大龍院 (京都市右京区) 妙心寺塔頭

大龍院は、1606年米子藩主・中村忠一(一忠)が父・一氏の7回忌追善供養
のために開創している。
中村一氏は豊臣秀吉政権の三中老の一人で、関ヶ原の戦いでは家康に
属したが、1600年亡くなっている。
息子の忠一は11歳であったが、1600年米子藩主に任じられている。
1603年横田事件が起こり、藩内は騒然としたがなんとか治まった。
しかし、1609年忠一は急死し、中村氏の藩主は改易させられている。
米子藩は1617年に廃藩となっている。

<妙心寺と塔頭一覧>参照

(1)寺名:大龍院(だいりゅういん) (2)住所:京都市右京区花園妙心寺町40
(3)宗派:臨済宗妙心寺派大本山妙心寺の塔頭
(4)開山:鉄山宗鈍 (5)開基:中村忠一 (6)開創:1606年
(7)本尊:釈迦牟尼
(8)通常非公開

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