永明院 (京都市右京区) 天龍寺塔頭

常滑3代城主・水野守次は1582年本能寺の変で明智光秀に味方し、
常滑城を出て永明院に隠棲したが、1598年見つかり自害し
永明院に葬られている。
その嫡男・水野守信は徳川家康に仕え旗本大目付として、キリシタン禁制
の踏み絵を実行している。
江戸時代初期に水野守信によって永明院は再興されている。

永明院は1413年開創であるが応仁の乱で天龍寺ともども焼失している。
天龍寺七福神の恵比寿天を祀っている。

<京都市右京区のお寺一覧>参照

(1)寺名:永明院(ようめいいん) 
(2)住所:京都市右京区嵯峨天竜寺芒ノ馬場町60
(3)宗派:臨済宗天龍寺派大本山天龍寺の塔頭
(4)開基:大岳周崇 (5)開創:1413年 (6)本尊:十一面観音
(7)その他
1)天龍寺七福神の恵比寿天

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                        山門

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                      恵比寿天堂