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zoom RSS 大光院 (京都市北区) 大徳寺塔頭 豊臣秀長の菩提寺

<<   作成日時 : 2016/02/07 09:52   >>

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1591年大和郡山城で没した豊臣秀長(秀吉の弟)は、現在の大和郡山市
大納言塚に葬られ、その菩提寺は大納言塚近くの大光院であった。
大光院は、秀長の子・秀保が1592年頃に開創している。
1595年豊臣秀保が亡くなり、秀長の家系が途絶え、秀長の家老であった
藤堂高虎が大光院を大徳寺境内に移している。
その時に、秀長の分骨を大徳寺大光院に祀っている。

豊臣秀長は秀吉政権の屋台骨であっただけに、死後の秀吉政権に
とっては大きな痛手であった。
大光院は通常非公開である。

<京都市北区、上京区のお寺一覧>参照

(1)寺名:大光院(だいこういん) (2)住所:京都市北区紫野大徳寺町92
(3)宗派:臨済宗大徳寺派大本山大徳寺の塔頭
(4)開山:古渓宗陳 (5)開基:豊臣秀保 (6)開創:1592年頃
(7)本尊:釈迦牟尼

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                        土塀

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                        表門

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                        参道

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                   大納言塚(大和郡山市)

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