブログ記事/BIGLOBEウェブリブログ
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