総光寺 (福井県福井市)

総光寺は1583年丹羽長秀によって開創されたと伝えられており、
丹羽長秀の菩提寺である。
丹羽長秀は織田信長の重臣で、柴田勝家と並ぶ家老職であった。
本能寺の変(1582年)で織田信長が亡くなると、長秀は羽柴秀吉の側に
立ち、1583年の賤ヶ岳の戦いで柴田勝家を破った後、若狭・越前・加賀
の一部を領する戦国大名となっている。
しかし、1585年亡くなり総光寺に葬られている。
ちなみに、羽柴秀吉の羽柴は丹羽と柴田の一字を取って名付けたとも
いわれているが、史実はない。

総光寺は一時廃寺になったが、承応年間(1652~55年)に再興されている。

<福井県のお寺一覧>参照

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