長興院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭

妙心寺塔頭・長興院は1581年織田信長の重臣滝川一益によって
開創されたと伝えられている。
滝川一益は織田信長の重臣で、織田四天王の一人である。
織田四天王とは、
 柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益、明智光秀であるが、羽柴秀吉を
加えて、織田五大将ともいわれている。
一益は本能寺の変後、上野国を領していたが北条氏との戦いに
敗れ、賤ヶ岳の戦いで柴田勝家に組したがここでも敗れている。
秀吉とは対立し、1586年亡くなっている。

長興院は1606年徳川家康の旗本・津田秀政によって再興され、
津田氏の菩提寺となっている。

<妙心寺と塔頭一覧>参照

(1)寺名:長興院(ちょうこういん) (2)住所:京都市右京区花園妙心寺町63
(3)宗派:臨済宗妙心寺派大本山妙心寺の塔頭
(4)開山:九天宗瑞 (5)開基:滝川一益 (6)開創:1581年
(7)本尊:釈迦牟尼

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